(BL)君のことを忘れたいから遠回りしてきた

麻木香豆

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第三章 異性の扉

第十八話

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 コンドームは李仁が出入りしていた頃使っていたからその残りがソファーの横の引き出しに入っていた。

「ねぇ、來くん、ひとつ聞いていい?」
「なに?」

 理性が溶けていくように、來とリカはソファーの上で抱き寄せ合っていた。肌が触れ合うたびに息が混ざり、時おり唇が触れる。

「……也夜って、ネコだった?」

「なっ、そんな……こと、さぁ」

「だって、どう考えてもそうでしょ?」

「……そんなことは教えられないよ」

 來が言葉を濁すと、リカはそのまま彼の上に跨るように身を移した。

「そんなことしても教えないよ。こういう性的なことはプライバシーに関わる。也夜は今、物言わぬ体だ。だから僕の口から他人のそういうことを言うべきじゃないと思う」

「ふぅん……」

 リカは小さく息を吐くと、力が抜けたように來の胸の上に倒れ込んだ。

「ひとつだけ言えることは――」

「ん?」

「僕は……どちらでも、いける」

「也夜がどっちかわからないじゃない」

「はははっ」

 來が楽しそうに笑うと、リカはむっとして頬をふくらませた。
 そんな無邪気な表情も、ファンの前では決して見せない。裸のまま、甘えたように絡みつく姿も――來にとっては、そのどちらもが小さな優越感だった。

「也夜と、本当にお似合いだったんだろうね……」

「そうだったのかな」

「前にも言ったけど、あんなに強く想ってくれる人がそばにいたなら、きっと幸せだったと思うよ」

 そうなのか――來は一瞬考えたが、頭を横に振ってリカに口づけた。
 こうして異性と肌を寄せることで、也夜の記憶も少しずつ遠ざかる気がした。
 異性と触れ合うのは初めてで、世界の色が違って見えた。

 思えば、最初に教えてくれたのは李仁だった。
 彼から「与えること」と「受け入れること」の両方を学んだからこそ、來はあのときリカに「両方いける」と言えたのだろう。
 けれどいざ触れてみると、肌の柔らかさも、息の熱も、どこか違っていて――それが不思議なほど心を揺らした。

 若いリカに触れられるたび、理性が溶け、本能が目を覚ます。
 どこかで、也夜に抱かれた夜を思い出してしまう。
 それでも今、目の前にいるのはリカで、彼女は確かに自分を選んでいる。

 リカもまた、也夜の影を重ねていたのかもしれない。
 求められることで、愛されることの証を確かめようとするように。
 ふたりの呼吸は何度も重なり、夜の静けさの中でその境界は曖昧になっていった。

 互いの過去を抱きしめるように、ただ確かめ合う。
 それが、ふたりにとっての“初めて”の夜だった。





 その後はリカが試験を終えてからは店に行くことは無くなったが、途中で落ち合って來の部屋にリカが泊まり愛を重ねていく。
 土日の清流ガールズNeoの仕事は変わりなく二人は会う。
 袖から舞台を見るが來は気づけばリカばかり見ていた。
 ライブもし、レッスンも受け、美容学校に通い、美容室でバイトもし、そして來と愛し合い……そんな顔一つも見せない、ステージに立つのはアイドルのリカである。

「なぁ、來」

 不意に新榮から声をかけられ來はびっくりする。

「っはい?」

「なんかさぁ、リカちゃん……男できたんじゃない?」

「えっ」

 男、それは自分のことか……と少し焦る。

「他のスタッフがさ、そう言ってたんだけどね。なんか体つきとか動きとか……なんか妙に前よりも女、って感じがしてさ」

 ステージ上のリカを見る。動きは変わらないように見えるのだが、來の上に乗り本能のままに動いたり、來を求めている腰つき、脚の絡ませ方を思い出す。
 マイクを持つ仕草も來にとっては……。

「來、そう見えるだろ」

「え、そっ……そう見えます?」

「わかりやすいよなぁ。まぁツートップのあの2人もそうだけどもよ……男ができて性に溺れたアイドル。そんなこと知らずに金をじゃんじゃん貢ぐオタクども。今のうちにどんどん稼いでもらわないとな」

 彼女たちが裏でそんなゲスい事を言われてることも知らず歌って踊って笑っている、何とも皮肉な事だが。

 來は返答に困って苦笑いすると

「あと一年でこの仕事終わるし俺らも気を引き締めようや」

「えっ……終わる?」

「知らなかった?」

 リカからは何となく聞いてはいて知らなかったわけでもないが一年、と聞くと現実味が帯びる。

「数日前に社長に呼び出されて……まだこれはないみつに、だが5人全員アイドル引退。ツートップ二人は結婚、実はルリちゃんは今妊娠中だから早めの卒業……」

「妊娠っ……」

 と、ツートップの一人のルリを見た。そんな感じない……と來は驚く。

「研究生は持ち上がらず一旦、清流ガールズNeoで打ち切ってから新しくガールズグループ作るらしいけどスタッフ総入れ替えらしいからなぁ」 

「……じゃあ僕ら一年後に首切られる」

「多分近々社長から正式な話があるよ。何人かのスタッフが清流ガールズ食っちゃったから」

 その新榮の言葉に來は冷や汗が出る。

「リカちゃんは美容師免許取るって聞いたけどー來くん、お店で雇ってあげたら? スタッフ探してるでしょ」

「……そうなんですね。また聞いてみます」

 來はもうステージは見ることはできなかった。
 すると新榮が來に耳打ちした。

「聞かなくてもいいんじゃないの?」

 そしてその場を去って行った。來は声が出なかった。

 数日後わかったのは新榮も研究生の数人と身体の関係を持っていたこと。妻帯者であることも関わらず。

 新榮は一年を待たずとしてこの仕事から外れて行方知らずになっていた。
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