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第三章 「もう遅いのですわ。あなたの居場所はございません」
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アルフェイン侯爵家との縁談が進み、“白い結婚”という曖昧な形でありながら、私は正式に彼らの正妻候補となった。
婚約者のジル・アルフェイン様は、私が思っていたよりもそつなく社交をこなし、嫌がらせを仕掛けてくるリディア・シュヴァルツの存在も一応気にかけてくれてはいるらしい。
――もっとも、私とジル様はやはり“形式上の夫婦”に過ぎない。そう割り切っていたはずだ。
ところが最近、ジル様が少しずつ私に距離を詰めてくるように感じられる場面が増えてきた。先日の夜会以来、“私に配慮するのは正妻としての立場を守るため”と理解はしているけれど、なぜか私に声をかけてくれる機会が増えているのだ。
その態度は友好的とも言えるが、私のほうは正直、戸惑ってしまう。だって、私は干渉されないことを望んでいるし、ジル様自身が本来は“自由に恋愛をしたい”という人だからこそ、“白い結婚”を望んだはずではなかったのか。
――だが、この第三章ではそんな私の戸惑いをよそに、事態はさらに進んでいく。
新たに社交界に姿を現わす“第二王子ディオン・ラクリア”の存在が、その流れを加速させたのだ。彼の気まぐれで不可解な行動が、私の運命を大きく揺さぶり始める。そしてジル様の心をも――。
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1.伯爵家に届いた王宮からの招待状
ある日、私のもとに父から「王宮の夜会に招かれた」との話が舞い込んだ。もともと、アルフェイン侯爵家の婚約者として紹介されている以上、いずれ王宮主催の正式な場にも呼ばれるだろうな、とは思っていたが、思ったよりも早い。
どうやら今回は第二王子ディオン・ラクリア殿下が主催する晩餐会に、多くの貴族が招かれる形らしい。王族の催しのなかでも“若き皇族の顔見せ”という要素が強く、比較的フランクな雰囲気で行われるという噂だった。
私は伯爵家の居間でその話を聞きながら、母に念を押される。
「レラ、わかっていますね? あなたはジル様の正妻候補として、恥ずかしくないように振る舞わなければなりません。王宮というのは想像以上に目が厳しいのですから」
「承知しています。余計なことはいたしませんし、なるべく目立たないようにしておきますわ」
「目立たない……そういう問題ではございません。むしろ周囲の貴族たちに“ああ、なるほど。アルフェイン侯爵家に嫁ぐにふさわしい娘ね”と思ってもらうように、最低限の品位を示しなさい」
母は厳めしい表情をしているが、その胸にはきっと“うちの三女でも、それなりにやれるのだ”という期待があるのだろう。最近の私は、リディアの意地悪に対してうまくやり過ごしたり、夜会でピアノを披露したりと、思わぬ形で周囲を驚かせてきたからだ。
私自身は、なるべく静かにやり過ごしたいだけなのに……。
それでも、母の説教をやり過ごし、侍女頭のリコに支度を頼み、王宮へ向かう日の夜を迎える。馬車に揺られながら、私は言い知れぬ不安を覚えていた。
――第二王子。ディオン・ラクリア殿下。かの殿下は、噂によれば“気まぐれで何を考えているのかわからない”という評価を持つらしい。優秀な第一王子とは対照的に、王家のしきたりにとらわれない型破りな立ち振る舞いで知られているのだとか。
そんな殿下が、今回の催しを“やりたいからやる”と言い出したとの話を聞き、貴族たちは少なからず翻弄されているようだ。どういう目的で、多くの貴族を呼び集めるのか――。
アルフェイン侯爵家も例外ではなく、私も“形式上の未亡人扱い”にならないよう、すでに“ジル様の婚約者である”ことを周囲に示さねばならない。
だから、この夜は私にとっても大切な社交の場。もしまたリディアが仕掛けてくるなら、気を引き締めなければならないし、余計な波風は避けたい。
――だが、この晩餐会は、私の想像を超えた波乱の幕開けとなる。
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2.きらびやかな王宮晩餐会
王宮の大広間は、さすがというべき煌びやかさだった。白と金を基調とした内装は天井まで美しく彩られ、壁には歴代王族の肖像画が飾られている。長大なテーブルには豪勢な料理の数々が並び、参加する貴族たちはそれぞれのドレスやタキシードを身にまとう。
私とジル様は招かれた順に、ほかの貴族たちとともにホールへ案内される。隣にはリディアの姿もある。夜会では当然のようにジル様のそばに控えており、私に向ける視線は、相変わらず刺すように鋭い。
――最近、ジル様が私に少し近づいているのを感じ取っているのか、それともそもそも私が婚約者だという事実に腹を立てているのか。リディアの態度は日に日に棘を増しているように思える。
しかし今日は王宮。そうそう軽率な行動は取らないだろうし、少なくとも目立った妨害は避けるはず……と、私は踏んでいた。
ところが、その淡い期待はあっさり裏切られた。
開宴を告げる号鐘が鳴り、貴族たちがテーブル席に案内されていくとき、リディアが私の腕を引いて、笑顔を作りながら言うのだ。
「ごめんなさいね、レラ様。私たち、ちょっと席を入れ替わっていただいていいかしら? この並び順は、なんだか落ち着かないの」
「いえ、そんなことを急に言われても……。席次は王宮の侍従が決めたものですし、勝手に変えるのは……」
「あらあら、“アルフェイン侯爵家の婚約者”ともあろう方が、そんなに弱気でいいのかしら? ここでの振る舞いが大事なのよ? ねえ、ジル様?」
リディアはわざとジル様にも助けを求めるように視線を送る。ジル様はやや困った顔をしながら、私に視線を向けてきた。
「……まあ、リディアの言うこともわからないでもないが。どうする、レラ?」
「どうする、と言われましても……」
そんなことをすれば、周囲から王宮の采配に楯突くように見られる可能性もある。それこそ、私が無作法な娘と思われるかもしれないのだ。
しかしリディアは、一見すると楽しげな笑みを貼り付けているが、その目の奥で私を試すような光を宿しているように見えた。
“さあ、あなたにそんな余裕があるの? ここで断ったら、私が公衆の面前で騒いであげるわよ”――まるで、そう言わんばかり。
私は声をひそめてジル様に問う。
「ジル様、本当にこのまま席を変えて構わないのですか? せっかく王宮が準備してくださった席次ですのに」
「俺としては、そこまで問題にはならないと思う。……リディアも、あまり目立った騒ぎは起こさないだろうし。レラが嫌でなければ、俺が一言侍従に申し出てみよう」
ジル様も、どうやら“リディアがこのまま大人しくしているとは思えない”という考えがあるらしい。だからこそ、なるべく今のうちに彼女の機嫌を取っておきたい――そんな本音がうかがえた。
――私にとっては面倒だけど、仕方ない。
私は苦い思いを飲み込みながら、「わかりました」と口を開く。
「侍従の方に一言許可をいただけるのでしたら、私も従いましょう。……ただし、騒ぎが大きくなりそうなら、すぐに取りやめてくださいませ。余計な問題は避けたいのです」
「助かる、レラ。ありがとう」
ジル様は私に軽く笑いかける。リディアはその会話を横で聞きながら、勝ち誇ったように微笑みを返してきた。
こうして、ほんのささいな事柄だったはずの“席替え”が、実はこの先の大きな出来事の引き金となるとは、私はまだ気づいていなかった。
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3.ディオン殿下との邂逅
席替えの結果、私はジル様やリディアからやや離れたテーブルに座ることになった。そこは伯爵家や子爵家の令嬢・令息など、私にとっては面識のない人々が主に集まっている席だ。
嫌がらせか? とも思ったが、リディアの意図は“ジル様に近い位置を確保したい”というだけなのだろう。私はむしろホッとしてしまった。リディアを間近で見なくてもいいし、ジル様や彼女に振り回されることも少なくなる。
晩餐が始まり、私は大人しく料理を楽しむ。かといって、黙っているわけにもいかないので、隣になった子爵家の令嬢と他愛もない話題を交わす。
――そのとき、ふと会場にざわめきが走った。
入口近くに誰かが現れたのだが、どうやらその人物が“今夜の主役”であるらしい。華やかな拍手や小さな悲鳴が上がり、私もつられてそちらに目を向ける。
そこに立っていたのは、漆黒の衣装を身にまとった青年。金色の髪は後ろでゆるく束ねられ、切れ長の瞳が薄い色彩を帯びているのが遠目にもわかる。
一目見ただけで、その整いすぎた容貌に息を呑む。けれども、その顔にはどこか気だるげな、あるいは退屈そうな表情が浮かんでいる。
――第二王子、ディオン・ラクリア殿下。
王族であるがゆえの気品を漂わせながらも、その仕草には優雅というより無関心を思わせる雰囲気があった。集まった貴族たちが礼儀正しく頭を下げるなか、ディオン殿下は気の向くままに視線をさまよわせている。
「おやおや、みんな退屈そうだね。こんな形式ばった晩餐に呼んでしまったのは僕だけど、もっと気楽にしてくれていいのに……」
彼はそんな呟きを漏らしながら、場の空気を完全に支配した。誰もが王子に注目している。しかし、殿下は視線を集めることなど全く意に介していない様子だ。
ひとしきり眺め渡したあと、ディオン殿下は侍従らしき男性に耳打ちをして、案内されるまでもなくするするとホールの奥へ進んでいった。
拍手や囁きが途切れる。どうやらディオン殿下は、優雅な乾杯の音頭などを執るつもりはないらしく、それどころか勝手に会場を散策しているらしい。
――噂通り、気まぐれな王子様のようだ。
私は遠巻きに見ながら、できれば接触する機会がないまま今宵を終えたい、と思った。王族との関わりは、それだけで面倒事に繋がるものだし、これ以上余計なトラブルはごめんこうむりたい。
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4.“運命的”でもなんでもない出会い
その後、ディオン殿下は何人かの貴族に声をかけられ、軽く挨拶を交わしている様子が見える。私からすれば、あまりに遠い世界の存在だ。こうして同じ会場にいること自体が不思議なくらいなのだから。
ところが、私が会場の隅でワイングラスを手に一息ついていると、不意にディオン殿下がこちらに歩み寄ってくるのが視界の端に映った。
――まさか、私のところに来るわけがない。そう思っていたのに、彼は真っすぐ私のほうへ向かってくる。そして、私からほんの数歩の距離で立ち止まった。
その場にいた数人の貴族が一斉に慌てて頭を下げ、私は反射的に身を硬くする。そんな私たちを見て、殿下は少しだけ薄く笑った。
「やあ……どうしてこんな隅っこでじっとしているのかな。料理も音楽も楽しむ気はないの?」
「あ、いえ、そんな……。殿下の晩餐会に招かれただけでも光栄ですわ」
私はおずおずと頭を下げる。まさか直接話しかけられるなんて、想定していなかった。
殿下は私を見つめ、軽く首をかしげる。その瞳はどこか好奇心のまなざしを帯びていた。
「ふうん。君は誰だい? どこかで見たような、そうでないような……」
「グランメリー伯爵家の三女、レラと申します。身に余る光栄ながら、アルフェイン侯爵家のジル様と婚約が決まっております。……それだけの、地味な娘です」
王族の前で“地味な娘”と自己評価するのも妙な話だが、私には正直、ほかに言えることもなかった。
するとディオン殿下は、わざとらしいほどに眉を上げ、「へぇ、そうなんだ」と興味深げに相槌を打つ。
「アルフェイン侯爵家のジル……彼もいるね。今はどこだっけ……?」
「そちらの中央テーブルに、恐らくリディア・シュヴァルツ様たちと……」
「シュヴァルツ……ああ、あの派手な子か。なるほどね……」
殿下はひとりで納得したように呟き、そのまま私の近くの椅子を取って、勝手に腰を下ろしてしまった。
まわりの貴族たちは「殿下がこんなところで何を……!」と動揺しているのが伝わってくる。私だって、これ以上ないほど緊張していた。
だが、殿下はそんな空気にはお構いなしに口を開く。
「ねえ、レラ・グランメリー。君はどうしてアルフェイン家に嫁ぐことになったの?」
「……家の都合、というのが大きいです。それ以上でも、以下でもありません」
「ふうん。家の都合ね……。それで君自身は、その結婚を望んでいるのかな?」
私は言葉に詰まる。望んでいるか、望んでいないか――それはイエスともノーとも言えない。そもそも白い結婚であり、形だけの繋がりだと思っているからだ。
その沈黙を見て、ディオン殿下は小さく笑みを浮かべる。
「なるほど、そういうことか……。ま、無理に答えなくていい。僕は単に好奇心で尋ねただけだから。それに、僕はどうも“家の都合で苦しむ”なんて話を聞くと、放っておけない性分みたいでね」
「は……はあ……」
何を言っているのだろう、と私は戸惑う。第二王子がこんな軽々しく、初対面の私に興味を示す意味がまるでわからない。
しかし殿下はまるで私の心の中を見透かすような鋭い瞳で私を見つめ、それから突然、笑みを深くした。
「そうだ、もし退屈しているなら僕に付き合ってくれないかな。せっかくの晩餐会だけど、どうも僕には物足りなくてさ。……君も地味にしているだけじゃ、つまらないだろう?」
「…………」
困惑が胸を埋める。王族の誘いを無下に断るのは難しいが、うかつに承諾すれば“第二王子に媚びを売る伯爵令嬢”などと噂されるかもしれない。なによりジル様やリディアが黙っていないだろう。
私が目を伏せて言葉を探していると、殿下は続ける。
「まあ、そんな顔をしないで。僕は強制はしないよ。だけど……仮にも君はアルフェイン家の婚約者という立場なのだろう? ここで僕が話しかけているのに、無碍に断ったら、アルフェイン家自体が僕とのご縁をお断りするように見えるかもしれないよね」
「……!」
……最悪だ。これは軽い脅しだろう。王家に対して何をやらかすかわからない第二王子。彼の誘いを拒めば、アルフェイン侯爵家が“第二王子の顔を潰した”と見なされる可能性もある。
殿下の言葉や態度からは、まるで私を試しているかのような底知れないものを感じる。
――しかし、ここで拒否するわけにはいかない。私は仕方なく、言葉を飲み込み、微笑をつくった。
「……わかりました。私でよろしければ、お付き合いいたします。どのようにすればよろしいでしょうか」
「さっきホールの隅に小さな庭園を見つけたんだ。あそこへ行ってみないかい? 人混みから離れて、静かに話がしたい。……君も耳が休まるだろう?」
まさか王宮の晩餐会で勝手に抜け出そうというのか。けれども、この殿下に逆らうことなど到底できない。
私は「はい」と小さく答え、ディオン殿下に手を差し出されるのを見て、戸惑いながらもそっと自分の手を重ねた。殿下は満足げに口角を上げて立ち上がる。
周囲の貴族たちはざわめき、“いったい何事?”という視線を私たちに向けている。私はその眼差しを無視することなどできないまま、殿下とともにホールを出て行った。
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5.王宮の庭園での会話
晩餐会場からしばらく奥へ進むと、ちょっとした廊下の先に小さな庭園が広がっていた。月の光が差し込み、夜の花々がひっそりと咲いている。
石造りのベンチが設置されており、ディオン殿下はそこに腰掛けるよう私を促す。私も遠慮がちに隣に腰を下ろした。
夜風が肌を冷やし、私はドレス越しに小さく震える。そんな私を見て、殿下は「冷えるなら中に戻るかい?」と笑う。
――まるで、本当にただの気まぐれで私を連れ出しただけのように見える。だけど、殿下の瞳にはどこか鋭い思慮を感じてしまう。私は恐る恐る口を開く。
「……殿下、もし私との会話がお済みでしたら、お早く会場にお戻りになられたほうが……。きっと殿下をお待ちの方々がいらっしゃいますでしょうし」
「うん? ああ、いいんだよ。僕はあの手の華やかな場は苦手だからね。放っておいても誰かが盛り上げてくれるさ。第一王子みたいに完璧にこなせるわけでもないし……」
殿下は飄々とした調子で答え、空を仰ぐ。月の光が彼の金色の髪を淡く照らす。その橙色がかった瞳は、どこか孤独の影を帯びているようにも見えた。
少しの沈黙ののち、殿下はゆっくりと私に向き直る。
「さて……さっきも言ったけど、君はアルフェイン家に嫁ぐつもりなんだよね?」
「はい。それが私に課せられた役目ですから」
「役目か。そういうのは、あまり好きじゃないんだけどね」
ディオン殿下は小さく鼻を鳴らして、不服そうに呟く。そして、私の瞳を真っ直ぐに見つめながら続けた。
「君自身は、その結婚で幸せになれると思ってる? もしそう思わないなら、僕がどうにかしてあげてもいいよ。王族の力を使えば、多少の無理はきく」
「……っ! そんな、恐れ多いことを……」
驚きと困惑が同時にこみ上げ、私は言葉を失う。まるで“アルフェイン家との婚約を壊してやってもいい”とでも言わんばかりだ。
だが私が望むのは、今さら結婚を白紙に戻すことではない。私の家は既にこれを機にアルフェイン侯爵家との関係を築こうと動いているし、私自身も“干渉されないなら悪くない”と割り切っている。
そもそも、今さら婚約を破棄すれば、私にとっては予想もつかないトラブルが待ち構えているだろう。
……それに、最近のジル様は少しばかり気にかけてくれている面もある。彼は彼なりに、私を利用するだけでなく“守ろう”としてくれる瞬間がある。
私は困り果てながらも、なんとか言葉を紡ぐ。
「お気遣いは痛み入りますが……私自身、この婚約に大きな不満はありません。むしろ、余計な恋愛感情などがない分、気楽と言えば気楽で……」
「恋愛感情が、ない……」
ディオン殿下はしばし唖然としたように呟き、やがて含み笑いを漏らす。
「へえ、君はなかなか面白い女性だね。普通なら『愛のない結婚なんて嫌です』と泣き言のひとつでも言いそうなものだけど……」
「私はそこまで愛に憧れるタイプではありませんし……家の義務を果たせればよいと考えております」
「なるほど。じゃあ、アルフェイン家でずっと“地味な正妻”として暮らしていく気なの?」
「……はい。それが私には合っていますから」
私がそう答えると、ディオン殿下は目を細めて私を見やる。その瞳はまるで「本当はそれでいいのか?」と問いかけているように感じる。
けれど、私はそれ以上答えようがない。
――私は確かに“白い結婚”に満足しているわけではない。しかし、想い人のいる相手に執着する気もないし、家のために身を捧げるしかない立場だ。リディアとのいざこざも面倒だが、関わりを最小限に抑えられるならそれでいい。
すると、ディオン殿下は急にベンチから立ち上がり、私の前に姿を止めた。
「……まあいい。考えは人それぞれだしね。けれど、覚えておいてよ。君が本当に苦しんだり、助けを求めるときは、僕を頼ればいい。僕はいつだって面白いことを望んでいるからね。君が面白い“カード”になるなら、協力してあげるよ」
「殿下……?」
「僕の言葉の意味は、君の中でもう少し時間をかけて考えてくれればいい。とにかく、僕は君が嫌いじゃないということさ。……退屈な晩餐会のなかで、ちょっとした掘り出し物を見つけた気分だよ」
ディオン殿下は不敵な笑みを浮かべる。私はまるで獣に狙われているような、奇妙な圧迫感を覚える。
ともあれ、このままここにいるのは得策ではないと感じた。王族の“気まぐれ”に振り回されて、後でどんな噂が立つかわかったものではない。
私は椅子から立ち上がり、できるだけ失礼のないよう軽く頭を下げる。
「お心遣いに感謝いたします。ですが、そろそろ会場に戻りませんと、皆様がお探しになるかと……」
「そうだね。じゃあ戻ろうか。……ああ、今さらだけど、君に敬語は要らないよ。僕は堅苦しいのが苦手なんだ。ま、強制しないけどね」
殿下は肩をすくめながら、私を連れて庭園を後にする。
私が殿下の横を歩いてホールへ戻る姿は、当然ながら大勢の目に留まった。ざわざわとした囁きが広がり、リディアが遠くからあからさまな嫌悪を込めた視線を寄越しているのを感じる。
ジル様もまた、こちらに驚いたような視線を投げかけている。その表情には困惑がありありと浮かんでいた。
(……何が起こるのかしら。余計に面倒なことになりそうな予感がするわ)
私は内心で小さく息を吐く。どうやら“地味な伯爵令嬢”として平穏に過ごすのは、だんだん難しくなってきたようだ。
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6.密やかな波紋と、ジル様の戸惑い
ディオン殿下と庭園にいたことは、すぐに噂となって広まったらしい。私が何か王子に媚びを売ったのだとか、王子がジル様の正妻候補を奪おうとしているだとか、真実ともデマともつかない話が飛び交い始める。
当の私は、その日の晩餐会が終わってすぐ伯爵家に戻り、翌朝には母や父から問い詰められた。
「まさか第二王子に取り入ろうとしたのではないでしょうね!」と憤慨する母に、私は何度も事情を説明する。ディオン殿下が突然声をかけてきて、断りきれなかっただけ――それ以上でも以下でもない。
父は父で、「王家との交誼を深めるならそれはそれで悪くないが、アルフェイン家に睨まれるのは困るぞ……」と深刻そうな顔で呟く。
そう、アルフェイン侯爵家にとっても、第二王子と過度に接近されるのは迷惑かもしれない。ジル様からしても、婚約者が王族と親しげにしていたら、立場上、穏やかではいられないだろう。
――実際、翌日にはジル様から個人的に手紙が届いた。そこには短く「お会いしてお話がしたい」とだけ綴られている。
不吉な予感がしながらも、私は指定されたカフェ――王都の外れにある、アルフェイン家お抱えの店へ向かった。
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7.ジル様との面会
王都の静かな一角に佇む高級カフェ。人目を気にせずに会話ができるよう、ジル様が手配したらしい。
私はリコに付き添われながら店に入り、個室へ通される。そこにはすでにジル様が先に来ていた。
ジル様は私の姿を認めると、椅子を立ち上がり、やや硬い表情で一礼する。
「レラ、急に呼び出して悪かった。けれど、どうしても直接話を聞きたかったんだ――君がディオン殿下と二人で姿を消したという件について」
「……やはり、そのことですよね。殿下に声をかけられ、断りきれなくて……本当に申し訳ございません」
「いや、謝らなくてもいい。王族に逆らえないのは当然だし、俺もそこまで責めるつもりはない。ただ……やはり気になってしまうんだ」
ジル様は困惑の色を浮かべつつ、私の目を見て問いかける。
「ディオン殿下は君に何を? もし君に不快な思いをさせたり、変なことを強要してきたりしたなら、俺も黙ってはいられない」
「変なことはされていません。……ただ、『僕を頼ってもいい』と、そんなことを言われました」
「頼ってもいい、か……」
ジル様は少し眉をひそめ、どう答えるべきか迷っているように見えた。私は杯に入ったハーブティーを一口飲み、言葉を続ける。
「おそらくディオン殿下は、私が“家の都合で結婚させられる不幸な娘”とでも思われたのではないでしょうか。それで、“助けが必要なら協力する”と仰ったのだと思います」
「それで、君はどう感じた? ……本当に助けてほしいと、そう思ったか?」
「いいえ。私はすでにジル様との結婚を受け入れるつもりです。このままで構いません」
そう言い切ると、ジル様の瞳がわずかに揺れるのがわかった。やがて彼は微かに苦笑する。
「……“このままで構わない”ね。最初はあれほど乗り気ではなさそうだったのに、今では随分と割り切っているじゃないか」
「そうですね。いろいろありましたが、私なりに考えて出した結論です。ジル様も、私に愛情を求めていらっしゃるわけではないのでしょう?」
「…………」
ジル様は黙り込む。私は続きを待つが、ややあって彼は視線を逸らすようにして言う。
「最初は、そうだった。俺が自由でいたいから、家の押しつけで結婚するなら干渉されない相手がいいと……そう思っていた。だが、最近は少しだけ考えが変わってきたんだ」
「考えが……変わってきた、とは?」
「この前の夜会で、君がピアノを弾いたのを見たとき、正直少し感心した。リディアからの無茶ぶりに対しても上手く切り抜け、社交界で目立たないようにしながらも、必要な場面では存在感を示している。……君は、思っていたよりずっと“できる女性”なんだな、と」
その言葉を聞き、私の心がかすかに波打つ。
――ジル様が、私を“できる女性”と評価している? そんな経験、今まで一度もない。両親や姉たちにとって、私は“地味で役立たず”だったはずだから。
けれど同時に、心のどこかで警鐘が鳴る。もしかして、ジル様が今さら私に興味を持ち始めたのなら、リディアとの関係はどうなる? 私が距離を取りたいにも関わらず、彼が近づいてくるなら、面倒が増すだけだ。
予感的中。ジル様は照れくさそうな顔で、しかし真剣な声で続ける。
「もちろん、白い結婚の約束は変わらない。俺は家の重圧が嫌で、この政略結婚を形だけのものにしたかった。けど……少しだけ、君のことをもっと知りたいと思うようになったんだ。だから、以前よりももう少しだけ近くにいてほしい」
「…………」
近くにいてほしい――。
私は言葉に詰まる。彼自身が私との関係にほんの少し好奇心を抱き始めたのか、あるいは単にリディアとの距離を曖昧にしたまま“正妻”にも情を示す形に移行したいだけなのか。
私の沈黙を受けて、ジル様は苦しげに眉を寄せる。
「無茶を言っているのはわかっている。……けれど、ディオン殿下が君に目をかけている以上、下手をすれば君がそちらに行ってしまう可能性だってある。俺は……なんだかそれが落ち着かないんだ」
「ジル様……」
「君がそう望まないなら、無理はしない。俺はただ、婚約者としての責任をきちんと果たしたいんだ。もちろん、リディアのことも……いずれ決着をつける。彼女には昔から色々と……世話をしてもらっていたが、君を困らせるような行動は見逃せない」
ジル様の言葉には、戸惑いや悔恨の色がにじんでいるようだった。
――だが、遅い。あまりにも遅いのだ。私は既に、ジル様との“ある程度の距離感”を受け入れている。この期に及んで「近づきたい」と言われても、どう反応すればいいのか。
しかも、私が彼に心を許せば、リディアからの攻撃はますます苛烈になるだろう。リディアは私を敵視しているのだから。
気がつけば、口をついていた。
「……ジル様、もう遅いのですわ」
「……え?」
「私は、ジル様が自由になりたいから“白い結婚”でいいと仰ったとき、ちょっと安心したんです。だからこそ、面倒ごともなく、静かに過ごせると思った。いまさら“近くにいてほしい”と言われましても……私にはよくわかりません。私がジル様に干渉すれば、リディア様を傷つけることにもなるでしょう?」
ジル様の表情が痛ましげに歪む。その瞳は、まるで「そんな風に言われると思わなかった」と言いたげだ。
「……確かに俺は、リディアを切り捨てるつもりはない。彼女とは友情のようなものがあって、簡単には断ち切れない。でも、それと正妻である君とが、両立できないとは思わなかったんだ。……我ながら身勝手なことを言っているのは承知している」
「身勝手、ですね……。ジル様、私はただ、静かに本を読んで暮らしていたいだけなんです。このまま“形だけ”の結婚で済ませましょう。それがいちばん穏便ではありませんか?」
「……レラ……」
ジル様は悲しげに私を見つめる。まるで「ここで引き下がりたくない」と訴えるように口を開きかけたが、結局、何も言わずに唇を噛んだ。
私も胸の奥が少し痛んだが、心を決めている。アルフェイン家の正妻という地位があれば、家の役に立つ。けれど、余計な恋愛沙汰に巻き込まれるのはまっぴらごめんだ。
――もう遅いのだ。私の気持ちは、ジル様が思うほど簡単には動かない。
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8.リディアの焦りと、ざまあの予感
ジル様との会話を終え、伯爵家に戻った私。静かな部屋で一人になると、疲労がどっと押し寄せ、ベッドに倒れ込みたい衝動に駆られた。
しかし、そこに侍女頭のリコが駆け込んできて言う。
「お嬢様、外にリディア・シュヴァルツ様がお見えになっています。ご訪問の目的は……まだお知らせいただけませんが、どうやらお話があるようで……」
「リディア様が、私を……? 珍しいわね」
嫌な予感しかしない。リディアがわざわざ伯爵家まで押しかけてくるなど、ただ事ではないだろう。何か私に言いたいことがあるのか、それとももう一度恥をかかせる策でも持ち込んだのか――。
落ち着きのない気持ちを抑えながら、私は応接室へ向かった。扉を開けると、リディアは濃い緋色のドレス姿で椅子に腰掛け、居丈高な態度を崩さない。
私が礼を述べても、さも退屈そうに鼻を鳴らすだけだ。
「ふん、ずいぶんと遅かったのね。私がわざわざ訪問して差し上げたのに」
「お待たせして申し訳ございません。……それで、本日はどのようなご用件でしょうか?」
私が椅子に座り、リディアを正面から見る。彼女は口角を上げ、まるで挑発するかのように笑った。
「大した用件なんてないわよ。ただ……あなたとジル様の“白い結婚”が、どうやら揺らぎ始めていると耳にしたものだから、様子を見に来ただけ」
「……揺らぎ、ですか?」
「そうよ。ジル様はあなたに心惹かれ始めているのではないかしら? まあ、私に言わせれば、今さら滑稽な話だけれど」
リディアは嘲笑を含んだ口調で続ける。
「あなたも気づいているでしょ? ジル様は“形だけ”の結婚にするつもりが、あなたの存在に少しずつ興味を持ち始めた。……私には、それが我慢ならないの」
「私こそ、困っているのです。リディア様に恨まれるようなことをするつもりはありません」
「あら、じゃああなた、ジル様を引き留める気はないのね? 彼は今、『リディアを切り捨てることはできないけれど、レラともっと深い仲になりたい』などと言い始めているのよ。……私からすれば最低最悪よ。あなたのせいでジル様が……」
リディアの瞳は嫉妬と怒りに燃えている。彼女からすれば、私が“中途半端に距離を取りながらもジル様に好意を抱かせている”と映っているのだろう。
私は小さくため息をつき、きっぱりと告げる。
「勘違いしないでください。私はジル様と深い仲になりたいなどと思っておりません。むしろ困惑しているのですわ。ですから、ジル様の気持ちがどこへ向かおうと、私には関係ありません。私は白い結婚のままで構わないと思っております」
「本当に? ならばはっきりと言いなさいよ。あなたこそジル様を振り払えばいいじゃない。婚約者だからって縛られる必要なんてないでしょう?」
「……私には家の事情があります。婚約をなかったことにする権限などないのです」
リディアが私を睨む。
――そう、私はジル様を追い払う気はないし、婚約を放棄するわけにもいかない。でも、彼に近づく気もない。中途半端な状態を望んでいるわけではないが、結果的にそうなってしまう。
するとリディアが苦々しく口を開く。
「……やっぱり嫌ね。あなたみたいに煮え切らない態度を取られると、余計にジル様の気持ちが揺れるじゃない。私ならまだしも、あなたは愛人がいるわけでもなく、ただの地味な女なんだから、黙ってそこにいればいいのに」
「ですから、私は黙っているつもりです。それを妨げているのはリディア様のほうでは……?」
「っ……!」
リディアの顔が怒りに染まる。その勢いのまま、彼女は立ち上がり、私の方へと詰め寄ってきた。
「あなた――私を馬鹿にしているのね? なるほど、最近はディオン殿下まであなたに興味を示しているそうじゃないの。男たちを翻弄して、勝手に“白い結婚を続けるかどうか”なんて、悠長なことを言っているのね」
「ディオン殿下のことまで……。本当に、私にとっては迷惑なほどの誤解ばかりですわ」
「ああ、そう。ならば教えてあげる。いずれジル様は私を正式に選ぶ。あなたみたいな地味女がどんなに不本意でもね。だって、私は本気でジル様を支えてきたのよ。あなた程度が割り込む余地などないの!」
声を荒らげるリディア。私はその迫力に圧倒されそうになるが、ここで怯んで引き下がるわけにはいかない。
「……どうぞご勝手に。ジル様の心の問題ですし、私にはどうすることもできません。リディア様が本当に大切な方なら、彼を説得なさればよろしいのでは?」
「あなた……!」
リディアは青筋を立てそうな勢いで息を荒くする。けれど、私は気づいてしまった。この人は私を追い落とす算段を立てながら、その実、どこか焦っているのだ。
――つまり、ジル様の気持ちが微妙に変わり始めていることを、リディアも強く感じている。だからこそ、私に罵声を浴びせ、追い詰めようとしているのだ。
そして、私は冷静になって心の奥で微かな“ざまあ”を感じる。リディアにとって、私が揺るぎない脅威になっているという事実。
ここでさらに私が動じず、きっぱりと「あなたにはもう居場所はない」と態度を示してしまえば、リディアの焦りは一層高まるはずだ――。
最後に私は、口調こそ荒げず、あくまで冷ややかな眼差しでリディアを見据え、静かに告げる。
「……リディア様、もう遅いのですわ。あなたがジル様の近くに居場所を確保したいなら、最初から私など眼中にないほどの信頼を築いていればよかった。今になって私を追い落とそうと焦っても、あなたが得られるものは何もございませんよ」
「……っ!」
「私は余計な波風を立てたくありませんし、あなたからジル様を奪う気もありません。ただ、私が正妻としての立場を放棄するつもりもない――。どうしてもお嫌なら、ジル様を諦めるか、もっと堂々と奪い取るか、どちらかにしてくださいませ」
リディアは唇を震わせる。もう何かしら言い返す言葉があるかと思いきや、結局のところ何も出てこないらしい。
目の前の彼女の顔は、嫉妬や怒りや焦りがごちゃまぜになった複雑な色で染まっている。
やがてリディアは、「やってられないわ!」とでも言うようにハンドバッグを掴み上げ、足早に部屋を出て行った。私は見送りもせず、その背に向かって深く頭を下げることもしない。
扉がバタンと閉じ、応接室に重い沈黙が落ちた。私はリコを振り返り、小さく息をつく。
「……やっぱり、余計に面倒になるかしら」
「お嬢様、すごい迫力でしたね……。でも、あのリディア様にあそこまで言い切れたのは、正直、痛快でしたわ」
「痛快、ね。あとでどんな仕返しをされるかわからないけれど……」
私は薄い笑みをこぼしつつ、胸の奥にチクリとした痛みを覚えた。なぜなら、これ以上ジル様に深入りされたくないと思っての言葉だったとはいえ、“もう遅いのですわ”というフレーズは、まるで私がすでにジル様を手中に収めていると言わんばかりの宣言にも聞こえるからだ。
――結果的に、リディアのプライドを徹底的に傷つけたのは間違いない。もはや彼女は、あからさまに敵意を剥き出しにしてくるだろう。
それでも、私は後悔していない。どの道、これ以上リディアに翻弄され続けるのは勘弁だし、同時にジル様の変心に振り回されるのももう真っ平。
私には、私の意志でこの婚約を全うする道がある。誰に文句を言われようが、私はただ“干渉の少ない穏やかな日々”を守りたいだけ。
そして――もし王族のディオン殿下が、この先また何かちょっかいをかけてくるようなら、そのときはどうするか。今はまだ、先のことを考える余裕もない。
部屋を出るとき、私は微かに笑みを浮かべる。頭の隅には「ざまあ」という言葉がちらついて消えない。
リディアがいくら喚こうと、あの人にもはや逃げ場はないだろう。ジル様の心がどうであれ、“正妻は私”と公にも宣言されているのだから。
――こうして私は、第三章の終わりに“もう遅いのですわ。あなたの居場所はございません”という決定的な一言をリディアに突きつけ、少しだけ肩の荷を下ろした。
だがその実、この後に続くさらなる波乱を、私はまだ知らない。ディオン殿下の思惑と、ジル様の葛藤が絡み合う先に、いかなる結末が待ち受けるのか――それは次の章で、否応なく明らかとなる。
婚約者のジル・アルフェイン様は、私が思っていたよりもそつなく社交をこなし、嫌がらせを仕掛けてくるリディア・シュヴァルツの存在も一応気にかけてくれてはいるらしい。
――もっとも、私とジル様はやはり“形式上の夫婦”に過ぎない。そう割り切っていたはずだ。
ところが最近、ジル様が少しずつ私に距離を詰めてくるように感じられる場面が増えてきた。先日の夜会以来、“私に配慮するのは正妻としての立場を守るため”と理解はしているけれど、なぜか私に声をかけてくれる機会が増えているのだ。
その態度は友好的とも言えるが、私のほうは正直、戸惑ってしまう。だって、私は干渉されないことを望んでいるし、ジル様自身が本来は“自由に恋愛をしたい”という人だからこそ、“白い結婚”を望んだはずではなかったのか。
――だが、この第三章ではそんな私の戸惑いをよそに、事態はさらに進んでいく。
新たに社交界に姿を現わす“第二王子ディオン・ラクリア”の存在が、その流れを加速させたのだ。彼の気まぐれで不可解な行動が、私の運命を大きく揺さぶり始める。そしてジル様の心をも――。
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1.伯爵家に届いた王宮からの招待状
ある日、私のもとに父から「王宮の夜会に招かれた」との話が舞い込んだ。もともと、アルフェイン侯爵家の婚約者として紹介されている以上、いずれ王宮主催の正式な場にも呼ばれるだろうな、とは思っていたが、思ったよりも早い。
どうやら今回は第二王子ディオン・ラクリア殿下が主催する晩餐会に、多くの貴族が招かれる形らしい。王族の催しのなかでも“若き皇族の顔見せ”という要素が強く、比較的フランクな雰囲気で行われるという噂だった。
私は伯爵家の居間でその話を聞きながら、母に念を押される。
「レラ、わかっていますね? あなたはジル様の正妻候補として、恥ずかしくないように振る舞わなければなりません。王宮というのは想像以上に目が厳しいのですから」
「承知しています。余計なことはいたしませんし、なるべく目立たないようにしておきますわ」
「目立たない……そういう問題ではございません。むしろ周囲の貴族たちに“ああ、なるほど。アルフェイン侯爵家に嫁ぐにふさわしい娘ね”と思ってもらうように、最低限の品位を示しなさい」
母は厳めしい表情をしているが、その胸にはきっと“うちの三女でも、それなりにやれるのだ”という期待があるのだろう。最近の私は、リディアの意地悪に対してうまくやり過ごしたり、夜会でピアノを披露したりと、思わぬ形で周囲を驚かせてきたからだ。
私自身は、なるべく静かにやり過ごしたいだけなのに……。
それでも、母の説教をやり過ごし、侍女頭のリコに支度を頼み、王宮へ向かう日の夜を迎える。馬車に揺られながら、私は言い知れぬ不安を覚えていた。
――第二王子。ディオン・ラクリア殿下。かの殿下は、噂によれば“気まぐれで何を考えているのかわからない”という評価を持つらしい。優秀な第一王子とは対照的に、王家のしきたりにとらわれない型破りな立ち振る舞いで知られているのだとか。
そんな殿下が、今回の催しを“やりたいからやる”と言い出したとの話を聞き、貴族たちは少なからず翻弄されているようだ。どういう目的で、多くの貴族を呼び集めるのか――。
アルフェイン侯爵家も例外ではなく、私も“形式上の未亡人扱い”にならないよう、すでに“ジル様の婚約者である”ことを周囲に示さねばならない。
だから、この夜は私にとっても大切な社交の場。もしまたリディアが仕掛けてくるなら、気を引き締めなければならないし、余計な波風は避けたい。
――だが、この晩餐会は、私の想像を超えた波乱の幕開けとなる。
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2.きらびやかな王宮晩餐会
王宮の大広間は、さすがというべき煌びやかさだった。白と金を基調とした内装は天井まで美しく彩られ、壁には歴代王族の肖像画が飾られている。長大なテーブルには豪勢な料理の数々が並び、参加する貴族たちはそれぞれのドレスやタキシードを身にまとう。
私とジル様は招かれた順に、ほかの貴族たちとともにホールへ案内される。隣にはリディアの姿もある。夜会では当然のようにジル様のそばに控えており、私に向ける視線は、相変わらず刺すように鋭い。
――最近、ジル様が私に少し近づいているのを感じ取っているのか、それともそもそも私が婚約者だという事実に腹を立てているのか。リディアの態度は日に日に棘を増しているように思える。
しかし今日は王宮。そうそう軽率な行動は取らないだろうし、少なくとも目立った妨害は避けるはず……と、私は踏んでいた。
ところが、その淡い期待はあっさり裏切られた。
開宴を告げる号鐘が鳴り、貴族たちがテーブル席に案内されていくとき、リディアが私の腕を引いて、笑顔を作りながら言うのだ。
「ごめんなさいね、レラ様。私たち、ちょっと席を入れ替わっていただいていいかしら? この並び順は、なんだか落ち着かないの」
「いえ、そんなことを急に言われても……。席次は王宮の侍従が決めたものですし、勝手に変えるのは……」
「あらあら、“アルフェイン侯爵家の婚約者”ともあろう方が、そんなに弱気でいいのかしら? ここでの振る舞いが大事なのよ? ねえ、ジル様?」
リディアはわざとジル様にも助けを求めるように視線を送る。ジル様はやや困った顔をしながら、私に視線を向けてきた。
「……まあ、リディアの言うこともわからないでもないが。どうする、レラ?」
「どうする、と言われましても……」
そんなことをすれば、周囲から王宮の采配に楯突くように見られる可能性もある。それこそ、私が無作法な娘と思われるかもしれないのだ。
しかしリディアは、一見すると楽しげな笑みを貼り付けているが、その目の奥で私を試すような光を宿しているように見えた。
“さあ、あなたにそんな余裕があるの? ここで断ったら、私が公衆の面前で騒いであげるわよ”――まるで、そう言わんばかり。
私は声をひそめてジル様に問う。
「ジル様、本当にこのまま席を変えて構わないのですか? せっかく王宮が準備してくださった席次ですのに」
「俺としては、そこまで問題にはならないと思う。……リディアも、あまり目立った騒ぎは起こさないだろうし。レラが嫌でなければ、俺が一言侍従に申し出てみよう」
ジル様も、どうやら“リディアがこのまま大人しくしているとは思えない”という考えがあるらしい。だからこそ、なるべく今のうちに彼女の機嫌を取っておきたい――そんな本音がうかがえた。
――私にとっては面倒だけど、仕方ない。
私は苦い思いを飲み込みながら、「わかりました」と口を開く。
「侍従の方に一言許可をいただけるのでしたら、私も従いましょう。……ただし、騒ぎが大きくなりそうなら、すぐに取りやめてくださいませ。余計な問題は避けたいのです」
「助かる、レラ。ありがとう」
ジル様は私に軽く笑いかける。リディアはその会話を横で聞きながら、勝ち誇ったように微笑みを返してきた。
こうして、ほんのささいな事柄だったはずの“席替え”が、実はこの先の大きな出来事の引き金となるとは、私はまだ気づいていなかった。
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3.ディオン殿下との邂逅
席替えの結果、私はジル様やリディアからやや離れたテーブルに座ることになった。そこは伯爵家や子爵家の令嬢・令息など、私にとっては面識のない人々が主に集まっている席だ。
嫌がらせか? とも思ったが、リディアの意図は“ジル様に近い位置を確保したい”というだけなのだろう。私はむしろホッとしてしまった。リディアを間近で見なくてもいいし、ジル様や彼女に振り回されることも少なくなる。
晩餐が始まり、私は大人しく料理を楽しむ。かといって、黙っているわけにもいかないので、隣になった子爵家の令嬢と他愛もない話題を交わす。
――そのとき、ふと会場にざわめきが走った。
入口近くに誰かが現れたのだが、どうやらその人物が“今夜の主役”であるらしい。華やかな拍手や小さな悲鳴が上がり、私もつられてそちらに目を向ける。
そこに立っていたのは、漆黒の衣装を身にまとった青年。金色の髪は後ろでゆるく束ねられ、切れ長の瞳が薄い色彩を帯びているのが遠目にもわかる。
一目見ただけで、その整いすぎた容貌に息を呑む。けれども、その顔にはどこか気だるげな、あるいは退屈そうな表情が浮かんでいる。
――第二王子、ディオン・ラクリア殿下。
王族であるがゆえの気品を漂わせながらも、その仕草には優雅というより無関心を思わせる雰囲気があった。集まった貴族たちが礼儀正しく頭を下げるなか、ディオン殿下は気の向くままに視線をさまよわせている。
「おやおや、みんな退屈そうだね。こんな形式ばった晩餐に呼んでしまったのは僕だけど、もっと気楽にしてくれていいのに……」
彼はそんな呟きを漏らしながら、場の空気を完全に支配した。誰もが王子に注目している。しかし、殿下は視線を集めることなど全く意に介していない様子だ。
ひとしきり眺め渡したあと、ディオン殿下は侍従らしき男性に耳打ちをして、案内されるまでもなくするするとホールの奥へ進んでいった。
拍手や囁きが途切れる。どうやらディオン殿下は、優雅な乾杯の音頭などを執るつもりはないらしく、それどころか勝手に会場を散策しているらしい。
――噂通り、気まぐれな王子様のようだ。
私は遠巻きに見ながら、できれば接触する機会がないまま今宵を終えたい、と思った。王族との関わりは、それだけで面倒事に繋がるものだし、これ以上余計なトラブルはごめんこうむりたい。
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4.“運命的”でもなんでもない出会い
その後、ディオン殿下は何人かの貴族に声をかけられ、軽く挨拶を交わしている様子が見える。私からすれば、あまりに遠い世界の存在だ。こうして同じ会場にいること自体が不思議なくらいなのだから。
ところが、私が会場の隅でワイングラスを手に一息ついていると、不意にディオン殿下がこちらに歩み寄ってくるのが視界の端に映った。
――まさか、私のところに来るわけがない。そう思っていたのに、彼は真っすぐ私のほうへ向かってくる。そして、私からほんの数歩の距離で立ち止まった。
その場にいた数人の貴族が一斉に慌てて頭を下げ、私は反射的に身を硬くする。そんな私たちを見て、殿下は少しだけ薄く笑った。
「やあ……どうしてこんな隅っこでじっとしているのかな。料理も音楽も楽しむ気はないの?」
「あ、いえ、そんな……。殿下の晩餐会に招かれただけでも光栄ですわ」
私はおずおずと頭を下げる。まさか直接話しかけられるなんて、想定していなかった。
殿下は私を見つめ、軽く首をかしげる。その瞳はどこか好奇心のまなざしを帯びていた。
「ふうん。君は誰だい? どこかで見たような、そうでないような……」
「グランメリー伯爵家の三女、レラと申します。身に余る光栄ながら、アルフェイン侯爵家のジル様と婚約が決まっております。……それだけの、地味な娘です」
王族の前で“地味な娘”と自己評価するのも妙な話だが、私には正直、ほかに言えることもなかった。
するとディオン殿下は、わざとらしいほどに眉を上げ、「へぇ、そうなんだ」と興味深げに相槌を打つ。
「アルフェイン侯爵家のジル……彼もいるね。今はどこだっけ……?」
「そちらの中央テーブルに、恐らくリディア・シュヴァルツ様たちと……」
「シュヴァルツ……ああ、あの派手な子か。なるほどね……」
殿下はひとりで納得したように呟き、そのまま私の近くの椅子を取って、勝手に腰を下ろしてしまった。
まわりの貴族たちは「殿下がこんなところで何を……!」と動揺しているのが伝わってくる。私だって、これ以上ないほど緊張していた。
だが、殿下はそんな空気にはお構いなしに口を開く。
「ねえ、レラ・グランメリー。君はどうしてアルフェイン家に嫁ぐことになったの?」
「……家の都合、というのが大きいです。それ以上でも、以下でもありません」
「ふうん。家の都合ね……。それで君自身は、その結婚を望んでいるのかな?」
私は言葉に詰まる。望んでいるか、望んでいないか――それはイエスともノーとも言えない。そもそも白い結婚であり、形だけの繋がりだと思っているからだ。
その沈黙を見て、ディオン殿下は小さく笑みを浮かべる。
「なるほど、そういうことか……。ま、無理に答えなくていい。僕は単に好奇心で尋ねただけだから。それに、僕はどうも“家の都合で苦しむ”なんて話を聞くと、放っておけない性分みたいでね」
「は……はあ……」
何を言っているのだろう、と私は戸惑う。第二王子がこんな軽々しく、初対面の私に興味を示す意味がまるでわからない。
しかし殿下はまるで私の心の中を見透かすような鋭い瞳で私を見つめ、それから突然、笑みを深くした。
「そうだ、もし退屈しているなら僕に付き合ってくれないかな。せっかくの晩餐会だけど、どうも僕には物足りなくてさ。……君も地味にしているだけじゃ、つまらないだろう?」
「…………」
困惑が胸を埋める。王族の誘いを無下に断るのは難しいが、うかつに承諾すれば“第二王子に媚びを売る伯爵令嬢”などと噂されるかもしれない。なによりジル様やリディアが黙っていないだろう。
私が目を伏せて言葉を探していると、殿下は続ける。
「まあ、そんな顔をしないで。僕は強制はしないよ。だけど……仮にも君はアルフェイン家の婚約者という立場なのだろう? ここで僕が話しかけているのに、無碍に断ったら、アルフェイン家自体が僕とのご縁をお断りするように見えるかもしれないよね」
「……!」
……最悪だ。これは軽い脅しだろう。王家に対して何をやらかすかわからない第二王子。彼の誘いを拒めば、アルフェイン侯爵家が“第二王子の顔を潰した”と見なされる可能性もある。
殿下の言葉や態度からは、まるで私を試しているかのような底知れないものを感じる。
――しかし、ここで拒否するわけにはいかない。私は仕方なく、言葉を飲み込み、微笑をつくった。
「……わかりました。私でよろしければ、お付き合いいたします。どのようにすればよろしいでしょうか」
「さっきホールの隅に小さな庭園を見つけたんだ。あそこへ行ってみないかい? 人混みから離れて、静かに話がしたい。……君も耳が休まるだろう?」
まさか王宮の晩餐会で勝手に抜け出そうというのか。けれども、この殿下に逆らうことなど到底できない。
私は「はい」と小さく答え、ディオン殿下に手を差し出されるのを見て、戸惑いながらもそっと自分の手を重ねた。殿下は満足げに口角を上げて立ち上がる。
周囲の貴族たちはざわめき、“いったい何事?”という視線を私たちに向けている。私はその眼差しを無視することなどできないまま、殿下とともにホールを出て行った。
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5.王宮の庭園での会話
晩餐会場からしばらく奥へ進むと、ちょっとした廊下の先に小さな庭園が広がっていた。月の光が差し込み、夜の花々がひっそりと咲いている。
石造りのベンチが設置されており、ディオン殿下はそこに腰掛けるよう私を促す。私も遠慮がちに隣に腰を下ろした。
夜風が肌を冷やし、私はドレス越しに小さく震える。そんな私を見て、殿下は「冷えるなら中に戻るかい?」と笑う。
――まるで、本当にただの気まぐれで私を連れ出しただけのように見える。だけど、殿下の瞳にはどこか鋭い思慮を感じてしまう。私は恐る恐る口を開く。
「……殿下、もし私との会話がお済みでしたら、お早く会場にお戻りになられたほうが……。きっと殿下をお待ちの方々がいらっしゃいますでしょうし」
「うん? ああ、いいんだよ。僕はあの手の華やかな場は苦手だからね。放っておいても誰かが盛り上げてくれるさ。第一王子みたいに完璧にこなせるわけでもないし……」
殿下は飄々とした調子で答え、空を仰ぐ。月の光が彼の金色の髪を淡く照らす。その橙色がかった瞳は、どこか孤独の影を帯びているようにも見えた。
少しの沈黙ののち、殿下はゆっくりと私に向き直る。
「さて……さっきも言ったけど、君はアルフェイン家に嫁ぐつもりなんだよね?」
「はい。それが私に課せられた役目ですから」
「役目か。そういうのは、あまり好きじゃないんだけどね」
ディオン殿下は小さく鼻を鳴らして、不服そうに呟く。そして、私の瞳を真っ直ぐに見つめながら続けた。
「君自身は、その結婚で幸せになれると思ってる? もしそう思わないなら、僕がどうにかしてあげてもいいよ。王族の力を使えば、多少の無理はきく」
「……っ! そんな、恐れ多いことを……」
驚きと困惑が同時にこみ上げ、私は言葉を失う。まるで“アルフェイン家との婚約を壊してやってもいい”とでも言わんばかりだ。
だが私が望むのは、今さら結婚を白紙に戻すことではない。私の家は既にこれを機にアルフェイン侯爵家との関係を築こうと動いているし、私自身も“干渉されないなら悪くない”と割り切っている。
そもそも、今さら婚約を破棄すれば、私にとっては予想もつかないトラブルが待ち構えているだろう。
……それに、最近のジル様は少しばかり気にかけてくれている面もある。彼は彼なりに、私を利用するだけでなく“守ろう”としてくれる瞬間がある。
私は困り果てながらも、なんとか言葉を紡ぐ。
「お気遣いは痛み入りますが……私自身、この婚約に大きな不満はありません。むしろ、余計な恋愛感情などがない分、気楽と言えば気楽で……」
「恋愛感情が、ない……」
ディオン殿下はしばし唖然としたように呟き、やがて含み笑いを漏らす。
「へえ、君はなかなか面白い女性だね。普通なら『愛のない結婚なんて嫌です』と泣き言のひとつでも言いそうなものだけど……」
「私はそこまで愛に憧れるタイプではありませんし……家の義務を果たせればよいと考えております」
「なるほど。じゃあ、アルフェイン家でずっと“地味な正妻”として暮らしていく気なの?」
「……はい。それが私には合っていますから」
私がそう答えると、ディオン殿下は目を細めて私を見やる。その瞳はまるで「本当はそれでいいのか?」と問いかけているように感じる。
けれど、私はそれ以上答えようがない。
――私は確かに“白い結婚”に満足しているわけではない。しかし、想い人のいる相手に執着する気もないし、家のために身を捧げるしかない立場だ。リディアとのいざこざも面倒だが、関わりを最小限に抑えられるならそれでいい。
すると、ディオン殿下は急にベンチから立ち上がり、私の前に姿を止めた。
「……まあいい。考えは人それぞれだしね。けれど、覚えておいてよ。君が本当に苦しんだり、助けを求めるときは、僕を頼ればいい。僕はいつだって面白いことを望んでいるからね。君が面白い“カード”になるなら、協力してあげるよ」
「殿下……?」
「僕の言葉の意味は、君の中でもう少し時間をかけて考えてくれればいい。とにかく、僕は君が嫌いじゃないということさ。……退屈な晩餐会のなかで、ちょっとした掘り出し物を見つけた気分だよ」
ディオン殿下は不敵な笑みを浮かべる。私はまるで獣に狙われているような、奇妙な圧迫感を覚える。
ともあれ、このままここにいるのは得策ではないと感じた。王族の“気まぐれ”に振り回されて、後でどんな噂が立つかわかったものではない。
私は椅子から立ち上がり、できるだけ失礼のないよう軽く頭を下げる。
「お心遣いに感謝いたします。ですが、そろそろ会場に戻りませんと、皆様がお探しになるかと……」
「そうだね。じゃあ戻ろうか。……ああ、今さらだけど、君に敬語は要らないよ。僕は堅苦しいのが苦手なんだ。ま、強制しないけどね」
殿下は肩をすくめながら、私を連れて庭園を後にする。
私が殿下の横を歩いてホールへ戻る姿は、当然ながら大勢の目に留まった。ざわざわとした囁きが広がり、リディアが遠くからあからさまな嫌悪を込めた視線を寄越しているのを感じる。
ジル様もまた、こちらに驚いたような視線を投げかけている。その表情には困惑がありありと浮かんでいた。
(……何が起こるのかしら。余計に面倒なことになりそうな予感がするわ)
私は内心で小さく息を吐く。どうやら“地味な伯爵令嬢”として平穏に過ごすのは、だんだん難しくなってきたようだ。
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6.密やかな波紋と、ジル様の戸惑い
ディオン殿下と庭園にいたことは、すぐに噂となって広まったらしい。私が何か王子に媚びを売ったのだとか、王子がジル様の正妻候補を奪おうとしているだとか、真実ともデマともつかない話が飛び交い始める。
当の私は、その日の晩餐会が終わってすぐ伯爵家に戻り、翌朝には母や父から問い詰められた。
「まさか第二王子に取り入ろうとしたのではないでしょうね!」と憤慨する母に、私は何度も事情を説明する。ディオン殿下が突然声をかけてきて、断りきれなかっただけ――それ以上でも以下でもない。
父は父で、「王家との交誼を深めるならそれはそれで悪くないが、アルフェイン家に睨まれるのは困るぞ……」と深刻そうな顔で呟く。
そう、アルフェイン侯爵家にとっても、第二王子と過度に接近されるのは迷惑かもしれない。ジル様からしても、婚約者が王族と親しげにしていたら、立場上、穏やかではいられないだろう。
――実際、翌日にはジル様から個人的に手紙が届いた。そこには短く「お会いしてお話がしたい」とだけ綴られている。
不吉な予感がしながらも、私は指定されたカフェ――王都の外れにある、アルフェイン家お抱えの店へ向かった。
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7.ジル様との面会
王都の静かな一角に佇む高級カフェ。人目を気にせずに会話ができるよう、ジル様が手配したらしい。
私はリコに付き添われながら店に入り、個室へ通される。そこにはすでにジル様が先に来ていた。
ジル様は私の姿を認めると、椅子を立ち上がり、やや硬い表情で一礼する。
「レラ、急に呼び出して悪かった。けれど、どうしても直接話を聞きたかったんだ――君がディオン殿下と二人で姿を消したという件について」
「……やはり、そのことですよね。殿下に声をかけられ、断りきれなくて……本当に申し訳ございません」
「いや、謝らなくてもいい。王族に逆らえないのは当然だし、俺もそこまで責めるつもりはない。ただ……やはり気になってしまうんだ」
ジル様は困惑の色を浮かべつつ、私の目を見て問いかける。
「ディオン殿下は君に何を? もし君に不快な思いをさせたり、変なことを強要してきたりしたなら、俺も黙ってはいられない」
「変なことはされていません。……ただ、『僕を頼ってもいい』と、そんなことを言われました」
「頼ってもいい、か……」
ジル様は少し眉をひそめ、どう答えるべきか迷っているように見えた。私は杯に入ったハーブティーを一口飲み、言葉を続ける。
「おそらくディオン殿下は、私が“家の都合で結婚させられる不幸な娘”とでも思われたのではないでしょうか。それで、“助けが必要なら協力する”と仰ったのだと思います」
「それで、君はどう感じた? ……本当に助けてほしいと、そう思ったか?」
「いいえ。私はすでにジル様との結婚を受け入れるつもりです。このままで構いません」
そう言い切ると、ジル様の瞳がわずかに揺れるのがわかった。やがて彼は微かに苦笑する。
「……“このままで構わない”ね。最初はあれほど乗り気ではなさそうだったのに、今では随分と割り切っているじゃないか」
「そうですね。いろいろありましたが、私なりに考えて出した結論です。ジル様も、私に愛情を求めていらっしゃるわけではないのでしょう?」
「…………」
ジル様は黙り込む。私は続きを待つが、ややあって彼は視線を逸らすようにして言う。
「最初は、そうだった。俺が自由でいたいから、家の押しつけで結婚するなら干渉されない相手がいいと……そう思っていた。だが、最近は少しだけ考えが変わってきたんだ」
「考えが……変わってきた、とは?」
「この前の夜会で、君がピアノを弾いたのを見たとき、正直少し感心した。リディアからの無茶ぶりに対しても上手く切り抜け、社交界で目立たないようにしながらも、必要な場面では存在感を示している。……君は、思っていたよりずっと“できる女性”なんだな、と」
その言葉を聞き、私の心がかすかに波打つ。
――ジル様が、私を“できる女性”と評価している? そんな経験、今まで一度もない。両親や姉たちにとって、私は“地味で役立たず”だったはずだから。
けれど同時に、心のどこかで警鐘が鳴る。もしかして、ジル様が今さら私に興味を持ち始めたのなら、リディアとの関係はどうなる? 私が距離を取りたいにも関わらず、彼が近づいてくるなら、面倒が増すだけだ。
予感的中。ジル様は照れくさそうな顔で、しかし真剣な声で続ける。
「もちろん、白い結婚の約束は変わらない。俺は家の重圧が嫌で、この政略結婚を形だけのものにしたかった。けど……少しだけ、君のことをもっと知りたいと思うようになったんだ。だから、以前よりももう少しだけ近くにいてほしい」
「…………」
近くにいてほしい――。
私は言葉に詰まる。彼自身が私との関係にほんの少し好奇心を抱き始めたのか、あるいは単にリディアとの距離を曖昧にしたまま“正妻”にも情を示す形に移行したいだけなのか。
私の沈黙を受けて、ジル様は苦しげに眉を寄せる。
「無茶を言っているのはわかっている。……けれど、ディオン殿下が君に目をかけている以上、下手をすれば君がそちらに行ってしまう可能性だってある。俺は……なんだかそれが落ち着かないんだ」
「ジル様……」
「君がそう望まないなら、無理はしない。俺はただ、婚約者としての責任をきちんと果たしたいんだ。もちろん、リディアのことも……いずれ決着をつける。彼女には昔から色々と……世話をしてもらっていたが、君を困らせるような行動は見逃せない」
ジル様の言葉には、戸惑いや悔恨の色がにじんでいるようだった。
――だが、遅い。あまりにも遅いのだ。私は既に、ジル様との“ある程度の距離感”を受け入れている。この期に及んで「近づきたい」と言われても、どう反応すればいいのか。
しかも、私が彼に心を許せば、リディアからの攻撃はますます苛烈になるだろう。リディアは私を敵視しているのだから。
気がつけば、口をついていた。
「……ジル様、もう遅いのですわ」
「……え?」
「私は、ジル様が自由になりたいから“白い結婚”でいいと仰ったとき、ちょっと安心したんです。だからこそ、面倒ごともなく、静かに過ごせると思った。いまさら“近くにいてほしい”と言われましても……私にはよくわかりません。私がジル様に干渉すれば、リディア様を傷つけることにもなるでしょう?」
ジル様の表情が痛ましげに歪む。その瞳は、まるで「そんな風に言われると思わなかった」と言いたげだ。
「……確かに俺は、リディアを切り捨てるつもりはない。彼女とは友情のようなものがあって、簡単には断ち切れない。でも、それと正妻である君とが、両立できないとは思わなかったんだ。……我ながら身勝手なことを言っているのは承知している」
「身勝手、ですね……。ジル様、私はただ、静かに本を読んで暮らしていたいだけなんです。このまま“形だけ”の結婚で済ませましょう。それがいちばん穏便ではありませんか?」
「……レラ……」
ジル様は悲しげに私を見つめる。まるで「ここで引き下がりたくない」と訴えるように口を開きかけたが、結局、何も言わずに唇を噛んだ。
私も胸の奥が少し痛んだが、心を決めている。アルフェイン家の正妻という地位があれば、家の役に立つ。けれど、余計な恋愛沙汰に巻き込まれるのはまっぴらごめんだ。
――もう遅いのだ。私の気持ちは、ジル様が思うほど簡単には動かない。
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8.リディアの焦りと、ざまあの予感
ジル様との会話を終え、伯爵家に戻った私。静かな部屋で一人になると、疲労がどっと押し寄せ、ベッドに倒れ込みたい衝動に駆られた。
しかし、そこに侍女頭のリコが駆け込んできて言う。
「お嬢様、外にリディア・シュヴァルツ様がお見えになっています。ご訪問の目的は……まだお知らせいただけませんが、どうやらお話があるようで……」
「リディア様が、私を……? 珍しいわね」
嫌な予感しかしない。リディアがわざわざ伯爵家まで押しかけてくるなど、ただ事ではないだろう。何か私に言いたいことがあるのか、それとももう一度恥をかかせる策でも持ち込んだのか――。
落ち着きのない気持ちを抑えながら、私は応接室へ向かった。扉を開けると、リディアは濃い緋色のドレス姿で椅子に腰掛け、居丈高な態度を崩さない。
私が礼を述べても、さも退屈そうに鼻を鳴らすだけだ。
「ふん、ずいぶんと遅かったのね。私がわざわざ訪問して差し上げたのに」
「お待たせして申し訳ございません。……それで、本日はどのようなご用件でしょうか?」
私が椅子に座り、リディアを正面から見る。彼女は口角を上げ、まるで挑発するかのように笑った。
「大した用件なんてないわよ。ただ……あなたとジル様の“白い結婚”が、どうやら揺らぎ始めていると耳にしたものだから、様子を見に来ただけ」
「……揺らぎ、ですか?」
「そうよ。ジル様はあなたに心惹かれ始めているのではないかしら? まあ、私に言わせれば、今さら滑稽な話だけれど」
リディアは嘲笑を含んだ口調で続ける。
「あなたも気づいているでしょ? ジル様は“形だけ”の結婚にするつもりが、あなたの存在に少しずつ興味を持ち始めた。……私には、それが我慢ならないの」
「私こそ、困っているのです。リディア様に恨まれるようなことをするつもりはありません」
「あら、じゃああなた、ジル様を引き留める気はないのね? 彼は今、『リディアを切り捨てることはできないけれど、レラともっと深い仲になりたい』などと言い始めているのよ。……私からすれば最低最悪よ。あなたのせいでジル様が……」
リディアの瞳は嫉妬と怒りに燃えている。彼女からすれば、私が“中途半端に距離を取りながらもジル様に好意を抱かせている”と映っているのだろう。
私は小さくため息をつき、きっぱりと告げる。
「勘違いしないでください。私はジル様と深い仲になりたいなどと思っておりません。むしろ困惑しているのですわ。ですから、ジル様の気持ちがどこへ向かおうと、私には関係ありません。私は白い結婚のままで構わないと思っております」
「本当に? ならばはっきりと言いなさいよ。あなたこそジル様を振り払えばいいじゃない。婚約者だからって縛られる必要なんてないでしょう?」
「……私には家の事情があります。婚約をなかったことにする権限などないのです」
リディアが私を睨む。
――そう、私はジル様を追い払う気はないし、婚約を放棄するわけにもいかない。でも、彼に近づく気もない。中途半端な状態を望んでいるわけではないが、結果的にそうなってしまう。
するとリディアが苦々しく口を開く。
「……やっぱり嫌ね。あなたみたいに煮え切らない態度を取られると、余計にジル様の気持ちが揺れるじゃない。私ならまだしも、あなたは愛人がいるわけでもなく、ただの地味な女なんだから、黙ってそこにいればいいのに」
「ですから、私は黙っているつもりです。それを妨げているのはリディア様のほうでは……?」
「っ……!」
リディアの顔が怒りに染まる。その勢いのまま、彼女は立ち上がり、私の方へと詰め寄ってきた。
「あなた――私を馬鹿にしているのね? なるほど、最近はディオン殿下まであなたに興味を示しているそうじゃないの。男たちを翻弄して、勝手に“白い結婚を続けるかどうか”なんて、悠長なことを言っているのね」
「ディオン殿下のことまで……。本当に、私にとっては迷惑なほどの誤解ばかりですわ」
「ああ、そう。ならば教えてあげる。いずれジル様は私を正式に選ぶ。あなたみたいな地味女がどんなに不本意でもね。だって、私は本気でジル様を支えてきたのよ。あなた程度が割り込む余地などないの!」
声を荒らげるリディア。私はその迫力に圧倒されそうになるが、ここで怯んで引き下がるわけにはいかない。
「……どうぞご勝手に。ジル様の心の問題ですし、私にはどうすることもできません。リディア様が本当に大切な方なら、彼を説得なさればよろしいのでは?」
「あなた……!」
リディアは青筋を立てそうな勢いで息を荒くする。けれど、私は気づいてしまった。この人は私を追い落とす算段を立てながら、その実、どこか焦っているのだ。
――つまり、ジル様の気持ちが微妙に変わり始めていることを、リディアも強く感じている。だからこそ、私に罵声を浴びせ、追い詰めようとしているのだ。
そして、私は冷静になって心の奥で微かな“ざまあ”を感じる。リディアにとって、私が揺るぎない脅威になっているという事実。
ここでさらに私が動じず、きっぱりと「あなたにはもう居場所はない」と態度を示してしまえば、リディアの焦りは一層高まるはずだ――。
最後に私は、口調こそ荒げず、あくまで冷ややかな眼差しでリディアを見据え、静かに告げる。
「……リディア様、もう遅いのですわ。あなたがジル様の近くに居場所を確保したいなら、最初から私など眼中にないほどの信頼を築いていればよかった。今になって私を追い落とそうと焦っても、あなたが得られるものは何もございませんよ」
「……っ!」
「私は余計な波風を立てたくありませんし、あなたからジル様を奪う気もありません。ただ、私が正妻としての立場を放棄するつもりもない――。どうしてもお嫌なら、ジル様を諦めるか、もっと堂々と奪い取るか、どちらかにしてくださいませ」
リディアは唇を震わせる。もう何かしら言い返す言葉があるかと思いきや、結局のところ何も出てこないらしい。
目の前の彼女の顔は、嫉妬や怒りや焦りがごちゃまぜになった複雑な色で染まっている。
やがてリディアは、「やってられないわ!」とでも言うようにハンドバッグを掴み上げ、足早に部屋を出て行った。私は見送りもせず、その背に向かって深く頭を下げることもしない。
扉がバタンと閉じ、応接室に重い沈黙が落ちた。私はリコを振り返り、小さく息をつく。
「……やっぱり、余計に面倒になるかしら」
「お嬢様、すごい迫力でしたね……。でも、あのリディア様にあそこまで言い切れたのは、正直、痛快でしたわ」
「痛快、ね。あとでどんな仕返しをされるかわからないけれど……」
私は薄い笑みをこぼしつつ、胸の奥にチクリとした痛みを覚えた。なぜなら、これ以上ジル様に深入りされたくないと思っての言葉だったとはいえ、“もう遅いのですわ”というフレーズは、まるで私がすでにジル様を手中に収めていると言わんばかりの宣言にも聞こえるからだ。
――結果的に、リディアのプライドを徹底的に傷つけたのは間違いない。もはや彼女は、あからさまに敵意を剥き出しにしてくるだろう。
それでも、私は後悔していない。どの道、これ以上リディアに翻弄され続けるのは勘弁だし、同時にジル様の変心に振り回されるのももう真っ平。
私には、私の意志でこの婚約を全うする道がある。誰に文句を言われようが、私はただ“干渉の少ない穏やかな日々”を守りたいだけ。
そして――もし王族のディオン殿下が、この先また何かちょっかいをかけてくるようなら、そのときはどうするか。今はまだ、先のことを考える余裕もない。
部屋を出るとき、私は微かに笑みを浮かべる。頭の隅には「ざまあ」という言葉がちらついて消えない。
リディアがいくら喚こうと、あの人にもはや逃げ場はないだろう。ジル様の心がどうであれ、“正妻は私”と公にも宣言されているのだから。
――こうして私は、第三章の終わりに“もう遅いのですわ。あなたの居場所はございません”という決定的な一言をリディアに突きつけ、少しだけ肩の荷を下ろした。
だがその実、この後に続くさらなる波乱を、私はまだ知らない。ディオン殿下の思惑と、ジル様の葛藤が絡み合う先に、いかなる結末が待ち受けるのか――それは次の章で、否応なく明らかとなる。
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