珈琲ガレット調布店 不器用な神さまたちの戯れ

谷村にじゅうえん

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第1章 祓戸の神

7,情けをかけるということ

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「昨日と同じコーヒーを――」

 言いかけた祓戸の言葉をソンミンがさえぎる。

「それより昨日のコーヒー代750円!」
「いきなりだな」

 突き出された手のひらを見て、祓戸が困惑気味に視線をさまよわせた。

「払わないならお客さまじゃないんで、店には入れません!」

 店の入り口でソンミンが通せんぼする。

「入れてあげなよ。これ以上濡れたら気の毒だから」

 詩が取りなした。
 祓戸がソンミンの脇を通りながら煩わしげに言う。

「そんなに金が欲しければ、布田ふだ天神てんじんまで行って賽銭さいせん箱を漁ってこいよ」

 そういえば布田天神には祓戸の神がまつられていた。
 すかさずソンミンが反論する。

「なんで僕が賽銭泥棒しなきゃならないんですか!」
「俺がもらった金だからいいんだよ」
「だとしても僕が泥棒に見えるでしょう! そんなリスキーな回収はできません」
「お前、案外馬鹿じゃないんだな」

 祓戸が笑った。
 会話を横で聞きながら、詩は傘を差してこなかった祓戸の体にタオルを当てる。和服はずいぶん湿っていた。

「もしかして雨の中、布田天神から歩いてきたんですか?」
「いや、適当なところから」
「適当な?」
「どこからでも好きなとこから現れて消えるんだよ。神っていうのは」

 彼は厚みのある肩をすくめてみせた。

「それじゃ無銭飲食し放題だな……」

 ソンミンがぼやく。

「あ、それでブルーマウンテンですっけ?」
「てんちょー! 自分のところの神を甘やかすのはやめてください。あげるならあと2分で廃棄になるブレンドがあるじゃないですか」

 後ろの棚に手を伸ばしかけた詩に、ソンミンが目の前のサーバーを示した。
 ドリップコーヒーは抽出後30分で廃棄するのが店のルールだ。時間が経ってしまうと酸化が進み味が変わるからだ。
 しかし祓戸が目で訴える。詩は察した。

「ブレンドは嫌みたいだよ……?」
「なんですって!? 贅沢ぜいたくな! うちのコーヒーはどれも美味しいのに!」

 ソンミンが憤る。

「そうだとしても、一人一人の好みに合わせて作るべきじゃない?」
「相手がお客さまならそうですけどね」

 話し合いは平行線だ。
 そして当事者であるはずの祓戸の神はもう興味を失ってしまったのか、カウンター席で眠そうに欠伸あくびをしていた。
 その横顔が少しだけ寂しそうにも見える。
 詩はタオルを置いた。

「ブルーマウンテン、れましょう」
「なんでですかてんちょー……」

 ソンミンがすねたように唇を突き出すが、もはや彼も諦めムードだ。

「なんでって、うちの神さまだからです」
「神さまってそんなにエライんですか?」
「エライっていうか……んーまあエライはエライんだろうけど……。それより、家族みたいなものだから」

 詩は自分の胸の中の答えをそのまま口にした。
 祓戸の神はイザナギが黄泉よみの国から帰ってきた時に、けがれをはらったことで生まれたらしい。つまり彼は穢れを祓う神でありながら、穢れそのものだ。
 そして親に捨てられた存在だ。

「情をかけることがいいことだとは思えませんけど」
「情をかけることは悪いことじゃないよ」

 ぼやくソンミンを横目に、詩は小さく笑って豆をき始めた。
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