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番外 〝弘〟視点
1/2 半年後 ※
しおりを挟むわたしの目の前で、ほとんど無意識に揺らされているだろう腰を、両手で優しく包むようにして支える。
力が入って張りつめた筋肉は、汗で濡れてツヤツヤと光っていて、手が滑った。
「っ、んっ」
「ああ、ここですね」
ぬるりと滑る手を汗で湿ったシーツで拭って、再び腰を抱え込むと、くすぐったいのか身じろぎされた。
直後に立ち上った香りで、くすぐったいのではないか、と情報を訂正して、同じ場所を指先で押す。
鼻の奥を貫くような淫らな香りを物差しにして、反応が良い場所を指で押しながら、奥まで貫くように目の前の腰を引き寄せた。
「ひ、いっあ、あああ、っ」
ずぬぷっぐぽっ、といやらしい水音が耳に届いて、同時に歓喜の鳴き声と痙攣が、全身に伝わってくる。
晋矢さんの口にする言葉で言うと、いっている、状態だ。
どこに行くのか。
気持ちよさで意識が吹っ飛びそうになる、という意味なのかもしれない。
気遣いの人である晋矢さんは、いつもわたしに体重をかけないように、と上に乗る時は自分の足で体重を支えてくれる。
けれど、絶頂を迎えながらではそれもできないようで、ズッシリと体重を感じた。
動ける気がしない。
ぶる、ぶる、と小刻みに震える晋矢さんの体が、快感に強張っている。
ぎゅ、ぎゅ、と握りしめられるようなうねりに愛撫される男根が、気持ち良い。
でもまだ耐えなくては。
愛おしい恋人に、根元までしっかりと包まれて、幸せに浸っているのに、手加減などしていられない。
心の底から満たされたと思って欲しい。
満たしてあげたい。
何度もトライアンドエラーを繰り返して、ほんのひと月前から、ようやく晋矢さんをセックスで喜ばせてあげられるようになってきた。
晋矢さんがどこで快感を感じるのか、あふれだす香りを頼りにすれば、それなりに正解を得られるようになった。
鍛え上げているプロレスラーのように美しい肉体を持つ、体重のある晋矢さんを腹の上に乗せて、うまく腰を振ることはできないけれど、腰を支えて揺さぶるくらいはできる。
「~~~~っっ!」
うねる中の壁をこねるように揺らすと、絶叫じみた悲鳴に近い嬌声と共に、ぶるん、ぶるん、と二人の腹に挟まれて上下に揺れる茎の先端から、とろ、とろ、とあふれるように精液が垂れて、コンドームの中に溜まっていくのが視界の端に見えた。
触れてないのに、出ている。
精液はこんな風にゆっくりと出るもの……だったかな?
あゝなるほど、これが以前に聞いたチュウイキ?って現象かな。
チュウ、じゃなかったか。
腹のなかからゼンリツ……なんとか、とかいう場所を刺激されると、射精を伴う絶頂を迎えられる、というのがこれだろう。
それとも、奥の方で(どこか不明だけれど)気持ちよくなれるのがチュウイキだった、だろうか。
知識が中途半端で役に立たない。
眉を寄せ、きつく目を閉じて顔をしかめ、苦しそうに喘いでいる晋矢さん。
快感というよりも、痛みに耐えているように見えてしまう。
「~あ、あ、ま、待って、な、まだっまだぁあっ」
その腰を、さらに力を入れて抱き寄せると、うまく息をつけないのか、悲鳴のような嘆願が聞こえた。
息を吐いて肺を空にしてから、甘い香りを胸いっぱいに溜め込んで、一瞬で決める。
晋矢さんの香りは、待たないでもっとして欲しい、と思っていると伝えてくれる。
うん、まだまだ足りないってことだ。
体を鍛えているから、快感にも強いのかもしれない。
甘すぎるのに、くどくない晋矢さんの情欲の香りが、もっともっと、と頼んでいる。
見た目は汗だくで、真っ赤な顔をしているけれど、物足りないのだろう。
晋矢さんは若い、わたしも頑張らなくては。
おじさんだからなんて理由で、晋矢さんを我慢させてはいけない。
「ええ、まだ、ですね」
「ま、待って、ちが、そういう意味じゃなっあ、あっ」
筋肉量が多く、体格の良い晋矢さんの体を、わたしが腕力で揺さぶるなんて無理な話だ。
晋矢さんが、自分で腰を振ってくれるから、気持ちよくしてあげられる。
晋矢さんが望むから、二人でセックスができる。
……それなのに、どうして途中から泣きそうな声で、ちょっとだけ恐怖を匂わせるのだろう?
いつも三回目の絶頂あたりから、恐怖の匂いをさせ始める晋矢さん。
快感と同時に怖い、って何がどうなっているのか。
痛いとか、辛いとか、そういう匂いはしないので、途中でやめるべきなのかが判断できない。
事後に何か言われたことはないし、しっかりと満足してくれているはずだ。
一度「せいごうすぎる……」と呟いているのを聞いたけれど、整合……?
わたしの生き方が、晋矢さんのおかげで整合が取れてきた、という意味だろうか。
日焼けした広い胸を軽く押して仰向けに押し倒して、汗で濡れる肌を舐める。
小さく尖って存在を主張する胸の先端に歯を立てれば、グネグネとわたしを包む温かな肉がうねった。
「痛いですか?」
「い、いいえ、っ、んっ」
ぐち、ぐちゅ、と音を立てて腰を揺らしながら、たっぷりと筋肉のついた太ももに手をかける。
てらてらと汗で艶めいて、ひどく色っぽい。
格闘技を修めている晋矢さんは体が柔らかい。
そして筋肉質で男らしい肉体に触れるのは、とても心地よいので、ついやりすぎてしまう。
「いきますね」
「あ"ああっ」
一度引き抜いて、ローションをたっぷりと足した。
抵抗らしいものもないまま、大きく開いた足の上に体重をかけて、のしかかるように押し込むと、先端が柔らかい肉を押し分けて、今までよりも深くまで入ったのを感じる。
コンドーム越しにねっとりと包まれて、柔らかくて暖かくて、優しく揉み込まれている。
根元がきつく締められるのも、たまらない。
晋矢さんの絶頂が伝わってくる。
人の腹の中がこんな風に動くなんて、知らなかった。
文字が読めないことに甘え、無知のままで晋矢さんを傷つけたくなかったので、市内の図書館に行って、人間の内部構造の図鑑を見てきた。
人間の大腸の直腸部分は、大まかに上下に分けて考えられ、さらに上中下の三段のひだがあるようだ。
先端でそのひだの部分を意識的に揺らすと、晋矢さんの反応が劇的に変わる。
気がする。
実物の内臓を見たことがないから、多分、としか言えないけれど。
挿入時にどこに触れているのかは分からない。
どこまで入っているかも分からない。
男根の先端にカメラがあれば良いのに……って、それは大腸ガンの検査だな。
中で気持ちよくなる場所は、図鑑では分からなかった。
それと同時に、わたしは匂いがなければ、人間の解剖図が平気なことを知った。
写真ではないからかもしれない。
案外、図太いのだな、と自分自身への評価を改めつつ、これも晋矢さんがもたらしてくれた安定だろうか、と考える。
これまでに人体の内部構造を見ようなんて思ったことがないので、何もかも初体験だ。
本人に「図書館で人体解剖図を見ても平気だったのですが、晋矢さんの力ですか?」などと聞くのは野暮だろう。
「ああ"っ!!、あ"、っっだっっ……っっ」
晋矢さんを満足させるぞ、と香りを頼りに一生懸命に腰を打ち付けていたら、晋矢さんが発作を起こしたようにガックガク震えて、ぐったりと布団の上に伸びてしまった。
いやいやと子供が首を振るように喘ぎ、声にならないのか、口を開いて閉じるを繰り返している。
半開きの目の焦点があっていない。
「晋矢さん?」
「…………」
返事がない。
つまり……頑張りすぎてしまったようだ。
布団を汚さないようにと、晋矢さんのつけているコンドームは、いつのまにかたっぷりと中身が溜まって、今にも外れそうになって、たぽたぽと頼りなく揺れていた。
香りを追うことに夢中になって、晋矢さんが知らないうちに何度も射精していることに気がつかなかった。
晋矢さんが人並み外れて敏感なのか、わたしたちの体の相性が良いのか。
どちらにしても晋矢さんを満たしてあげられたのなら満足だ、と気を緩めてわたしも果てた。
季節は初夏。
意識のない晋矢さんは、汗でずぶ濡れになっている。
全身の汗を濡れタオルで拭いて、肌触りの良い綿毛布で大きな体を包んであげながら、意識を失っている晋矢さんの額に口付けた。
わたしの可愛い恋人は、今日も愛おしく愛くるしい。
これだけたくましい若者を、可愛らしいと言ったら、呆れられてしまうだろうか。
普段はわたしが甘える側なのに、セックスの時だけ逆転できるようになったのは、良いのか悪いのか。
晋矢さんから拒絶されないということは……大丈夫なのだろう。
とりあえず、目を覚ましたら水分補給ができるように準備しておこう。
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