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19 今は二人きりで 終
しおりを挟む起きたばかりなのに、思い出せた内容が自分の狂態しかなくて、すごく疲れた。
結局、あの腹が痛いのはなんだったんだ?
無事に終わった安堵感で、枕に顔を押し付ける。
いつもの枕だ。
全部、夢だったらよかったのに。
あ、いや、夢だと困るな。
エト・インプレタ・エスト・コル・メウムと、やっと一つになれたのに。
一つ?
なんだろう、喉と胸の奥がむずむずしたような?
次も痛いのが、あるのかな。
いやだな。
抱かれた衝撃とか、痛いのと熱いのでどうでも良くなった。
痛いより、抱かれて気持ちよかった方が驚きか?
きっと、しっかり準備をしてくれたから痛くなかったのだろう。
エト・インプレタ・エスト・コル・メウムになんて言えば良いんだ、と掛け布団の中で鬱々としていたら、かつ、こつと石床を鳴らす足音が聞こえた。
布団の四隅をしっかりと握って、はがされないようにと力を入れる。
顔を見せられない。
自分でもあんなことをしてしまうなんて、思ってなかったから。
「……ぶふっ、な、なにをしておるのだ?」
笑った。
いま、めちゃくちゃ吹き出したな。
「どこか痛いのか?、腹が減っておるのか?」
こつこつと軽い足音が寝台のまわりを回る。
掛け布団の中で丸まっているから、頭がどこにあるのか分からないのだろう。
「のう、どうしたのだ?」
聞いたことのないうろたえた声に、ものすごい悪いことをしている気になる。
ただ、布団の中に引きこもっているだけなのに。
「なにがあったのだ、のう、教えておくれ」
「……顔、見せられない」
「何故にそう思う?」
「……言わない」
「そうか、言いたくないのであれば言わずとも良い、だが顔は見せておくれ、我は其方の顔を見ずには世も明けぬのだ」
きし、と寝台の軋む音がして、ぽすん、と掛け布団に手が乗ったのを感じた。
「やはり、まだ、我に抱かれとうはなかったのだな、愛しいがゆえに急ぎすぎたのであろうな、すまん、もう元に戻してはやれんのだ」
すん、と鼻をすする音が聞こえた。
なだめるように、ぽんぽんと掛け布団を叩く手の、調子が狂う。
「ちがう、から」
「なれば顔を見せておくれ」
そう懇願してくる声は、完全に泣き声だった。
龍の体は大きいのに、人の姿だと子供。
これって、エト・インプレタ・エスト・コル・メウムがまだ子供ってことなんだろうか。
おれが歩み寄るべきなのかな。
いろいろと悩みながら布団をめくると、黒い虹色の瞳を、涙できらきらと光らせる子供の姿が、目の前にあった。
おれの顔を見た瞬間、ぱあっ!、と光り輝いて見えて、目を閉じてしまう。
今泣いた烏がもう笑うとは、こういうことを言うのか。
胸が苦しい。
子供の姿なのに、とてもきれいだと思ってしまって、おれの鼓動がおかしい。
好きだ。
すっごい好きだ。
喉と胸の奥と腹の奥と、なんかもう、いろんなところで気持ちがぐるぐるする。
くらんだ目を瞬きで落ち着かせて、ゆっくりと開けてみると、目の前の姿の違和感に気がついた。
「髪の毛が長い」
「ああ、短い方が良いなら切るぞ」
つやつやと血色の良いほほ。
ふっくらとした形の良い唇。
髪をかきあげる指先は、ほっそりとして傷一つない。
漆黒の髪と瞳はきらきらと光り輝いて、見える部分に傷はどこにもない。
これまでも日に日に伸びていた髪の毛は、たった一晩で床を引きずるほどに長くなっているのに、風もないのにふわふわと揺れて宙を漂っている。
本当に不思議だな。
龍の姿で飛んでいる時も、寄ってくると、たてがみがふわふわしていたな、と思い出した。
まるで宝石のように、揺れながら色を変える黒髪を見つめる。
「切っても大丈夫なのか、必要だから伸びたんだろ?」
「たてがみだから大丈夫であろうよ、短ければ短いで問題ないと思うが、其方はどちらが好きだ?」
たてがみが短く刈り込まれた龍の姿を想像する。
それはそれで、格好良いと思う。
でも、せっかくふわふわとなびくなら、長い方がきれいに見えると思うんだ。
「編んで結ぶのは?」
「たてがみを引っ張られるのは嫌いじゃよ」
「……」
じゃよ、って。
前から思っていたけれど、どっかの偉そうな老人みたいな、尊大な話し方の子供ってどうなんだ。
可愛いから、つーんと口を尖らせるな。
元龍王エト・インプレタ・エスト・コル・メウムが、ただのわがままなお子ちゃまなのでは?、疑惑が浮上した。
見た目は子供でも、中身は大人だと思っていたのに。
もしかして、番だから甘えられているのか。
それなら、嬉しい。
「ようやく笑顔が見えたの、おはよう」
しまった。
顔を見せられないと思ってたのに。
今から隠れるのは……また泣かれそうだから、やめておこう。
「おはよう」
「身支度して朝食にしようぞ、その後にしたいことはあるかの?
なにもないのであれば、其方を抱きたい」
「い、いきなりすぎるからっ」
恥ずかしい。
エト・インプレタ・エスト・コル・メウムの言葉が足りないのは、かなり前から知っていたけれど、まさか性交のお誘いも直接言ってくるなんて。
普通は、もっとこう、遠回しに誘うものじゃないのか。
でもおれが知ってるのは、王が直接側妃や愛妾の部屋に行く、くらいだ。
……ここ、おれが寝てる部屋だ。
客間だけど。
もしかして部屋に来てくれてる時点で、抱かせろって言われてるも同然なのか?
次からは、もう少し遠回りに言ってくれと頼んだら……無理かな。
エト・インプレタ・エスト・コル・メウムの言葉が足りないのは、きっと周囲に優秀な人が多くて、全部説明しなくて良かったからなんだろうな、と思った。
元龍王様に、気配りを求めてはいけないよな。
窓から差し込む朝日にきらきらと輝きながら、機嫌良くにこやかにしている姿を見ていると、おれまで嬉しくなってくるのは何故だろう。
「おれは、娯楽本のある書庫に行きたいな」
「それなら我も共に行くかの、なんぞ探しておるのか?」
「建国神話を読みたくて」
「ほう、我が番は歴史を好むか、うむうむ、知識欲を持つ番とは素晴らしいのう」
かつ、こつ、とおれの横を歩く足取りは踊るようで。
とす、とす、と柔らかい革底の室内靴をはくおれの足音は、ほとんど聞こえない。
「……好き」
「我もだ」
小さな手が、おれの手を捕まえる。
捕らえられた。
囚われた。
ころりと胸の奥で転がった実感。
幸せだ。
いつまで、この幸せが、続くだろう。
ずっと続くといいな。
いまはまだ何もない下腹部に手を当てて、いつかここに、エト・インプレタ・エスト・コル・メウムの子供を授かれたら、もっと幸せになれるのかな、と思った。
これから先をおれは考えない。
二人でいられる今を、何よりも大事にしよう。
エト・インプレタ・エスト・コル・メウム。
おれの番は、いつだっておれに甘くて優しい。
見上げた水晶窓の外は今日も晴れ渡っていて、涼しい書庫で読書をするのにぴったりかな、と思った。
了
◆
お付き合いいただきまして、ありがとうございました
この後は、少々蛇足な話とえっち(人×人)です
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