2 / 44
1 ゴーシュ・ガイルは一匹狼
02 謎のJD?
しおりを挟む昨日、ゴーシュは職場の役立たず上司に頼まれて、合コンへ参加することになった。
強制された。
ここまでは完璧な記憶だ。
「おい、お前も今日の合コン参加だからな」
「……」
人の女性には、怯えられるか発情された覚えしかない。
行きたくなかったゴーシュは、無言を貫いた。
行く、と言えば「非モテはがっつくなぁ」と蔑まれる。
行かない、と言えば「お前は本当に男なのかよ」と虚仮にされる。
どちらもごめんだ、と思っても表情には出ない。
若い女性社員の尻を見つめるときの、いやらしい笑みを上司は浮かべて「JDが参加するから、お前も当然来るよな?」と言ってくる。
苛立ちで唸りそうになるのを、我慢するだけで精一杯のゴーシュは、内心で首を傾げていた。
合コンという言葉は、ここにきてから覚えたので知っている。
けれど法学博士や求人票を持った人事担当者と飲み会?
なんのために、そんな無駄なことを?、と思い。
仕事関係でお近づきになりたいなら、やるべきはそれではないだろ。
そう口にしそうになったが、キャンキャン吠えられたくなかったので、口を閉じた。
けれど、どうしてこれが上司なんだ、と社長の嘆願を受けてしまった過去の自分を恨み、思わずため息をついてしまう。
明らかに乗り気ではないゴーシュの態度に、上司が目を吊り上げた。
チンピラが絡むように、顔を歪めて寄ってくる。
「参加するよな、なあ、おい、デカブツ?」
ゴーシュにバカにされたと感じたのだろう。
あながち間違っていない。
この支社に来てからのゴーシュは、会社にいる間、そして上司を相手にしている時は無口を貫いている。
まともな会話にならないからだ。
会話をしようとしても、ゴーシュが服従の姿勢を見せるまで、上司は延々と吠え続けるのだ。
まるで絶対的強者に怯えて、無駄吠えする子犬のように。
自覚がなくても見苦しい、と感じていた。
群れのボス(仮)である社長の頼みでなければ、こんな奴に従うものか。
そう吠える本能に蓋をして、ゴーシュは頭を下げた。
「わかりました」
「初めからそう言えよ、この図体だけのウスノロが!」
新参者のゴーシュが、上司の尻拭いと、動かない部下の仕事をまるっと片付けている、という事実を無視した言葉に、怒気が漏れそうになる。
喉笛に喰らいついてやろうか。
自分の表情が動きにくいことを、ゴーシュは感謝した。
鼻に皺を寄せて、歯をむいて唸る姿は、とてもまともな人には見えない。
そう、自覚している。
ゴーシュは、平和ボケしたこの国の出身ではない。
人種が違うどころか、人ではない。
本来なら戸籍もない。
ゴーシュが人狼だと知ってなお、人として扱ってくれる社長には、心から感謝している。
心の底から嫌悪して呆れていても、どれだけ役立たずでも、上司は上司だ。
群れの上位者に従わなければ、秩序は崩壊する。
無能な上司を引き裂いて噛み殺したとしても、ゴーシュが会社で出世することはない。
むしろ犯罪者として捕まるだろう。
それが人の社会だ。
早々に諦めて、休日にストレスを発散しようと気持ちを切り替えた。
とはいえ、行きたくもない合コンは楽しめそうにない。
楽しめそうにないけれど離脱もできないので、ゴーシュはやけ酒をすることにした。
酒を飲むのは、人狼生で初めてだった。
店に到着すると同時に、数枚の高額紙幣を幹事の女性に手渡して「おれのことは放っておいてくれ」と告げる。
目を白黒させている若い女性幹事は、上司の知り合いらしくない物静かな雰囲気だったが、ゴーシュの顔を見るなり「はい」とうなずいてくれた。
ふわふわの服を着た若い女性に話しかけ、やにさがる上司の下品な顔を見たくなくて、一番隅を陣取った。
靴を脱いで踏んだ畳の感触に、悪くない、とあぐらをかいた。
ゴーシュは、人狼の発達に当てはめれば未成年。
思春期真っ只中と知っている社長の配慮で、飲み会への参加は強要されない。
参加しても酒を勧められることがない。
止めてくれる相手がいないまま、ゴーシュは〝酒〟を頼んだ。
届けられた大きな瓶が、周囲の人々が飲んでいるものと違うことに疑問を感じつつ、栓を抜いてグラスに注ぐ。
匂いだけは知っているので、ぐい、とグラスを傾け、なんだこれすっげぇ不味い……と無表情で泣きそうになる。
ちらちら向けられる視線を無視して、大きな瓶を二本、飲み干したあたりから、記憶が……怪しい。
そして今朝。
目が覚めた。
起きて最初に、ゴーシュは自室(仮)で寝ていたことに驚いた。
胃が痛い。
けれど上司が原因の胃痛と、違う気がする。
存在しない鐘の音が聞こえて、ガンガン痛む頭を抱えて考える。
そもそも、いつ、どうやって帰ってきたのか分からない。
なんでおれはこんなことしてんだ、と虚しさで胸が潰れそうになる。
どこかの群れに紛れ込むことはできない。
そもそも人狼の群れがどこにいるのか、どんな生活をしているのかすら知らない。
両親が相次いで亡くなった時に、自分も死ぬべきだったのか。
考えはどんどんと悪い方に進んでいく。
一度沸かして冷ました常温の水を飲みつつ、ベッドで死んだ目をしていたら。
突然、手首にはめっぱなしのウェアラブル端末に通知が来た。
知らない番号では無く、そこには〝愛子〟という名前が表示されていた。
アイコ?
他に読み方があるか?
どこの誰だ?
昨日の合コンで知り合った人か?
法学博士?
それとも人事担当者か?
……記憶にないぞ。
そう思いながら、ゴーシュは這うようにして、酒と揚げ物臭いスーツのジャケットから携帯端末を発掘した。
慌てて電話口に出てみれば、相手は若い男の声で話し出した。
アイコは女性の名前だよな?
男もありなのか?
それとも声が低い女か?
まさか詐欺か美人局なのか、と知らぬ存ぜぬで通そうとしたら「覚えてないんですか?」と震える声で言われ。
記憶の欠落の中身が怖くて、思わず男性の指定するカフェに行くことを了承してしまった。
空きっ腹にプロテインゼリーを流し込んでから、鎮痛剤を白湯で飲み下し。
シャワーを浴びて、着替えて。
三十歳相応の格好をする気力がなく、普段着でカフェへ向かった。
相手を怖がらせないように、外出用の伊達メガネもはめて。
「こんにちはガイルさん」
「……どうも」
対面して驚く。
驚いてしまった。
鼻に届いた香り。
耳に届く早くなった鼓動。
ゴーシュに向ける視線にこもった熱。
カフェで待っていた若い男性は、ゴーシュを見るなり好意を露わにして、発情してみせたのだ。
……こいつ、もしかして女性なのか?
いいや、ありえないな。
ゴーシュの鋭い五感のうち、四つを総動員しても、弱っちい人の男性にしか見えない。
匂いも骨格も男だ。
おれはオスだから、男性に発情されても困る。
ゴーシュは初めての経験にへどもどした。
どうやってあしらうべきか、と考えようにも、思考がまとまらない。
動かない表情のままで、盛大にうろたえていた。
実際には、ほほがピクッと震えた。
ゴーシュが表情をうまく動かせなくなったのは、十五歳の時に両親が相次いで亡くなってから。
唯一の同族の両親を失って、笑えなくなってしまった。
ゴーシュは人狼の生き方を知らない。
経験も知識も足りないのに、誰からもそれらを得ることができないゴーシュには、人の中で波風を立てずに生きる道しかなかった。
だからこそ。
平穏に暮らしたい。
人狼だと知られずに、こっそりと隠れて生きるしか道がない。
そう考えていた。
とりあえず、目の前に置かれたおひやを一口、なめるようにすする。
喉は乾いているが、がぶがぶと飲めない。
ゴーシュは猫舌で、氷入りなら腹を下す。
人狼だからではなく、ストレスが胃にくるタイプで、熱いも冷たいも苦手だった。
そういえば、この男、本当に〝愛子〟なのか。
反論しなかったな。
そんなことを思いつつ、ぬるくなった水を飲み込んだ。
「あのー、ガイルさんって、本当に人狼なんですか?」
「……誰から聞いた」
自然と声が低くなった。
◆
題名が出オチです
ですがこの先
エロまで遠いです
m(_ _)m
0
あなたにおすすめの小説
ふたなり治験棟
ほたる
BL
ふたなりとして生を受けた柊は、16歳の年に国の義務により、ふたなり治験棟に入所する事になる。
男として育ってきた為、子供を孕み産むふたなりに成り下がりたくないと抗うが…?!
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
獣のような男が入浴しているところに落っこちた結果
ひづき
BL
異界に落ちたら、獣のような男が入浴しているところだった。
そのまま美味しく頂かれて、流されるまま愛でられる。
2023/04/06 後日談追加
お兄ちゃんができた!!
くものらくえん
BL
ある日お兄ちゃんができた悠は、そのかっこよさに胸を撃ち抜かれた。
お兄ちゃんは律といい、悠を過剰にかわいがる。
「悠くんはえらい子だね。」
「よしよ〜し。悠くん、いい子いい子♡」
「ふふ、かわいいね。」
律のお兄ちゃんな甘さに逃げたり、逃げられなかったりするあまあま義兄弟ラブコメ♡
「お兄ちゃん以外、見ないでね…♡」
ヤンデレ一途兄 律×人見知り純粋弟 悠の純愛ヤンデレラブ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる