【R18】灰色人狼は愛子を腕に抱く

Cleyera

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1 ゴーシュ・ガイルは一匹狼

02 謎のJD?

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 昨日、ゴーシュは職場の役立たず上司に頼ま恫喝されて、合コンへ参加することになった。
 強制された。

 ここまでは完璧な記憶だ。

「おい、お前も今日の合コン参加だからな」
「……」

 人の女性には、怯えられるか発情された覚えしかない。
 行きたくなかったゴーシュは、無言を貫いた。

 行く、と言えば「非モテはがっつくなぁ」と蔑まれる。
 行かない、と言えば「お前は本当に男なのかよ」と虚仮にされる。

 どちらもごめんだ、と思っても表情には出ない。

 若い女性社員の尻を見つめるときの、いやらしい笑みを上司は浮かべて「JD女子大生が参加するから、お前も当然来るよな?」と言ってくる。
 苛立ちで唸りそうになるのを、我慢するだけで精一杯のゴーシュは、内心で首を傾げていた。

 合コンという言葉は、ここにきてから覚えたので知っている。
 けれど法学Juris博士Doctor求人Job Descriptonを持った人事担当者と飲み会?

 なんのために、そんな無駄なことを?、と思い。
 仕事関係でお近づきになりたいなら、やるべきはそれではないだろ。

 そう口にしそうになったが、キャンキャン吠えられたくなかったので、口を閉じた。
 けれど、どうしてこれが上司なんだ、と社長の嘆願を受けてしまった過去の自分を恨み、思わずため息をついてしまう。

 明らかに乗り気ではないゴーシュの態度に、上司が目を吊り上げた。
 チンピラが絡むように、顔を歪めて寄ってくる。

「参加するよな、なあ、おい、デカブツ?」

 ゴーシュにバカにされたと感じたのだろう。
 あながち間違っていない。

 この支社に来てからのゴーシュは、会社にいる間、そして上司を相手にしている時は無口を貫いている。
 まともな会話にならないからだ。

 会話をしようとしても、ゴーシュが服従の姿勢を見せるまで、上司は延々と吠え続けるのだ。
 まるで絶対的強者に怯えて、無駄吠えする子犬のように。

 自覚がなくても見苦しい、と感じていた。

 群れのボス(仮)である社長の頼みでなければ、こんな奴に従うものか。
 そう吠える本能に蓋をして、ゴーシュは頭を下げた。

「わかりました」
「初めからそう言えよ、この図体だけのウスノロが!」

 新参者のゴーシュが、上司の尻拭いと、動かない部下の仕事をまるっと片付けている、という事実を無視した言葉に、怒気が漏れそうになる。

 喉笛に喰らいついてやろうか。

 自分の表情が動きにくいことを、ゴーシュは感謝した。
 鼻に皺を寄せて、歯をむいて唸る姿は、とてもまともな人には見えない。
 そう、自覚している。


 ゴーシュは、平和ボケしたこの国の出身ではない。
 人種が違うどころか、人ではない。
 本来なら戸籍もない。

 ゴーシュが人狼だと知ってなお、人として扱ってくれる社長ボス(仮)には、心から感謝している。

 心の底から嫌悪して呆れていても、どれだけ役立たずでも、上司は上司だ。
 群れの上位者に従わなければ、秩序は崩壊する。

 無能な上司を引き裂いて噛み殺したとしても、ゴーシュが会社で出世することはない。
 むしろ犯罪者として捕まるだろう。
 それが人の社会だ。

 早々に諦めて、休日にストレスを発散しようと気持ちを切り替えた。
 とはいえ、行きたくもない合コンは楽しめそうにない。

 楽しめそうにないけれど離脱もできないので、ゴーシュはやけ酒をすることにした。
 酒を飲むのは、人狼生で初めてだった。



 店に到着すると同時に、数枚の高額紙幣を幹事の女性に手渡して「おれのことは放っておいてくれ」と告げる。

 目を白黒させている若い女性幹事は、上司の知り合いらしくない物静かな雰囲気だったが、ゴーシュの顔を見るなり「はい」とうなずいてくれた。

 ふわふわの服を着た若い女性に話しかけ、やにさがる上司の下品な顔を見たくなくて、一番隅を陣取った。
 靴を脱いで踏んだ畳の感触に、悪くない、とあぐらをかいた。

 ゴーシュは、人狼の発達に当てはめれば未成年。

 思春期真っ只中と知っている社長の配慮で、飲み会への参加は強要されない。
 参加しても酒を勧められることがない。

 止めてくれる相手がいないまま、ゴーシュは〝酒〟を頼んだ。

 届けられた大きな瓶が、周囲の人々が飲んでいるものと違うことに疑問を感じつつ、栓を抜いてグラスに注ぐ。
 匂いだけは知っているので、ぐい、とグラスを傾け、なんだこれすっげぇ不味い……と無表情で泣きそうになる。

 ちらちら向けられる視線を無視して、大きな瓶を二本、飲み干したあたりから、記憶が……怪しい。





 そして今朝。
 目が覚めた。
 起きて最初に、ゴーシュは自室(仮)で寝ていたことに驚いた。

 胃が痛い。
 けれど上司が原因の胃痛と、違う気がする。

 存在しない鐘の音が聞こえて、ガンガン痛む頭を抱えて考える。

 そもそも、いつ、どうやって帰ってきたのか分からない。
 なんでおれはこんなことしてんだ、と虚しさで胸が潰れそうになる。

 どこかの群れに紛れ込むことはできない。
 そもそも人狼の群れがどこにいるのか、どんな生活をしているのかすら知らない。
 両親が相次いで亡くなった時に、自分も死ぬべきだったのか。

 考えはどんどんと悪い方に進んでいく。

 一度沸かして冷ました常温の水を飲みつつ、ベッドで死んだ目をしていたら。
 突然、手首にはめっぱなしのウェアラブル端末に通知が来た。

 知らない番号では無く、そこには〝愛子〟という名前が表示されていた。

 アイコ?
 他に読み方があるか?
 どこの誰だ?
 昨日の合コンで知り合った人か?
 法学博士?
 それとも人事担当者か?
 ……記憶にないぞ。

 そう思いながら、ゴーシュは這うようにして、酒と揚げ物臭いスーツのジャケットから携帯端末を発掘した。
 慌てて電話口に出てみれば、相手は若い男の声で話し出した。

 アイコは女性の名前だよな?
 男もありなのか?
 それとも声が低い女か?

 まさか詐欺か美人局ツツモタセなのか、と知らぬ存ぜぬで通そうとしたら「覚えてないんですか?」と震える声で言われ。
 記憶の欠落の中身が怖くて、思わず男性の指定するカフェに行くことを了承してしまった。

 空きっ腹にプロテインゼリーを流し込んでから、鎮痛剤を白湯で飲み下し。
 シャワーを浴びて、着替えて。

 三十歳相応の格好をする気力がなく、普段着でカフェへ向かった。
 相手を怖がらせないように、外出用の伊達メガネもはめて。



「こんにちはガイルさん」
「……どうも」

 対面して驚く。
 驚いてしまった。

 鼻に届いた香り。
 耳に届く早くなった鼓動。
 ゴーシュに向ける視線にこもった熱。

 カフェで待っていた若い男性は、ゴーシュを見るなり好意を露わにして、発情してみせたのだ。

 ……こいつ、もしかして女性なのか?
 いいや、ありえないな。

 ゴーシュの鋭い五感のうち、四つを総動員しても、弱っちい人の男性にしか見えない。
 匂いも骨格も男だ。

 おれはオスだから、男性に発情されても困る。

 ゴーシュは初めての経験にへどもどした。
 どうやってあしらうべきか、と考えようにも、思考がまとまらない。

 動かない表情のままで、盛大にうろたえていた。
 実際には、ほほがピクッと震えた。

 ゴーシュが表情をうまく動かせなくなったのは、十五歳の時に両親が相次いで亡くなってから。
 唯一の同族の両親を失って、笑えなくなってしまった。

 ゴーシュは人狼の生き方を知らない。
 経験も知識も足りないのに、誰からもそれらを得ることができないゴーシュには、人の中で波風を立てずに生きる道しかなかった。

 だからこそ。
 平穏に暮らしたい。
 人狼だと知られずに、こっそりと隠れて生きるしか道がない。
 そう考えていた。


 とりあえず、目の前に置かれたおひやを一口、なめるようにすする。
 喉は乾いているが、がぶがぶと飲めない。

 ゴーシュは猫舌で、氷入りなら腹を下す。
 人狼だからではなく、ストレスが胃にくるタイプで、熱いも冷たいも苦手だった。

 そういえば、この男、本当に〝愛子〟なのか。
 反論しなかったな。
 そんなことを思いつつ、ぬるくなった水を飲み込んだ。

「あのー、ガイルさんって、本当に人狼なんですか?」
「……誰から聞いた」

 自然と声が低くなった。

 
   ◆









題名が出オチです
ですがこの先
エロまで遠いです
m(_ _)m
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