【R18】灰色人狼は愛子を腕に抱く

Cleyera

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3 つがいと過ごす日々

05 キスの意味

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 額にキスをされたゴーシュは、とても幸せそうに微笑んだ。

 胸の奥から幸福があふれでてくる気がして、裕壬ユウジンはゴーシュをじっと見た。
 いつもは鋭い琥珀の瞳が柔らかく細められて、頬骨の高い凛々しい顔立ちはゆるんでいる。

 嫌ではなさそうだから続けよう、と裕壬は少し顔を傾けて、今度はほほに唇を寄せた。

 西洋絵画の流れを学ぶ講義は、宗教画が多かった。
 そして、キスの絵が出てくる。
 宗教画なのに。

 教授にキスの場所には意味がある、と言われた裕壬は、興味から調べたことがあった。

 油絵で宗教画を描く日は来なくても、鑑賞は趣味だ。
 そして近代以前の絵にはかなりの確率で、絵の中になんらかの意図と意味が込められている。
 権力者の肖像画にすら。

 知ればもっと理解できる、自分ももっと良い絵が描ける。
 そう思っていたのは、裕壬が自分の才能では絵で生きていくのは無理だ、と思い知るまで。

 こんな無駄な知識が役に立つ日が来るなんて、とゴーシュのほほをなでてから、内心で苦笑いした。

「ほっぺは親愛、ゴーシュさんともっと親しくなりたいから」
「いっしょにすむ!?」
「それは私が卒業してから、ってゴーシュさんが言ったでしょ」
「……ごめんなさい」

 わふわふ!、と言い出しそうな勢いで興奮してしまったゴーシュを言いくるめるのが簡単すぎて、裕壬はなんだか気持ち良くなってきた。

 可愛いのだ。
 こんなに厳つくて強面で大柄な男性の姿をしているのに。

 猟犬の血を引く大型犬の子犬になつかれるって、こんな感じだろうか。

 今までに感じたことのない、不思議な満たされる感覚。
 征服欲でもなく、支配欲でもない。
 自分より強い存在に愛されているという満足感。

 これまでほとんど常に無表情だったゴーシュの、幸せそうなゆるんだ表情を見ると、心から満たされた。

 私はゴーシュの笑顔が見たかったのか、と裕壬は気がついた。
 きっとそれは人狼だからではない。


 昨日、ゴーシュの家で剃ったのかもしれないけれど、日焼けしたほほには、ひげが生えていない。
 ひげが生える前のように、色の薄い産毛は生えているのに。

「ゴーシュさん、ひげは?」
「ひげ、まだはえないけど?」
「そうなんだ」

 きょとんとされて、裕壬はやっぱりゴーシュは若いんだ、と納得した。
 何度もそう思っていたけれど、間違いなく若い。
 それも、おそらく、二十一歳の裕壬より。

 コーカソイドの彫りの深い顔立ちと、仕事の時はきっちりと作り込まれたポンパドールヘアや、ダークカラーのスーツで誤魔化されているだけで。

 人狼の三十歳は、人の何歳になるんだろう。
 考えながら、形の良いあごに唇を落とす。
 男らしくしっかりと張っているのに、つるりと若々しい肌をしているな、と思わずキスしてしまったのだ。

「あごは……恥じらい、強引なのは恥ずかしい、困る」
「……はい」

 キスする場所の意味を思い出しながら、裕壬はしょぼんと落ち込んだゴーシュの姿に笑みを浮かべた。
 やっぱり、可愛い、と。

 形の良い高い鼻先に唇で触れると、落ち込んでいたゴーシュが瞳を輝かせた。

「鼻は愛玩、ゴーシュさんは可愛い」
「……かわいい?」

 一瞬喜んだゴーシュが、がっくり、と音がしそうな勢いで肩を落とした。
 見た目が強面だから、言われなれていないのかと推測した裕壬は、伏せられているゴーシュのまぶたへ、そっと触れるだけのキスをする。

「まぶたは憧れ、人狼のゴーシュさんは、きっとずっとこの先、私の憧れだから」

 ぎゅん!、と音がしそうな勢いでゴーシュの顔が裕壬へむけられる。
 琥珀の瞳はきらきらと光り輝いて、すごく嬉しい、と思っていることが、言葉にしなくても伝わってくる。

 きっと尻尾があったら、千切れそうな勢いで振られていただろう。

 見てみたいかも。
 あれ、狼も尻尾って振るのかな?

 裕壬はそう思ったけれど、人の姿のゴーシュには尻尾がない。
 確かめようがないので、また今度、と考え直す。

 また今度があるのだ。
 これから先、裕壬が望めばゴーシュはいつでも駆けつけると言った。

 耳触りの良い言葉を、完全に信じたりはしない。
 ゴーシュの肩書きは社長秘書室室長だ。

 これまでのゴーシュの態度を見て、仕事を途中で放り投げるような無責任な人ではない、と知っている。

 明らかに嫌だな、という顔をしながらモデルをしてくれた。
 迷惑だと言いながら、二度目も受けてくれた。

 周囲に気を遣う優しい人なのだ。
 人狼だから、なのかもしれない。

「ユージン?」
「ゴーシュさん、唇へのキスは愛情、私以外の、つがいではない人にしては駄目だからね」
「うん、うんっ」

 知らないだろうから、というつもりで言ったのに、なんだか独占欲を出したみたいに聞こえた。
 言った裕壬自身にそう聞こえたのだから、間違いなくゴーシュもそう思っただろう。

 裕壬の言葉に喜んでいるようにしか見えないのが、困る。
 悲しむ姿を想像すれば否定はできないし、誤解しているとも言えない。

「……目を閉じてよ」

 唇に顔を寄せたいのに、ゴーシュが瞬きを忘れて裕壬の顔を見つめている。
 この状態で口にキスなんかできるか、と顔を背けようとした時。

「ユージン、すき」

 わずかに頭を下げたゴーシュが、Tシャツの上から裕壬の胸元に口を寄せたのだ。
 心臓の上に触れるだけの優しい接触なのに、どきり、と鼓動が跳んだ。

「ふぁっ!?」

 ゴーシュは胸元へのキスの意味なんて知らないはず。
 そう思っても顔が熱くなるのを感じて、裕壬はゴーシュの両肩に手をかけた。

「すき」

 手で肩を押されて少し離れたゴーシュが、がぷり、と噛み付くように裕壬の喉元へ口をつける。

「ひゃうっ」

 胸元へのキスは〝所有〟。
 今ここでするなら、当然、離れたくないということだろう。

 喉へのキスは〝欲求〟。
 もっとキスをしてほしい、それ以上もと望んでいるのは疑いようがない。

 本能的にキスをしているらしいのに、どうして的確に気持ちを伝えてくるのか。
 知っていて嘘をついている……とは思えない。

 焦って慌てている裕壬に気がついているはずなのに、ゴーシュは顔を上げて、裕壬の熱くなっている耳へと唇を触れさせた。

 耳へのキスは〝誘惑〟。
 なにを誘っているのか考えたくない、と裕壬は顔を背けた。

 そして、さきほどまで舐めていた首へ。

 首へは〝執着〟。
 もうこれ、わかってやってるだろ、と涙目で睨んだ裕壬に、ゴーシュがきょとんとした顔を見せた。

 この、天然人狼!

 思わず口から出そうになった、恥ずかしさを誤魔化すための暴言を飲み込み、裕壬は不思議そうにしているゴーシュに仕返しをした。


 大きめで厚めの唇。
 下唇よりも上唇が厚くて、輪郭がしっかりとしたきれいな唇に、裕壬は噛み付くように口付けて、べろっ、と舐めた。

「ゆっ!?」

 びくっ、と目を開いたまま驚いているゴーシュに、裕壬は笑顔を向けた。

「はい、おしまい」
「えっっ!?」

 突然おもちゃをとりあげられた犬のような、衝撃と悲しみが混ざった表情が向けられる。
 裕壬は、あ、やりすぎたかも、と慌ててゴーシュの両ほほに手のひらを添えた。

 そっとボサボサにもつれた灰色の髪の毛に頭を寄せる。

「髪へのキスは、大好きってこと」

 これからずっと一緒にいられるんだから、焦らないで、とつむじを捜しながら囁くと、がっしりとした両腕が裕壬の背中に回された。
 膝立ちで不安定な体勢になる裕壬の体重など感じていないように、ゴーシュは裕壬を抱き寄せて、お腹に頭をぐりぐりとこすりつけた。

 布越しに鼻先が当たっている。
 鍛えていない裕壬のひょろい体に、魅力があるとは思えないけれど。
 思い当たることはある。

 お腹へのキスは〝回帰〟。
 甘えたいと全身で訴えてくる可愛い人狼に、裕壬は自分でも知らないうちに微笑んでいた。

 
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