ブラック・スワン  ~『無能』な兄は、優美な黒鳥の皮を被る~ 

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俺的には今の状況が割とカオス 1

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 人気のない廊下を進む。

 生徒や教師陣が避難していたホールと違い、廊下は静寂に包まれていた。華やかに彩られた学園祭の飾り付けが閑散とした校舎と酷く場違いだった。

 何処か造り物の世界に自分一人迷い込んでしまったかのようなそんな錯覚に捕らわれる。

 不意に歩みが止まりそうになった。
 渡り廊下の手前、窓に凭れるように立つ少女の姿を認めて。

「…ジュリア嬢」

 呟くように名を呼べば、彼女は例の不可思議な色合いの瞳に俺を映し窓辺から背を離した。

「何故こんな場所に?皆と一緒にホールに居た方が良いのでは?」

「ごめんなさい、すぐに戻ります」

 歩み寄り声を掛ければ淡々とした謝罪と共に、一枚のカードを差し出された。

「これは?」

 カードを裏返せば、黒い円にその周りを取り囲む光のようなもの。
 背景も黒く、至ってシンプルなその図柄に思い浮かべるイメージは日蝕にっしょく

「先程の占いの最後の一枚です。お忙しいところ申し訳ありませんけど、見定めた未来をお伝えしないのは主義に反しますので」

 どうやら俺を待っていてくれたようだ。
 カードの図柄をまじまじと眺める。

「最後の一枚、未来を指し示すそのカードは『混沌カオス』です。位置は正位置」

 『混沌カオス』……どことなく不吉な感じ。

「それは…良くない結果なのですか?」

 確か俺が置いた位置は時計の十二の位置に配置されたカードの真ん中、円のど真ん中だったよなと思い出しながら尋ねればジュリア嬢はゆるく首を振った。ほっとする。

「良い、良くないということはありません」

 ただ…と濁す言葉に安堵は一瞬で霧散した。

 何、何なの?
 やっぱり微妙なの?

「貴方がこのまま歩むのなら、未来には大きな、とても大きな混沌が待ち受けます。そこにはその図柄が指し示すように光もある。ある意味では貴方の望む未来もそこにはあるのでしょう、だけど同時に大きな混迷が貴方を襲うでしょう」

 紫に赤が混じり込んだ不可思議な色合いの瞳がじっと俺を見つめ、託宣じみた静かな声音がそう告げる。

 暫し無言で見つめ合い、やがて一つ瞬きしたジュリア嬢は「では」と脚を踏み出した。
 俺は慌てて手に持ったカードを差し出すも彼女は緩く首を振り、その動作に紫紺のショートボブがさらりと揺れる。

「差し上げます」

「でも……」

「カードの予備はまだありますので。
どうか混沌に呑みこまれてしまわないようお気をつけて」

 軽く一礼したジュリア嬢はそのまま歩き去っていった。
 閑散とした廊下には、カードを手に立ち尽くす俺が一人残された。

 ジュリア嬢。
 魔族に魔王扱いされたことは大いなる混沌にカウントされますか?

 占いの結果はむしろこの状況のことじゃないですか?

 それともこの先もっと大きな混迷が俺を襲うことになるのでしょうか?

 カードを見つめながら、一人虚しく心の中で問いかけた。

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