ブラック・スワン  ~『無能』な兄は、優美な黒鳥の皮を被る~ 

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あの時の自分の精神状態が謎すぎる 3

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 僅かながら平静を取り戻したところで、マオ越しに剣の柄に手を掛けて緊迫した騎士や怯えるメイド、不測の事態に対応できるように武器を手に構えたハンゾーたちが視界に入る。

「……マオ」

 この場を何とかしなければ、との思いに口をついた名に反応があった。

 削げ落ちた表情も、瞳の妖しい煌めきもかわらない。

『カイ、ザーさま』

 泣きそうな声で、迷子のような声で、だけど確かに俺にだけ聴こえる声でマオが俺を呼んだ。
 その声に、不思議な程にこわばりが解けた。

 ああ、これはマオだ。

 恐ろしい『魔王』なんかじゃない、可愛い『マオ』。

 そっと手を伸ばす。

 当然のようにリフに阻まれたが「平気だ」と彼の手をくぐり、マオの元へ。

 パチパチと小さな放電が激しい静電気のように痛みを伝えるけど気にせず両手で小さな躰を捕まえてそっと引き寄せる。

「『マオ』」

 名づけは『契約』だとシェヘラザードさんは言っていた。

 だから強い意志を込めてその名を呼び掛ける。

「『マオ』やめなさい。約束しただろう?」

 じっと、呑みこまれてしまいそうな昏い深淵のような瞳を覗きこんで言い聞かす。

 己の力を、感情を制御しろと最初にリフとした約束、それを言い聞かせればやがて揺れと放電が収まった。
 「いい子だ」といつものように髪を撫でる。

「どうした?怖い夢でも見た?」

 妖しい煌めきが薄まった、だけど未だ虚空を眺めるように意志の光が読み取れない瞳に問いかける。

 パチリと一度瞬きをした瞳は瞼をほんの少し下げた。

 眠たげな姿は見慣れたそれで、小さく揺するようにその背を抱え込む。肌を刺すような緊迫感はいつしか消えていて、ほっと小さく笑みが漏れた。

「もう少し寝てていいよ。大丈夫、怖い夢を見てうなされていたら起こしてあげるから、安心してお休み」

 柔らかな目元を親指で撫で、祝福を与えるように小さな額へと口づけを一つ。

 唇を離すと同時に瞬いた瞳がとろりと甘く蕩けた。

 幼子特有の大きな瞳に浮かぶのは先程までの虚無ではなく、迷子の子供が親を見つけたような、絶対的な安堵と甘えを含んだそれで。

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