公爵家子息は、獣人王弟の番いとなりて愛を知る

gari@七柚カリン

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第31話 救出

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 リーザが部屋を出て行ったことを確認すると、男はジョアンのまぶたに優しく口づけを落とした。

「おまえなあ……いくら何でも、泣きすぎだ! それに、もう少し抵抗するフリくらいしろ!」

「だって、デクスターだから嬉しくて……」

「あの女に気づかれるんじゃないかと、こっちはハラハラしたぞ」

 傍からは、意に添わぬ相手との行為に悲観したように見えたことだろう。
 実際は、愛しい人との再会に嬉し涙を流していただけだった。

 ジョアンは男から耳を舐められたときに、「……俺だ」と懐かしい声を聞いた。 
 前髪の隙間から見えたのは、忘れたくても忘れられない碧眼の瞳。
 思わず涙があふれた。

「あの女が無知で助かったな。番いにしか発情しないのに、獣人の男娼がいるわけないんだからな」

 『人』の男と違い、獣人に媚薬は効かない。
 これでは、身を売る商売はできないのだ。


「デクスター……会いたかったです」

「俺もだ。助けに来るのが遅くなって、すまなかった」

 二人は抱き合うと、口づけを交わす。
 会えなかった日数分を取り戻すように、何度も何度も。

「おまえ、ちょっと瘦せたんじゃないか?」

「最近、食欲がなくて……」

「もう、誰に何と言われようと、俺はおまえの傍から離れないからな!」

「でも、仕事のときはどうするのですか?」

 ジョアンは、つい意地悪を言ってしまう。

「おまえは、俺の膝の上で仕事をしろ」

「ふふふ、デクスターならそう言うと思いました」

 ジョアンは、そっと黒髪に触れる。

「髪を、切ってしまったのですね……」

「おまえを助けるためなら、俺は丸坊主にだってなるぞ。それに、式のときには上手くくくり付けてもらうから、まったく問題ない」

 短髪で黒髪のデクスターは、これまでと雰囲気がまったく違う。
 まるで別人のようだ。
 ちょっと素敵だなと思ってしまったのは、浮気になるのだろうか。
 ジョアンは大真面目に考えてしまった。


「さて、せっかくだし今から続きをするか? 久しぶりだから、手加減できる自信はないが……」

「こんな時に、何を言っているのですか!」

「アハハ、説教ができるのなら元気な証拠だ」

「冗談を言っていないで、時機を見て早く逃げてください。あの女に捕まったら、僕と同じようにここから出してもらえなくなります」

「おまえを置いていけるわけがないだろう? それに安心しろ、助けにきたのは俺だけじゃない」

「えっ? それは、どういう───」

 そのとき、ガシャン!と窓が割れる音が屋敷内に響いた。


 ◇


 窓が割れ、大勢の人物が屋敷内へなだれ込む気配がする。
 緊張で思わず身を固くするジョアンを、デクスターが抱き上げた。

「ついに始まったな」

「何がですか?」

「極秘の作戦だ」

「極秘の作戦?」

 ドタバタと激しい物音が階下から聞こえる。
 女の悲鳴や男たちの怒鳴り合う声も。
 しかし、すぐに静かになった。

 しばらくして、廊下から足音が近づいてくる。
 扉が三回ノックされた。
 
「入ってもらって、大丈夫だぞ」

 デクスターの応答に部屋へ入って来たのは、壮年の騎士だった。

「ジョシュア様、お久しぶりでございます」

「ルイス……おまえが、どうしてここに? そうか、兄上が……」

 ルイスは、ジョシュアの実家インレンド公爵家の騎士団長を務める人物である。
 これで、今回の件に兄ダニエルが関わっていることがはっきりした。
 安堵し力が抜けたジョアンを、デクスターが慌てて支える。

「旦那様が、お待ちでございます」

「わかった」

 ジョアンは自分で歩こうとしたが、デクスターがそれを許さない。
 抱きかかえられたまま、屋敷内の応接室へ移動する。
 廊下には、この屋敷で働く侍女や護衛騎士たちが縛られ座り込んでいた。
 
「旦那様、ジョシュア様をお連れ致しました」

「入れ」

 ここで、ようやくジョアンは下に降ろされる。
 ソファーに座っていたのは、三人の人物。
 兄のダニエル。反対側にリーザとフレディ。
 二人の後ろにトミーが控えていた。
 フレディは、ジョアンの顔を見るなり驚愕の表情を浮かべている。
 
 ジョアンはその場に立ったまま。デクスターが、寄り添うように隣に並ぶ。
 ルイスは、ダニエルの後ろに控えた。
 
「ジョシュア、無事で何よりだった」

「兄上、私を助け出してくださり、ありがとうございました。結婚式の直前に黙って姿をくらまし公爵家の顔に泥を塗りましたこと、誠に申し訳ございませんでした」

「事情はすべて把握している。おまえに責は一切ない」

「ありがとうございます」

 一回り歳の離れた異母兄は、ジョシュアにとって昔から畏怖の念を抱く相手。
 公爵家の当主としての威厳は、変わらず健在だった。

「兄弟の再会は喜ばしいけど、わたくしの私邸へ踏み込んできて、ただで済むと思っているのかしら……ダニエル?」

「畏れながら、もうあなたの婚約者ではない弟が不当に軟禁されていることを、黙って見過ごすわけにはいきません。これは、正当な救出作戦でございます」

「ジョシュアは、わたくしのお腹の子の父親なのよ? つまり、彼もフレディと同等の立場ね」

「でしたら、なぜ王城ではなく、このような人目に付かぬ屋敷へ閉じ込められているのでしょうか? しかも、家門のおさである私になんの報告もなく……」

「ジョシュアは、表向きには病に臥せっていることになっているでしょう? その内、ダニエルには内密に話を通すつもりだったのよ」

 ダニエルの追及を、リーザはさらりとかわしていく。
 そこには余裕の表情が見られる。
 兄は微笑を浮かべているが、ジョアンには終焉の足音が聞こえてくるような気がしてならない。

「はっきり申し上げますと、私はお腹の子の父親はジョシュアではなくどこぞの男娼だと考えております。彼は髪色も瞳の色も弟とまったく同じですから、生まれても誰も気づかないと思われたのでしょう……下種な女の浅知恵というやつですかな?」

「……いま、なんと言ったのかしら?」

「おや、聞こえなかったのであれば、何度でも申し上げましょう。下種な浅知恵女は、頭だけでなく耳まで悪いようですね」

 笑みを深めるダニエルだが、ジョアンにはまったく笑っているように見えない。
 すぐそこまで破滅の影が忍びよっている。
 それだけは、確実だった。
 
「ダニエル、少々口が過ぎたようね。女王陛下に対する不敬罪で処罰してあげるから、覚悟なさい」

「これは、大変失礼いたしました」

「今さら謝っても、無駄よ」

「いいえ、大事な報告を失念していたことを、いま思い出したのです……

(やはり、そうだったか……)

 ジョアンは、ついに確信した。

「今のあなたは、女王陛下でもなんでもない。ただの一貴族にすぎません」

「……どういうことかしら?」

「王座が簒奪さんだつされたのですよ……エリオット様によって」

「そんなこと、ありえないわ! エリオットは、まだ十歳じゃない!!」

「年齢など関係ございません。国王に相応しい器かどうか、それだけです」

 ダニエルもまた、とうの昔にリーザを見限っていたのだ。
 新しい国王を擁立すべく、陰で動いていたに違いない。

「前国王陛下が、エリオット様の後見人になると宣言されたそうですよ。最後まで渋っていた一部の重鎮たちも、手のひらを返したように賛同にまわりました」

「許せないわ! お父様は、わたくしを見捨てたのね!!」

「見捨てたのではなく、国のために賢明な判断をなさっただけです」

(おそらく、娘の命と引き換えに新国王派の要求を呑んだのだろう)

 リーザがどんなに男遊びをしようと、立場を弁えている間は黙認されていた。
 しかし、どこの馬の骨ともわからぬ男と子を成したこと。
 それを隠し次期国王にしようと企てたことが、彼らの逆鱗に触れた。
 国や重鎮たちを欺くような大罪を犯したリーザは、厳罰に処されてもおかしくはなかったのである。


 ◇


 リーザと加担した従者たちは、公爵家の騎士たちによって連行されていく。
 フレディは、ただ呆然とその光景を眺めていた。

 デクスターとともに席についたジョアンは、連行されなかったトミーへ顔を向ける。

「『敵を欺くには、まず味方から』ということか……」

「左様でございます」

 澄ました顔でトミーは答えた。

「なんの話だ?」

「いいえ、兄上。なんでもございません」

 おそらく、トミーはダニエルの命令で女王の間者スパイを演じていたのだろう。
 裏切っていると見せかけて、女王側の情報を兄へ流していた。
 獣人の男娼をジョアンへけしかけるようリーザを誘導したのも、作戦の一つ。
 
 さすが、兄が優秀と認めた人物だけのことはある。
 この二人には、自分は絶対に勝てない。
 今後も、決して敵対してはならないと深く心に刻んだジョアンだった。

「あの……ダニエル様、私はこれからどうなるのでしょうか?」

 か細い声で問いかけたのは、フレディ。
 リーザが失脚した以上、フレディも王配の立場ではいられない。

「……おまえが今後どうなろうと、私の知ったことではない」

 ダニエルの言葉は、冷たく突き放したものだった。


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