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15、さようなら
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別れの日は、ある日突然やってきた。
始終へらへらしているエドモンドが珍しく真顔で、ハンスを伴って離れに訪れる。ただならぬ雰囲気に、ヘルマンは沈黙していた。
「支度をしろ。王宮の方が嗅ぎつけた。宰相補佐が騎士団の精鋭を連れて、ここへ向かっている。ヘルマン、森へ帰る時が来た」
足止めはしておくとエドモンドは言い、弘明が一人でヘルマンを送って行くように命令した。
「……父様が異世界から召還されたというのも、向こうはつかんでるの?」
ヘルマンは自分のことより、弘明の身を案じているようだった。
「そうだな。救い主を召還する儀式はいずれ公式に行う予定だったのだが、私が独断でやったのは知られたらしい」
いや初耳だが、と弘明は口をはさみそうになったが、ヘルマンに遮られる。
「父様は何もされたりしないな? それだけは約束してもらわなくちゃ困るよ。そうでないと、僕は帰れない」
「ヒロアキには指一本触れさせないと約束しよう。それくらいの力はあるから、信用してくれていい」
弘明は一応「救い主」であるのは間違いないから、あちらも無闇に危害は加えられないだろうとのことだ。しかしヘルマンは駆除するべき化け物。誤魔化しきるのは難しい。
ヘルマンはエドモンドと見つめ合っていたが、弘明に視線を移した。
「行こう。父様」
歩き出したヘルマンは、エドモンドの横を通り過ぎる時に足を止め、再び赤い瞳をエドモンドの顔に向ける。
「リオートリエの『呪われた血を引く』王子、エドモンド。約束を違えるなよ」
それは、今まで弘明が聞いた覚えがないほど、冷え切った声だった。ヘルマンの声に、少しでもぞっとしたのは初めてだ。ハンスも異様な響きに目を見開いている。
エドモンドだけが余裕の顔で、薄ら笑いを浮かべていた。
これまで、ヘルマンとエドモンドは大して交流がなく、込み入った話をしていた様子もそれほどなかった。だが、二人の間には彼らにしかわからない何らかの事情がありそうだった。
――呪われた、血?
弘明は疑問に思ったが、それについてあれこれ話している時間はなさそうだ。二人はハンスに急かされて、厩舎の方へと向かった。
屋敷を抜け出し、北西へとひた走る。
ヘルマンも一人で馬に乗れるのだが、二頭よりは一頭の方が目立たないからと、同じ馬に乗って移動した。護衛はいない。
うんと飛ばして、三日かかる。乗り換える馬はハンスが手配してくれていて、宿に泊まって先を急いだ。
これが最後か、と思おうと弘明も言葉少なになり、道中は沈黙の時間が多かった。
追っ手への警戒に集中して、自分の気持ちを紛らわせようとする。
ヘルマンはいつものように明るかったが、やはり口数は多くない。
「寒くないか」
馬で走りながら、ついそう尋ねた。前に座るヘルマンは笑っている。
「寒くないです」
そうだった。こいつは、冬の森に住む化け物なのだ。
自分もヘルマンも、この世界では異質の存在だ。だとしたら、自分達はお似合いの組み合わせなのかもしれない。
初めて出会った、あの森へとついに足を踏み入れた。
たいまつは持ってきていないが、今夜は満月だから周囲は暗闇に包まれてはいない。魔素のオーロラも輝きながら揺らめいている。だが、森の奥は真っ黒に塗りつぶされ、気のせいか不気味な咆哮が聞こえてくるようだ。
よいしょ、とヘルマンは馬を降りた。彼は何も持っていくことを希望しなかったので、手ぶらである。
弘明ものろのろと馬を降りる。
「では、父様。お世話になりました。どうか、お元気で」
ヘルマンは礼儀正しくお辞儀をする。
(いつか離れ離れになるなんて、最初からわかっていたことなのに)
お前は俺を捨てて行くのか? なんていう、とんちんかんなことを口走りそうになる。これでいいのだ。ヘルマンのためにも、自分のためにも。
俺達は、「まともな親子」になんて、なってはならない。
ヘルマンを手放すことを、ほっとするべきだ。そう思うのに。
「このまま、どこかへ行くか? 二人だけで」
つい、言ってはいけない台詞を言ってしまった。世界の果てまで行って、親子ごっこを続ける。そんな妄想がふと頭をよぎる。
「嬉しい」
ヘルマンは、あどけない顔で笑った。一級品のルビーのような目を細め、口元をほころばせ、甘い笑顔を浮かべる。頭がどうにかなりそうなくらい、愛らしい、魔性の笑みだ。
「でも、ダメなんです。僕は行かなくちゃ。あなたのことを思うなら、隣にいられないもの」
二人の間は離れていたが、ヘルマンが触手を伸ばしてくる。触手がそっと、弘明の頬に触れた。
「もし叶うなら、またあなたに会いたい。優しい、愛しい、僕の父様。僕を育ててくれてありがとう。――さようなら」
ヘルマンは駆け出した。何かを振り切るように。
小さな背中が遠ざかり、弘明はずっとその場に立ち尽くしていた。今まで幾度となく苦しい思いもつらい思いもしてきたが、その時の痛みはこれほど強くなかった。
親に捨てられるより、誰かに殴られるより、耐え難い痛みで胸が張り裂けそうになる。
愛だなんて認めたくない。自分が愛し、愛される人間だなんて認めたら、今まで以上に人生が惨めに感じてしまうではないか。
結局弘明は、別れの言葉をヘルマンにかけてやることができなかった。
真っ白な森の中、寒さも感じずに。孤独に耐えながらただ、前を見つめ続けていた。
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