ヤクザの俺が異世界で美しい化け物の養父になって溺愛される話

muku

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20、入浴

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 * * *

 街の人間に、ヘルマンをどう紹介しようか悩んだ。子供が二年で大人になるわけがない。
 ヘルマンがいなくなったのに気づいた相手には、「病気の療養のために海外へ行った」と嘘をついていた。そもそも、ヘルマンは体の発達に問題があると周囲には伝えている。

 だったら病が癒えて本来の姿になったと言え、とエドモンドは無茶を言い出した。そもそも一年の間に急成長したところを皆は目撃している。公爵閣下のおかげだと言えばみんな納得するとエドモンドは主張した。

 なわけねぇだろと思ったのだが、一応弘明は屋台の主人などにそう説明した。
 すると主人の女は「公爵様は何でも解決してくださる方だからねぇ」と信じ込んでいて、ヘルマンの男ぶりを絶賛していた。

 領民の、公爵に対する圧倒的な信頼感はいつもながら謎すぎる。税が軽いだとか、民の声によく耳を傾けてくれるだとか、皆称賛しているが、騙されているとしか思えない。あれはただの調子の良いふざけたおっさんだ。

 弘明とヘルマンは、久々に街をあちこち歩いて回った。ヘルマンは気に入っていた揚げ物やポタージュを食べてご満悦だ。

「しかしお前……本当にデカくなったな。いくつなんだ?」

 拾った時が三歳だとしたら、まだ六歳くらいになるが。
 ヘルマンは頬張っていた野菜を飲み込むと、首を傾げた。

「人間の年齢で換算するのは難しいですけど、僕はもう成獣ですよ」
「成獣……?」

 ヘルマンの正体が何に属されるのかは考えたことがなかったが、成獣ということは、獣の一種なのだろうか。とにかく自分は大人になったのだ、とヘルマンは強調した。

「そうか。だったらめでたいな。俺が面倒見てやらなくてもいいくらい、成長したんだから」

 弘明が笑うと、ヘルマンは少しの間固まった。しかし、すぐに笑顔を浮かべる。まだ一緒に行きたいところがあるからと、弘明を引っ張った。


 そうやってヘルマンと過ごす日々が何日か続いた。
 二週間ほど経った時、弘明はヘルマンに尋ねた。

「ここに住むのか?」

 昔と同じように、ヘルマンは弘明と一つのベッドで眠っていた。離れでなくても空き部屋はいくつかあるのだが、どうしても弘明と同じ部屋で寝泊まりしたいのだと言う。
 ヘルマンは瞬きを繰り返した。生え揃った真っ白な睫毛が動く。

「エドモンドはいてもいいと言ってくれました。以前彼が化け物を匿っていたと疑われたことがありましたが、殺したか森に戻したとの結論が王宮の方では出たそうですから。僕の存在は今のところバレていません」

 今後どうするかは具体的に決めてはいないが、エドモンドはヘルマンの強さを買っているので、公爵家の戦力にしたいそうだ。本人は、現在の弘明と同じようにひとまず警邏に出て様子を見ようかと思っているという。

「あの……」

 ヘルマンは眉を下げて、こう言った。

「僕がここにいると、父様は迷惑でしょうか」

 これに弘明は動揺した。

「そんなことは言ってない。お前が好きなようにしたらいい」
「僕、図体が大きくなりましたし、同じベッドで寝ると父様は窮屈でしたよね。気づかなくて、ごめんなさい……」
「平気だ。お前は細いから邪魔なんかじゃない。俺もまぎらわしい言い方をして悪かった」

 弘明はうなだれるヘルマンの頭をわしゃわしゃと撫でた。

(このままだと、俺はヘルマンを傷つけ続けるかもしれない)

 元々あまり器用な性格ではない。ヘルマンと離れたいという気持ちが伝わってしまう恐れがあった。

(エドモンドに言って……しばらく、屋敷を離れるか)

 頭を冷やす必要がある。エドモンドは特に弘明に執着している様子もなかったので、住処を移したいと頼んでも応じてくれそうだ。
 ヘルマンにどう説明するかが問題だが。

 自分も、別のところに住んだとしたらそのまま戻らず、行方をくらましたくなってしまいそうでもあった。
 そうやって窓の外を見ながら考えにふける弘明は、ヘルマンが真顔でじっとその背中を見つめ続けていることには気がつかなかった。


 ヘルマンに、一緒に風呂に入ろうと誘われ、断る理由もないので弘明は応じた。
 裸になって湯船に浸かる。隣を見ると成長したヘルマンがいて、まるで一気に十年近くの歳月が過ぎたように錯覚した。

「俺も自分が十くらい歳とったように思えるな」
「父様はいつでも若いですよ」

 いつまでも若く見られて舐められてきた身としては、そうやって褒められると心境は複雑である。
 風呂の中では大して話すこともなく、お互い無言だった。ヘルマンと無言の時間があってもかつては何も気にならなかったが、どうしてか今は落ち着かなかった。何もない空白ではなく、何かが潜んでいる空白だ。

 ヘルマンが戻ってきてから、ずっと自分はそわついているようだった。何か言わなくては。そうして沈黙を避けなくては。そう焦っている自分はどこかがおかしい。

「ああ、懐かしいな。父様の刺青……」

 ヘルマンが後ろに回り、指先でそっと背中を撫でた。湯気の中、声がぼやぼやと浴室に反響する。

「僕、この竜が大好きなんです。あなたと離れてから、片時も忘れたことはなかった」

 指先が、背骨をたどる。上から下へと、動いていく。ぞくりと身を震わせそうになった弘明は、目を見開いて立ち上がった。

(まずい……!)

「父様?」

 弘明は急いで湯船からあがった。

「悪いが、のぼせそうだから先に出る」

 それ以上声をかけられないように、弘明は足早に浴室から出て行った。体もろくに拭かずに服を身につけ、部屋へと歩く。
 寝室にたどり着くと、ベッドに腰を下ろして頭を抱えた。
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