恋愛ファンタジー短編集【蜜】

ちゃむにい

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お嫁さんになりたくない!【R15】

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それは、とある場末の酒場での話。

「困ったねぇ、何時魔物がこっちにくるか、不安で眠れないよ」

「国は何をしているんだッ、軍を派遣してくれる約束だったじゃないか」

「明日になれば来るらしいんだけど、それまで持つかどうか……」

どんよりとした、暗い空気が漂うのも当然。酒場にいる、ほぼ全員が傷だらけであり、血の気を失っている。酒場に集い、愛する妻や子供に聞かれたくない弱音を、彼らは喋っていた。
この村は山に囲まれており、その自然の防壁が今までこの土地を守ってきた。ところが、村にほど近い場所で古に封印されていた魔物が、子供の火遊びが原因でその縛めを解かれ、活動を再開してしまったのだ。

その数、目視で確認して、数百から数千で、人口3千人に満たない長閑な村が対処出来る量ではない。

もう何人が犠牲になったことだろう。ある日を境に、旅人がパッタリと来なくなって、おかしいこともあるものだと噂されたが、田舎の村だったので、そんな時もあるだろうと結論付けていた。
ところが、山に山菜を採りに行った村人が血相を変えて戻ってきた。魔物と遭遇して、命からがら逃れてきたのだ。

窮状を訴える手紙を国に届けて、その返事も戻ってきたが、避難するのが遅すぎた。誰がこんなにたくさんの魔物が徘徊するようになると、思ったことだろう。村から逃げる判断を即座にしなかった村長を責めても、今は仕方のないことだった。すぐに聖都から魔物を討伐するために冒険者が来るだろうと、高を括っていたということもある。

今でも目を疑うような光景だ。ここは聖地にほど近い場所で、こんなに魔物が封印されているとは誰もが知らなかった。今や魔物の大群に囲まれ、逃げる手段は無い。

この村は今や魔物に襲われるのを待つだけという状況になっていた。

「魔物を退治してくれるなら、なんでもするんだがなぁ。俺だって、まだ死にたくないし……」

あと数刻もすれば、彼らはまた、見張り番をしなければならない。魔物はこちらに向かって来るような様子はないが、襲ってきたら、それこそお終いだろう。
魔物を防ぐ手段は無い。
手詰まり感に、誰かがため息をつき、誰かは嗚咽を漏らしながら泣きだす。突破口を開こうとして亡くなった若い衆を思い出したのだろうか。自分達の命も、あと僅かかもしれないのだ。感傷に浸れる内に、浸っておいたほうがいい。

「…………その話、本当か?」

酒場の雰囲気にそぐわない、凛とした声が響いて、4対の目がそちらを向いた。見たことの無い顔に、ヒソヒソと言い合う。確か、長期滞在している旅人は居なかったはずだが、いったい彼は今まで何処にいたのだろう。

鉢植えのベルモモンガの花をテーブルの上に乗せているから、花を採取しに出かけていたのだろうか。この村の花は聖都からの移住者による開発や乱獲により数を減らしたが、禁じられるほどではない。そのため、採取しに山へ入る人は絶えなかった。

「そりゃそうです。全滅するよりは、ずっといいですからね。我々が出来ることでしたら何だって出来ますよ……貴方は冒険者ですか?」

運の悪い時に、ここに居逢わせてしまいましたね、と言った。本当なら、この村の良いところを見て欲しかったが、この異常事態だ。そんな事も言ってられない。

本来なら豊かな山の恵みもあり、花畑への物見客も程々に来る、そんな場所だったのだ。

「ふーん、それじゃあ、魔物を退治することが出来たら、お前の娘、俺の嫁にしていいか?」

「契約書に判子を押したっていいよ」

それで解決するなら、安いものだ。何しろ魔物が襲ってきたら、俺の大事な娘だって、死んでしまうのだから。

「あはは、やる気だねえ、お前さんに何が出来ると言うんだい」

隣の家に住む、伯父さんが大声で笑った。村の若い衆が、数十人で徒党を組み、魔物退治に出かけたが、1匹も倒すことが出来ずに死んでしまったのだ。
彼は長身で強そうではあるが、1人で何とか出来るレベルの問題ではない。

「できるさ」

「……あまり魔物を挑発するんじゃないよ、まだ村には食糧はあるし、出来るだけ時間を稼ぐしか、方法がないんだ」

心配そうな顔をする伯父さんに彼は言った。

「問題ない。すべて退治すればいいだけだ」

「言うねぇ」

「その代わり、この花を見てもらえないか。やっと手に入れたんだ」

そう言い残すと、踵をひるがえして、その旅人は酒場を後にした。





「というわけなんだ、ロザリー」

「お父様のバカバカッ! 何でそんな無責任なこと約束するのよ!」

少し怪我はしていたけれども、無事にお父様が戻ってきて、それだけで嬉しかったのに、魔物が居なくなったという情報を聞き、飛び跳ねるほど嬉しくて、歓声を上げた。
魔物の脅威は去ったのだ。これで、村は助かる。
しかしその喜びはすぐに萎むことになる。お父様が続けて言った、お前の結婚相手が決まったぞ、という言葉に、呆れて物が言えなかった。

「私っ、まだ18歳なのよ!?」

信じられない。キスだってまだ経験が無いし、初恋だってまだなのに。
私だって、何時かは素敵な男性と付き合うんだと思っていたのに甘い夢は、いとも簡単に破れてしまった。
顔を見たことも無い相手と結婚しても幸せになるとは思えない。村では自由恋愛が主流で、そんな形で結婚相手が決まるとは露ほどにも思ってもいなかった。村の中で良い人を見つけて結婚するつもりだったのに、すべて台無しだ。

「しょうがないだろう。まさか本当に倒してくるとは思わなかったんだ。我が家の娘は3人いるが、末っ子のロディはまだ5歳だし、長女のユリアも婚約をしていて出せるわけがない。必然的にお前だけになってしまうんだよ」

それを言われると喉が詰まる。可愛い盛りのロディを生贄にするわけにいかないし、ユリアは、ようやく幸せを掴んだばかりなのだ。そうなると3姉妹の中で最も適役なのは私しかいない。

「……そうだけど、納得なんかできるわけないじゃない! そもそも、何なのよ、その男! そんなに女と結婚したいなら、見ず知らずの私と結婚しなくとも、聖都にいくらでも良い女性いるでしょ!」

村を救ってくれたお礼を言おうと思ってたけど、そんな気持ち、吹っ飛んでしまった。弱みに付け込んで嫁を求めるだなんて、とんでもない人だ。

「お前がいくら吠えても、契約を交わしてしまったから、どうしようもないぞ。違約金が莫大な金額なんだ」

「最低! そんなに嫁に困るような見目の悪い男なの!?」

目を吊り上げて反論する。

「ところが、この辺りじゃ見たこともないぐらい美形だぞ。あまり詳しく聞いていないが、実家は裕福らしい」

「つまーり、性格に難ありってことね。じゃないと女が放っておかないわ、そんな良い男」

「だろうなあ。ごめんな、ロザリー。本当なら村に残って欲しかったんだ。本当だよ。お母さんにも言ったんだが、顔も合わせてくれない」

「そう思うなら今後は、禁酒してください!!」

どうせ酒の勢いに任せて、こんな軽口を叩いたのだろう。村が全滅するよりは、私1人が犠牲になったほうが良いかもしれないが、納得できるものではない。私はこの村を愛している。愛しているからこそ、この村を出て行きたくなかった。

その男が人間の言葉を話すなら、直談判で解決できるかもしれないと思って、彼が泊っているという宿屋に殴り込みに行ったのは、その数分後。即実行が、私の良いところだ。




そしてその容貌を一目見て、




…………驚いた。


たしかにお父様は、『この辺りじゃ見たこともないぐらい美形』と言っていたが、まさかココまでだとは思わなかった。漆黒の瞳、漆黒の髪、研ぎ澄まされた刃のような雰囲気。足が長いために、細く見えるが、しっかりとした体つきをしている。

(何より、胸に付けている薔薇と鷹をモチーフにしたあの紋章は……彼、王族じゃないの!)

ぶはっ、と吐きだしそうになる。村の人が何で気がつかなかったのが問いただしたい。何処から如何見ても、王族だ。相手が王族だというなら、こんな普段着で殴り込みに来なかった。もっと上等な服を着て、話し合いをすべきだった。頬がカァッと林檎のように染まる。

ふと見ると、男が座るテーブルの上にはベルモモンガの花の鉢植えがあった。

「ああ、来たか。座ってくれないか?」

私が殴り込みに来ることを予期していたのだろうか。男は私をチラリと見て、顔色一つ変えずに、そう言った。私は男が言うままに、椅子に座って、疑問がつい声に出てしまった。

「……なんでベルモモンガの植木鉢を置いているんですか?」

(うん、不思議そうな顔された)

自分でもどうかと思う。

「気になるところはそこか? さすがはロザリーだな」

うん? 何か私、お知り合いだったんだろうか。

(いや、でも王族なんかの知り合いは居ないけどなあ……)

そうは思っても、名乗る前に、顔も把握されているとなると、私が覚えていないだけなのかもしれない。そう思うと怒りを持続することは困難だった。

男に視線を向けると、柔らかい笑みが返ってきた。

「これは、ロザリーにプレゼントするために、採取してきたんだ」

「私に……?」

鉢植えのベルモモンガの花を渡された。良い匂いがふわっと香る。

「切り花にしようかと思ったが、それでは悲しむかなと思ってな」

「そりゃ切り花よりも鉢植えのほうが良いけど……」

胸がドキドキする。こんな素敵なプレゼントを貰った事はない。この花を見たのは何年ぶりだろうか。小さい時から大好きだった花だけど、崖のあるところにしか咲かないから、お父様から近づくことも禁止されており、私では採取することが出来なかった。

「ロザリー」

「……はい?」

すっかり心は花に奪われていた。この花を育てるためには、どこの土地に植えるのがいいだろうか。多年草だから、上手く育てれば、きっと来年も目を楽しませてくれるだろう。

「愛してる」

男は席を立ち上って、私に近づくと、唇に優しく触れるだけのキスをした。だが、私は心の中で絶叫を上げた。鉢植えを落とさなかっただけ、自分を褒めたい。

(ちょ、ちょっと何なのよ! まだ顔あわせて数分でこれって、デリカシーのカケラもない男だわっ!)

少し心を許したらこれだ。男なんて野蛮で、油断も隙も無い奴ばかりだ!

…………とは言っても、魔物を討伐した際に私を求めた人だ。デリカシーなんて要求するほうが間違ってるかもしれない。これが70代のおぢさまじゃなくて、まだ良かったかもしれない。

初キスをこんな形で失うなんて、悔しすぎたが、これも村を救ってくれたお礼と思って、我慢しよう。

「ロザリー。昔に約束しただろう、迎えに来るって」

私の明らかに嫌そうな反応に、少し怒ったような顔で私の手にキスを落とす。いや、そんなことを初対面の人にされても身の毛がよだつだけなんですが。
でも彼の言い分を察するに、やはり彼は私と逢ったことがあるのだろうか。私の顔と名前も一致しているようだし、最初から私が目的だったのかもしれない。

「むかし?」

「忘れてしまったのか……?」

「ごめんなさい、ぜんぜん記憶にないです」

いったい何時の話よ! と言おうとしたのだが、彼の顔を見て、言葉が引っ込む。悲しそうに伏せられた目が哀愁を誘う。顔が良いというのは、それだけで卑怯だ。そうしている内に、パチリと開かれた目が、近づいてきた。

蛇に睨まれたカエルのように、微動だに出来なかった。

気がついた時には、生温かい舌が侵入してきて、口の中をこれでもかと言わんばかりに蹂躙された。唾液と唾液が混じりあい、彼の熱っぽい目に、頭の中は混乱する。

「ずっと我慢してたんだ。ロザリーが欲しい。君だけを愛してる。抱いていいだろ?」

背徳的な体勢に気がつくが、蕩けそうなぐらい、長いキスを経て、酸欠状態で頭がボウッとしていた。

「何も言わないんだったら、了承したと思うからな……」

「いいわけないじゃ、やッ」

肩に顔を埋められて、背筋がゾクリとする。何、この状態。というか、

(貞操の危機!?)

話し合いに1人で来たことを後悔する。私だって鈍くはない。彼の切羽詰まったような、掠れた声が、すべてを物語っていた。
私を逃がさないように、肌に食い込むぐらい強く、彼の長い指が拘束する。

「まだ思い出さないのか? ……ひどいな、ずっと俺は忘れたことなかったのに。ロザリー、俺と一緒に居てくれるんじゃなかったのか?」

その言葉が、昔の思い出と一致する。

「……レオ……? うそ、」

私の言葉に、嬉しそうに破顔した。

「俺は国を平和にするって言う約束は果たしたぞ。お前も約束は守るべきだ。俺のお嫁さんになって、俺の傍に一生居てくれるんだろう?」

わ、私の馬鹿ーッ!!!!

それは十年の歳月を経ていたが、鮮明に思い出すことのできる口約束だった。口は災いの元というが、後先考えず調子の良いことを言った記憶が、確かにある。

(これじゃお父様のことばかり悪く言えないじゃない! まさか王子様だなんて知らなかったわよ、いやもう今は国王様……!?)

ちょっと待ってよ!!!! 私も一応、大地主の娘ですが、貴族に貰われるほどの家格ではありません! そもそも、そんなめんどくさい家に嫁ぎたくない!

第一希望は農家のお嫁さんになって、模範となるような良いお嫁さんになりたかったんです。

「あの、あのね、レオ」

やばい何だ、このキラキラとした期待に満ちた瞳は。

(…………ッ)

約束。

たしかに見に覚えがあります。でもね、それって8歳ぐらいの時に、黒いボサボサ頭の男の子に言ったのであって、今とは状況も何もかも違う。破棄したって――

「ロザリー、ずっとお前のことだけを考えてた。お前がいなければ生きていけない」

瞼に優しくキスを落とされる。

(あああああああ!!!)

頭をかきむしりたい。

罪悪感でいっぱいすぎる。私の馬鹿ッ、なんでこんな真面目そうな人に、そんな約束しちゃったんだ! 

「レオ」

「一生、守るから。俺と一緒に生きてくれ」

私がすぐに諾と言わないからか、次第に切ない表情になってきている。剣だこのできた、ごつごつとした手。手の平にも古傷がいくつも走っている。小鳥が怪我をしただけで大泣きしていた臆病な彼が、私を得るために、今までどれだけの研鑽を積んできたのか、私は知らない。
これ以上拒否して、彼を傷つけることは出来なかった。

「…………わかった」



声が震える。



「貴方が私を好きでいてくれるなら、ずっと貴方だけを見るわ」



ほだされた。



ああ、もうどうにでもなれ!!!



「神様にだって誓うよ!!! ああ、今日は本当に素敵な日だ!!!」




レオから深い口付けを食らって、クラクラする頭で考える。

あんなに、しおらしくしていた子犬のような瞳は、すっかり肉食獣のそれで。


――やばい。


自業自得だったが、危険信号はガンガンと、痛いばかりに鳴り響いていた。










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