恋愛ファンタジー短編集【蜜】

ちゃむにい

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恋心の行方【R18】

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(――あんな顔で笑う女だったのか)

伯爵令息であるユージン・オスカーは、男爵令嬢マリィ・エクアードが気になっていた。

ユージンが王都にある魔法学校に入学してすぐにマリィ・エクアードに付き纏われて辟易していたのは、誰もが知っている、公然の事実だった。

だが、その関係性は劇的に変わってしまった。

ある日、満面の笑顔と共に、こう告げられたのだ「ユージン様、ご安心ください! 貴方様への恋心は捨てましたから!」なんだそれは、とユージンは思ったが、「これでもう、ご迷惑はかけません」とクラスメイトの前で宣言して、彼女は離れていった。

それ以降、彼女がユージンに付き纏うことはなくなり、それどころか一切振り向きもしなくなってしまったのだった。

その報われない片思いに、最も苦しんでいたのは彼女自身だったのかもしれない。

マリィは、まるで解き放たれたかのように、エネルギーに溢れた、快活な笑顔を見せるようになった。

それが、本来あるべき、マリィ・エクアードという人物の姿だったのかもしれない。恋に盲目になる余り、ユージン・オスカー以外の人間に、興味関心を寄せなかったのだ。

男女関わらず、マリィは愛想を振りまいており、クラス内は笑いに溢れていった。けれども、マリィが笑顔を見せるのはユージン以外であり、ユージンに対しては冷淡そのものだった。

どうやら、ユージンを見ると嫌悪感を感じるようになったらしい。「どうして私は、ユージン様のことを懸想していたのかしら? ユージン様は伯爵家の嫡男よ。家柄も釣り合わないのに、身分不相応なことをしたわ」と、新たに出来た友人とお喋りしているのが聞こえてきた。

ユージンはそのことに戸惑いながらも、当初は喜んでいた。これで普通の学校生活が送れると思ったからだ。けれど、マリィ・エクアードのことが気になり、目で追うことが増えてしまった。

目が大きく、幼い顔立ちだったが、肌も雪のように白い。喋らなければ、可愛い女だとは思っていた。

ユージンへの片思いは学校中で有名で、それが本人からの申し出で終わってしまったから、彼女を狙っていた男たちが黙っているわけもなかった。

マリィ・エクアードはすぐに恋人ができてしまった。手を繋いで学校内を歩いているところを目撃してしまって、ユージンは動揺をした。

仲睦まじく、なんとも幸せそうな2人だったが、祝福する気にはなれなかった。

(あれは……。あの立場は、本当は俺だったはずだ)

強烈な嫉妬に襲われ、ユージンはようやくマリィへの恋心を自覚した。

しかし、それは遅すぎた。マリィはすでに別の男の物になっていたからだ。

もしかしたら自分の物だという驕りがあったのかもしれない。

豪奢な長い巻き毛の金髪と、空色の瞳。ぷっくりとした、柔らかそうな唇が目に付く。マリィが他の男に愛想を振りまくのが、これほどまでに苦痛になるとは思わなかった。

それからしばらくして、ユージンはマリィが校内で恋人とキスしているところを見てしまった。逆上してしまって、その後の記憶はない。

ユージンはどんな手を使っても、マリィを手に入れることを決めた。そのために、父親に直談判をした。マリィと婚約がしたい。マリィと婚約出来ないなら、生涯結婚しないと伝えた。

父親はユージンを説得しようとしたが、ユージンの意志は固く、最終的に認めるしかなかった。伯爵家にはユージンしか跡継ぎとなる子が居なかったためだ。

ユージンは学校の卒業と同時にマリィと結婚式を挙げることになった。エクアード男爵は伯爵家と縁が結べることを喜び、マリィにはすでに婚約者がいたが、手切れ金を渡し、すぐに関係を解消させた。

マリィはユージンとの結婚を嫌がっていたが、伯爵家との縁談を断れるはずがなかった。結婚式では、ユージンの目をマリィが見ることはなかった。
マリィと視線が合っても、すぐに逸らされ、ほとんど喋らない。

(やはり、俺が嫌いなのか……)

今からでも手放すことも出来たが、マリィが他の男に抱かれることが許せなかった。結婚衣装に身を包んだマリィは悲しげな目つきで俯いていたが、息を呑むほど美しかった。

(……好きな女を口説くには、どうしたらいいんだ?)

女から迫られることはあっても、女を追いかける経験はユージンの今までの人生の中でなかった。これまでの関係性を改善したくて接点を増やしてみようと努めたが、マリィの素っ気ない態度は変わることがなかった。

たとえ嫌われようとも、無理やりにでも娶るしかない。

マリィの細くて長い指に結婚指輪を嵌めながらも、ユージンの心は暗く淀んだ。

結婚式を終えると、ユージンはマリィを抱いた。それは思い描いていたような愛のある営みではなかった。優しくしようと思っていたのに、マリィが他の男の名を呼び、助けを求める姿を見て、激情に襲われた。

行為の最中、ずっとマリィは泣いていた。

きっと冷え切った夫婦関係になる。幼い頃に夢見ていた幸せな結婚生活にはならない。そう分かってはいたが、心は無理でも、せめて体だけでも、マリィが欲しかった。

ユージンは欲望のまま、マリィの処女を奪い、その体を愛した。

そして気が付いた。

最初は嫌がっていたマリィが頬を染め、「ユ、ユージン様ぁ……!」と縋るように手をユージンの腰に回し、不慣れだろうに必死に応じようとしている姿を。

じわりじわりとユージンの心の中に、歓喜が満ちていった。

(そうか、もしかすると……)

恋心を消すだなんて、どうやったらそんなことが出来るのか、ユージンはずっと疑問だった。マリィへの恋心を自覚してから、暗示に近い魔術なのだろうかと探していたが、どんな魔術の書にも書いていなかった。

もしかしたら呪いの類だったのかもしれない。

想い人に抱かれることが、恋心を取り戻す鍵だったのだろう。

「なんだか……、長い夢を見ていたような気分ですわ。それとも、これはまだ夢なのかしら……」

マリイの目には、ユージンが映っていた。

「……マリィ、俺はお前を愛している。だから、もう二度と恋心を捨てるんじゃない」

ユージンはマリィを抱きしめ、愛を囁いた。


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