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第九章 運命の二人
192、新生活 1
しおりを挟むあれからいくつの日が過ぎたのだろう。俺はもう日を数えることを止めた。
「ただいま」
「お帰りなさい」
桜が時々、どこかへ行っている。
たぶん大学とか仕事とかだと思う。朝、行ってくるねって場所も話している気がするけど、俺は正直なんも頭に入らない。自分に関係ない話は頭に入れないようにしていた、というか俺に関係のある話すら無い。だって俺はただ飼われているセックスできるペットだから、可愛くしとけばいいだけ。
最初は桜を憎む気持ちもあったけど、それすら持続するにはこの生活は不向きだった。すぐにそんな抵抗も無意味に思えて、番が喜ぶペットを演じる。いや、演じているのかもよくわからない。とにかくただ生きているだけだ。
いつまでこんな一生を過ごさなければいけないんだろう、なんの生産性もない生活。
ただ、飯を食って、排泄して、セックスをする。それだけの人生。外へも連れ出してもらえない。文字通りここで飼われている。
俺の料理が好きだって言っている割に、俺をキッチンにたたせたくないようで、桜は料理すらこなして俺に餌をくれる。体も洗う。服も着せる。トイレは自由にさせてもらってるので、排泄を強要されたのはあの時の一回きりだった。そして散歩をしないだけ犬より楽なのかはわからないが、俺は生かしておくだけの愛玩具。
せめて、皿を洗うと言ったがそれすらも許されない。キッチンには入れないよう柵と鍵がつけられた。それもそのはず、俺は、強制発情の後に訪れた通常の発情期でやらかしたみたいだった。
◆◆◆
「ふあっ」
まさかの発情期? こないだの発情から、まだそんなに経ってないのに。あれは薬で無理やり発情させられたから、これが本来の発情か?
あれから毎日抱かれている。セックスってこんなにしていいのか? 俺は桜がいない時は寝ているだけだから、夜には体も回復するけど、桜は日中出かけている。あの体力はなんなんだろう。
あの行為も、ルーティンの一つ。
ご飯を食べるのと同じ俺の役割の一つ、むしろそれしか俺のここでの意味はない。そこに愛なんて無い、俺はこの頃少しおかしくなっていた。言われた通り、演技をして、桜を好きと毎日言って、出されたご飯を食べて、桜が話していることばを耳に入れているだけ。
心はどこかに置いてきた。
一人の時もあるはずなのに、記憶にない。気付けば桜が目の前にいて、ご飯か、お風呂か、セックス、そのどれかをしている、それ以外よく覚えてない。
それで桜が満足するなら、それでいい。風呂に入るのも、ご飯を食べて体力をつけるのも、桜の性処理をするのに必要な行為。だから俺はされるままに、それをこなす日々。俺の意思はもうどこにも存在しない、そんな生活を過ごしていた日々に、それは突然やってきた。
急にきた発情に俺は戸惑ってしまった。発情に狂った汚いオメガと言ったあの人が、発情期に抱いてくれるとは限らない。もしかして毎日抱き続けたのは発情期にセックスしないように、ヤリだめでもしていたのかも知れない。
俺を苦しめるように……きっとこれは俺が桜を裏切った報復なんだ。俺を買ったのも飼い慣らすのも愛なんかじゃない、ただの復讐。
お爺様、勇吾さん、正親、そして関係のない絢香と岬。最終的に俺でこの復讐劇は終わるのだろうか? 俺と桜の終着駅は一体どこにあるの?
発情中にまた薬ももらえ無かったら、今度こそ耐えられない。
桜はまだ出かけているし、だいたい夕方までは帰ってこないはず。さっきメイドさんが食事を持ってきたから、まだ昼を過ぎたばかりか? 帰ってくる前に発情を抑えなければ!
もうすでに発情期に入りかけて、頭がバカになっていた。一週間もある発情期が数時間で終わるわけがないのに、俺はそんな考えに至っていたのだから。
――そうだ、また血を出せば――
俺は、はぁはぁと息を切らしながら、迷わずキッチンへと向かった。そっとカラトリーの引き出しを開けた。フォーク? ナイフ? 引き出しを床に落として、グラスもわざと割った。その破片を持つも、なぜか前回を思い出した。
――これじゃまた失敗する――
そう、ガラスの破片くらいでは力の入らない発情期には致命傷は無理だ。
致命傷? そうだ、脚を傷つけるだけじゃなくて、きちんと俺をなくすには深くて、深くて起き上がれないくらいの傷が必要だ。
カラトリーは諦めて流しの下の戸棚を開いた。
これを体に刺せば、この報われないなんの意味も無さない生活から、救われる? 俺は手に包丁を持っていた。きっと、狂っていたのだと思う。
それほどに前回の発情が、俺にとって恐ろしい経験となっていた。今後も発情期が来るたびに、あれを思い出す。そんな気がする。もう、いいはずだ。
俺の人生はクソだ。最終的に、いろんな人を傷つけるだけ傷つけて、そして愛する人を不幸にしている。俺がいるから桜も狂うんだろう、俺さえいなければ……握る手に力を込めた。
――みんな、ごめんなさい――
お腹に向かって矛先を定めてから、ぎゅっと力を入れた瞬間、俺の手から包丁が落ちた。
へっ?
知らない人が俺の手を掴んでいる。
「だ、だれ?」
「すいません、これ以上は見てられなかったので。もう発情期に入られているのなら、寝室でお待ち下さい。まもなくあなたの番が参ります」
スーツを着た男は、淡々と話した。あぁ、こんな狂ったオメガを一人で留守番させるほど、あの男は優しくない。俺は元から信用なんてされてなかったんだから、見張りをつけていたのか。
「は、なして。お願いします。桜が来る前に、これをお腹に刺さないと……」
「そんな事、許されません」
失礼しますと言って、俺を抱き抱え寝室へと運ばれた。俺は番以外の男に抱き抱えられて、不快感を覚えたし、涙が止まらなかった。
「おね、がいします。発情したくないっ、死なせてっ、お願いっ、死にたいっ」
力が入らない、言葉にも強さが出ない。もう完全に俺の狂う時間が迫っている。
俺をベッドに下ろした男が、インカムで何か話している。俺とは会話もしてくれないようだった。
「あっ、はっ、殺してっ、だめ、んんんっ、いやっ、触ってっ、あっ やだっ こんなことを言いたい訳じゃないっ」
バタバタと騒がしい音がすると、俺の雄の匂いが狂った頭に入ってきた。そこで俺は終わったと悟った。
「良太!」
どんな苦痛がこれから待っているのだろう。
飼い主の言いつけも守らず、自害しようとした駄犬を、桜はどんな苦しみを与えるのだろう。知らない男にすがった俺を、また汚いオメガと罵るのだろうか。
失敗した、もうこれ以上苦痛に満ちた人生になんの意味があるの? 俺は桜の瞳を見た瞬間、その匂いに溺れ、思考を閉ざした。
「早く、俺を……コロシテ」
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