ローズゼラニウムの箱庭で

riiko

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第九章 運命の二人

208、命より大切な想い 8(桜 side)

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 良太との接触は医者に止められていたので、触れ合いは避けていた。

 その後ようやく許可をもらい、抱いた。この時の良太からは、最近消えていたあの可愛いローズゼラニウムのフェロモンが出ていた。

 治療は効いたのだろうと思っていた。

 穏やかな良太を見ても、俺といることへの不安が無いようだ。だから俺を受け入れられるようになったのだろう、そう思っていた。抱く前はいつになく穏やかな気持ちで会話をした。

 良太が高校時代、俺のことをどれだけ想ってくれていたのか打ち明けてくれた。

 その話は信じられないくらい、俺にとっては喜びしかなかった。そして俺が今までどれだけ良太の思いを、希望を、いろんなことを奪ってきたのかを思い知らされた。

 俺が思うよりも、ずっと良太は生に必死に食らいついて生きてきたんだ。

 良太の今までを辛く思うも、その反面、良太の苦悩にはいつも俺がいた、俺が良太の心のほとんどを独占してきたんだと、喜びを感じた。そして良太からの愛に満たされた。 

 お互いに初めて、揺るぎない愛情を確認した。

 それなのに、その激しく穏やかな夜が明けた時、良太は目覚めなかった。

「どうして良太はまた倒れた!? セックスだってこれまでに無いくらい極上のものだったし、良太の勃起障害も治っていた。オメガの分泌液も大量に出て、香りも、うなじから出ていたんだ。もうつがい欠乏は治ったんじゃなかったのか? それなのになんでまた」

 医者は良太の診断を終えると俺に向き合った。

「良太さんの希望で、今回は岩峰の開発した新薬を処方しました。だから性行為ができただけで、もともとアルファには拒否反応を起こしていたので、薬が効いているうちは大丈夫でも、薬が切れた後の後遺症が出たのでしょう」

 淡々と話す医師に違和感を覚えた。

「あなたは、後遺症が出るとわかっていたんですか? それなのに、良太に薬を?」
「私は患者の意思を尊重しただけです。良太さんには性行為をすれば、後遺症ではなくて、次は命を落とすと伝えました。実際、つがい解除による衰弱は末期に入っていて、助かる見込みはなかったんです。このままいけば良太さんの命はひと月も無かった。彼はそれを悟っていました。だから最後の願いを聞き入れたんです」

 なにを……何を言っている?

「な、んだって、俺がいるのに良太が死ぬ訳ないだろう」
「通常ならそう……。通常なら今回の薬も効果があったはず。ですが良太さんは桐生に拾われてから、常に決断の連続で本来心優しい気質を持っているにもかかわらず、人を騙すことを強いられてきた。オメガは脆いんです。それを隠し続けて走り続けた心は限界だったんでしょう。追い討ちをかけるようにつがいから解除をされれば、当たり前の結末かと。全てあなたが招いたことでしょう」

 この医者は、良太を助ける気がないのか? 俺が良太を限界まで追い込んだのは自覚がある、でもこんな未来は望んでなかった。

「良太は、このまま目覚めないのか? もう助からないのか?」
「あなたは助けたいのですか?」
「当たり前だ! 俺はあいつを死なせたいなんて一度も考えたことはない」

 どうしてそんなことを言うのかわからなかった。この医者は、俺の狂った愛情を間近で見ていたから、俺がどれだけ良太を愛しているか知っているはずなのに、それなのになぜ、良太の死を止めようとせずに煽ったのだ? すると医者は感情を隠さず話してきた。

「なら、なぜ新しいつがいを作るなどという浅はかなことができたんですか? もう諦めてください。あなたのつがいは発情期に戻ってくるのですよね? 良太さんはあなた達の関係をもう一度見るのは耐えられないと言っていました。その前につがい解除で死ねるなら嬉しいと。愛した人……、あなたに抱かれて最後を迎えたいというささやかな願いを、私はどうしても叶えてあげたかったんです。訴えるのならどうぞ、私も医者ですから覚悟の上です。それでも彼の人生を考えると願いを叶えてあげたかった」

 この人も、俺も、良太を想ってのこと。

「そんなこと、あなたが良太を考えてくれているのは感謝してます。ですが本当に助からないのですか? 俺はこの後どんなことになっても良太と生きていきたい。いや、良太に生きていて欲しいんです、だからっ」
「でしたら、ひとつだけあります」

 そう言って医者は話し始めた、それから三日後に良太は奇跡的に目覚めた。

 俺は目が覚めてくれたことにほっとしたが、良太は呆然としていた。

 医者の話によると事前に二人の会話から、最後に俺に抱かれて死ぬと決めていたんだ、まさか目が覚めるは思わなかったのだろう。

「良太、気分はどうだ?」

 病室のベッドで水を飲んでいた良太に話しかけた。良太は微笑みながら、大丈夫って言った。そして俺は良太の顔色を見て、本当に大丈夫そうだと感じ、最後の言葉を告げた。

「良太、俺たちはこれで終わりだ」

 良太はまさか俺から別れの言葉を聞くとは思わなかったのだろう、驚きすぎて言葉も出てこないようだった。

つがいが帰国する、これからは日本を拠点にすると言っていたから良太は必要なくなった。岩峰のもとに帰る手筈はついている、ここの医師が事情を話して岩峰に伝えてくれている。体調が戻ったらここから出て行ってくれ」

 良太の目から涙が流れた。

 そして良太は必死に笑顔を作った。痛いくらいの笑顔だった。本当に、俺を、俺だけを愛してくれているんだって、今なら痛いほどわかる。

 必死に拙いながらも、俺に伝えてきた。

「わかった。桜、今までありがとう」

 それが俺たちの別れを決めた日になった。

 それは俺たちが三年前、初めて出会った日と同じ、桜が舞う春のことだった。
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