娼館で死んだΩ、竜帝に溺愛される未来に書き換えます

２５、揺らぐ支配

「……私を、お呼びだとか？」

ヴェロニクは、執務室の扉を開けながら、表情を押し殺していた。
いつものように余裕を持った微笑を浮かべ、優雅に振る舞う。
だが、内心では激しい苛立ちを感じていた。

（エリオット……あいつが動いている）

このところ、屋敷の空気が微妙に変わっているのをヴェロニクは敏感に察知していた。
使用人たちは妙に落ち着いており、かつてのような張り詰めた緊張感が薄れてきている。
それだけではない。侍女長や執事が、以前よりもヴェロニクの指示に慎重になり始めたのだ。

（……一体、何が起こっている……？）

エリオットの行動が、確実に公爵家の支配構造を揺るがしている。
それは認めざるを得なかった。
アドリアンはデスクの向こうで静かにヴェロニクを見つめていた。
彼は相変わらずの冷静な表情で、感情を読ませない。

「何か？」

ヴェロニクは、できるだけ柔らかい声音で尋ねた。
アドリアンは手に持っていた書類を机に置き、ゆっくりと口を開く。

「ヴェロニク。君が公爵家の様々なことを取り仕切っていることに、私は感謝しているよ」

それは、単なる前置きだった。
次にくるのは、ヴェロニクにとって望ましくない言葉だ。

「……だが、一部の決定について、私の耳に入る前に進められていることがあるようだね」

ヴェロニクの眉がわずかに動く。

（……やはり、エリオットが……）

「旦那様、以前より申し上げていますが、私はあくまで公爵家の運営を円滑に進めるために行動しているだけです」

ヴェロニクは、しなやかな仕草で手を組み、優雅に微笑んだ。

「日々の細かな決定まで逐一ご報告していては、旦那様のお仕事の妨げになるかと」
「それは理解している」

アドリアンは頷く。

「だからこそ、私はこれまで君の判断を尊重してきた」

ヴェロニクは、心の奥で冷たい笑みを浮かべる。

（だったら今さら何を……エリオットのせいで、余計なことを考え始めたのか？指して興味なんかなかったはずだ。邸内のことなんて）

「しかし」

アドリアンの声が低くなる。

「公爵家の主は、あくまで私だ。今後、重要な決定はすべて、必ず私の許可を取るように」

ヴェロニクの手の指が、かすかに震えた。

「……当然、そのつもりでございます。ですが、今までと違いすぎるかと、戸惑う者も……」
「変わらねばならないと思っただけだよ」

アドリアンは、まるで他人事のようにさらりと言い放った。
ヴェロニクは、唇の内側を噛んだ。

（……この変化は……！）

エリオットの存在が、アドリアンの意識に少しずつ影響を与えている。
それが、ヴェロニクには我慢ならなかった。

「旦那様、もしかして、エリオット様が何か……？」
「関係ない」

即答だった。

「……」

ヴェロニクは、慎重に表情を崩さぬようにしながら、僅かに目を伏せる。

「私は……」

ヴェロニクは、静かに息を吐くと、甘えるような声音に切り替えた。

「私は、ただ旦那様のために動いているのです。公爵家をより良くするために」
「それは分かっているよ、ヴェロニク」

アドリアンは、ゆっくりと立ち上がると、ヴェロニクの肩に手を置いた。

「君は、私にとって特別な存在だ。だからこそ、私は君を信じている」

（ならば、どうして……？）

ヴェロニクは、表情には出さず、内心で激しく焦っていた。
信じていると言うなら、なぜ今になってこんな「制約」を？

「ならば……これまで通り、私にお任せいただけませんか？」

アドリアンは、少しだけ考える素振りを見せた。

「私の承認を得るだけでいい話だ。君の裁量を奪うつもりはない」

つまり、「アドリアンがすべてを把握する」という形に変える、ということだ。
ヴェロニクの自由は、確実に狭められる。

（まずい……このままでは……）

ヴェロニクは、唇を引き結んだ。
今ここで抗えば、かえって「疑われる」。
だが、このまま従えば、「自由」が奪われる。

（エリオット……許さないぞ）

ヴェロニクは、自分の腕に手を添えた。

「……わかりました」
「理解してくれて嬉しいよ」

アドリアンは、立ち上がるとヴェロニクの傍に行き、その髪を指で梳くように触れた。

「私は君を愛している。だからこそ、君を守りたいんだ」

ヴェロニクは、薄く笑いながら、静かに目を伏せた。

（愛している、か。だったら、どうして……今さらこんなことを）

焦燥が、心の奥底にじわりと広がる。
ヴェロニクは、アドリアンの手をそっと取り、握り返しながら静かに微笑んだ。

「ありがとうございます、旦那様。私も愛しています」

しかし、その心はすでに次の一手を探していた。
このまま終わるつもりはない。
エリオットを――必ず、排除する。
ヴェロニクは、静かに瞳を細めた。



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