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31、交錯する思惑
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「陛下にそう仰られるとは光栄です」
その言葉に、クラリスがちらりと扇の隙間からエリオットを見つめる。
「ふふ、公爵夫人はつくづく罪なお方ですわね」
「え……?」
エリオットが首を傾げると、クラリスは楽しげに笑った。
「陛下にあそこまで……羨ましい限りですわ」
「ええ、本当に」
アンネリーゼもゆったりと微笑む。
「公爵夫人がこのまま陛下と良好な関係を築かれれば、公爵家にとっても決して悪い話ではありませんし」
「……」
その言葉に、エリオットは静かに紅茶を口に含んだ。
(確かに、その通りだ……)
オルディス公爵家は、王家に忠誠を誓う家系であり、王宮内の勢力を支える立場にある。
しかし、隣国の皇帝との関係が深まること自体は、必ずしも悪いことではない。
(むしろ……好機ですらあるかもしれない)
王家とトラヴィス帝国の関係は、決して緊張関係というわけではないが、微妙な均衡を保っている。
もしエリオットがシグルドと親しい間柄になれば、公爵家としても外交的な利益が得られる可能性がある。
(ただし、それを狙って近づくというのは……)
エリオットはふっと息を吐く。
シグルドがエリオットの探す相手ならばそれも悪くないどころか、願ってもない話だが……その可能性がどこまであるのか、エリオットには凡そ計算がつかない。
そもそも、あの人をどう探せばいいのか……いまだに考えあぐねているところだ。
「何をお考えで?」
アンネリーゼが静かに問いかける。
「いえ……陛下は、どこまで本気なのでしょうね」
エリオットの言葉に、クラリスがくすっと笑う。
「それは、公爵夫人ご自身で確かめるしかありませんわね」
その言葉に、エリオットは黙ってティーカップを見つめた。
(……それが簡単にできれば苦労はしない)
ふと、視線を感じた。
遠くで、ヴェロニクがじっとこちらを見つめている。
その表情は、先ほどの 「余裕を装った微笑」 とは違う。
(……やはり、彼はこのまま引き下がる気はないか)
ヴェロニクは貴族社会の生まれではない。
だからこそ、この場における「暗黙の力学」を読み違えた。
それを今回で正しく理解できたかどうかで、今後の動きが違ってくるだろう。
「公爵夫人?」
「……ええ、すみません。少し考えごとを」
エリオットは微笑みながら、そっと紅茶を飲み干した。
※
「お聞きになりました?」
「ええ、公爵夫人と皇帝陛下のこと……」
「公爵閣下はどうされるのでしょうね?それにしても公爵夫人も抜け目がないお方」
「ええ、ええ。今のうちにお近づきに……」
貴族の婦人たちの間で、あの噂がささやかれ始めていた。
誰かが直接動いたわけではないが、とかくこの手の噂は好まれ拡がりやすい。
内容は、決して「スキャンダラスな不義」ではない。
羨望が入り混じったものではあるが、羨望の影には嫉みや嫉妬も必ずついて回る。
まるで「公爵夫人から皇帝の愛人へ」とでも言わんばかりに語られていた。
そして——
その噂が、アドリアンの耳にも届いた。
「……それは、どういう内容だ?」
アドリアンは静かに問いただした。
話を持ちかけてきたのは、王宮でも一目置かれる伯爵家の当主だった。
「いや、ただの噂ですよ。もちろん、閣下がご存じであれば、それで良いのですが……」
「何を聞いたのですか?」
「公爵夫人と、皇帝陛下が随分と親しくされているようだと」
アドリアンの表情が凍りつく。
(……皇帝陛下が、エリオットと?)
先日、公爵家で茶会を開催したのは知っている。
あれは当主が顔を出すものではないので、エリオットに全て任せていたものだ。
特に問題なく終わったどころか、好評だったこともアドリアンも知っている。
そこで、何かがあった、ということだ。エリオットと皇帝の間で。
しかし、噂がここまで広まっているということは——
(これは、計画的に広められた情報か?)
「……貴殿は、どう受け止められてる?」
「はは、公爵夫人はお美しいですからねえ。皇帝陛下が気に入られるのも無理はありません」
伯爵は茶を飲みながら、楽しげに言う。
「ただ、公爵閣下はどうされるのかと……」
「……どう、とは?」
「いや、もし陛下が本気で公爵夫人をお求めになられたとすれば、貴族社会としては公爵家がどう対処するのか、少し気になるというだけです」
アドリアンの胸に、言いようのない 苛立ち が込み上げる。
「……噂に左右されるほどではありませんよ」
「まあ、閣下がそう仰るのであれば、何も問題はないでしょうが……」
伯爵はにこやかに笑いながら、席を立った。
「では、私はこれで」
アドリアンは、残されたカップをじっと見つめる。
(シグルド・アルヴァン……あの男が、本気でエリオットを?)
理性では分かっている。
貴族として考えれば、これはむしろ「公爵家にとっては利益」となる話だ。
しかし——アドリアンは拳を握った。
「……エリオット」
その名を呼んだ瞬間、自分の中にある 不快感 の正体がちらりと見えた気がした。
そして、こう思う。
(あれは、私のものだ)
それが 「公爵家のため」ではなく、「個人的な感情」から来るものだと気づいた瞬間、アドリアンは席を立った。
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次の更新→2/19 PM10:30頃
⭐︎感想いただけると嬉しいです⭐︎
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その言葉に、クラリスがちらりと扇の隙間からエリオットを見つめる。
「ふふ、公爵夫人はつくづく罪なお方ですわね」
「え……?」
エリオットが首を傾げると、クラリスは楽しげに笑った。
「陛下にあそこまで……羨ましい限りですわ」
「ええ、本当に」
アンネリーゼもゆったりと微笑む。
「公爵夫人がこのまま陛下と良好な関係を築かれれば、公爵家にとっても決して悪い話ではありませんし」
「……」
その言葉に、エリオットは静かに紅茶を口に含んだ。
(確かに、その通りだ……)
オルディス公爵家は、王家に忠誠を誓う家系であり、王宮内の勢力を支える立場にある。
しかし、隣国の皇帝との関係が深まること自体は、必ずしも悪いことではない。
(むしろ……好機ですらあるかもしれない)
王家とトラヴィス帝国の関係は、決して緊張関係というわけではないが、微妙な均衡を保っている。
もしエリオットがシグルドと親しい間柄になれば、公爵家としても外交的な利益が得られる可能性がある。
(ただし、それを狙って近づくというのは……)
エリオットはふっと息を吐く。
シグルドがエリオットの探す相手ならばそれも悪くないどころか、願ってもない話だが……その可能性がどこまであるのか、エリオットには凡そ計算がつかない。
そもそも、あの人をどう探せばいいのか……いまだに考えあぐねているところだ。
「何をお考えで?」
アンネリーゼが静かに問いかける。
「いえ……陛下は、どこまで本気なのでしょうね」
エリオットの言葉に、クラリスがくすっと笑う。
「それは、公爵夫人ご自身で確かめるしかありませんわね」
その言葉に、エリオットは黙ってティーカップを見つめた。
(……それが簡単にできれば苦労はしない)
ふと、視線を感じた。
遠くで、ヴェロニクがじっとこちらを見つめている。
その表情は、先ほどの 「余裕を装った微笑」 とは違う。
(……やはり、彼はこのまま引き下がる気はないか)
ヴェロニクは貴族社会の生まれではない。
だからこそ、この場における「暗黙の力学」を読み違えた。
それを今回で正しく理解できたかどうかで、今後の動きが違ってくるだろう。
「公爵夫人?」
「……ええ、すみません。少し考えごとを」
エリオットは微笑みながら、そっと紅茶を飲み干した。
※
「お聞きになりました?」
「ええ、公爵夫人と皇帝陛下のこと……」
「公爵閣下はどうされるのでしょうね?それにしても公爵夫人も抜け目がないお方」
「ええ、ええ。今のうちにお近づきに……」
貴族の婦人たちの間で、あの噂がささやかれ始めていた。
誰かが直接動いたわけではないが、とかくこの手の噂は好まれ拡がりやすい。
内容は、決して「スキャンダラスな不義」ではない。
羨望が入り混じったものではあるが、羨望の影には嫉みや嫉妬も必ずついて回る。
まるで「公爵夫人から皇帝の愛人へ」とでも言わんばかりに語られていた。
そして——
その噂が、アドリアンの耳にも届いた。
「……それは、どういう内容だ?」
アドリアンは静かに問いただした。
話を持ちかけてきたのは、王宮でも一目置かれる伯爵家の当主だった。
「いや、ただの噂ですよ。もちろん、閣下がご存じであれば、それで良いのですが……」
「何を聞いたのですか?」
「公爵夫人と、皇帝陛下が随分と親しくされているようだと」
アドリアンの表情が凍りつく。
(……皇帝陛下が、エリオットと?)
先日、公爵家で茶会を開催したのは知っている。
あれは当主が顔を出すものではないので、エリオットに全て任せていたものだ。
特に問題なく終わったどころか、好評だったこともアドリアンも知っている。
そこで、何かがあった、ということだ。エリオットと皇帝の間で。
しかし、噂がここまで広まっているということは——
(これは、計画的に広められた情報か?)
「……貴殿は、どう受け止められてる?」
「はは、公爵夫人はお美しいですからねえ。皇帝陛下が気に入られるのも無理はありません」
伯爵は茶を飲みながら、楽しげに言う。
「ただ、公爵閣下はどうされるのかと……」
「……どう、とは?」
「いや、もし陛下が本気で公爵夫人をお求めになられたとすれば、貴族社会としては公爵家がどう対処するのか、少し気になるというだけです」
アドリアンの胸に、言いようのない 苛立ち が込み上げる。
「……噂に左右されるほどではありませんよ」
「まあ、閣下がそう仰るのであれば、何も問題はないでしょうが……」
伯爵はにこやかに笑いながら、席を立った。
「では、私はこれで」
アドリアンは、残されたカップをじっと見つめる。
(シグルド・アルヴァン……あの男が、本気でエリオットを?)
理性では分かっている。
貴族として考えれば、これはむしろ「公爵家にとっては利益」となる話だ。
しかし——アドリアンは拳を握った。
「……エリオット」
その名を呼んだ瞬間、自分の中にある 不快感 の正体がちらりと見えた気がした。
そして、こう思う。
(あれは、私のものだ)
それが 「公爵家のため」ではなく、「個人的な感情」から来るものだと気づいた瞬間、アドリアンは席を立った。
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🌟第10回BL小説大賞にて奨励賞を頂戴しました。応援ありがとうございました。
🌟本作は旧Twitterの「フォロワーをイメージして同人誌のタイトルつける」タグで貴宮あすかさんがくださったタイトル『凍てついた薔薇は恋に溶かされる』から思いついて書いた物語です。ありがとうございました。
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