84 / 89
82、帝国の変革と過去の選択
しおりを挟む
エリオットの指先は、胸元のペンダントをそっと握りしめていた。
記憶が戻ったことで、シグルドが何をしてきたのかを知りたくてたまらなかった。
「……今回は、前よりもずっと早く僕を見つけましたね」
静かに問いかけると、シグルドは微かに微笑み、ソファの背にもたれた。
「そうだな」
その言葉とともに、彼の視線がわずかに遠くなる。
「前の時間軸では、私は帝国を離れることができるまでに時間を要した。……おかげで、君を見つけた時にはもう手遅れだった」
「……」
エリオットは小さく息を飲む。
(そうだ……僕は……前の時間軸で、間に合わなかったんだ……)
「……なぜ、今回は早く動けたのですか?」
核心に触れる問い。
シグルドはしばらく沈黙した後、ゆっくりと語り始めた。
「帝国の内情が変わったからだ」
「内情……?」
「前の時間軸では、私は皇位継承争いに巻き込まれた。……叔父が対抗勢力を築き、内乱となったからな」
「内乱……!」
シグルドが持つ帝国の絶対的な権力、その基盤が過去には揺らいでいたということか。
「前皇帝……つまり私の父の死後、叔父は貴族たちの支持を受け、王位継承を争った。結果として、私は長い戦いを強いられた」
エリオットはその言葉に眉を寄せる。
「……叔父上は、なぜそこまで?」
「彼自身に野心があったわけではない。だが、彼を支持する貴族たちがいた」
シグルドは静かに言葉を紡ぐ。
「彼らは私の進めようとしていた改革に反対していたのだ」
「改革……?」
シグルドはソファの背にもたれながら、ゆっくりと話し始めた。
「帝国を中央集権化し、貴族の権限を制限する。それが私の方針だった」
エリオットは思わず息を呑む。
「……貴族の権力を弱める、ということですか?」
シグルドは静かに頷く。
「そうだ。しかし、叔父は『貴族との均衡を重んじるべき』と考えていた」
「均衡……?」
「貴族の影響力を排除しすぎれば、反発が生まれる。だからこそ、彼は貴族と王権の均衡を保つことこそが最善だと主張していた」
エリオットは黙って聞きながらも、確かに一理あると感じた。
「……その考えも、決して間違いではなかった。けれど——」
シグルドの瞳が、ふと遠くを見るように細められる。
「帝国の貴族は、すでに力を持ちすぎていた」
「……そんなに?」
「ああ。あの勢いであればいつか王族は踏みにじられていただろう。父は決して愚王だったわけではない。だが……母を失ってから、全てに興味を失っていた」
エリオットは一瞬、言葉を失った。
「……お母上を?」
シグルドの指が、無意識にペンダントに触れる。
「そうだ……父は母を深く愛していた。けれど、彼女が亡くなってからは、国政に対する関心を次第に失っていった」
「……」
「その間に、貴族たちは異常なほどに力を増していった」
シグルドの声が低くなる。
「叔父は、父に代わり貴族との折衝を続けていた。だが、私が即位すれば、それまでの関係が崩れることは明らかだった」
「だから、叔父上はあなたに対抗する必要があったんですね」
シグルドは静かに頷いた。
「そういうことだ」
その違いが、帝国を二つに分けるほどの争いを生んだ。
「前の時間軸では、その争いが長引いたため、君を探すのが遅れた。だが、今回は違う」
「どう違ったのですか?」
シグルドは少しだけ視線を落とし、それからエリオットを見据えた。
「私は時間を巻き戻した時点から、叔父との関係修復を図った」
エリオットは、その言葉の意味を考える。
「叔父の悩みを解決し、彼が対抗勢力を築く理由をなくしたのだ」
「……叔父上の悩み?」
「彼は父……つまり前皇帝との間に確執を抱えていた」
シグルドの表情がわずかに陰る。
「彼は自分が疎まれていたと信じていた。その恨みが増していたのだろう。だからこそ、父が選んだ私ではなく、自分が正しい統治者であるべきだと思った」
「……それをどうやって解決したのですか?」
「まず、彼に与えるべき役割を考えた」
シグルドの声には確かな自信がある。
「彼には帝国の宰相としての地位を与え、貴族との橋渡しをする立場にした」
「……つまり、叔父上は帝国にとって必要な存在であると示した?」
「そういうことだ」
シグルドは頷く。
「さらに、父が本当に彼を疎んでいたわけではないことを伝えた」
「え?」
「父は確かに厳しい人だった。だが、弟を憎んでいたわけではない。……ただ、兄として、皇帝として、厳格であらねばならなかった。私にも変わらず厳しい人だった。ただ私には私を諭す母がいたから、父の想いも伝わっていた。けれど、叔父は違った」
それが伝わらなかったせいで、叔父は反発し、自ら反乱の道へと進んでしまった。
「だから、私は父の遺志を正しく伝え、叔父に『争う必要はない』と説得した」
「……」
「結果として、彼は反乱を起こさず、帝国は混乱を避けられた。そして、私は早く動くことができた」
エリオットは、その話をじっと聞きながら、自分の胸に手を当てた。
「……あなたは、帝国そのものを変えたのですね」
「当然だ。私は二度と同じ失敗をしたくなかった——そして、君を救うためにな」
シグルドの静かな言葉が、部屋の空気を震わせるように響いた。
「……僕を……?」
エリオットは思わず息を呑み、目を見開いた。
記憶が戻ったことで、シグルドが何をしてきたのかを知りたくてたまらなかった。
「……今回は、前よりもずっと早く僕を見つけましたね」
静かに問いかけると、シグルドは微かに微笑み、ソファの背にもたれた。
「そうだな」
その言葉とともに、彼の視線がわずかに遠くなる。
「前の時間軸では、私は帝国を離れることができるまでに時間を要した。……おかげで、君を見つけた時にはもう手遅れだった」
「……」
エリオットは小さく息を飲む。
(そうだ……僕は……前の時間軸で、間に合わなかったんだ……)
「……なぜ、今回は早く動けたのですか?」
核心に触れる問い。
シグルドはしばらく沈黙した後、ゆっくりと語り始めた。
「帝国の内情が変わったからだ」
「内情……?」
「前の時間軸では、私は皇位継承争いに巻き込まれた。……叔父が対抗勢力を築き、内乱となったからな」
「内乱……!」
シグルドが持つ帝国の絶対的な権力、その基盤が過去には揺らいでいたということか。
「前皇帝……つまり私の父の死後、叔父は貴族たちの支持を受け、王位継承を争った。結果として、私は長い戦いを強いられた」
エリオットはその言葉に眉を寄せる。
「……叔父上は、なぜそこまで?」
「彼自身に野心があったわけではない。だが、彼を支持する貴族たちがいた」
シグルドは静かに言葉を紡ぐ。
「彼らは私の進めようとしていた改革に反対していたのだ」
「改革……?」
シグルドはソファの背にもたれながら、ゆっくりと話し始めた。
「帝国を中央集権化し、貴族の権限を制限する。それが私の方針だった」
エリオットは思わず息を呑む。
「……貴族の権力を弱める、ということですか?」
シグルドは静かに頷く。
「そうだ。しかし、叔父は『貴族との均衡を重んじるべき』と考えていた」
「均衡……?」
「貴族の影響力を排除しすぎれば、反発が生まれる。だからこそ、彼は貴族と王権の均衡を保つことこそが最善だと主張していた」
エリオットは黙って聞きながらも、確かに一理あると感じた。
「……その考えも、決して間違いではなかった。けれど——」
シグルドの瞳が、ふと遠くを見るように細められる。
「帝国の貴族は、すでに力を持ちすぎていた」
「……そんなに?」
「ああ。あの勢いであればいつか王族は踏みにじられていただろう。父は決して愚王だったわけではない。だが……母を失ってから、全てに興味を失っていた」
エリオットは一瞬、言葉を失った。
「……お母上を?」
シグルドの指が、無意識にペンダントに触れる。
「そうだ……父は母を深く愛していた。けれど、彼女が亡くなってからは、国政に対する関心を次第に失っていった」
「……」
「その間に、貴族たちは異常なほどに力を増していった」
シグルドの声が低くなる。
「叔父は、父に代わり貴族との折衝を続けていた。だが、私が即位すれば、それまでの関係が崩れることは明らかだった」
「だから、叔父上はあなたに対抗する必要があったんですね」
シグルドは静かに頷いた。
「そういうことだ」
その違いが、帝国を二つに分けるほどの争いを生んだ。
「前の時間軸では、その争いが長引いたため、君を探すのが遅れた。だが、今回は違う」
「どう違ったのですか?」
シグルドは少しだけ視線を落とし、それからエリオットを見据えた。
「私は時間を巻き戻した時点から、叔父との関係修復を図った」
エリオットは、その言葉の意味を考える。
「叔父の悩みを解決し、彼が対抗勢力を築く理由をなくしたのだ」
「……叔父上の悩み?」
「彼は父……つまり前皇帝との間に確執を抱えていた」
シグルドの表情がわずかに陰る。
「彼は自分が疎まれていたと信じていた。その恨みが増していたのだろう。だからこそ、父が選んだ私ではなく、自分が正しい統治者であるべきだと思った」
「……それをどうやって解決したのですか?」
「まず、彼に与えるべき役割を考えた」
シグルドの声には確かな自信がある。
「彼には帝国の宰相としての地位を与え、貴族との橋渡しをする立場にした」
「……つまり、叔父上は帝国にとって必要な存在であると示した?」
「そういうことだ」
シグルドは頷く。
「さらに、父が本当に彼を疎んでいたわけではないことを伝えた」
「え?」
「父は確かに厳しい人だった。だが、弟を憎んでいたわけではない。……ただ、兄として、皇帝として、厳格であらねばならなかった。私にも変わらず厳しい人だった。ただ私には私を諭す母がいたから、父の想いも伝わっていた。けれど、叔父は違った」
それが伝わらなかったせいで、叔父は反発し、自ら反乱の道へと進んでしまった。
「だから、私は父の遺志を正しく伝え、叔父に『争う必要はない』と説得した」
「……」
「結果として、彼は反乱を起こさず、帝国は混乱を避けられた。そして、私は早く動くことができた」
エリオットは、その話をじっと聞きながら、自分の胸に手を当てた。
「……あなたは、帝国そのものを変えたのですね」
「当然だ。私は二度と同じ失敗をしたくなかった——そして、君を救うためにな」
シグルドの静かな言葉が、部屋の空気を震わせるように響いた。
「……僕を……?」
エリオットは思わず息を呑み、目を見開いた。
1,166
あなたにおすすめの小説
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
【完結】end roll.〜あなたの最期に、俺はいましたか〜
みやの
BL
ーー……俺は、本能に殺されたかった。
自分で選び、番になった恋人を事故で亡くしたオメガ・要。
残されたのは、抜け殻みたいな体と、二度と戻らない日々への悔いだけだった。
この世界には、生涯に一度だけ「本当の番」がいる――
そう信じられていても、要はもう「運命」なんて言葉を信じることができない。
亡くした番の記憶と、本能が求める現在のあいだで引き裂かれながら、
それでも生きてしまうΩの物語。
痛くて、残酷なラブストーリー。
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
番解除した僕等の末路【完結済・短編】
藍生らぱん
BL
都市伝説だと思っていた「運命の番」に出逢った。
番になって数日後、「番解除」された事を悟った。
「番解除」されたΩは、二度と他のαと番になることができない。
けれど余命宣告を受けていた僕にとっては都合が良かった。
「自由に生きていい」と言われたので冒険者になりましたが、なぜか旦那様が激怒して連れ戻しに来ました。
キノア9g
BL
「君に義務は求めない」=ニート生活推奨!? ポジティブ転生者と、言葉足らずで愛が重い氷の伯爵様の、全力すれ違い新婚ラブコメディ!
あらすじ
「君に求める義務はない。屋敷で自由に過ごしていい」
貧乏男爵家の次男・ルシアン(前世は男子高校生)は、政略結婚した若き天才当主・オルドリンからそう告げられた。
冷徹で無表情な旦那様の言葉を、「俺に興味がないんだな! ラッキー、衣食住保証付きのニート生活だ!」とポジティブに解釈したルシアン。
彼はこっそり屋敷を抜け出し、偽名を使って憧れの冒険者ライフを満喫し始める。
「旦那様は俺に無関心」
そう信じて、半年間ものんきに遊び回っていたルシアンだったが、ある日クエスト中に怪我をしてしまう。
バレたら怒られるかな……とビクビクしていた彼の元に現れたのは、顔面蒼白で息を切らした旦那様で――!?
「君が怪我をしたと聞いて、気が狂いそうだった……!」
怒鳴られるかと思いきや、折れるほど強く抱きしめられて困惑。
えっ、放置してたんじゃなかったの? なんでそんなに必死なの?
実は旦那様は冷徹なのではなく、ルシアンが好きすぎて「嫌われないように」と身を引いていただけの、超・奥手な心配性スパダリだった!
「君を守れるなら、森ごと消し飛ばすが?」
「過保護すぎて冒険になりません!!」
Fランク冒険者ののんきな妻(夫)×国宝級魔法使いの激重旦那様。
すれ違っていた二人が、甘々な「週末冒険者夫婦」になるまでの、勘違いと溺愛のハッピーエンドBL。
5回も婚約破棄されたんで、もう関わりたくありません
くるむ
BL
進化により男も子を産め、同性婚が当たり前となった世界で、
ノエル・モンゴメリー侯爵令息はルーク・クラーク公爵令息と婚約するが、本命の伯爵令嬢を諦められないからと破棄をされてしまう。その後辛い日々を送り若くして死んでしまうが、なぜかいつも婚約破棄をされる朝に巻き戻ってしまう。しかも5回も。
だが6回目に巻き戻った時、婚約破棄当時ではなく、ルークと婚約する前まで巻き戻っていた。
今度こそ、自分が不幸になる切っ掛けとなるルークに近づかないようにと決意するノエルだが……。
【完結】Restartー僕は異世界で人生をやり直すー
エウラ
BL
───僕の人生、最悪だった。
生まれた家は名家で資産家。でも跡取りが僕だけだったから厳しく育てられ、教育係という名の監視がついて一日中気が休まることはない。
それでも唯々諾々と家のために従った。
そんなある日、母が病気で亡くなって直ぐに父が後妻と子供を連れて来た。僕より一つ下の少年だった。
父はその子を跡取りに決め、僕は捨てられた。
ヤケになって家を飛び出した先に知らない森が見えて・・・。
僕はこの世界で人生を再始動(リスタート)する事にした。
不定期更新です。
以前少し投稿したものを設定変更しました。
ジャンルを恋愛からBLに変更しました。
また後で変更とかあるかも。
完結しました。
冤罪で追放された王子は最果ての地で美貌の公爵に愛し尽くされる 凍てついた薔薇は恋に溶かされる
尾高志咲/しさ
BL
旧題:凍てついた薔薇は恋に溶かされる
🌟2025年11月アンダルシュノベルズより刊行🌟
ロサーナ王国の病弱な第二王子アルベルトは、突然、無実の罪状を突きつけられて北の果ての離宮に追放された。王子を裏切ったのは幼い頃から大切に想う宮中伯筆頭ヴァンテル公爵だった。兄の王太子が亡くなり、世継ぎの身となってからは日々努力を重ねてきたのに。信頼していたものを全て失くし向かった先で待っていたのは……。
――どうしてそんなに優しく名を呼ぶのだろう。
お前に裏切られ廃嫡されて最北の離宮に閉じ込められた。
目に映るものは雪と氷と絶望だけ。もう二度と、誰も信じないと誓ったのに。
ただ一人、お前だけが私の心を凍らせ溶かしていく。
執着攻め×不憫受け
美形公爵×病弱王子
不憫展開からの溺愛ハピエン物語。
◎書籍掲載は、本編と本編後の四季の番外編:春『春の来訪者』です。
四季の番外編:夏以降及び小話は本サイトでお読みいただけます。
なお、※表示のある回はR18描写を含みます。
🌟第10回BL小説大賞にて奨励賞を頂戴しました。応援ありがとうございました。
🌟本作は旧Twitterの「フォロワーをイメージして同人誌のタイトルつける」タグで貴宮あすかさんがくださったタイトル『凍てついた薔薇は恋に溶かされる』から思いついて書いた物語です。ありがとうございました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる