娼館で死んだΩ、竜帝に溺愛される未来に書き換えます

めがねあざらし

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82、帝国の変革と過去の選択

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エリオットの指先は、胸元のペンダントをそっと握りしめていた。
記憶が戻ったことで、シグルドが何をしてきたのかを知りたくてたまらなかった。

「……今回は、前よりもずっと早く僕を見つけましたね」

静かに問いかけると、シグルドは微かに微笑み、ソファの背にもたれた。

「そうだな」

その言葉とともに、彼の視線がわずかに遠くなる。

「前の時間軸では、私は帝国を離れることができるまでに時間を要した。……おかげで、君を見つけた時にはもう手遅れだった」
「……」

エリオットは小さく息を飲む。

(そうだ……僕は……前の時間軸で、間に合わなかったんだ……)

「……なぜ、今回は早く動けたのですか?」

核心に触れる問い。
シグルドはしばらく沈黙した後、ゆっくりと語り始めた。

「帝国の内情が変わったからだ」
「内情……?」
「前の時間軸では、私は皇位継承争いに巻き込まれた。……叔父が対抗勢力を築き、内乱となったからな」
「内乱……!」

シグルドが持つ帝国の絶対的な権力、その基盤が過去には揺らいでいたということか。

「前皇帝……つまり私の父の死後、叔父は貴族たちの支持を受け、王位継承を争った。結果として、私は長い戦いを強いられた」

エリオットはその言葉に眉を寄せる。

「……叔父上は、なぜそこまで?」
「彼自身に野心があったわけではない。だが、彼を支持する貴族たちがいた」

シグルドは静かに言葉を紡ぐ。

「彼らは私の進めようとしていた改革に反対していたのだ」
「改革……?」

シグルドはソファの背にもたれながら、ゆっくりと話し始めた。

「帝国を中央集権化し、貴族の権限を制限する。それが私の方針だった」

エリオットは思わず息を呑む。

「……貴族の権力を弱める、ということですか?」

シグルドは静かに頷く。

「そうだ。しかし、叔父は『貴族との均衡を重んじるべき』と考えていた」
「均衡……?」
「貴族の影響力を排除しすぎれば、反発が生まれる。だからこそ、彼は貴族と王権の均衡を保つことこそが最善だと主張していた」

エリオットは黙って聞きながらも、確かに一理あると感じた。

「……その考えも、決して間違いではなかった。けれど——」

シグルドの瞳が、ふと遠くを見るように細められる。

「帝国の貴族は、すでに力を持ちすぎていた」
「……そんなに?」

「ああ。あの勢いであればいつか王族は踏みにじられていただろう。父は決して愚王だったわけではない。だが……母を失ってから、全てに興味を失っていた」

エリオットは一瞬、言葉を失った。

「……お母上を?」

シグルドの指が、無意識にペンダントに触れる。

「そうだ……父は母を深く愛していた。けれど、彼女が亡くなってからは、国政に対する関心を次第に失っていった」
「……」
「その間に、貴族たちは異常なほどに力を増していった」

シグルドの声が低くなる。

「叔父は、父に代わり貴族との折衝を続けていた。だが、私が即位すれば、それまでの関係が崩れることは明らかだった」
「だから、叔父上はあなたに対抗する必要があったんですね」

シグルドは静かに頷いた。

「そういうことだ」

その違いが、帝国を二つに分けるほどの争いを生んだ。

「前の時間軸では、その争いが長引いたため、君を探すのが遅れた。だが、今回は違う」
「どう違ったのですか?」

シグルドは少しだけ視線を落とし、それからエリオットを見据えた。

「私は時間を巻き戻した時点から、叔父との関係修復を図った」

エリオットは、その言葉の意味を考える。

「叔父の悩みを解決し、彼が対抗勢力を築く理由をなくしたのだ」
「……叔父上の悩み?」
「彼は父……つまり前皇帝との間に確執を抱えていた」

シグルドの表情がわずかに陰る。

「彼は自分が疎まれていたと信じていた。その恨みが増していたのだろう。だからこそ、父が選んだ私ではなく、自分が正しい統治者であるべきだと思った」
「……それをどうやって解決したのですか?」
「まず、彼に与えるべき役割を考えた」

シグルドの声には確かな自信がある。

「彼には帝国の宰相としての地位を与え、貴族との橋渡しをする立場にした」
「……つまり、叔父上は帝国にとって必要な存在であると示した?」

「そういうことだ」

シグルドは頷く。

「さらに、父が本当に彼を疎んでいたわけではないことを伝えた」
「え?」
「父は確かに厳しい人だった。だが、弟を憎んでいたわけではない。……ただ、兄として、皇帝として、厳格であらねばならなかった。私にも変わらず厳しい人だった。ただ私には私を諭す母がいたから、父の想いも伝わっていた。けれど、叔父は違った」

それが伝わらなかったせいで、叔父は反発し、自ら反乱の道へと進んでしまった。

「だから、私は父の遺志を正しく伝え、叔父に『争う必要はない』と説得した」
「……」
「結果として、彼は反乱を起こさず、帝国は混乱を避けられた。そして、私は早く動くことができた」

エリオットは、その話をじっと聞きながら、自分の胸に手を当てた。

「……あなたは、帝国そのものを変えたのですね」
「当然だ。私は二度と同じ失敗をしたくなかった——そして、君を救うためにな」

シグルドの静かな言葉が、部屋の空気を震わせるように響いた。

「……僕を……?」

エリオットは思わず息を呑み、目を見開いた。
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