娼館で死んだΩ、竜帝に溺愛される未来に書き換えます

めがねあざらし

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83、そして繋がる過去

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「前回はここに来るまでに時間がかかりすぎた。その理由の一つが、アルヴィオン王国との繋がりが薄かったことだ」

シグルドはゆっくりと視線を上げ、遠くを見つめるように言葉を続けた。

「ライナスとは、かつて戦場で共闘したことがある。それ以来、互いに信頼し合うようになったが、前回の時間軸ではそこまで深い関係を築けなかった」

エリオットは眉をひそめる。

「……つまり、ライナス殿下とは、今回改めて関係を築き直したということですか?」
「そういうことだ」

シグルドは頷き、ゆっくりと椅子の背にもたれる。

「私は早い段階でライナスと協力関係を結んだ。彼もまた、クラウス侯爵の脅威に対抗するための支援を求めていた」
「クラウス侯爵が……」

エリオットは呟くように繰り返す。
クラウス侯爵は、かつてアルヴィオン王国の政治を陰で動かしていた有力貴族だった。表向きには王家に忠誠を誓っていたが、実際には自らの権力拡大を狙っていたのは、今回のことでも明白だった。

「ライナスは、王太子としての立場を強化する必要があった。クラウス侯爵派の貴族たちの勢力が強すぎたからな」
「……そこで、あなたが協力した?」
「そうだ。幸いにも私には過去の記憶がある。それを元に私は彼に助言し、王太子としての影響力を確立する手助けをした。その代わり、アルヴィオン王国で自由に動けるよう、滞在の正当な理由を得た」
「だからこそ、今回はすぐに動くことができたのですね……」

エリオットは静かに目を伏せる。
ライナスは確かに優れた人物だが、彼が単独で王太子としての立場を盤石にできたとは思えない。
その裏には、シグルドの働きかけがあったということなのだろう。

「威力を削いだからこそ、今回の政変は政変とならずに、クラウス侯爵の陰謀を未然に防げた。そこから先についてはは君も知る通りだ」

それが、前回と決定的に違う点だった。
エリオットの胸に、薄ら寒いものが広がる。
考えたくもなかったが、彼の言葉が示すものは一つしかない。

「ヴェロニクとクラウス侯爵は、君が正当な公爵の『番』であることを快く思っていなかった」
「……ああ、それはわかります。だからこそ、僕は娼館に追いやられた」

エリオットは短く息を吐き、視線を伏せる。
手のひらがじっとりと汗ばむのを感じた。

「今回も、下手をしたら同じ目に遭っていたと思います。僕は……その運命を変えたかった」

だからこそ、公爵夫人として戦った。
ヴェロニクの陰謀を防ぐために。
クラウス侯爵の企みを阻止するために。

「でも、不思議なことがあって」
「なんだ?」

シグルドが少しだけ身を乗り出す。
エリオットはゆっくりと目を上げ、まっすぐに彼を見つめた。

「僕の家族です」

シグルドの表情がわずかに動いた。

「僕はヴェイル家と確執があったわけではありません。父も母も、愛して育ててくれました」

エリオットの声は、淡々としているようで、どこか震えていた。

「それなのに、探されなかったという点です」

シグルドは黙って聞いている。

「僕が、公爵家から消えた時……普通なら、必死に探してくれるはずでしょう? それなのに、なぜ……?」

言葉を止め、一度息を整える。

「クラウス侯爵が主導となって、何らかの偽装があったのだと考えていますが……あっていますか?」

シグルドは短く頷いた。

「——ああ。その通りだ」
「な……っ」

エリオットは息を詰まらせる。
それを認められてしまうと、逃げ場がなくなる気がした。

「前の時間軸では、君は『伝染病で死亡した』と偽装された」
「っ……でも、そんな簡単に……?」

震える声で問い返す。
そんな偽装、普通ならすぐに見破られるはずだ。

「以前のクラウス侯爵は、今よりももっと権威があったからな」

シグルドの声は淡々としていた。
だが、それがかえって冷たい現実を突きつける。

「彼は王宮の記録すら改ざんできるほどの力を持っていた。だから、君の『死亡』は公式記録となり、ヴェイル家もそれを信じざるを得なかった」
「そんな……」

エリオットの手が小さく震える。

(僕は……死んだことにされたんだ)

「君の死を証明するために、医師の診断書や死亡証明書まで用意された。そして、伝染病にて病死した以上、感染防止のために遺体は速やかに焼かれたことにされた」
「……焼かれた?」
「そうだ。遺体がなければ、疑われることもない」
「……っ」

エリオットは思わず腕を抱いた。
自分の身体が、そこに存在しなかったことにされた——その事実が、ひどく恐ろしかった。

「ヴェイル家が探せなかったのも当然だ。探すべきものが最初から存在しないのだからな」
「……それで、僕は……」

声がかすれる。

「君は攫われ、娼館に売られた」

その言葉を聞いた瞬間、エリオットの喉がきゅっと締め付けられた。

(全部……全部、仕組まれていたんだ)

ヴェロニクとクラウス侯爵にとって、僕はただの障害だった。
だから排除された。
何の感情もなく、ただの駒のように。

「……僕は、本当に、ただの駒だったということですか?」

思わず零れた呟きに、シグルドの瞳が鋭く光る。

「——君は駒などではない」

低く、静かに言い切る声。
エリオットは、はっとしてシグルドを見た。

「私が、それを証明しよう」

シグルドは立ち上がり、エリオットの手を取る。
そのまま、自分の胸元へと引き寄せた。

「君の存在は、世界を変えた。……私にとってもな」

静かに響くその言葉に、エリオットは息を詰めた。

(僕は……)

ただの駒ではない。
たとえ誰かに操られる存在だったとしても——
少なくとも、シグルドにとっては違う。
エリオットは、ゆっくりと目を閉じた。
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