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第二十二話 side:H 母と狂気と
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麗華さんこと母との約束は、
『ゆうくんをなんとしても手に入れること』
だった。
理由なんて実に自己中心的なもので、母が昼乃さんとのかすがいを手に入れるためでしかない。そもそもあーちゃんとの結婚だって、それでしかない。男女ということもあって、スムーズにことが運ぶという理由も多少はあっただろう。
母が実際に僕にそう宣言したわけではないが、どうにかして自分の子である僕と昼乃さんの子供をくっつけようとする理由なんて、母を見ていれば嫌でもわかる。
この母の自己中心的な結婚に巻き込むこともあって、その代わりと言ってはおかしいけれど、僕は生涯あーちゃんを大事にすると決めていた。そこには勿論、双子への愛着もあった。
・・・まあ、逃げられたけど。
そして今、母の標的はゆうくんに代わったわけだ。
勿論、母だって夜叉ではないのでーー多分ーーゆうくんが本気で嫌がれば諦めるかもしれない。けれどゆうくんが自分から「代役」と言った今は渡りに船の状況。
僕が乗り気なのも、ある。僕だって何としてもゆう君を手元に、と思っている。
ちなみに双子の意見は尊重されるが、僕の意見は母に添うものでなければ却下される。逆らっても無駄なので、僕は上手く回避しつつ合意しつつやってきた。
母にとって双子は昼乃さんを繋ぎ止めるための駒ではあるが、愛情を注ぐべき対象でもあって、なんとも母も難解な心情を持っている。
しかし、久々に足ドンを食らった・・・いつでも如何なる時でも母は昼乃さんを守るため、ストイックに鍛えているので、綺麗に足は上がるし威力もあるのだ。
しかも今日は足の間を狙ってやってきた。その上で昼乃さんの前では出したことのないであろう、どすのきいた声で事情聴取された。
僕の股間すれっすれに爪先はあるし・・・腹の底から恐怖が這い上がってきた。
しかし、そうは言っても生まれてこの方、付き合いのある母だ。母親への対処法も理解しているので、問題はない。
昼乃さんを繋ぎ止めたい母と、ゆうくんを手に入れたい僕。利害が一致した。
子孫のことを一つも気にしていないのは、流石に驚いたが・・・まあ、母は桐月なんかどうでもいいのかもしれない。祖父も祖母も既に他界していないが、祖父はとにかく厳格な人だった。母が昼乃さんを思うことなんて許しはしなかっただろうし、その当時に逆らう術がなかった母は父との結婚を選んで、僕が生まれた。
とはいっても冷え切った夫婦、というわけでもないのが不思議なところで。
そこはひとえに父の寛容さが窺える場所だ。僕は20歳になった頃に一度聞いたことがある。ああいう母でいいのか、と。けれども父は照れたように『昼乃ちゃんが好きな麗華ちゃんが好きだからね』と笑った。
そういう父であったからこそ母は一緒になったのだな、と理解ができたし、人の愛し方というのは様々だと感慨深く思ったものだ。母がアレな分、父は僕に惜しみなく愛情を注いでくれたようにも思う。
しかし・・・改めて思ったが、我が母ながら執着心が凄まじすぎる。
仮に、今すぐにでも昼乃さんをさらって同性婚できる国に高跳びしても「やっぱりな・・・いつかやると思っていた」ぐらいにしか僕は思わないだろう。昼乃さんはそれを良しとはしないだろうから、起こらない事態だが。
そして、その血を明らかに継いだ僕のゆうくんに対する執着は、今や自分の想像を超える程だ。僕には父よりも母の性質が強く出たのだな、とこんなところで感じる。まあ、僕はさらったりはしないしそもそもの話、逃しはしない。・・・母みたいには。
実家で気の済むまでゆうくんを味わってから、お隣の春見家に向かう。
若干、ぽやん、としていたゆうくんも家に入る時には、ちゃんとした足取りに戻っていた。ゆうくんは口内が敏感らしく、長めのキスをするとトロトロになってしまうのが物凄く可愛くて、ここ最近はそれが見たいがために繰り返している節もあった。
家に入り、リビングへと向かうと、そこで珈琲を淹れていたゆうくんのお父さんーー春見笹之介さんとかちあった。僕が頭を下げると、へらっと笑う。
「久々~。ええと・・・運命の子1・・・?2・・・?どっち・・・?」
笹之介さんの言葉に、隣のゆうくんが大きなため息を吐く。
ちなみに運命の子とは双子のことで、あーちゃんが1でゆうくんが2だ。
「2だよ、父さん。仕事は終わったの?」
「まーだー。絶賛取り組んでるよ~この後もクライアントとオンライン打ち合わせ」
「は?!その格好で?!嘘だろう・・・ちょっと、さぁ・・・」
ゆうくんがつかつかと笹之介さんに近寄って、ぼさぼさの頭に手を伸ばした。
笹之介さんの見た目は、かっちり目の僕の父と違って、随分と緩い。職業がデザイン系ということもあり、スーツなどを着ないでいいということもあるのだろうし、センスも独特だ。所謂、ゆるカジという系統に当たるとは思うのだが、肩まで伸びた髪なども無造作に後ろで結んでいる。
「いいねいいね。運命の子2も俺の運命に似てて。ドレスも感動しちゃった。俺の運命との結婚式を思い出してさ」
「あの涙、そっちかよ・・・てか、思い出すとか以前に母さんはいつも一緒だろ?」
「えー。麗ぴと出かけていなかったりするんだよね。俺の運命。まあ、楽しいならいいんだけど。しかし、運命の子1の夫君はどうしたのさ?」
ゆうくんが髪を纏め直すと、大分感じが変わり、若々しいイケメンに様変わりした。春見家の夫婦は年齢を感じさせないのが特徴かもしれない。
けらけらと笑いつつゆう君と会話をしながら、僕を見る。
「ああ。お土産を渡しにと・・・あと笹之介さん、僕は運命の子2の夫ですよ」
サラッと申告するとゆう君が驚いて目を白黒させている。笹之介さんは一瞬真顔になって、ふーん、と首を傾げた後にまた笑った。
「まあ、どっちでもいいけど。不幸にしたら久ぴでも許さないよー。そもそも、1が無事だったから君の首があるんだからね?2が不幸になったりしたら、その首、なくなるかんね?」
緩い口調で笑顔ではあったが、剣呑さを隠す風でもない。それはそうだろう。当たり前の話だ。笹之介さんは二人を適当な呼び名で呼びはするものの、扱いが適当なわけではない。むしろ、昼乃さんにしろ双子にしろ、命をかけて守るタイプだと、昔から見ていればわかる。
「さ。俺は仕事に戻ろうかなぁ。もうきっつきつなんだよね・・・。2はたまにお父さんに連絡すること。わかった?」
「はいはい。仕事頑張って」
珈琲を片手に笹之介さんは、自分の部屋に向かうために歩き出す。
ゆうくんは呆れたように手を振った。
笹之介さんがリビングを出る、その間際、僕の横を通る時、
「久ぴ。マジで、わかってるよな?」
とゆうくんには聞こえない小声で凄まれたので、勿論、と頷いた。ならいいよ、と僕の肩を叩いてリビングを後にする。母とは違った恐怖感だ。認めてくれていないこともないのだろうが、結局は僕次第なのだろう。
笹之介さんに続くように、ゆうくんも「荷物をまとめてくるよ」と部屋に行く。
よく見知ったリビングで僕は一人だ。ゆうくんを手伝うことも考えたが、僕が触れないでいられるかどうかなんて自分でも明白なことなので、待つことにした。
ソファに座り、あまり様変わりしない部屋を眺める。
昔はよく遊びにきていたので、懐かしい。小さい双子の相手をして、昼乃さんがおやつを出してくれて・・・いつの間にか母がいて一緒におやつ食べていた。・・・駄目だな、いつでも母は昼乃さんの思い出についてまわる。母を探すには、昼乃さんの所在を確認した方が早いくらいだ。
サイドボードの上には春見夫妻の結婚式の時の写真が飾られていた。その他は旅行に行った時の写真や、節目節目の写真が飾られている。僕達一家が混ざっているものもあった。こうしてみると、家族仲の良さが窺える。
うちは母が何せ偏っているので、飾られている写真は基本的に昼乃さんのものが多い。ここにあるものと同じウェディングドレス姿もなのだが、芸術写真と呼ばれる海外での写真も撮っており、それには母と昼乃さんがドレス姿で写っているのだ。しかもその写真は大きく引き伸ばされて、母の書斎に飾られてある。
今思えば、母の狂気にこんなに触れていたとは・・・。まあ、僕も大概だから、行く末はそうなるのだろうな・・・。
「嗣にぃ、お待たせ」
十五分程度でゆうくんは戻ってきた。ゆうくんの荷物はボストンバッグにリュックだけで、随分と少ない。
「あれ?それだけでいいの?」
僕が立ち上がりながら問いかけると、ゆうくんが頷いた。
「ん、大丈夫。教科書とかは入ってからになるし・・・足りなかったら、また取りに来るよ」
僕はゆうくんの隣に行き、荷物に手を伸ばす。ゆうくんは、自分で持てる、と慌てたが、夫の務めだよ、と返すと渋々渡してくれた。そのまま春見家を後にして、車に乗る。勿論、車に乗る時も助手席のドアを開けた。「スパダリかよ」という小さな声が聞こえたけどーーその通りだよ、なんでもやってあげよう。早々に僕がいないと何もできないようにしてあげるよ。
※
外食よりは家で食べたいというゆうくんのリクエストで、色々と購入して帰ることにした。僕が片っ端から買うものだから、ゆうくんがやはり青ざめて「やめて!」と悲鳴をあげたが、あらかじめ二人が食べれそうな分だけ取り分けてから、冷凍すればいい。大丈夫だよ、と頭を撫でたがため息をつくばかりだ。まあ、そんな姿もとびきり可愛い。
マンションに着くと、宅配ボックスの中に荷物が届いていた。昨日にネットで注文しておいたものだ。
「宅配便?なんか買ったの?」
ゆうくんの荷物よりも届いた荷物の方が軽かったので、そちらを持ってもらう。
「ゆうくんのエプロンとか、まあ、あと細々したものをちょっと、ね。新婚さんの使うエプロンといえば白のフリフリだから、フリフリ買っちゃった」
「ええ!?白?!汚れるなぁ・・・」
現実的な非難をしてくるゆうくんの髪に軽くキスをする。
「ちょ、も・・・!外でやめろ・・・!」
「まあまあ。これも白のエプロンも新婚さんの醍醐味だよ」
そんな風に部屋へと僕達は戻った。ゆうくんと荷物の交換をして、僕は宅配便の箱を受け取る。中身はゆうくんに告げたようにエプロンだが、それだけではない。
ローションを数種類にコンドーム、あとはゆうくんに使えそうなグッズを数種類。
すけべなおじさんまっしぐらな内容となっている。箱はひとまず寝室に置いて、リビングへと出た。
その後は夕食を二人で摂り、片付けをした後は、のんびりと過ごす。頃合いを見計らって、風呂の湯張りボタンを押したのでそろそろ電子音が流れる頃だ。
そう思っていると、ピーピピピー♪と陽気な音が流れる。
「あ、お風呂?の音?」
ゆうくんが気付き、首を傾げた。僕は頷いて、そばに居たゆうくんの手を取って引き寄せる。
簡単に抱き込めたゆうくんの顔を覗き込みながら、
「ゆうくん、一緒にお風呂に入ろうか」
僕の首を傾げた。
『ゆうくんをなんとしても手に入れること』
だった。
理由なんて実に自己中心的なもので、母が昼乃さんとのかすがいを手に入れるためでしかない。そもそもあーちゃんとの結婚だって、それでしかない。男女ということもあって、スムーズにことが運ぶという理由も多少はあっただろう。
母が実際に僕にそう宣言したわけではないが、どうにかして自分の子である僕と昼乃さんの子供をくっつけようとする理由なんて、母を見ていれば嫌でもわかる。
この母の自己中心的な結婚に巻き込むこともあって、その代わりと言ってはおかしいけれど、僕は生涯あーちゃんを大事にすると決めていた。そこには勿論、双子への愛着もあった。
・・・まあ、逃げられたけど。
そして今、母の標的はゆうくんに代わったわけだ。
勿論、母だって夜叉ではないのでーー多分ーーゆうくんが本気で嫌がれば諦めるかもしれない。けれどゆうくんが自分から「代役」と言った今は渡りに船の状況。
僕が乗り気なのも、ある。僕だって何としてもゆう君を手元に、と思っている。
ちなみに双子の意見は尊重されるが、僕の意見は母に添うものでなければ却下される。逆らっても無駄なので、僕は上手く回避しつつ合意しつつやってきた。
母にとって双子は昼乃さんを繋ぎ止めるための駒ではあるが、愛情を注ぐべき対象でもあって、なんとも母も難解な心情を持っている。
しかし、久々に足ドンを食らった・・・いつでも如何なる時でも母は昼乃さんを守るため、ストイックに鍛えているので、綺麗に足は上がるし威力もあるのだ。
しかも今日は足の間を狙ってやってきた。その上で昼乃さんの前では出したことのないであろう、どすのきいた声で事情聴取された。
僕の股間すれっすれに爪先はあるし・・・腹の底から恐怖が這い上がってきた。
しかし、そうは言っても生まれてこの方、付き合いのある母だ。母親への対処法も理解しているので、問題はない。
昼乃さんを繋ぎ止めたい母と、ゆうくんを手に入れたい僕。利害が一致した。
子孫のことを一つも気にしていないのは、流石に驚いたが・・・まあ、母は桐月なんかどうでもいいのかもしれない。祖父も祖母も既に他界していないが、祖父はとにかく厳格な人だった。母が昼乃さんを思うことなんて許しはしなかっただろうし、その当時に逆らう術がなかった母は父との結婚を選んで、僕が生まれた。
とはいっても冷え切った夫婦、というわけでもないのが不思議なところで。
そこはひとえに父の寛容さが窺える場所だ。僕は20歳になった頃に一度聞いたことがある。ああいう母でいいのか、と。けれども父は照れたように『昼乃ちゃんが好きな麗華ちゃんが好きだからね』と笑った。
そういう父であったからこそ母は一緒になったのだな、と理解ができたし、人の愛し方というのは様々だと感慨深く思ったものだ。母がアレな分、父は僕に惜しみなく愛情を注いでくれたようにも思う。
しかし・・・改めて思ったが、我が母ながら執着心が凄まじすぎる。
仮に、今すぐにでも昼乃さんをさらって同性婚できる国に高跳びしても「やっぱりな・・・いつかやると思っていた」ぐらいにしか僕は思わないだろう。昼乃さんはそれを良しとはしないだろうから、起こらない事態だが。
そして、その血を明らかに継いだ僕のゆうくんに対する執着は、今や自分の想像を超える程だ。僕には父よりも母の性質が強く出たのだな、とこんなところで感じる。まあ、僕はさらったりはしないしそもそもの話、逃しはしない。・・・母みたいには。
実家で気の済むまでゆうくんを味わってから、お隣の春見家に向かう。
若干、ぽやん、としていたゆうくんも家に入る時には、ちゃんとした足取りに戻っていた。ゆうくんは口内が敏感らしく、長めのキスをするとトロトロになってしまうのが物凄く可愛くて、ここ最近はそれが見たいがために繰り返している節もあった。
家に入り、リビングへと向かうと、そこで珈琲を淹れていたゆうくんのお父さんーー春見笹之介さんとかちあった。僕が頭を下げると、へらっと笑う。
「久々~。ええと・・・運命の子1・・・?2・・・?どっち・・・?」
笹之介さんの言葉に、隣のゆうくんが大きなため息を吐く。
ちなみに運命の子とは双子のことで、あーちゃんが1でゆうくんが2だ。
「2だよ、父さん。仕事は終わったの?」
「まーだー。絶賛取り組んでるよ~この後もクライアントとオンライン打ち合わせ」
「は?!その格好で?!嘘だろう・・・ちょっと、さぁ・・・」
ゆうくんがつかつかと笹之介さんに近寄って、ぼさぼさの頭に手を伸ばした。
笹之介さんの見た目は、かっちり目の僕の父と違って、随分と緩い。職業がデザイン系ということもあり、スーツなどを着ないでいいということもあるのだろうし、センスも独特だ。所謂、ゆるカジという系統に当たるとは思うのだが、肩まで伸びた髪なども無造作に後ろで結んでいる。
「いいねいいね。運命の子2も俺の運命に似てて。ドレスも感動しちゃった。俺の運命との結婚式を思い出してさ」
「あの涙、そっちかよ・・・てか、思い出すとか以前に母さんはいつも一緒だろ?」
「えー。麗ぴと出かけていなかったりするんだよね。俺の運命。まあ、楽しいならいいんだけど。しかし、運命の子1の夫君はどうしたのさ?」
ゆうくんが髪を纏め直すと、大分感じが変わり、若々しいイケメンに様変わりした。春見家の夫婦は年齢を感じさせないのが特徴かもしれない。
けらけらと笑いつつゆう君と会話をしながら、僕を見る。
「ああ。お土産を渡しにと・・・あと笹之介さん、僕は運命の子2の夫ですよ」
サラッと申告するとゆう君が驚いて目を白黒させている。笹之介さんは一瞬真顔になって、ふーん、と首を傾げた後にまた笑った。
「まあ、どっちでもいいけど。不幸にしたら久ぴでも許さないよー。そもそも、1が無事だったから君の首があるんだからね?2が不幸になったりしたら、その首、なくなるかんね?」
緩い口調で笑顔ではあったが、剣呑さを隠す風でもない。それはそうだろう。当たり前の話だ。笹之介さんは二人を適当な呼び名で呼びはするものの、扱いが適当なわけではない。むしろ、昼乃さんにしろ双子にしろ、命をかけて守るタイプだと、昔から見ていればわかる。
「さ。俺は仕事に戻ろうかなぁ。もうきっつきつなんだよね・・・。2はたまにお父さんに連絡すること。わかった?」
「はいはい。仕事頑張って」
珈琲を片手に笹之介さんは、自分の部屋に向かうために歩き出す。
ゆうくんは呆れたように手を振った。
笹之介さんがリビングを出る、その間際、僕の横を通る時、
「久ぴ。マジで、わかってるよな?」
とゆうくんには聞こえない小声で凄まれたので、勿論、と頷いた。ならいいよ、と僕の肩を叩いてリビングを後にする。母とは違った恐怖感だ。認めてくれていないこともないのだろうが、結局は僕次第なのだろう。
笹之介さんに続くように、ゆうくんも「荷物をまとめてくるよ」と部屋に行く。
よく見知ったリビングで僕は一人だ。ゆうくんを手伝うことも考えたが、僕が触れないでいられるかどうかなんて自分でも明白なことなので、待つことにした。
ソファに座り、あまり様変わりしない部屋を眺める。
昔はよく遊びにきていたので、懐かしい。小さい双子の相手をして、昼乃さんがおやつを出してくれて・・・いつの間にか母がいて一緒におやつ食べていた。・・・駄目だな、いつでも母は昼乃さんの思い出についてまわる。母を探すには、昼乃さんの所在を確認した方が早いくらいだ。
サイドボードの上には春見夫妻の結婚式の時の写真が飾られていた。その他は旅行に行った時の写真や、節目節目の写真が飾られている。僕達一家が混ざっているものもあった。こうしてみると、家族仲の良さが窺える。
うちは母が何せ偏っているので、飾られている写真は基本的に昼乃さんのものが多い。ここにあるものと同じウェディングドレス姿もなのだが、芸術写真と呼ばれる海外での写真も撮っており、それには母と昼乃さんがドレス姿で写っているのだ。しかもその写真は大きく引き伸ばされて、母の書斎に飾られてある。
今思えば、母の狂気にこんなに触れていたとは・・・。まあ、僕も大概だから、行く末はそうなるのだろうな・・・。
「嗣にぃ、お待たせ」
十五分程度でゆうくんは戻ってきた。ゆうくんの荷物はボストンバッグにリュックだけで、随分と少ない。
「あれ?それだけでいいの?」
僕が立ち上がりながら問いかけると、ゆうくんが頷いた。
「ん、大丈夫。教科書とかは入ってからになるし・・・足りなかったら、また取りに来るよ」
僕はゆうくんの隣に行き、荷物に手を伸ばす。ゆうくんは、自分で持てる、と慌てたが、夫の務めだよ、と返すと渋々渡してくれた。そのまま春見家を後にして、車に乗る。勿論、車に乗る時も助手席のドアを開けた。「スパダリかよ」という小さな声が聞こえたけどーーその通りだよ、なんでもやってあげよう。早々に僕がいないと何もできないようにしてあげるよ。
※
外食よりは家で食べたいというゆうくんのリクエストで、色々と購入して帰ることにした。僕が片っ端から買うものだから、ゆうくんがやはり青ざめて「やめて!」と悲鳴をあげたが、あらかじめ二人が食べれそうな分だけ取り分けてから、冷凍すればいい。大丈夫だよ、と頭を撫でたがため息をつくばかりだ。まあ、そんな姿もとびきり可愛い。
マンションに着くと、宅配ボックスの中に荷物が届いていた。昨日にネットで注文しておいたものだ。
「宅配便?なんか買ったの?」
ゆうくんの荷物よりも届いた荷物の方が軽かったので、そちらを持ってもらう。
「ゆうくんのエプロンとか、まあ、あと細々したものをちょっと、ね。新婚さんの使うエプロンといえば白のフリフリだから、フリフリ買っちゃった」
「ええ!?白?!汚れるなぁ・・・」
現実的な非難をしてくるゆうくんの髪に軽くキスをする。
「ちょ、も・・・!外でやめろ・・・!」
「まあまあ。これも白のエプロンも新婚さんの醍醐味だよ」
そんな風に部屋へと僕達は戻った。ゆうくんと荷物の交換をして、僕は宅配便の箱を受け取る。中身はゆうくんに告げたようにエプロンだが、それだけではない。
ローションを数種類にコンドーム、あとはゆうくんに使えそうなグッズを数種類。
すけべなおじさんまっしぐらな内容となっている。箱はひとまず寝室に置いて、リビングへと出た。
その後は夕食を二人で摂り、片付けをした後は、のんびりと過ごす。頃合いを見計らって、風呂の湯張りボタンを押したのでそろそろ電子音が流れる頃だ。
そう思っていると、ピーピピピー♪と陽気な音が流れる。
「あ、お風呂?の音?」
ゆうくんが気付き、首を傾げた。僕は頷いて、そばに居たゆうくんの手を取って引き寄せる。
簡単に抱き込めたゆうくんの顔を覗き込みながら、
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