弟の俺が姉の身代わりで新妻になった件

めがねあざらし

文字の大きさ
40 / 70

第四十話 side:H 大後悔と消えた大事な子と

しおりを挟む
酷いことをした。いや・・・酷いなんてものではなかった。
苛立ちをぶつけただけの、強姦だ。
あの後、気絶するように眠ってしまったゆうくんの身体を綺麗にし、ガウンを着せながら、凄まじい程の自己嫌悪に苛まされた。
良い家に生まれ、要領が良かったおかげで何事もそつなくこなしてきた。
恋愛も母の言いつけの範囲内ではあったが、特に失敗もなく軽くこなしてきたように思う。しかしそれも、今思えば相手にまともに向き合っていないだけの『恋愛ごっこ』でしかなかった。
それが今ーー18歳の幼馴染の男の子を相手に、初めての恋愛に溺れ、つまらない嫉妬と苛立ちと性欲とを掻き混ぜた上で、それをぶつけてしまった。
後からわかった事ではあるが、ゆうくんは僕の誕生日も忘れず、誕生日用に食事とケーキまで用意してくれていたのに・・・不甲斐なさすぎてどうにかなりそうだ。
無様、その二文字でしかない。
セフレと言われたことに腹立たしさは、確かにあった。しかしそれも、はっきりとしていない僕の態度故の不徳さでしかない。
眠っているゆうくんの瞳が少し開き、僕を見た時、いつものように微笑んでから、また眠りに落ちる。その時の僕の気持ちをどう表せばいいのだろうか。
悔いる気持ちに泣きたいのを堪えて、ゆうくんの髪を撫でた。
出張帰りの次の日ということもあり、出社が必須で出社をしたものの、あの大濠くんが心配するほど会社では意気消沈していたらしい。治くんにも心配をされた。女子社員の差し入れが沁みたけれど・・・僕にはそんな価値などない。
ゆうくんのことが気になって仕方がなかった。
身体は大丈夫だろうか?食事は摂れているのか?水分は?・・・傷つけた張本人がおかしな話だ。昼休憩の時にメッセージを送ったけれど、既読にもならない。
時間はやけに緩慢に流れる。頭が回らず仕事が手につかないなんて初めてだった。どうにかミスなく終わったのは、大濠くんと治くんの二人が随分とカバーしてくれたおかげだろう。
どうにか定時で仕事を終えて帰ると、ガウンのままキッチンの床で横になっているゆうくんを見て青ざめた。最悪の事態が頭に過ったが、それを振り払うように頭を振って駆け寄る。呼吸を確かめて、安堵の息を吐いた。
僕の声で目覚めたゆうくんは、無気力で投げやりで・・・、今まで見たことのない表情と態度だった。そのことに傷つく自分がいて、ほとほと自分をぶん殴りたかった。僕が被害者面していいわけがない。僕は加害者でしかないのに・・・僕はどれだけこの子を傷つけてしまったのだろうか。いくら後悔しても足りない。
言葉を尽くしても前の関係には戻れないのだろうか?
どうすればいいのか?
話をしたかったが、ゆうくんは微塵も聞く気などないようで、僕を避ける。
・・・当たり前だ。
今謝ったって僕の気分が少し良くなるだけの自己満足でしかない。傷ついたゆうくんの心が回復して、許してくれなければ意味がない。それはわかっている。けれど僕にはどう解決すればいいか糸口すら掴めないのだーー情けないことに。
気持ちばかりが焦って、ゆうくんの後を追いかけると、鏡の前で鋏を持っていて、戦慄した。自殺を図ったわけではなさそうだが、怖かった。
何もかもが空回りして上手くいかない。
するりと僕をかわして逃げるゆうくんに運は味方していた。
結果的に僕は挽回の機会も失って、逃げ出したゆうくんを捕まえることすら出来なかったのだ。



苛立ちを覚えながらエントランスまで降りて、マンションの外へと出た。
暮れかけた日の中、辺りを見回すがいないようで、僕は近場を探し回る。
そんな時間が経っているわけではないので、そこまで遠くに行けるはずもない。
どこだどこだどこだ・・・。
焦る気持ちを抑えながらも視線を動かし続けた中、道を挟んだ反対側の歩道にゆうくんの姿を見つける。声をかけようとして、僕は止まった。
誰かーー細身ではあるものの、恐らくは男だと思われる人物に支えられて、車に乗り込んでいく。誰だ、あれは・・・。
誘拐ーーではないだろうな。ゆうくんの意識はあるようだし、暴れているような様子も見受けられない。昨日のような小競り合いもなさそうだ。と、なると知り合い。
浮気ーーこれは正直わからない。ただ、そんなことはないと信じたいし、信じるべきだろう。
その車は暫くもすると、夏のアスファルトの上を滑り出す。信号が青なこともあって、あっという間に車体は遠ざかった。
・・・タクシーを捕まえて走ったところで、とても追い付けないだろうな・・・。
僕がなんとか掴めたのはナンバーとランドローバーの赤色ということのみだ。それでもその二点があることは強い。
ポケットからスマホを取り出して、電話を一つかける。用件を伝えて一度切って、息を吐いた。あとは折り返しを待てばいいのだが・・・それにしても、さっきのは誰だろうか。
待ち合わせをしている様子はゆうくんになかったように思う。
と、なれば偶然に出て来たゆうくんを偶然に拾ったことになるわけだが・・・何という確率。・・・僕よりも運命を感じてしまう。・・・最悪だ。
・・・ああ、なんで僕はゆうくんの交友関係を把握していなかったのか・・・プライベートだと思って遠慮していたのが仇になっている。ゆうくんのプライベートを侵害しない程度で掴んでおくべきだった。
場合によっては二度と太陽を拝めないようにしなければならない。
罰せられるべきのまず最初は僕には違いないのだが、ともかく、今はゆうくんの居場所を突き止めるのが先決だ。
現状、歩き回っていても仕方ないので、マンションに戻る。リビングでジャケットを脱いだ時に、着信があった。先ほど僕が電話をしたーー母からの折り返しだ。

「馬鹿息子が、不甲斐ない。恥を知りなさい」

母の第一声はそれだった。怒鳴り散らされなかっただけよかったとも思ったが・・・初めて聞く声のトーンだった。怒りが頂点を超えて冷静になっているような。そんな声だ。・・・今迂闊なことを言えば、息子といえども五体満足で外を歩けないかもしれない。

「すみません。それで車の所有者は誰でしたか」
「タニコタロウ」
「・・・あの、タニ、ではないですよね?」
「あの、谷、よ」

あの谷・・・僕ら親子の口から出たタニ、とは谷虎道たにこどうを長とする一家のことだ。
ここも桐月と同じ古い家系で、やはり同じく日本を拠点として様々なことに手をかけている大企業でもある。桐月とは互いの権利を侵害しないことを不文律とし、事業提携なども含めて均衡を保ってきており、悪い間柄ではない。
が、縁戚というわけでもない、少々難しい間柄ではある。遥か昔にまで遡れば婚姻関係もあるかもしれないが、近代ではその手の関わり合いはない。
面倒なことになったな、と小さくため息を吐く。
しかし不思議な話だ。少なくともゆうくんの家は僕が知る限り、谷と関係がなかったように思うのだが・・・。

「春見の家は谷とは何も関係なかったですよね?」
「そうね。春見にしろ昼乃のご実家にしろ、一般家庭ではあるわね。ただ・・・あの間男が厄介なのよ」

母の言う「間男」とはゆうくんの父親でもある笹之介さんのことだ。昼乃さんを盗られたからか、常に母の笹之介さんの呼び方は、本人を目の前にしてもこれである。笹之介さんは一般的な個人事業主であり、大会社を営んでいるわけでもない。その風体も奇抜な、如何にもデザイン系を想像させるフリーダムなものだ。しかしあの人を見た目で判断してはならず、人脈関係を築くことに関しては天才的な才能を持っている。そこは母も認めるところーー不承不承ではあるがーーではあった。
ちなみにだが、僕はこのままだと母どころか笹之介さんをも敵に回すこととなる。僕が身内と捉える中では、敵に回すべきではないトップ2だ。・・・墓穴はかあなが見える気さえする。

「とはいえ、今回は噛んでいないと思うわ」
「と、なると・・・大学・・・」

ここまで話していて、僕は漸く思い出す。
『歴史同好会の谷先輩がね』と話していたゆうくんの言葉を。

「今頃なの?本当に不甲斐ないわね・・・あなたはこの数ヶ月ほど、何をしていたのかしらね?」
「・・・面目もないです」

僕がそう答えると、母の大きな溜息が聞こえた。うーん・・・これはどこかで挽回しないと本格的にまずいな。内心、戦々恐々としているところに、母は続けた。

「谷家の子弟は二人通っているわね。本家筋の四男である谷姫鷹たにひめたかと分家筋の長男である谷虎太郎たにこたろう。どちらも同い年で同学年よ。ゆうちゃんと関係がありそうなのは本家の四男ね」
「・・・歴史同好会ですか」
「そう。でも車は谷虎太郎のもの。・・・さて、どちらかしらね。ゆうちゃんは昼乃に似て魅力的だから。その一番近くにいたあなたがその為体ていたらく・・・情けない話だわ」

チクチクとした嫌味がぐっさりと突き刺さる。・・・どちらであってもすることは一つでしかない。ゆうくんを迎えに行くことだ。
その後、いくつかの情報を渡してもらい電話を切る。最後の最後で、

『・・・失敗したら、分かっているでしょうね?久嗣』

ドスの効いた声で念をおされた。元より必ず連れ戻す気ではいるが、あの声は夢に出そうだ。
しかし、よりによって谷家とは・・・ゆうくんの話を聞く限りでは、仲の良い先輩と後輩。ゆうくんが飛び出した時の格好を考えれば、知り合いでも心配して然るべきで、可愛い後輩であれば尚更だ。
谷姫鷹ーーもしかするとどこかの何かのパーティ等で会ったことはあるかもしれない。少なくとも、上の三人はどこかしらで挨拶を交わした覚えはある。
僕がここまで谷を気にするのは、谷の家には桐月に対抗できるだけの全てを兼ね備えているという点だ。
失礼な話ではあるが、格下の家であれば、汚い手などいくらでもあるし桐月の力を使えばどうにかなる。しかし、谷相手ではそれが効かない。
権力を行使したところで、同じ権力で返される。下手すれば打撃を受けかねない。一個人の理由で企業全体に打撃を与えるのは控えねばならない。
また四男というのが悪い。谷家は上の三人と末の四男には年齢差があり、とにかく末に対する溺愛っぷりが甚だしいと界隈では有名だ。同い年の分家長男もたいそう可愛がっていると聞いたことがある。今日の係わり合いがどちらにせよ、よろしくない。
話をして通じる相手であれば良いが・・・何せ僕がゆうくんにしでかしたことが最悪すぎる。それに相手が、後輩以上の親近感を抱いている場合が一番厄介だ。
普通に考えれば男同士ではあるし、先輩としての心配や気遣い、同情等とは予想できるが・・・何せ僕自身が男同士という垣根を超えている。
どうあれ、ゆうくんがどう出るかによって物事は左右するのだろうな・・・。

「本当に、情けない・・・」

思わず声が漏れた。頭を回らして策を考えたところで、無駄なことかもしれない。とにかく今は谷家に向かうしかないだろう。
僕は大きく溜息を吐きながら、身なりを整えるべく、まずは洗面所へと向かった。
しおりを挟む
感想 18

あなたにおすすめの小説

超絶美形な悪役として生まれ変わりました

みるきぃ
BL
転生したのは人気アニメの序盤で消える超絶美形の悪役でした。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?

  *  ゆるゆ
BL
王太子から伴侶(予定)契約を破棄された瞬間、前世の記憶がよみがえって、悪役令息だと気づいたよ! しかし気づいたのが終了した後な件について。 悪役令息で断罪なんて絶対だめだ! 泣いちゃう! せっかく前世を思い出したんだから、これからは心を入れ替えて、真面目にがんばっていこう! と思ったんだけど……あれ? 皆やさしい? 主人公はあっちだよー? ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください! ユィリと皆の動画つくりました! お話にあわせて、ちょこちょこあがる予定です。 インスタ @yuruyu0 絵もあがります Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます プロフのWebサイトから、両方に飛べるので、もしよかったら! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!

公爵家の末っ子に転生しました〜出来損ないなので潔く退場しようとしたらうっかり溺愛されてしまった件について〜

上総啓
BL
公爵家の末っ子に転生したシルビオ。 体が弱く生まれて早々ぶっ倒れ、家族は見事に過保護ルートへと突き進んでしまった。 両親はめちゃくちゃ溺愛してくるし、超強い兄様はブラコンに育ち弟絶対守るマンに……。 せっかくファンタジーの世界に転生したんだから魔法も使えたり?と思ったら、我が家に代々伝わる上位氷魔法が俺にだけ使えない? しかも俺に使える魔法は氷魔法じゃなく『神聖魔法』?というか『神聖魔法』を操れるのは神に選ばれた愛し子だけ……? どうせ余命幾ばくもない出来損ないなら仕方ない、お荷物の僕はさっさと今世からも退場しよう……と思ってたのに? 偶然騎士たちを神聖魔法で救って、何故か天使と呼ばれて崇められたり。終いには帝国最強の狂血皇子に溺愛されて囲われちゃったり……いやいやちょっと待て。魔王様、主神様、まさかアンタらも? ……ってあれ、なんかめちゃくちゃ囲われてない?? ――― 病弱ならどうせすぐ死ぬかー。ならちょっとばかし遊んでもいいよね?と自由にやってたら無駄に最強な奴らに溺愛されちゃってた受けの話。 ※別名義で連載していた作品になります。 (名義を統合しこちらに移動することになりました)

魔王の息子を育てることになった俺の話

お鮫
BL
俺が18歳の時森で少年を拾った。その子が将来魔王になることを知りながら俺は今日も息子としてこの子を育てる。そう決意してはや数年。 「今なんつった?よっぽど死にたいんだね。そんなに俺と離れたい?」 現在俺はかわいい息子に殺害予告を受けている。あれ、魔王は?旅に出なくていいの?とりあえず放してくれません? 魔王になる予定の男と育て親のヤンデレBL BLは初めて書きます。見ずらい点多々あるかと思いますが、もしありましたら指摘くださるとありがたいです。 BL大賞エントリー中です。

男子高校に入学したらハーレムでした!

はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。 ゆっくり書いていきます。 毎日19時更新です。 よろしくお願い致します。 2022.04.28 お気に入り、栞ありがとうございます。 とても励みになります。 引き続き宜しくお願いします。 2022.05.01 近々番外編SSをあげます。 よければ覗いてみてください。 2022.05.10 お気に入りしてくれてる方、閲覧くださってる方、ありがとうございます。 精一杯書いていきます。 2022.05.15 閲覧、お気に入り、ありがとうございます。 読んでいただけてとても嬉しいです。 近々番外編をあげます。 良ければ覗いてみてください。 2022.05.28 今日で完結です。閲覧、お気に入り本当にありがとうございました。 次作も頑張って書きます。 よろしくおねがいします。

友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。 だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった 何故なら、彼は『転生者』だから… 今度は違う切り口からのアプローチ。 追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。 こうご期待。

処理中です...