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第五十七話 side:U 誘拐と手錠と
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夜は焦らされつつも丁寧に、朝はひたすら優しく、嗣にぃは『愛している』と伝えるかのように俺を抱いた。抱かれている時は全てを忘れられて良いけれど、嗣にぃの身体が離れると現実に引き戻され、俺はまた鬱々とした心の海に沈む。
愛されていれば愛されている程、どうして別れなければ?でも迷惑をかけていいのか?とが繰り返しせめぎ合う。
「ゆうくん、大丈夫?」
行きがけも嗣にぃはそんな風に尋ねてきた。俺は頷きつつ嗣にぃの袖を引っ張り、キスして、と強請った。すると嗣にぃは返事をする代わりに、俺の唇と自分のそれを触れ合わせる。それだけじゃ足りなくて、自分から嗣にぃの口内へと舌を伸ばす。
「んっ・・・・・・ぁ・・・」
甘噛みをされて、舌同士が擦れ合うと脳が甘く痺れる感覚に息が乱れた。、嗣にぃが唇をゆっくりと離して俺を抱きしめる。
「帰ってきたら、今日は一緒にお風呂に入ろうか。ね?」
緩く背中を撫でられて、頷く。その後に、嗣にぃとはマンションの前で別れた。
空を見上げると、俺の心とは真反対に夏の日差しが眩しい。
歩くのは億劫だが、少し動くと気も紛れる。
同好会室には、姫先輩と会長の他にも、会長の妹さんがいた。高校生の妹さんは古都ちゃんといって、あさとはまた違ったタイプだが、明るくて人懐っこい女の子だ。おまけに容姿も可愛い。ちょっとやんちゃなタイプではあるけれど。
高校も夏休みだからか、暇なときはお兄さんである会長に着いてきていた。
「ゆっぴぃ今日、ノリ悪いね~。アタシの秘蔵のちっちゃいドーナツあげる」
食べな、と可愛くデコレーションされた指先が駄菓子のドーナツを一つ摘み、俺の口元に差し出された。手で受け取ろうとしたら、アーンだよ!、と言われる。
え、女子高生のアーン?!女子高生の?!と若干脳内をざわつかせながら、手に当たらないように細心の注意をしつつ齧り付く。
それは小さい頃にあさとよく食べた懐かしく優しい味がした。
「あ、ありがと・・・」
「イイってことよ!美味しいモン食べたら元気でるかんね!」
年下に労られてしまった・・・情けないけど、ありがたい。
ちっちゃいドーナツは本当に秘蔵だったらしく、小早川先輩はおろか姫先輩まで驚いていた。今度何かお礼しないとなぁ。
15時過ぎに解散となるまで、俺は姫先輩に勉強を教えてもらったり、古都ちゃんに教えたりと、過ごす。なんでも姫先輩は例の従兄弟さんの彼女さんと会食があるらしい。可愛いとよく聞くので、興味本位で俺も見てみたいな、と思った。
気晴らしと買い物ついでに街をぶらぶらする。皆と離れると自然と下を向いて歩いていた。帰りたいような、帰りたくないような・・・どうせまだ嗣にぃが帰る時間でもない。しかし、どこに寄ったとしてもこの気分は晴れないだろうし先送りしても問題は解決しない。溜息を吐きながら、結局マンションへと戻る。
なんのかんので既に時刻は17時を過ぎていた。マンションのオートロックのガラス扉を潜ったところでコンシェルジュの人に声をかけられた。
「桐月あさ様、こちらをお預かりしておりまして」
差し出されたものは封筒だった。
白い長方形のそれは、結婚式の招待状みたいだ。受け取って、ありがとうございます、と返しエレベーターに乗る。
なんだろうか・・・俺宛に届くなんて珍しい。俺の住民票はまだ動かしてもいないので、実家のままで、郵便の類は基本的に実家に届くのだ。いや、これは桐月あさ宛か。あさに・・・?
部屋へと続く玄関扉を開けて、入る。そのままリビングへと行くと、封筒を開けた。映画に出てくるような封蝋をしてあって、普段、目にすることなんてない。
中身を取り出して開ける。
--------------------
春見ゆう 様
本日、17時過ぎにマンションの前でお待ちしております。
桐月様のことでお話がありますので、お一人でおいでくださいますよう。
宮園撫子
--------------------
記された名前に覚えはない。が、内容からすると・・・。
「昨日の・・・」
しかし、昨日は二週間と話していた。今日は次の日で、当たり前だが一日しか経っていない。時計を見ると、既に指定の時間は過ぎている。
「えっ」
書面をもう一度見てから、俺は寝室に向かった。
ベッドに登り、その枕上に置いてある、指輪を手に取って左薬指に嵌めた。
それは結婚式の時のものではなく、先日嗣にぃにもらったものだ。
「嗣にぃ・・・」
指輪のある手をぎゅっと握る。現代日本ではあるし、殺される、なんてことはドラマでもないしないだろう。いいさ、話してやろうじゃないか。
俺は一つ息を吐き出しながらベッドから降りて、今帰ってきた道を戻るように、マンションの外へと向かった。
「・・・・・・・・・」
先程までいた暑い空気の中へと出る。
マンションの前にある車道には、いかにも怪しげな黒塗りの車が停まっていた。
先ほどはなかったように思うが、ただ気付かなかっただけかもしれない。
その車の運転席から男が一人降りてきた。
この暑いのに、その男は黒スーツに黒サングラス。髪も後ろに撫で付けている。
・・・・・・怪しすぎん?
心の中で突っ込んでいると、
「春見さんですね?」
と声をかけられた。
「あ、はい」
俺が返事をすると、男は後部座席を開く。手を中へと導くように振った。
「どうぞ」
「え・・・」
どうぞ、と言われてもなぁ・・・流石にどうだろうか?と考えつつも後部座席に近寄る。
「お乗りになって」
車内から、男とは別の声がした。そういえば、記されている名前は女性のものだった。その人だろうか?もう一歩近寄って、俺は中を覗き込む。
広めの車内には、振袖で二つ結びに縦ロールという、まるでアニメに出てきそうな格好をした女性が姿勢正しく座っていた。大きな目に小さな鼻でぽってりとした唇は、いかにも『可愛らしい』といった風情だ。
「あの・・・宮園さん、でしょうか・・・?」
そう問いかけるとその人が頷く。
「そうですわ。あなた、春見ゆうさんでしょう?さあ、お乗りになって。そんなところでは熱中症になってしまいますわ」
・・・?
なんて??心配されている・・・?いやいや。見た目は世間知らずのお嬢様という感じだが、その実、昨日のような男を使って俺と嗣にぃの関係を暴き、俺を脅したのだから・・・腹黒いに違いない。・・・多分。
後ろを振り向くと、声をかけてきた男は場所を変えて、俺の真後ろにいた。
ここで逃げ出してもあまり意味もなさそうだ。何より、話そうと決めて出てきた。
俺は深呼吸をしてから車へと乗りこむ。女性から人一人分を開けて、座った。
すると、車のドアが閉められる。俺が女性の方に顔を向けると、その人は窓側に少し移動した。
「・・・それ以上お近づきにならないで。わたくし殿方とあまり近くで話したことがありませんの。ドキドキいたしますわ」
・・・?
なんて??
え、黒幕なのに箱入り・・・?俺は意味がわからず首を傾げた。
運転手席に、先ほどの男が乗り込んだ。俺たちを振り返って、
「お嬢様は箱入りの悪女だ。気をつけるんだ春見ゆう」
そう言った。・・・・・・・・・?箱入りの悪女?新しいジャンルだな。
「そうですわ、まんまと誘拐されましたわね、春見さん。さすが悪女といったところでしょう?」
得意げにふふん、と女性は笑う。それは本人にしてみれば悪女笑いだったようだが、見た目が可愛いに分類されるので、どうも様になっていない。
俺の頭の中にはハテナが乱舞していた。
てか、俺、誘拐されたのか。えぇ・・・。これ、誘拐かな?・・・誘拐か?首を何度も傾げていると、「危ないからシートベルトをおしめになって」と言われ、シートベルトを締めた。
本当に誘拐か、これ・・・誘拐の定義ってなんだっけ?と俺はもう一度首を傾げていると、こほんと女性が咳払いをして話しだす。
「あなたとお姉様には申し訳ないけれど、桐月家を出て行ってもらわないといけませんの」
あ。やはり黒幕ではあるようだ。
「・・・それは、聞きました」
「幼馴染との恋愛ですもの、わたくしも胸が痛いの。だからせめてご姉弟で傷心旅行でもと思って各種旅行を用意いたしましたの」
・・・傷心旅行。
うん????
やはり頭の中にはハテナが舞う。話の流れがいまいちよくわからない。
しかしそんな俺に気付くこともなく、女性は続けた。
「国内と国外とどちらがいいかしらと思って、セレクトしたのが・・・」
「お嬢様!それはサプライズですからまだだめですよ!」
「あら、わたくしとしたことが・・・今のはお忘れになって・・・」
いやだわ、と赤らんだ頬を白い手が覆う。あ、うん、可愛い。可愛いけど。
「それでね、春見ゆうさん。やはりお別れは悲しいものでしょう?だからわたくし、送別会をして差し上げようと思いましたのよ。桐月さんもお招きして」
「送別会・・・・・・」
「そうですわ。だって、悲しいでしょう?お別れは」
ええと・・・えぇ・・・。なんだ、これ。確かに嗣にぃと別れるのは辛い、けど。と言うか、別れたくない、けれど。
俺は目を伏せながら頭を掻く。息を一つ落としてから、もう一度女性に視線を合わせた。
「あの、それって・・・俺と、その、桐月さんの送別会であってます・・・?」
「ええ、そうですわ。あなととお姉様ですけれど。お姉様は今日はお留守みたいだから、まずはあなたを、と思って」
お留守も何もあさはいないし、この人があさと思っているのは、きっと俺だ。
しかし、こう・・・なんというか。なんだろうか、これ。
「その、別れない場合ってどうなるんですかね・・・?」
どうも昨日と様子が違うように感じられて、俺は何度目か、首を傾げた。
昨日の男は結構な脅迫をしてきたが・・・。
「まあ!聞いてくださらないの?わたくし悪女でしてよ?仕方ないですわね・・・春見さん、片手をお出しになって?」
「え」
「ほら、お出しになって」
女の子らしい高い声で急かされて、俺は左手を出す。
すると白いふわふわとしたものをカシャンと嵌められた。
え、何、これ。
「うふふ、これ手錠でしてよ?お怪我をしてはと、フワフワしたものを用意しましたの。これをわたくしの右手に嵌めて、と・・・」
言うなり、その人は自分の右手に手錠を嵌めた。
その手をくい、とあげると、俺の手も一緒に引っ張られる。
「これで逃げられませんわね!ほうら!嫌でしょう?知りもしないわたくしとこんな状況ですのよ?!」
「流石お嬢様・・・!!歴代の悪女でございます・・・!嫌がらせに手が込んでいらっしゃる!!」
運転をしながら、男が絶賛の声を上げた。
「え」
「ほうら、恐ろしいでしょう?」
え、何が?え?え?え?待って。俺の感覚がおかしいのだろうか?
いや確かに、知らない車の中で知らない人に繋がれてはいる。相手はなんか可愛い女性だけど。
でも、これ、怖いかな・・・。怖いかああああ?!人によってはご褒美だろ。嗣にぃとか夜に出してきそうだよ?!
しかし、あまりにもその人は得意げに言うものだから、
「わ、わあ、怖いなぁ(棒)」
そう返してやらねばならない気がして、俺はそう返す。これ、スマホで嗣にぃに連絡とかしても大丈夫な気がする・・・。
「あの、えーと・・・あまりにも怖いので、桐月さんに連絡しても良いですかね・・・?」
俺がそう問いかけると、女性が頷いた。
「よろしくてよ!さあさあ、写真もお撮りになって!」
わー・・・いいんだ・・・俺だったら、絶対にさせないというか、スマホ持って来させないけどな。しかし、目の前にいる人はいいと言うし、運転をしている男も気にした様子もない。この二人、一度誘拐について、誰かにレクチャーを受けた方がいいと思う。誰かは知らんけど。
許可も得た俺はスマホを取り出そうとしたが・・・。
「え、ない・・・」
ズボンのポケットに入れたはずのスマホがない。
ちょ、嘘だろ。ええ・・・まてまて。慌てて、辺りも見回すが、ない。
「あら。お忘れになったの?・・・桐月さんに連絡したいのよね・・・。そうだわ!わたくしのスマホで撮って差し上げるわ!」
そう言った女性はスマホを取り出し、写真を撮った。
満足そうに、にこにこと笑っている。いやいやいや、あなたが撮ってどうするんだ、それ。
・・・・・・何が起こってるんだこれ。あと、俺はどこにスマホを置いてきたんだ・・・。
頭が痛くなってきて、繋がれていない手でこめかみを抑え、俺は車内の天井を仰いだ。
愛されていれば愛されている程、どうして別れなければ?でも迷惑をかけていいのか?とが繰り返しせめぎ合う。
「ゆうくん、大丈夫?」
行きがけも嗣にぃはそんな風に尋ねてきた。俺は頷きつつ嗣にぃの袖を引っ張り、キスして、と強請った。すると嗣にぃは返事をする代わりに、俺の唇と自分のそれを触れ合わせる。それだけじゃ足りなくて、自分から嗣にぃの口内へと舌を伸ばす。
「んっ・・・・・・ぁ・・・」
甘噛みをされて、舌同士が擦れ合うと脳が甘く痺れる感覚に息が乱れた。、嗣にぃが唇をゆっくりと離して俺を抱きしめる。
「帰ってきたら、今日は一緒にお風呂に入ろうか。ね?」
緩く背中を撫でられて、頷く。その後に、嗣にぃとはマンションの前で別れた。
空を見上げると、俺の心とは真反対に夏の日差しが眩しい。
歩くのは億劫だが、少し動くと気も紛れる。
同好会室には、姫先輩と会長の他にも、会長の妹さんがいた。高校生の妹さんは古都ちゃんといって、あさとはまた違ったタイプだが、明るくて人懐っこい女の子だ。おまけに容姿も可愛い。ちょっとやんちゃなタイプではあるけれど。
高校も夏休みだからか、暇なときはお兄さんである会長に着いてきていた。
「ゆっぴぃ今日、ノリ悪いね~。アタシの秘蔵のちっちゃいドーナツあげる」
食べな、と可愛くデコレーションされた指先が駄菓子のドーナツを一つ摘み、俺の口元に差し出された。手で受け取ろうとしたら、アーンだよ!、と言われる。
え、女子高生のアーン?!女子高生の?!と若干脳内をざわつかせながら、手に当たらないように細心の注意をしつつ齧り付く。
それは小さい頃にあさとよく食べた懐かしく優しい味がした。
「あ、ありがと・・・」
「イイってことよ!美味しいモン食べたら元気でるかんね!」
年下に労られてしまった・・・情けないけど、ありがたい。
ちっちゃいドーナツは本当に秘蔵だったらしく、小早川先輩はおろか姫先輩まで驚いていた。今度何かお礼しないとなぁ。
15時過ぎに解散となるまで、俺は姫先輩に勉強を教えてもらったり、古都ちゃんに教えたりと、過ごす。なんでも姫先輩は例の従兄弟さんの彼女さんと会食があるらしい。可愛いとよく聞くので、興味本位で俺も見てみたいな、と思った。
気晴らしと買い物ついでに街をぶらぶらする。皆と離れると自然と下を向いて歩いていた。帰りたいような、帰りたくないような・・・どうせまだ嗣にぃが帰る時間でもない。しかし、どこに寄ったとしてもこの気分は晴れないだろうし先送りしても問題は解決しない。溜息を吐きながら、結局マンションへと戻る。
なんのかんので既に時刻は17時を過ぎていた。マンションのオートロックのガラス扉を潜ったところでコンシェルジュの人に声をかけられた。
「桐月あさ様、こちらをお預かりしておりまして」
差し出されたものは封筒だった。
白い長方形のそれは、結婚式の招待状みたいだ。受け取って、ありがとうございます、と返しエレベーターに乗る。
なんだろうか・・・俺宛に届くなんて珍しい。俺の住民票はまだ動かしてもいないので、実家のままで、郵便の類は基本的に実家に届くのだ。いや、これは桐月あさ宛か。あさに・・・?
部屋へと続く玄関扉を開けて、入る。そのままリビングへと行くと、封筒を開けた。映画に出てくるような封蝋をしてあって、普段、目にすることなんてない。
中身を取り出して開ける。
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春見ゆう 様
本日、17時過ぎにマンションの前でお待ちしております。
桐月様のことでお話がありますので、お一人でおいでくださいますよう。
宮園撫子
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記された名前に覚えはない。が、内容からすると・・・。
「昨日の・・・」
しかし、昨日は二週間と話していた。今日は次の日で、当たり前だが一日しか経っていない。時計を見ると、既に指定の時間は過ぎている。
「えっ」
書面をもう一度見てから、俺は寝室に向かった。
ベッドに登り、その枕上に置いてある、指輪を手に取って左薬指に嵌めた。
それは結婚式の時のものではなく、先日嗣にぃにもらったものだ。
「嗣にぃ・・・」
指輪のある手をぎゅっと握る。現代日本ではあるし、殺される、なんてことはドラマでもないしないだろう。いいさ、話してやろうじゃないか。
俺は一つ息を吐き出しながらベッドから降りて、今帰ってきた道を戻るように、マンションの外へと向かった。
「・・・・・・・・・」
先程までいた暑い空気の中へと出る。
マンションの前にある車道には、いかにも怪しげな黒塗りの車が停まっていた。
先ほどはなかったように思うが、ただ気付かなかっただけかもしれない。
その車の運転席から男が一人降りてきた。
この暑いのに、その男は黒スーツに黒サングラス。髪も後ろに撫で付けている。
・・・・・・怪しすぎん?
心の中で突っ込んでいると、
「春見さんですね?」
と声をかけられた。
「あ、はい」
俺が返事をすると、男は後部座席を開く。手を中へと導くように振った。
「どうぞ」
「え・・・」
どうぞ、と言われてもなぁ・・・流石にどうだろうか?と考えつつも後部座席に近寄る。
「お乗りになって」
車内から、男とは別の声がした。そういえば、記されている名前は女性のものだった。その人だろうか?もう一歩近寄って、俺は中を覗き込む。
広めの車内には、振袖で二つ結びに縦ロールという、まるでアニメに出てきそうな格好をした女性が姿勢正しく座っていた。大きな目に小さな鼻でぽってりとした唇は、いかにも『可愛らしい』といった風情だ。
「あの・・・宮園さん、でしょうか・・・?」
そう問いかけるとその人が頷く。
「そうですわ。あなた、春見ゆうさんでしょう?さあ、お乗りになって。そんなところでは熱中症になってしまいますわ」
・・・?
なんて??心配されている・・・?いやいや。見た目は世間知らずのお嬢様という感じだが、その実、昨日のような男を使って俺と嗣にぃの関係を暴き、俺を脅したのだから・・・腹黒いに違いない。・・・多分。
後ろを振り向くと、声をかけてきた男は場所を変えて、俺の真後ろにいた。
ここで逃げ出してもあまり意味もなさそうだ。何より、話そうと決めて出てきた。
俺は深呼吸をしてから車へと乗りこむ。女性から人一人分を開けて、座った。
すると、車のドアが閉められる。俺が女性の方に顔を向けると、その人は窓側に少し移動した。
「・・・それ以上お近づきにならないで。わたくし殿方とあまり近くで話したことがありませんの。ドキドキいたしますわ」
・・・?
なんて??
え、黒幕なのに箱入り・・・?俺は意味がわからず首を傾げた。
運転手席に、先ほどの男が乗り込んだ。俺たちを振り返って、
「お嬢様は箱入りの悪女だ。気をつけるんだ春見ゆう」
そう言った。・・・・・・・・・?箱入りの悪女?新しいジャンルだな。
「そうですわ、まんまと誘拐されましたわね、春見さん。さすが悪女といったところでしょう?」
得意げにふふん、と女性は笑う。それは本人にしてみれば悪女笑いだったようだが、見た目が可愛いに分類されるので、どうも様になっていない。
俺の頭の中にはハテナが乱舞していた。
てか、俺、誘拐されたのか。えぇ・・・。これ、誘拐かな?・・・誘拐か?首を何度も傾げていると、「危ないからシートベルトをおしめになって」と言われ、シートベルトを締めた。
本当に誘拐か、これ・・・誘拐の定義ってなんだっけ?と俺はもう一度首を傾げていると、こほんと女性が咳払いをして話しだす。
「あなたとお姉様には申し訳ないけれど、桐月家を出て行ってもらわないといけませんの」
あ。やはり黒幕ではあるようだ。
「・・・それは、聞きました」
「幼馴染との恋愛ですもの、わたくしも胸が痛いの。だからせめてご姉弟で傷心旅行でもと思って各種旅行を用意いたしましたの」
・・・傷心旅行。
うん????
やはり頭の中にはハテナが舞う。話の流れがいまいちよくわからない。
しかしそんな俺に気付くこともなく、女性は続けた。
「国内と国外とどちらがいいかしらと思って、セレクトしたのが・・・」
「お嬢様!それはサプライズですからまだだめですよ!」
「あら、わたくしとしたことが・・・今のはお忘れになって・・・」
いやだわ、と赤らんだ頬を白い手が覆う。あ、うん、可愛い。可愛いけど。
「それでね、春見ゆうさん。やはりお別れは悲しいものでしょう?だからわたくし、送別会をして差し上げようと思いましたのよ。桐月さんもお招きして」
「送別会・・・・・・」
「そうですわ。だって、悲しいでしょう?お別れは」
ええと・・・えぇ・・・。なんだ、これ。確かに嗣にぃと別れるのは辛い、けど。と言うか、別れたくない、けれど。
俺は目を伏せながら頭を掻く。息を一つ落としてから、もう一度女性に視線を合わせた。
「あの、それって・・・俺と、その、桐月さんの送別会であってます・・・?」
「ええ、そうですわ。あなととお姉様ですけれど。お姉様は今日はお留守みたいだから、まずはあなたを、と思って」
お留守も何もあさはいないし、この人があさと思っているのは、きっと俺だ。
しかし、こう・・・なんというか。なんだろうか、これ。
「その、別れない場合ってどうなるんですかね・・・?」
どうも昨日と様子が違うように感じられて、俺は何度目か、首を傾げた。
昨日の男は結構な脅迫をしてきたが・・・。
「まあ!聞いてくださらないの?わたくし悪女でしてよ?仕方ないですわね・・・春見さん、片手をお出しになって?」
「え」
「ほら、お出しになって」
女の子らしい高い声で急かされて、俺は左手を出す。
すると白いふわふわとしたものをカシャンと嵌められた。
え、何、これ。
「うふふ、これ手錠でしてよ?お怪我をしてはと、フワフワしたものを用意しましたの。これをわたくしの右手に嵌めて、と・・・」
言うなり、その人は自分の右手に手錠を嵌めた。
その手をくい、とあげると、俺の手も一緒に引っ張られる。
「これで逃げられませんわね!ほうら!嫌でしょう?知りもしないわたくしとこんな状況ですのよ?!」
「流石お嬢様・・・!!歴代の悪女でございます・・・!嫌がらせに手が込んでいらっしゃる!!」
運転をしながら、男が絶賛の声を上げた。
「え」
「ほうら、恐ろしいでしょう?」
え、何が?え?え?え?待って。俺の感覚がおかしいのだろうか?
いや確かに、知らない車の中で知らない人に繋がれてはいる。相手はなんか可愛い女性だけど。
でも、これ、怖いかな・・・。怖いかああああ?!人によってはご褒美だろ。嗣にぃとか夜に出してきそうだよ?!
しかし、あまりにもその人は得意げに言うものだから、
「わ、わあ、怖いなぁ(棒)」
そう返してやらねばならない気がして、俺はそう返す。これ、スマホで嗣にぃに連絡とかしても大丈夫な気がする・・・。
「あの、えーと・・・あまりにも怖いので、桐月さんに連絡しても良いですかね・・・?」
俺がそう問いかけると、女性が頷いた。
「よろしくてよ!さあさあ、写真もお撮りになって!」
わー・・・いいんだ・・・俺だったら、絶対にさせないというか、スマホ持って来させないけどな。しかし、目の前にいる人はいいと言うし、運転をしている男も気にした様子もない。この二人、一度誘拐について、誰かにレクチャーを受けた方がいいと思う。誰かは知らんけど。
許可も得た俺はスマホを取り出そうとしたが・・・。
「え、ない・・・」
ズボンのポケットに入れたはずのスマホがない。
ちょ、嘘だろ。ええ・・・まてまて。慌てて、辺りも見回すが、ない。
「あら。お忘れになったの?・・・桐月さんに連絡したいのよね・・・。そうだわ!わたくしのスマホで撮って差し上げるわ!」
そう言った女性はスマホを取り出し、写真を撮った。
満足そうに、にこにこと笑っている。いやいやいや、あなたが撮ってどうするんだ、それ。
・・・・・・何が起こってるんだこれ。あと、俺はどこにスマホを置いてきたんだ・・・。
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