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第四章「戦いの果て」
山頂の朝食
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奥武蔵の夜が明ける。
たぬ子たちは夜討ちも朝駆けもされることなく、日の出を迎えることができた。
峠の頂上からは、見事な朝日を眺められる。
「んー、絶景だねぇ……ふわぁぁ……」
あれから少し寝たが、睡眠は浅かった。
(そりゃあこれまでに桃次郎とあんな感じになることはなかったからねぇ)
桃次郎にどんな顔で朝の挨拶をすればいいか迷ったが、拍子抜けするほどいつもどおりだった。
たぬ子の「お、おはよう、桃次郎」に対して「……うむ……」の一言。
まるで昨夜のことは他人事みたいだ。
(勝手に舞い上がってたあたしがバカみたいじゃない!)
色恋の難しさを感じながら、眼下の山々を見下ろす。
雲も霧も出ていない。
視界は良好。
(迎撃するにはいい日だねぇ。さて、敵はいつ来るか)
ちびたぬ子たちの視界を通してみても、現在、異変はない。
(……ま、敵が来なかったら来なかったでいいのかなぁ。このまま山に庵でも結んで桃次郎と一緒に暮らし続けるのも……)
剣術道場の連中だけでなく幕府に睨まれているフシもあるので、そろそろ潮時だったのかもしれない。
(あたしたちって強すぎる上にどこの組織にも属してないから。幕府にとっては不気味だし脅威なのかもねぇ)
たぬ子と桃次郎がその気になりさえすれば、将軍の暗殺だってできないことはない。
江戸城に宿直の旗本がいるといっても、泰平の世のナマクラ侍だ。
そんな者が数十人、数百人いても敵ではない。
(ま、将軍をやったところで、また新たな将軍が出てくるだけだもんねぇ)
幕藩体制は盤石だ。
たとえそのうちのひとりがいなくなったところで、違う者がとって代わるだけである。
(……まぁ、そんな大それた話をしてもしょうがないんだよね。とりあえず自分たちが気ままに暮らせるようにしていかないと。……となると、やっぱり山奥に引っこむのが一番なのかねぇ)
こうして峠の頂上からの景色を見ていると、そんな暮らしも悪くないと思える。
江戸の町に比べると鶏の南蛮汁のような凝ったものが食べられないという欠点はあるが、そのぶん新鮮なものが手に入る。
自分たちの料理の腕を向上させればいい。
(桃次郎の料理の腕はすごいしねぇ)
いっそ峠の茶屋をやるのもいいかもしれない。
名物は猪料理だ。
(それもいいかも!)
先々に楽しみなことがあると、俄然、今回の戦いで生き延びないとと思う。
それが、ほぼ全員死ぬことが決まっていた島原の乱との大きな違いだ。
「さて……腹が減っては戦はできぬ。飯にするか」
「うんっ!」
桃次郎の言葉にたぬ子は元気よく頷いた。
新たに猪を狩って味噌で煮込み、米を炊く。
できたての温かいものを食べてこそ、力を発揮できる。
「うんっ♪ 桃次郎の料理の腕は日本一だねぇ、やっぱり!」
「す、すごく美味しいですっ!」
たぬ子はご飯をかっこみながら、称賛する。
兎之助も控えめに食べつつも、その美味さに目を丸くする。
「……ふむ……まぁ、戦の前にマズいメシではな……」
桃次郎も褒められて満更でもなさそうだ。
(景色がいいから、なおさら美味しく感じるねぇ)
夕飯は暗い中だったが、朝食は絶景を眺めながらだ。
(それに朝の空気は美味しいんだよねぇ。山で暮らしていた子どもの頃を思い出すよ)
たぬ子の暮らしていた九州の山とは生えている植物は違うが、やっぱり自然の中にいると心が落ち着く。
三人一緒の朝食をして、心の栄養補給もすることができた。
「よし、みんなでがんばろー!」
「……うむ……」
「は、はいっ!」
朝の清々しい空気に、たぬ子の元気な声が響き渡った。
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