あやかし助太刀恋ノ膝栗毛~たぬきの乙女と孤高の剣客~

戯作屋喜兵衛※別名義商業ペンネームあり

文字の大きさ
39 / 54
第四章「戦いの果て」

山頂の朝食

しおりを挟む

     ※ ※ ※

 奥武蔵の夜が明ける。

 たぬ子たちは夜討ちも朝駆けもされることなく、日の出を迎えることができた。
 峠の頂上からは、見事な朝日を眺められる。

「んー、絶景だねぇ……ふわぁぁ……」

 あれから少し寝たが、睡眠は浅かった。

(そりゃあこれまでに桃次郎とあんな感じになることはなかったからねぇ)

 桃次郎にどんな顔で朝の挨拶をすればいいか迷ったが、拍子抜けするほどいつもどおりだった。

 たぬ子の「お、おはよう、桃次郎」に対して「……うむ……」の一言。
 まるで昨夜のことは他人事みたいだ。

(勝手に舞い上がってたあたしがバカみたいじゃない!)

 色恋の難しさを感じながら、眼下の山々を見下ろす。

 雲も霧も出ていない。
 視界は良好。

(迎撃するにはいい日だねぇ。さて、敵はいつ来るか)

 ちびたぬ子たちの視界を通してみても、現在、異変はない。

(……ま、敵が来なかったら来なかったでいいのかなぁ。このまま山に庵でも結んで桃次郎と一緒に暮らし続けるのも……)

 剣術道場の連中だけでなく幕府に睨まれているフシもあるので、そろそろ潮時だったのかもしれない。

(あたしたちって強すぎる上にどこの組織にも属してないから。幕府にとっては不気味だし脅威なのかもねぇ)

 たぬ子と桃次郎がその気になりさえすれば、将軍の暗殺だってできないことはない。
 江戸城に宿直の旗本がいるといっても、泰平の世のナマクラ侍だ。
 そんな者が数十人、数百人いても敵ではない。

(ま、将軍をやったところで、また新たな将軍が出てくるだけだもんねぇ)

 幕藩体制は盤石だ。
 たとえそのうちのひとりがいなくなったところで、違う者がとって代わるだけである。

(……まぁ、そんな大それた話をしてもしょうがないんだよね。とりあえず自分たちが気ままに暮らせるようにしていかないと。……となると、やっぱり山奥に引っこむのが一番なのかねぇ)

 こうして峠の頂上からの景色を見ていると、そんな暮らしも悪くないと思える。

 江戸の町に比べると鶏の南蛮汁のような凝ったものが食べられないという欠点はあるが、そのぶん新鮮なものが手に入る。
 自分たちの料理の腕を向上させればいい。

(桃次郎の料理の腕はすごいしねぇ)

 いっそ峠の茶屋をやるのもいいかもしれない。
 名物は猪料理だ。

(それもいいかも!)

 先々に楽しみなことがあると、俄然、今回の戦いで生き延びないとと思う。
 それが、ほぼ全員死ぬことが決まっていた島原の乱との大きな違いだ。

「さて……腹が減っては戦はできぬ。飯にするか」
「うんっ!」

 桃次郎の言葉にたぬ子は元気よく頷いた。

 新たに猪を狩って味噌で煮込み、米を炊く。
 できたての温かいものを食べてこそ、力を発揮できる。

「うんっ♪ 桃次郎の料理の腕は日本一だねぇ、やっぱり!」
「す、すごく美味しいですっ!」

 たぬ子はご飯をかっこみながら、称賛する。
 兎之助も控えめに食べつつも、その美味さに目を丸くする。

「……ふむ……まぁ、戦の前にマズいメシではな……」

 桃次郎も褒められて満更でもなさそうだ。

(景色がいいから、なおさら美味しく感じるねぇ)

 夕飯は暗い中だったが、朝食は絶景を眺めながらだ。

(それに朝の空気は美味しいんだよねぇ。山で暮らしていた子どもの頃を思い出すよ)

 たぬ子の暮らしていた九州の山とは生えている植物は違うが、やっぱり自然の中にいると心が落ち着く。
 三人一緒の朝食をして、心の栄養補給もすることができた。

「よし、みんなでがんばろー!」
「……うむ……」
「は、はいっ!」

 朝の清々しい空気に、たぬ子の元気な声が響き渡った。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【完結】ふたつ星、輝いて 〜あやし兄弟と町娘の江戸捕物抄〜

上杉
歴史・時代
■歴史小説大賞奨励賞受賞しました!■ おりんは江戸のとある武家屋敷で下女として働く14歳の少女。ある日、突然屋敷で母の急死を告げられ、自分が花街へ売られることを知った彼女はその場から逃げだした。 母は殺されたのかもしれない――そんな絶望のどん底にいたおりんに声をかけたのは、奉行所で同心として働く有島惣次郎だった。 今も刺客の手が迫る彼女を守るため、彼の屋敷で住み込みで働くことが決まる。そこで彼の兄――有島清之進とともに生活を始めるのだが、病弱という噂とはかけ離れた腕っぷしのよさに、おりんは驚きを隠せない。 そうしてともに生活しながら少しづつ心を開いていった――その矢先のことだった。 母の命を奪った犯人が発覚すると同時に、何故か兄清之進に凶刃が迫り――。 とある秘密を抱えた兄弟と町娘おりんの紡ぐ江戸捕物抄です!お楽しみください! ※フィクションです。 ※周辺の歴史事件などは、史実を踏んでいます。 皆さまご評価頂きありがとうございました。大変嬉しいです! 今後も精進してまいります!

裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する

克全
歴史・時代
貧乏人が肩を寄せ合って暮らす聖天長屋に徳田新之丞と名乗る人品卑しからぬ若侍がいた。月のうち数日しか長屋にいないのだが、いる時には自ら竈で米を炊き七輪で魚を焼く小まめな男だった。

【読者賞受賞】江戸の飯屋『やわらぎ亭』〜元武家娘が一膳でほぐす人と心〜

☆ほしい
歴史・時代
【第11回歴史・時代小説大賞 読者賞受賞(ポイント最上位作品)】 文化文政の江戸・深川。 人知れず佇む一軒の飯屋――『やわらぎ亭』。 暖簾を掲げるのは、元武家の娘・おし乃。 家も家族も失い、父の形見の包丁一つで町に飛び込んだ彼女は、 「旨い飯で人の心をほどく」を信条に、今日も竈に火を入れる。 常連は、職人、火消し、子どもたち、そして──町奉行・遠山金四郎!? 変装してまで通い詰めるその理由は、一膳に込められた想いと味。 鯛茶漬け、芋がらの煮物、あんこう鍋…… その料理の奥に、江戸の暮らしと誇りが宿る。 涙も笑いも、湯気とともに立ち上る。 これは、舌と心を温める、江戸人情グルメ劇。

半蔵門の守護者

裏耕記
歴史・時代
半蔵門。 江戸城の搦手門に当たる門の名称である。 由来は服部半蔵の屋敷が門の側に配されていた事による。 それは蔑まれてきた忍びへの無上の褒美。 しかし、時を経て忍びは大手門の番守に落ちぶれる。 既に忍びが忍びである必要性を失っていた。 忍家の次男坊として生まれ育った本田修二郎は、心形刀流の道場に通いながらも、発散できないジレンマを抱える。 彼は武士らしく生きたいという青臭い信条に突き動かされ、行動を起こしていく。 武士らしさとは何なのか、当人さえ、それを理解出来ずに藻掻き続ける日々。 奇しくも時は八代将軍吉宗の時代。 時代が変革の兆しを見せる頃である。 そしてこの時代に高い次元で忍術を維持していた存在、御庭番。 修二郎は、その御庭番に見出され、半蔵門の守護者になるべく奮闘する物語。 《連作短編となります。一話四~五万文字程度になります》

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

『五感の調べ〜女按摩師異聞帖〜』

月影 朔
歴史・時代
江戸。盲目の女按摩師・市には、音、匂い、感触、全てが真実を語りかける。 失われた視覚と引き換えに得た、驚異の五感。 その力が、江戸の闇に起きた難事件の扉をこじ開ける。 裏社会に潜む謎の敵、視覚を欺く巧妙な罠。 市は「聴く」「嗅ぐ」「触れる」独自の捜査で、事件の核心に迫る。 癒やしの薬膳、そして人情の機微も鮮やかに、『この五感が、江戸を変える』 ――新感覚時代ミステリー開幕!

偽夫婦お家騒動始末記

紫紺
歴史・時代
【第10回歴史時代大賞、奨励賞受賞しました!】 故郷を捨て、江戸で寺子屋の先生を生業として暮らす篠宮隼(しのみやはやて)は、ある夜、茶屋から足抜けしてきた陰間と出会う。 紫音(しおん)という若い男との奇妙な共同生活が始まるのだが。 隼には胸に秘めた決意があり、紫音との生活はそれを遂げるための策の一つだ。だが、紫音の方にも実は裏があって……。 江戸を舞台に様々な陰謀が駆け巡る。敢えて裏街道を走る隼に、念願を叶える日はくるのだろうか。 そして、拾った陰間、紫音の正体は。 活劇と謎解き、そして恋心の長編エンタメ時代小説です。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

処理中です...