お山の狐は連れ添いたい

二ッ木ヨウカ

文字の大きさ
7 / 48

7 朝、実家にて

しおりを挟む
「乳飲み子と、孕み女。甘くて、柔らかくて、精気にあふれていて……強くなるのにうってつけのご馳走なのに、邪魔しないでくれるかな」
「……ん、お前……っ……!」
「なに、聞こえないよ」

 修造を押さえつけていた狐の脚がどかされる。咳き込みながら起き上がった修造は、同じ言葉を繰り返した。

「お前、村のッ、守り神なんじゃないのかよ! 何で……なんでこんなことするんだ! 村を大切にするんじゃないのかよ! 嘘つき!」
「なんでって……だって、俺のこと大事にしてくれなかったのはそっちじゃないか。今年は凶作だったからお米の量少なくて申し訳ないって……いいわけないだろ、そんなの。約束は約束だろ。馬鹿にすんなよ」

 心底腹立たしそうに黒狐は首を傾げた。

「でもっ、それは……し、仕方ないだろっ、お前が毎年量を増やしてくるから……」
「仕方ないだって? 君たちにとって俺はその程度だったってだけじゃないか」

 揺れる大きな尻尾の横で、燃えていた家がどうと崩れた。熱風に思わず顔を覆った修造がまた目を開けると、狐は左右を見回しながら歩き去ろうとしていた。

「ま、待て!」
「嫌だよ。俺はもっと力をつけて、今度こそ大切にしてもらうんだ。美味くもなければ力にもならないガキなんかお呼びじゃないんだよ」

 狐の後ろ脚に縋ろうとすると、また蹴とばされた。今度は鞠のように高く飛んだ修造は、道の真ん中に墜落した。かはっ、と口から息が漏れる。

「……まて……っ」

 薄れゆく意識の中、煙の向こうに消えていく黒い尾に、修造は懸命に手を伸ばした。

(いつか、いつか絶対に――)



 は、と修造が目を開けると、室内には燦々と朝陽が満ちていた。ぴちちちち、と開け放したままの襖の向こうから鳥の声が聞こえる。

「くそ、狐の巣なんかで寝たせいで、変な夢見ちまったじゃねえか」

 起き上がり、寝乱れた襦袢の中に手を差し入れて背中を掻く。見下ろした手は、子供だったあの頃に比べて随分と大きい。

(いつか、殺してやると思ってたのに)

 あの黒狐はどこへ行ってしまったのか、あれから杳として行方が知れなかった。きっとまたどこかの村に潜り込んでいるのだろう、いつか居場所を探って仕留めてやる。そう思って、鉄砲撃ちだった叔父に頼み込んで弟子にしてもらった。
 それが何でこんな事になっているのか。結局使わなかった懐剣を枕の下から取り出し、弄びながら修造はため息をついた。寝込みを襲ってくるというのは杞憂だったようだが、そうなるとますます修造には狐の目的が謎でならなかった。

 花嫁衣装を着せられた修造を嘲笑って楽しむでもないようだったし、かといって食べに来るわけでもない。すっかり化かされていて、起きたら墓場のど真ん中、という話でもなかった。昨日の狐の口ぶりからすると修造を指名してきたのも本当のようだったし、全く意味が分からない。

「ううん……」

 まさか、本当に修造を娶りたかっただけ――なのだろうか。信じがたいが、そう考えれば狐の態度にも、昨日ぶん殴った時の悲しげな表情にも納得がいった。
 修造はここまであの狐のことを「人を食べるために策を弄する嘘つき」と一方的に決めつけて勝手に怒っていた。化け狐とはそういうものだと思っていたからだが、こうやって落ち着いて考えてみると、どうもそれは間違いだったのではという気がしてきていた。
 鹿や犬にだっていろいろな奴がいるのだ、狐にだって性格の違いくらいあるだろう。もしかしたらこの赤狐は、あの黒狐とは違うのではないだろうか。
 もう一度あの狐と話して、確かめてみたいと思った。

「おい! おい狐! 出てこい!」

 開け放した庭側とは逆の襖を開けながら修造は狐を呼んだ。踏み出した先は見慣れた部屋になっていて、

「ぎゃあッ」

 潰れた蛙のような声に横を見れば、膳の前に座った貞宗が椀を取り落とすところだった。

「熱っああァァあうおぎゃっ⁉」

 大急ぎのカニのように手足をばたつかせて後退った貞宗はそのまま土間へと転げ落ちていく。

「んん?」

 なぜここに貞宗がいるのだ。見回すとぽかんと口と目を開けた叔父夫婦もいて、その後ろにある古びた障子に気づいた修造は、ようやく状況を理解した。
 昨晩出てきたはずの、叔父夫妻の家に戻っているのだ。
 首をひねりながら後ろを向く。いつの間にか豪華な布団も庭も消え、擦り切れた畳の見慣れた部屋があるばかりになっている。

「修造! い、生きとったんかい!」
「おそらく……?」

 答えると、駆け寄ってきたトヨにべたべたと全身を撫で回された。

「ああ、本当、本当だ……よかったあ……なあ、修造、腹減っとらんか? 朝食……」
「いりません」

 不在の人の分まで飯は準備していないだろう。だがその修造の言葉を打ち消すようにぐうと腹がなる。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

完結・オメガバース・虐げられオメガ側妃が敵国に売られたら激甘ボイスのイケメン王から溺愛されました

美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!

「自由に生きていい」と言われたので冒険者になりましたが、なぜか旦那様が激怒して連れ戻しに来ました。

キノア9g
BL
「君に義務は求めない」=ニート生活推奨!? ポジティブ転生者と、言葉足らずで愛が重い氷の伯爵様の、全力すれ違い新婚ラブコメディ! あらすじ 「君に求める義務はない。屋敷で自由に過ごしていい」 貧乏男爵家の次男・ルシアン(前世は男子高校生)は、政略結婚した若き天才当主・オルドリンからそう告げられた。 冷徹で無表情な旦那様の言葉を、「俺に興味がないんだな! ラッキー、衣食住保証付きのニート生活だ!」とポジティブに解釈したルシアン。 彼はこっそり屋敷を抜け出し、偽名を使って憧れの冒険者ライフを満喫し始める。 「旦那様は俺に無関心」 そう信じて、半年間ものんきに遊び回っていたルシアンだったが、ある日クエスト中に怪我をしてしまう。 バレたら怒られるかな……とビクビクしていた彼の元に現れたのは、顔面蒼白で息を切らした旦那様で――!? 「君が怪我をしたと聞いて、気が狂いそうだった……!」 怒鳴られるかと思いきや、折れるほど強く抱きしめられて困惑。 えっ、放置してたんじゃなかったの? なんでそんなに必死なの? 実は旦那様は冷徹なのではなく、ルシアンが好きすぎて「嫌われないように」と身を引いていただけの、超・奥手な心配性スパダリだった! 「君を守れるなら、森ごと消し飛ばすが?」 「過保護すぎて冒険になりません!!」 Fランク冒険者ののんきな妻(夫)×国宝級魔法使いの激重旦那様。 すれ違っていた二人が、甘々な「週末冒険者夫婦」になるまでの、勘違いと溺愛のハッピーエンドBL。

君に望むは僕の弔辞

爺誤
BL
僕は生まれつき身体が弱かった。父の期待に応えられなかった僕は屋敷のなかで打ち捨てられて、早く死んでしまいたいばかりだった。姉の成人で賑わう屋敷のなか、鍵のかけられた部屋で悲しみに押しつぶされかけた僕は、迷い込んだ客人に外に出してもらった。そこで自分の可能性を知り、希望を抱いた……。 全9話 匂わせBL(エ◻︎なし)。死ネタ注意 表紙はあいえだ様!! 小説家になろうにも投稿

処理中です...