お山の狐は連れ添いたい

二ッ木ヨウカ

文字の大きさ
27 / 48

27 帰路

しおりを挟む
「じゃあお前も湯に入りに行けばよかったじゃないか」
「嫌だよ、毛だらけになりそうだし。ノミとか変な病気とかうつされたらどうすんだよ」
「……」

 褒められているのか貶されているのか。とりあえず赫にノミはついていないし病気だって持っていないんだが、と立腹しながら修造が黙って話を立ち聞きしていると、「そうかもしんねえけど、、俺はやっぱ狐は信用ならねえと思う」と先程の二人とは別の声が響いた。

「北の白土村で盆ごろに大火事があっただろ。あれも狐の仕業だっていうし……あいつが出てきたのもちょうどその頃だろ。なんか関係あるんじゃねえのか」
「白土村……って言うと都の方だろ、随分と遠くだな、火事なんてはじめて聞いたぞ」
「そんな遠くのことがここに関係あるのか?」
「いや、なんでも白土村には大きな狐が住んでいたらしくてな、これまでは上手くやってたんだが、夏の雨乞いの礼が足りないだか何だかで揉めたらしい。小さい村だから、ほとんど生き残りもいなかったとかで……」

 礼が足りないと村を燃やす狐。修造は草履を脱ぎ捨て、座敷に飛び込んでいた。

「おいっ!」
「うわ修造、いたのか⁉」

 ギョッとした顔をする叔父の妹婿と従兄弟叔父の間に割り込み、声の主である茂文(シゲフミ)――確か曽祖父の兄弟筋にあたる男だ――に駆け寄る。

「いやあの、いや、お前のあの狐がどうとかそういうことじゃなくてな、あの」
「待て!」
「お、落ち着け修造!」

 修造の剣幕に驚いたのか、言い訳しつつ逃げ出そうとする茂文に掴みかったところで従兄弟叔父が仲裁に入ってくる。三人で揉み合い、団子状になる中で修造は叫んだ。

「そ、その話、詳しく聞かせてくれ!」



 赫が戻ってきたのは、傾いた太陽が山の向こうに隠れようとしていた頃だった。
 玄関をくぐり、すたすたと歩いて戻ってきた宗二郎に皆が唖然とする中、背負籠に鏡餅を入れた修造は赫を引っ張るようにして家を後にした。
 赫の肩に手をかけて笑う貞宗も、せっかくだから今日はもう泊っていけというトヨと宗二郎も、いい湯だったと感想を述べる大叔父たちの中で得意げな顔をしている赫も、とにかく全部が不愉快だった。すわ黒狐の情報か、と問いただした茂文も、結局あれ以上のことは知らず、それも苛立ちを募らせていた。
 ざくざくと雪の山道を歩く足元は、自分でもわかるほど覚束ない。赫を待つうちに飲みすぎたかもしれない、と思うが、それもさっさと帰ってこなかった赫がいけないんだ、という気持ちに繋がっていく。

「修造!」

 よろり、と崖の下に足を滑らせそうになったところを、赫に慌てて引きとめられる。

「だ、大丈夫? やっぱり宗二郎さんの家に泊まったほうがよかったんじゃ……」
「うるせえ!」

 赫を突き飛ばすように数歩歩いたところで、今度は雪に足を取られて転ぶ。火照った体に冷たい雪が心地よい。倒れたままぼうっとしていると、回る視界の中に困ったような赫の顔が見えた。

「もー、修造ってば……」

 抱き起こされ、背負っていた籠を外される。頭についた雪が払われた、と思うと体がふわりと浮いていた。横向きに抱きあげられたのだ、と理解するのに少し時間がかかった。

「危ないから、暴れないでよね」

 そう言う赫の白い喉が目の前にある。少年のような、老人のような、不思議な声。手を伸ばして抱きつくと、襟元から微かに湯上りの匂いがした。

「くせえ」
「ちょっと! そういうこというなら運ばないよ!」

 修造が文句を言うと、赫は気分を害したようだった。嫌だ、と修造は赫の肩口を握りこんだ。首筋に顔をつけ、さらに言い募る。

「湯の花くせえ」
「はあ? いい匂いだろ湯の花は」
「くせえもんはくせえんだよ!」

 赫が他の人を温泉に連れて行った、というだけで悋気を起こすような男だとは思われたくなかったが、黙って我慢することもならなかった。誰が悪いわけでもないのだが、とにかく嫌なものは嫌なのだ。自分でもよく分からなくなってきた八つ当たりをただ赫にぶつける。

「何なんだよもう……飲みすぎだよ」
「うるせえっ! じゃあもう降ろせよ! オレなんか置いてお前だけ戻ればいいだろ! そんで貞宗にでも尻尾振って一緒に寝てろ! くそが!」
「なんでだよ、するわけないだろそんなこと」
「うるさいうるさい! 降ろせよ! 降ろせ馬鹿野郎!」
「もう! 暴れないでって言っただろ!」

 赫にしがみついたまま足をばたつかせると、ぎゅうと強く抱きしめられる。

「ん」

 その腕は、細いけれども力強い。思わず修造がおとなしくなると、ああ、と疲れたような声を赫は漏らした。

「もう少しで着くから。ね? ちょっと静かにしててよ修造」
「うん……」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

後宮の男妃

紅林
BL
碧凌帝国には年老いた名君がいた。 もう間もなくその命尽きると噂される宮殿で皇帝の寵愛を一身に受けていると噂される男妃のお話。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

「自由に生きていい」と言われたので冒険者になりましたが、なぜか旦那様が激怒して連れ戻しに来ました。

キノア9g
BL
「君に義務は求めない」=ニート生活推奨!? ポジティブ転生者と、言葉足らずで愛が重い氷の伯爵様の、全力すれ違い新婚ラブコメディ! あらすじ 「君に求める義務はない。屋敷で自由に過ごしていい」 貧乏男爵家の次男・ルシアン(前世は男子高校生)は、政略結婚した若き天才当主・オルドリンからそう告げられた。 冷徹で無表情な旦那様の言葉を、「俺に興味がないんだな! ラッキー、衣食住保証付きのニート生活だ!」とポジティブに解釈したルシアン。 彼はこっそり屋敷を抜け出し、偽名を使って憧れの冒険者ライフを満喫し始める。 「旦那様は俺に無関心」 そう信じて、半年間ものんきに遊び回っていたルシアンだったが、ある日クエスト中に怪我をしてしまう。 バレたら怒られるかな……とビクビクしていた彼の元に現れたのは、顔面蒼白で息を切らした旦那様で――!? 「君が怪我をしたと聞いて、気が狂いそうだった……!」 怒鳴られるかと思いきや、折れるほど強く抱きしめられて困惑。 えっ、放置してたんじゃなかったの? なんでそんなに必死なの? 実は旦那様は冷徹なのではなく、ルシアンが好きすぎて「嫌われないように」と身を引いていただけの、超・奥手な心配性スパダリだった! 「君を守れるなら、森ごと消し飛ばすが?」 「過保護すぎて冒険になりません!!」 Fランク冒険者ののんきな妻(夫)×国宝級魔法使いの激重旦那様。 すれ違っていた二人が、甘々な「週末冒険者夫婦」になるまでの、勘違いと溺愛のハッピーエンドBL。

君に望むは僕の弔辞

爺誤
BL
僕は生まれつき身体が弱かった。父の期待に応えられなかった僕は屋敷のなかで打ち捨てられて、早く死んでしまいたいばかりだった。姉の成人で賑わう屋敷のなか、鍵のかけられた部屋で悲しみに押しつぶされかけた僕は、迷い込んだ客人に外に出してもらった。そこで自分の可能性を知り、希望を抱いた……。 全9話 匂わせBL(エ◻︎なし)。死ネタ注意 表紙はあいえだ様!! 小説家になろうにも投稿

処理中です...