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41 中天
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修造が呆れてため息を吐くと、んふふ、と赫はその顔を面白がるように耳を回した。
「みんなで楽しく呑もうじゃないか、今日はぼくらのハレの日なんだから」
「お人よしめ」
笑いながら修造は、なみなみと酒の入ったお猪口を見つめたまま座り込んでいる権治の前に徳利を置いた。「ほら」と権治の前にお猪口を差し出す。
「仕方ねえ、これで手打ちにしてやるよ」
満月が中天にかかるころ、修造と赫の二人は宴席を辞した。
赫の後について縁側に出る。いつの間にか天気雨はやみ、ごけごけと蛙が喚いていた。湿って肌にまとわりつく空気の中、代わりに満月の周りをぐるりと囲むように、円く虹がかかっている。その下で月明かりに浮かぶ赫は神々しく、修造は今自分が本当に起きているのか自信が持てなくなった。
手を伸ばし、隣に立つ赫の手を握る。細く滑らかな手が、修造の手を握り返してきた。その温もりと力強さが、夢ではないということを修造に教えてくれる。
そのまま歩いて、少し離れた部屋に入った。後ろ手に障子を閉めると、宴会の声がひたりと消える。障子紙越しの光に、ぴたりとくっついて敷かれた二組の布団が浮かんでいた。
きゅん、と鳴いた赫が、修造に抱きついて鼻先を合わせてきた。とろりと瞳孔の開いた紅い目が、暗がりの中で燃えるように光っていた。
「んっ……」
互いの唇を合わせ、なだれ込むように布団に転がる。修造は貪るように舌を吸いながら、上に乗ってきた赫に腰を押し付けた。袴姿の赫を見たときから、早くこうしたくてたまらなかったのだ。もう宴席の途中からは、勃起しているのが参列者から分かりはしないか、先走りの汁が袴に染みを作ってはいないかとそればかりが気になっていた。
羽織を脱ぐのももどかしく、蹴り飛ばすようにして袴から足を抜く。その下はもうぐずぐずと濡れていた。同じようにじれったそうに角帯を解いた赫が、局部を尻尾で隠して修造に身を寄せてきた。
「あのね、修造、ぼくね……もっと、強くなりたい」
「いいぞ」
答えた修造は、赫の下で体から力を抜いた。一糸まとわぬ裸体を、無防備に晒す。
「頭からでも腹からでも、好きなところから食えよ」
「……えっ?」
赫になら、食べられてしまってもよかった。人生で一番幸せなこの日に、そういう形で赫と一つになるのも、悪くはなかった。強くなった赫は、きっとこの村を守ってくれるだろう。その姿を見られないのは残念だが、赫の力となって共にあれるのなら、それでもいいと思えた。
ここでもいい、と喉を示すと、ぶわっと赫の尻尾が広がった。耳が修造の方を向き、目が大きく見開かれる。
「な、何言ってんだ修造!」
「え?」
「どんなに強くなったって、そこに修造がいないんじゃ意味がないじゃないか!」
今度は修造が困惑する番だった。
「だって赫、強くなりたいって言っただろ。で、妖狐が強くなるためには人を食う必要があるんだろ? オレを食べたいってことじゃねえのか?」
「ああもう! 莫迦! 修造の莫迦! どうしてそうなるんだ! そんなわけないだろ!」
「な、なんだよ!」
ぼふぼふと尻尾で叩かれ、修造は悲鳴を上げた。意味が分からない。せっかくの雰囲気も台無しである。
「じゃあなんだってんだよ、もう」
不満を口にしながら体を起こすと、膝を突き合わせるようにして赫も修造の前に座った。
「分かれよもう! 何でここまできてそうなんだよ!」
「分かんねえよ! なんの話だよ!」
赫を睨みつけると、「うう」と赫は尻尾を体に巻き付けた。毛先をつまみ、困ったように修造と赤い爪の間で視線をさまよわせる。やがて観念したようにゆっくりと息を吸った。
「あ、あのね修造、化け狐ってのは……ええと、力が強くなると、尻尾が増えるんだ」
「へえ、そうなのか」
相槌を打つと、「うん……」と気まずそうに赫も頷いた。今では普通になってしまったが、確かに尻尾が二本になるまで赫は人の姿に化けられなかったようだったな、と修造は思い出した。猫又も尻尾が二本だと聞くし、化ける動物というものはそうなのかもしれない、と何となく納得する。
「……ん? でも赫、お前人を食ったりはしてないよな?」
修造は首を傾げた。冬から――赫の尻尾が二本に増えた時から、修造は赫と一緒に暮らしている。とはいえずっと見張っているわけではないから隠れて人を襲うこともできなくはないが、赫がそんなことをしているとは思えなかったし、近隣で人が消えているという話もない。
「んん……?」
床付近でふわふわと揺れる尻尾を見ながら、いつここまで本数が増えたのかを思い出す。
(えっと……二本になったのは、赫が撃たれた翌朝だ)
これは間違いがない。
(三本になったのは……いつだ?)
「みんなで楽しく呑もうじゃないか、今日はぼくらのハレの日なんだから」
「お人よしめ」
笑いながら修造は、なみなみと酒の入ったお猪口を見つめたまま座り込んでいる権治の前に徳利を置いた。「ほら」と権治の前にお猪口を差し出す。
「仕方ねえ、これで手打ちにしてやるよ」
満月が中天にかかるころ、修造と赫の二人は宴席を辞した。
赫の後について縁側に出る。いつの間にか天気雨はやみ、ごけごけと蛙が喚いていた。湿って肌にまとわりつく空気の中、代わりに満月の周りをぐるりと囲むように、円く虹がかかっている。その下で月明かりに浮かぶ赫は神々しく、修造は今自分が本当に起きているのか自信が持てなくなった。
手を伸ばし、隣に立つ赫の手を握る。細く滑らかな手が、修造の手を握り返してきた。その温もりと力強さが、夢ではないということを修造に教えてくれる。
そのまま歩いて、少し離れた部屋に入った。後ろ手に障子を閉めると、宴会の声がひたりと消える。障子紙越しの光に、ぴたりとくっついて敷かれた二組の布団が浮かんでいた。
きゅん、と鳴いた赫が、修造に抱きついて鼻先を合わせてきた。とろりと瞳孔の開いた紅い目が、暗がりの中で燃えるように光っていた。
「んっ……」
互いの唇を合わせ、なだれ込むように布団に転がる。修造は貪るように舌を吸いながら、上に乗ってきた赫に腰を押し付けた。袴姿の赫を見たときから、早くこうしたくてたまらなかったのだ。もう宴席の途中からは、勃起しているのが参列者から分かりはしないか、先走りの汁が袴に染みを作ってはいないかとそればかりが気になっていた。
羽織を脱ぐのももどかしく、蹴り飛ばすようにして袴から足を抜く。その下はもうぐずぐずと濡れていた。同じようにじれったそうに角帯を解いた赫が、局部を尻尾で隠して修造に身を寄せてきた。
「あのね、修造、ぼくね……もっと、強くなりたい」
「いいぞ」
答えた修造は、赫の下で体から力を抜いた。一糸まとわぬ裸体を、無防備に晒す。
「頭からでも腹からでも、好きなところから食えよ」
「……えっ?」
赫になら、食べられてしまってもよかった。人生で一番幸せなこの日に、そういう形で赫と一つになるのも、悪くはなかった。強くなった赫は、きっとこの村を守ってくれるだろう。その姿を見られないのは残念だが、赫の力となって共にあれるのなら、それでもいいと思えた。
ここでもいい、と喉を示すと、ぶわっと赫の尻尾が広がった。耳が修造の方を向き、目が大きく見開かれる。
「な、何言ってんだ修造!」
「え?」
「どんなに強くなったって、そこに修造がいないんじゃ意味がないじゃないか!」
今度は修造が困惑する番だった。
「だって赫、強くなりたいって言っただろ。で、妖狐が強くなるためには人を食う必要があるんだろ? オレを食べたいってことじゃねえのか?」
「ああもう! 莫迦! 修造の莫迦! どうしてそうなるんだ! そんなわけないだろ!」
「な、なんだよ!」
ぼふぼふと尻尾で叩かれ、修造は悲鳴を上げた。意味が分からない。せっかくの雰囲気も台無しである。
「じゃあなんだってんだよ、もう」
不満を口にしながら体を起こすと、膝を突き合わせるようにして赫も修造の前に座った。
「分かれよもう! 何でここまできてそうなんだよ!」
「分かんねえよ! なんの話だよ!」
赫を睨みつけると、「うう」と赫は尻尾を体に巻き付けた。毛先をつまみ、困ったように修造と赤い爪の間で視線をさまよわせる。やがて観念したようにゆっくりと息を吸った。
「あ、あのね修造、化け狐ってのは……ええと、力が強くなると、尻尾が増えるんだ」
「へえ、そうなのか」
相槌を打つと、「うん……」と気まずそうに赫も頷いた。今では普通になってしまったが、確かに尻尾が二本になるまで赫は人の姿に化けられなかったようだったな、と修造は思い出した。猫又も尻尾が二本だと聞くし、化ける動物というものはそうなのかもしれない、と何となく納得する。
「……ん? でも赫、お前人を食ったりはしてないよな?」
修造は首を傾げた。冬から――赫の尻尾が二本に増えた時から、修造は赫と一緒に暮らしている。とはいえずっと見張っているわけではないから隠れて人を襲うこともできなくはないが、赫がそんなことをしているとは思えなかったし、近隣で人が消えているという話もない。
「んん……?」
床付近でふわふわと揺れる尻尾を見ながら、いつここまで本数が増えたのかを思い出す。
(えっと……二本になったのは、赫が撃たれた翌朝だ)
これは間違いがない。
(三本になったのは……いつだ?)
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