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飛べない蝶
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「こんにちは~。元気でやってますか?」
ここは暁学園コペルニクスサークル。いつものように先輩と二人で過ごしていると、扉を開けのんびりした声で話しながら入ってくる人が一人。
「小春先生じゃん!なにー今日は何も悪いことしてないよ。」
「いつもは悪いことしてる、みたいな言いぐさだねー。」
白鳥小春先生。このコペルニクスサークルの顧問の先生です。この先生、この学園でもどの立ち位置にいるのか謎の先生で、大学の講義をしているかと思ったら小学校の授業をしていたり、学内の掃除をしていると思ったら理事長室に入り浸る姿が見られたりします。噂では理事長の娘で結構偉い人だとか、真実は謎のままですが先輩とは幼馴染にあたるそうで、このサークルに先輩がいる理由を作った先生です。ちなみに私は腹黒そうなので少し苦手です。今日も部屋の奥で椅子に座ってましたが、私への用事でないようなので立ち上がらずに様子を見ます。
「今日はね、依頼人を連れてきましたよー。」
「依頼人?誰?」
「入っておいでー。」
小春先生はそう言って扉の外にいた生徒を呼びました。余談ですが、このコペルニクスサークルの存在は学園中に広がっているものの、自分から相談に来る人はそんなにません。ここに相談に来る人たちは八割方小春先生に手引きされた人です。今回の人もそんな感じでした。
「あ、あの、やっぱり私別に相談とかいらないので。」
そう言って入ってきたのはこの学園でも有名な女子生徒でした。名前は片桐鳳蝶、確か高等部の一年生だったはずです。
「あー、知ってるよこの子、たしかアゲハちゃん!かわいい名前だなーって思ってたんだよね。」
「私自身はキラキラネームっぽいのであんまり好きじゃないんですけど...。」
先輩も片桐さんのことを知っていたらしく有名人に会えた野次馬のような反応をします。先輩もこの学園じゃ一、二を争う有名人なんですがね。自分の生い立ち忘れたんでしょうか。
「じゃあ天馬、あとお願いねー。片桐さんツンデレだから、素直になれないかもだけどいじめちゃダメですからねー。」
「ボクは生まれてこの方誰かをいじめようと思ったことすらないよ。」
「私ツンデレじゃないです。」
「はいはい、じゃあねー。」
そう言うと小春先生は部屋から出ていきました。
「このサークル、初めて来ました。いつもお二人でいるんですか?」
「そだよ。たまに遊びに来る人もいるけどね。あ、とりあえずこのソファー座って。」
「あ、はい。...えーっと。」
先輩の言われるままにソファに座った片桐さんは、小春先生がいなくなったことで少し居心地が悪そうにしています。会話も見当たらず落ち着きがないようです。それと、彼女には気になるところが一つ。
「で、アゲハちゃんはどうしてずっと目をつぶっているのかな?」
片桐さんの向かいのソファにドカッと座り、ド直球に先輩が聞きます。もう少しオブラートに包めないものかと思いますが、私もずっと気になっていました。片桐さんはこの部屋に来てから一度も目を開けていないのです。不自然なほどに。
「ボクがアゲハちゃんを知ったのは、学園の新聞だよ。全国の剣道の大会で中学生部門第二位、だったかな。で、今の今まで君の話を聞かない。ピタッと止んだよね。数か月前くらいからかな。...事故かい?」
「よく分かりましたね、そうですよ、事故で目が見えなくなったんです。さすが名探偵の娘ですね。」
「これくらい素人でも分かるよ。目が見えないんだろうなーって。でも新聞で見た時は普通に目開けてたし、目が見えないって聞いたことないから事故かなって。木霊ちゃんだって分かってたでしょ。」
先輩は急に私に話を振ります。ヘヴィーそうな話だったので部屋の奥で座ったまま全力で気配消してたのに。でも話かけられてしまったので「まぁ...」とあいまいな返事をしておきます。ついでに名乗ってなかったので「私は白輝木霊です。黙ってますので私のことは気にしないで下さい」と自己紹介を兼ねて幽霊宣言をしておきます。
「で?相談って、まさかその目についてじゃないよね。ボクに医学の知識はないから直すことなんて無理だよ?」
「本気で直したいならここじゃなくて医者に行きます。まあ、その医者に無理って言われたんですけどね。」
「じゃあ相談って言うのは?」
「別に...本当に相談とか必要なかったんですよ、なのに小春先生に連れて来られて仕方なく来ただけで。」
「なるほど、これがツンデレ。べ、別に必要なかったんだからね!ってことか。」
「ツンデレじゃないです!...剣道、出来なくなったので新しい何かを探したくて。名探偵の娘なら私に合う何かを見つけてくれるかなって。それだけですから。」
片桐さんは本人は否定していますがtheツンデレみたいな物言いで話します。腕組みして顔をプイッと背ける。王道のツンデレですね。
「えぇー、新しい趣味とか知らないよ。ボクだってアニメ漫画一筋だからね。ボクの趣味でよければおすすめしたいところだけど、アゲハちゃんは違うでしょ。アニメは楽しむために見るものだ、剣道を忘れるために見るものじゃない。アゲハちゃんは剣道がしたいんでしょ。」
「は、なんで分か、いや、でも私目見えないので...」
「だから何?見えなくても竹刀は振れるよ?」
「いやでも打ち合いは出来ないですし...」
先輩は腰を上げ、片桐さんに顔を近づけます。先輩に詰め寄られた片桐さんは嫌なことを思い出したかのように冷や汗をかき、後ずさりをします。その様子を見て先輩ははああっと息を吐くと座りなおし、片桐さんにびしっと指をさします。
「アゲハちゃん!君、目が見えなくなった代わりにものすごく聴覚と触覚が良くなったんじゃないかい?」
「え、なんで...。」
「やっぱりねー。目が見えない人が代わりに他の感覚が飛びぬけていいって言うのはよく聞くけどさ、アゲハちゃんのはちょっと異常なくらいいいんじゃない?超聴覚って感じ?二次元みたいで憧れるなー。」
「超聴覚とか...それこそそんな二次元みたいな能力持ってないですよ。ちょっと耳がいいだけ。でもそんなの別に...。」
両手を胸の前で組んで二次元に憧れる先輩に、片桐さんは慌てたように訂正します。
「ちょっと耳がいい、ね。確かに二次元みたいに音で人の感情が分かったり、人の言葉を同時に聞き分けられるわけじゃないんだろうね。でもさ、アゲハちゃん、最初部屋に入った時『いつもお二人でいるんですか?』って聞いたよね?」
「え?はい、聞きましたけど。」
「確かに部屋にはボクと木霊ちゃんの二人がいたけど、ボクの記憶する限り木霊ちゃんは一言も喋っていないし、何なら物音すら立ててないよ。ずっと部屋の奥にいた。なんで目の見えてない君が木霊ちゃんの存在を確認できたのさ。加えて、さっきボクが君に少し顔を近づけた時、君はたじろいて後ずさりしたよね。目の見えてない君が、どうしてボクが顔を近づけたと分かったのさ。答えは、人の存在に気づけるほど聴覚が優れていて、人の接近に気づけるほど触覚が優れてる、違うかい?」
「ち、がわないですけど、でもそれがなんだって言う...」
「磨けば剣道出来るんじゃない?」
「...!?」
先輩の言葉に片桐さんは終始驚き、たじろいていたようですが、ついに声も発さなくなりました。
「ボクは剣道に関しては素人だし知識もないけど、その類稀なる聴覚と触覚があればある程度は竹刀振れるんじゃない?」
「で、でも、相手の面胴小手どこにあるのか分からないと危ないし...。」
「それに君、全国二位までいった実力者、に加えて全国二位までいった努力家だろう?聴覚と触覚も磨く努力のできる側の人間だ。」
「でも、触覚と聴覚の磨き方なんて知らないし...。」
「なにより君自身が、まだ剣道やりたいんだろ?」
「...でも今までのようにはいかない。もう前までの実力者ではいられない。」
そこまで言うと片桐さんは下を向いてしまいました。ずっと見ていた私は口出ししないといったものの、落ち着ける紅茶でも淹れようかと立ち上がりました。と同時に先輩がため息をついたと思ったら、大きく息を吸いました。
「『でもでもでもでも』うるせぇー!!!!」
先輩の大声に片桐さんだけでなく私までビクッとしました。何なら超聴覚の片桐さんは耳が痛くなったのか手で押さえています。先輩はそんな私たちの様子など気にも留めず自分の漫画棚に向かい、一冊の漫画を取り出したと思ったら片桐さんの顔の前にその漫画を突きつけました。超触覚の片桐さんはビクッとおもわずのけぞります。
「これ!『三月のライオン』って言う漫画!この中にこんなセリフがある!「『でも』が百回そろえば開く扉があればいーが、はっきり言ってねーよそんなドア!」って!『でも』って言うだけ無駄なの!『でも』って言って何か変わるならいいけど!変わんないの!逃げてるだけ!都合のいい理由探してるだけ!『でも』って言う暇があるなら行動に移せ!文句があるならやってから言え!やってみてダメならやめればいいだけの話だろう!」
先輩はそこまで言うとソファに座りなおします。私はその先輩の前にコトリと紅茶を置きました。下を向く片桐さんにはその手にカップを握らせました。
「あらーケンカ?いじめちゃダメって言ったでしょ。」
のんびりとした声を上げながら、空気を読んでか読まずか入ってきたのは小春先生です。
「いじめてないよ。ちょっとヒートアップしただけさ。」
先輩は紅茶をこくりと飲みながら答えます。
「そーなの?んー、まあいいや、片桐さん、お母さんがお迎えに来てますから行きましょ。一緒に行きますから。」
そう言うと小春先生は片桐さんを連れて部屋を出ていきました。
部屋から出るまで片桐さんは一言も喋りませんでした。
三日後の放課後、片桐さんが部屋に来ました。
「先日はありがとうございました。」
そう言うと片桐さんは深々と頭を下げます。聞けばまた剣道を始めたんだそう。聴覚と触覚の磨き方は分からないけれど、何となく音と気配で感知し、初心者相手なら白星を挙げるほどには強いんだとか。
「目が見えなくなったショックでマイナスにばっかり考えてたんですけど、やってみたら意外に出来るものなんですね。自分が一番びっくりしてます。それも先輩のおかげです。ほんとに感謝してます。」
「お、ツンデレちゃんの貴重なデレだね。」
「だから、ツンデレじゃないです。」
先輩と片桐さんは嬉しそうに話しています。三日前あんなにギスギスしてたのが嘘みたいですね。今日は気配も消す必要はなさそうです。
「あ、白輝先輩。」
「え?」
先輩と話していた片桐さんが私に向かって声を掛けます。
「前淹れてくれた紅茶、飲まずに帰ってすみません。すごくいい匂いだったので私も飲んでみたいのですが...。」
「おお、これがツンデレのデレですか。確かに先輩の言うように、良いものですね。」
「なっ、白輝先輩も言いますか!ツンデレじゃないです!...っと、じゃあ私はこれで。これから部活なので。」
「あ、アゲハちゃん待って。」
先輩の呼びかけに足を止める片桐さんに、先輩が一枚のCDを渡します。
「アゲハちゃん目見えないから漫画は貸せないからね。おすすめのドラマCD貸すよ。これなら耳でも楽しめるでしょ。ボクは相談者への布教は忘れないんだ。」
「っはは、先輩は本当にアニメ漫画一筋なんですね。...私も、剣道一筋、頑張りますね。」
羽を失った蝶は飛ぶことを諦めてしまうのか、私は生き物に詳しくないので分かりません。けど、諦めなければ、逃げなければ、誰かが手を差し伸べれば、もう一度飛ぶことが出来るんじゃないかと、何となくですが思いました。
ここは暁学園コペルニクスサークル。いつものように先輩と二人で過ごしていると、扉を開けのんびりした声で話しながら入ってくる人が一人。
「小春先生じゃん!なにー今日は何も悪いことしてないよ。」
「いつもは悪いことしてる、みたいな言いぐさだねー。」
白鳥小春先生。このコペルニクスサークルの顧問の先生です。この先生、この学園でもどの立ち位置にいるのか謎の先生で、大学の講義をしているかと思ったら小学校の授業をしていたり、学内の掃除をしていると思ったら理事長室に入り浸る姿が見られたりします。噂では理事長の娘で結構偉い人だとか、真実は謎のままですが先輩とは幼馴染にあたるそうで、このサークルに先輩がいる理由を作った先生です。ちなみに私は腹黒そうなので少し苦手です。今日も部屋の奥で椅子に座ってましたが、私への用事でないようなので立ち上がらずに様子を見ます。
「今日はね、依頼人を連れてきましたよー。」
「依頼人?誰?」
「入っておいでー。」
小春先生はそう言って扉の外にいた生徒を呼びました。余談ですが、このコペルニクスサークルの存在は学園中に広がっているものの、自分から相談に来る人はそんなにません。ここに相談に来る人たちは八割方小春先生に手引きされた人です。今回の人もそんな感じでした。
「あ、あの、やっぱり私別に相談とかいらないので。」
そう言って入ってきたのはこの学園でも有名な女子生徒でした。名前は片桐鳳蝶、確か高等部の一年生だったはずです。
「あー、知ってるよこの子、たしかアゲハちゃん!かわいい名前だなーって思ってたんだよね。」
「私自身はキラキラネームっぽいのであんまり好きじゃないんですけど...。」
先輩も片桐さんのことを知っていたらしく有名人に会えた野次馬のような反応をします。先輩もこの学園じゃ一、二を争う有名人なんですがね。自分の生い立ち忘れたんでしょうか。
「じゃあ天馬、あとお願いねー。片桐さんツンデレだから、素直になれないかもだけどいじめちゃダメですからねー。」
「ボクは生まれてこの方誰かをいじめようと思ったことすらないよ。」
「私ツンデレじゃないです。」
「はいはい、じゃあねー。」
そう言うと小春先生は部屋から出ていきました。
「このサークル、初めて来ました。いつもお二人でいるんですか?」
「そだよ。たまに遊びに来る人もいるけどね。あ、とりあえずこのソファー座って。」
「あ、はい。...えーっと。」
先輩の言われるままにソファに座った片桐さんは、小春先生がいなくなったことで少し居心地が悪そうにしています。会話も見当たらず落ち着きがないようです。それと、彼女には気になるところが一つ。
「で、アゲハちゃんはどうしてずっと目をつぶっているのかな?」
片桐さんの向かいのソファにドカッと座り、ド直球に先輩が聞きます。もう少しオブラートに包めないものかと思いますが、私もずっと気になっていました。片桐さんはこの部屋に来てから一度も目を開けていないのです。不自然なほどに。
「ボクがアゲハちゃんを知ったのは、学園の新聞だよ。全国の剣道の大会で中学生部門第二位、だったかな。で、今の今まで君の話を聞かない。ピタッと止んだよね。数か月前くらいからかな。...事故かい?」
「よく分かりましたね、そうですよ、事故で目が見えなくなったんです。さすが名探偵の娘ですね。」
「これくらい素人でも分かるよ。目が見えないんだろうなーって。でも新聞で見た時は普通に目開けてたし、目が見えないって聞いたことないから事故かなって。木霊ちゃんだって分かってたでしょ。」
先輩は急に私に話を振ります。ヘヴィーそうな話だったので部屋の奥で座ったまま全力で気配消してたのに。でも話かけられてしまったので「まぁ...」とあいまいな返事をしておきます。ついでに名乗ってなかったので「私は白輝木霊です。黙ってますので私のことは気にしないで下さい」と自己紹介を兼ねて幽霊宣言をしておきます。
「で?相談って、まさかその目についてじゃないよね。ボクに医学の知識はないから直すことなんて無理だよ?」
「本気で直したいならここじゃなくて医者に行きます。まあ、その医者に無理って言われたんですけどね。」
「じゃあ相談って言うのは?」
「別に...本当に相談とか必要なかったんですよ、なのに小春先生に連れて来られて仕方なく来ただけで。」
「なるほど、これがツンデレ。べ、別に必要なかったんだからね!ってことか。」
「ツンデレじゃないです!...剣道、出来なくなったので新しい何かを探したくて。名探偵の娘なら私に合う何かを見つけてくれるかなって。それだけですから。」
片桐さんは本人は否定していますがtheツンデレみたいな物言いで話します。腕組みして顔をプイッと背ける。王道のツンデレですね。
「えぇー、新しい趣味とか知らないよ。ボクだってアニメ漫画一筋だからね。ボクの趣味でよければおすすめしたいところだけど、アゲハちゃんは違うでしょ。アニメは楽しむために見るものだ、剣道を忘れるために見るものじゃない。アゲハちゃんは剣道がしたいんでしょ。」
「は、なんで分か、いや、でも私目見えないので...」
「だから何?見えなくても竹刀は振れるよ?」
「いやでも打ち合いは出来ないですし...」
先輩は腰を上げ、片桐さんに顔を近づけます。先輩に詰め寄られた片桐さんは嫌なことを思い出したかのように冷や汗をかき、後ずさりをします。その様子を見て先輩ははああっと息を吐くと座りなおし、片桐さんにびしっと指をさします。
「アゲハちゃん!君、目が見えなくなった代わりにものすごく聴覚と触覚が良くなったんじゃないかい?」
「え、なんで...。」
「やっぱりねー。目が見えない人が代わりに他の感覚が飛びぬけていいって言うのはよく聞くけどさ、アゲハちゃんのはちょっと異常なくらいいいんじゃない?超聴覚って感じ?二次元みたいで憧れるなー。」
「超聴覚とか...それこそそんな二次元みたいな能力持ってないですよ。ちょっと耳がいいだけ。でもそんなの別に...。」
両手を胸の前で組んで二次元に憧れる先輩に、片桐さんは慌てたように訂正します。
「ちょっと耳がいい、ね。確かに二次元みたいに音で人の感情が分かったり、人の言葉を同時に聞き分けられるわけじゃないんだろうね。でもさ、アゲハちゃん、最初部屋に入った時『いつもお二人でいるんですか?』って聞いたよね?」
「え?はい、聞きましたけど。」
「確かに部屋にはボクと木霊ちゃんの二人がいたけど、ボクの記憶する限り木霊ちゃんは一言も喋っていないし、何なら物音すら立ててないよ。ずっと部屋の奥にいた。なんで目の見えてない君が木霊ちゃんの存在を確認できたのさ。加えて、さっきボクが君に少し顔を近づけた時、君はたじろいて後ずさりしたよね。目の見えてない君が、どうしてボクが顔を近づけたと分かったのさ。答えは、人の存在に気づけるほど聴覚が優れていて、人の接近に気づけるほど触覚が優れてる、違うかい?」
「ち、がわないですけど、でもそれがなんだって言う...」
「磨けば剣道出来るんじゃない?」
「...!?」
先輩の言葉に片桐さんは終始驚き、たじろいていたようですが、ついに声も発さなくなりました。
「ボクは剣道に関しては素人だし知識もないけど、その類稀なる聴覚と触覚があればある程度は竹刀振れるんじゃない?」
「で、でも、相手の面胴小手どこにあるのか分からないと危ないし...。」
「それに君、全国二位までいった実力者、に加えて全国二位までいった努力家だろう?聴覚と触覚も磨く努力のできる側の人間だ。」
「でも、触覚と聴覚の磨き方なんて知らないし...。」
「なにより君自身が、まだ剣道やりたいんだろ?」
「...でも今までのようにはいかない。もう前までの実力者ではいられない。」
そこまで言うと片桐さんは下を向いてしまいました。ずっと見ていた私は口出ししないといったものの、落ち着ける紅茶でも淹れようかと立ち上がりました。と同時に先輩がため息をついたと思ったら、大きく息を吸いました。
「『でもでもでもでも』うるせぇー!!!!」
先輩の大声に片桐さんだけでなく私までビクッとしました。何なら超聴覚の片桐さんは耳が痛くなったのか手で押さえています。先輩はそんな私たちの様子など気にも留めず自分の漫画棚に向かい、一冊の漫画を取り出したと思ったら片桐さんの顔の前にその漫画を突きつけました。超触覚の片桐さんはビクッとおもわずのけぞります。
「これ!『三月のライオン』って言う漫画!この中にこんなセリフがある!「『でも』が百回そろえば開く扉があればいーが、はっきり言ってねーよそんなドア!」って!『でも』って言うだけ無駄なの!『でも』って言って何か変わるならいいけど!変わんないの!逃げてるだけ!都合のいい理由探してるだけ!『でも』って言う暇があるなら行動に移せ!文句があるならやってから言え!やってみてダメならやめればいいだけの話だろう!」
先輩はそこまで言うとソファに座りなおします。私はその先輩の前にコトリと紅茶を置きました。下を向く片桐さんにはその手にカップを握らせました。
「あらーケンカ?いじめちゃダメって言ったでしょ。」
のんびりとした声を上げながら、空気を読んでか読まずか入ってきたのは小春先生です。
「いじめてないよ。ちょっとヒートアップしただけさ。」
先輩は紅茶をこくりと飲みながら答えます。
「そーなの?んー、まあいいや、片桐さん、お母さんがお迎えに来てますから行きましょ。一緒に行きますから。」
そう言うと小春先生は片桐さんを連れて部屋を出ていきました。
部屋から出るまで片桐さんは一言も喋りませんでした。
三日後の放課後、片桐さんが部屋に来ました。
「先日はありがとうございました。」
そう言うと片桐さんは深々と頭を下げます。聞けばまた剣道を始めたんだそう。聴覚と触覚の磨き方は分からないけれど、何となく音と気配で感知し、初心者相手なら白星を挙げるほどには強いんだとか。
「目が見えなくなったショックでマイナスにばっかり考えてたんですけど、やってみたら意外に出来るものなんですね。自分が一番びっくりしてます。それも先輩のおかげです。ほんとに感謝してます。」
「お、ツンデレちゃんの貴重なデレだね。」
「だから、ツンデレじゃないです。」
先輩と片桐さんは嬉しそうに話しています。三日前あんなにギスギスしてたのが嘘みたいですね。今日は気配も消す必要はなさそうです。
「あ、白輝先輩。」
「え?」
先輩と話していた片桐さんが私に向かって声を掛けます。
「前淹れてくれた紅茶、飲まずに帰ってすみません。すごくいい匂いだったので私も飲んでみたいのですが...。」
「おお、これがツンデレのデレですか。確かに先輩の言うように、良いものですね。」
「なっ、白輝先輩も言いますか!ツンデレじゃないです!...っと、じゃあ私はこれで。これから部活なので。」
「あ、アゲハちゃん待って。」
先輩の呼びかけに足を止める片桐さんに、先輩が一枚のCDを渡します。
「アゲハちゃん目見えないから漫画は貸せないからね。おすすめのドラマCD貸すよ。これなら耳でも楽しめるでしょ。ボクは相談者への布教は忘れないんだ。」
「っはは、先輩は本当にアニメ漫画一筋なんですね。...私も、剣道一筋、頑張りますね。」
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