少し変わった先輩は、今日もバッサリものを言います!

世万江生紬

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4話 愚痴

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 僕の名前は瀬戸川旬。今日もバイト先のカラオケでお仕事中。1つしかないレジで会計をしていたところ、隣で受付をしている先輩の元へ、常連のおばさんが来た。

「こんにちは~。今お客さんいないわよね?ちょっと話聞いてくれない~?」

「話を聞くだけで良いなら、構いませんよ。他のお客様が来るまでですよ?牧本さん。」

牧本さんはいつも朝早い時間に1人で2時間歌う常連さん。大体先輩のシフトの時間に来るから先輩とも大分顔なじみ。同じようにシフト入ってる僕とも顔なじみなわけだけど、僕にはこんな気安く話しかけてこない。別にいいけど。

「聞いてよ~。今旅行とか行けないし、あんまり外出もしない方がいいじゃない?仕事先の新人もなーんか気が合わないし。だからそれなりにストレスも溜まっちゃってさ。旦那にも色々愚痴っちゃってたのよ。でも旦那、最近『はいはい』って聞き流すばっかで全然話聞いてくんないの。聞いててもテキトー。どー思う?話聞くくらいしてくれてもいいじゃないのさ。別に解決案見つけてなんて言ってるわけじゃないんだし。」

あー、牧本さん言っちゃったな。「どー思う?」って。それ言っちゃ、先輩もから側になってしまう。そうなると、

「どう思うって…、何自分の愚痴みたいに言ってるんだって思いますけど。」

先輩のバッサリスイッチが入る。

「牧本さん、仮に私が今仕事の愚痴をひたすら言い続けたらどう思います?」

「え?そりゃ聞いてあげるけど?」

「聞いてあげる。なるほど。それは聞きたくないけど相手のことを思って聞いてあげるよって事ですよね?自分から望んで、他人の愚痴なんて聞きたくない。面白い小咄じゃないんですから、人の愚痴なんて基本聞きたくないんですよ。それに、聞いてくれてもいいじゃんって聞くことを最低限みたいに言ってますけど、『ただ聞いてくれる人がいる』ってかなり凄いことなんですよ。人って、もちろん例外もありますけど、辛いことも悩んでることも人に話せばある程度すっきりしたり安心したりするんです。だから聞いてくれる人って、実は結構自分を支えてくれる大事な人なんです。牧本さん、最近旦那が愚痴聞いてくれないって言ってますけど、ってことは今までは聞いてくれてたんですよね?その有り難さを何も感じず、ついに聞いてくれ無くなったから気分を害すのはちょっと違くないですか?」

マシンガントークだなぁ、牧本さんもキョトンとしちゃったよ。常連さんなのに、明日から来なくなったらどうしよう。

「…私、旦那のこと悪く言いすぎ?」

「いいえ、私に愚痴るってことは本人には言ってないんでしょう?本人に言ってないってことは牧本さんもそれを本人に言うのは違うってちゃんと分かってるんですよ。今度は、旦那さんの話を聞いてあげればいいんじゃないですか?」

「世渡川さん、貴方まだ若いのに随分達観してるわね。」

「そんな事ないです。思ったことをそのまま言ってるので、まだまだ餓鬼ですよ。」

その後、牧本さんは何事も無かったみたいに受付してルームに入っていった。僕は「ごゆっくりどうぞ」と声をかけてから先輩に話しかけた。

「先輩、最初に話を聞くだけならって言ってましたけど、どー思う?って聞かれなかったら何も言わずに聞くだけのつもりだったんですか?」

「もちろん。愚痴と相談は違う。”聞くだけ”と”答えを求める”だからね。聞くだけでいいなら何も言わないけど、どー思うって言われたからには答えなきゃね。もちろん、話聞いてあげてんだから忖度はなく本心ぶつけるけど。」

あ、やっぱりアレ、自分もちょっとイラついてますよアピールだったのか。先輩は基本人の愚痴とか聞くの嫌がってるもんな。

「でも今回は何ともならなくて良かったですけど、常連さんが1人減っちゃうかと思いましたよ。」

「そうなったら事の顛末最初から最後まで全部上に話すよ。そしてやっぱり私は悪くないと証明する。」

「強いですね。」


 先輩は愚痴を聞くのは嫌がるけど、愚痴そのものを否定はしない。それはきっと『話すことで安心する』っていう根底があるからだと思う。その根底を敬愛できる先輩は、バッサリだけど、根は優しいんだと、僕は思う。
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