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夜が深まった。
処刑場がある広場は静まり返り、死体はすべて城外の廃棄場へと運ばれた後だ。
リュシアンはひとり、外套を羽織り人目を忍んで廃棄場に向かった。廃棄場は皇城の外の荒れた石垣の中にある。柵の中、袋に詰められた死体が山積みにされていた。血と腐臭が混じり合った匂いが鼻を突き、吐き気をこらえる。誰にも姿を見られるわけにはいかないため闇の中で袋を探った。
⸻いた。
縄で縛られたままの子爵の死体。まだ温もりが残っている。
「……今度こそ」
リュシアンは袋を破り子爵を引きずり出した。胸に手を置き、深呼吸をする。首筋の刻印が熱を帯び始め、焼けるような痛みが喉を締めつけた。
「戻れ……戻れ、時よ……」
視界が白く揺れ、頭蓋が割れるような激痛が走る。血が逆流し耳鳴りの音しか聞こえない中、リュシアンは必死に苦痛の声を押し殺し祈りを続ける。
「お前は死ぬべきではない。……生きろ!」
首筋に刻印が一つ、浮かび上がった。
子爵の胸が上下し、口からかすかな息が漏れる。灰色だった顔にわずかに血色が戻った。
「……ぁ、あ……」
子爵の目が震え、涙が溢れた。必死に何かを言おうとしているが、引き攣った喉からは何も聞こえない。
リュシアンは子爵の肩を支え、金貨を握らせた。
「これを持って騎士団長のもとへ行け。…私のことは誰にも告げるな。告げればまたお前のことを殺すことになる」
子爵は混乱に苛まれていたが、リュシアンの正体に気付いたようだった。「また」という言葉、外套から覗く月夜に照らされ光り輝く金髪⸻皇族特有の赤い目が子爵を貫いた。
震える手で金貨を握りしめ、喘ぐように子爵は何度もうなずいた。
◇◇◇
リュシアンは子爵を見送った後、ひとり廃棄場に佇んでいた。廃棄場には再び死の匂いだけが残る。
首筋の刻印は首の半分ほどを黒く染めていた。
あと何度この力を使えば俺は死ぬだろうか。
「オルフェウス……」
夜風に名前を洩らす。かつてリュシアンを救い、現在は騎士団長として皇帝の傍らに立つ男。そして今度はリュシアンが託すべき相手だ。
血と月の匂いの中、リュシアンはひとり冷たい石に膝をつき、嗤うように息を吐いた。
これは俺の戦いだ。誰にも知られてはならない、ただひとりきりの暗闇の戦い⸻。
そして夜は静かに更けていった。
処刑場がある広場は静まり返り、死体はすべて城外の廃棄場へと運ばれた後だ。
リュシアンはひとり、外套を羽織り人目を忍んで廃棄場に向かった。廃棄場は皇城の外の荒れた石垣の中にある。柵の中、袋に詰められた死体が山積みにされていた。血と腐臭が混じり合った匂いが鼻を突き、吐き気をこらえる。誰にも姿を見られるわけにはいかないため闇の中で袋を探った。
⸻いた。
縄で縛られたままの子爵の死体。まだ温もりが残っている。
「……今度こそ」
リュシアンは袋を破り子爵を引きずり出した。胸に手を置き、深呼吸をする。首筋の刻印が熱を帯び始め、焼けるような痛みが喉を締めつけた。
「戻れ……戻れ、時よ……」
視界が白く揺れ、頭蓋が割れるような激痛が走る。血が逆流し耳鳴りの音しか聞こえない中、リュシアンは必死に苦痛の声を押し殺し祈りを続ける。
「お前は死ぬべきではない。……生きろ!」
首筋に刻印が一つ、浮かび上がった。
子爵の胸が上下し、口からかすかな息が漏れる。灰色だった顔にわずかに血色が戻った。
「……ぁ、あ……」
子爵の目が震え、涙が溢れた。必死に何かを言おうとしているが、引き攣った喉からは何も聞こえない。
リュシアンは子爵の肩を支え、金貨を握らせた。
「これを持って騎士団長のもとへ行け。…私のことは誰にも告げるな。告げればまたお前のことを殺すことになる」
子爵は混乱に苛まれていたが、リュシアンの正体に気付いたようだった。「また」という言葉、外套から覗く月夜に照らされ光り輝く金髪⸻皇族特有の赤い目が子爵を貫いた。
震える手で金貨を握りしめ、喘ぐように子爵は何度もうなずいた。
◇◇◇
リュシアンは子爵を見送った後、ひとり廃棄場に佇んでいた。廃棄場には再び死の匂いだけが残る。
首筋の刻印は首の半分ほどを黒く染めていた。
あと何度この力を使えば俺は死ぬだろうか。
「オルフェウス……」
夜風に名前を洩らす。かつてリュシアンを救い、現在は騎士団長として皇帝の傍らに立つ男。そして今度はリュシアンが託すべき相手だ。
血と月の匂いの中、リュシアンはひとり冷たい石に膝をつき、嗤うように息を吐いた。
これは俺の戦いだ。誰にも知られてはならない、ただひとりきりの暗闇の戦い⸻。
そして夜は静かに更けていった。
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