相馬さんは今日も竹刀を振る 

compo

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稽古

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昨年のインターハイの優勝者と準優勝者さん。
ウチでは子供扱い。

乱取りだから、瑞穂くんも水野さんも普段と比較して割と大雑把に動いているけど、スペインなんとか大会覇者と全道大会準優勝者は伊達じゃない。

1つ1つの動きはキッチリと固まっているし、静と動、或いはその逆が1つの無理も無駄も無くデジタルの様な美しさがある。
なのに、動きが途切れないのだ。
瑞穂くんは、まだここに来て半月ってあたりなのだけど、いつしか素振りが僕が見惚れるほど美しくなっている。

その2人と比べると、我が同窓生達(学校で会った事ないけど)はギクシャクした動きだ。
まぁ仕方ないか。
瑞穂くんも水野さんも「先の先」を読めちゃう人だから。
祖父や後藤さんみたいに「言語化」は出来ないにしても、剣の動きが身体に染み付いていて、勝手に反応しちゃうみたいだし。

高校生で全国を取った強者とはいえ、攻め手を悉く潰されたら何をしたら良いのかパニックになって当たり前だ。

「はい、止め!」

3分経過したので、一休み。
面を取って、水分補給してもらう。
この道場は狭いので、御家庭用エアコンで充分温度調整が可能。
死にはしないだろうけど、休む時はしっかり休んでもらうのが僕の流儀だ。

5分経過したので、また面をつけてもらう。
瑞穂くんと、水野さんがそれぞれ相手を変えて立ち合ってもらう。

「始め!」

あ、後で神棚を買いに行かないと。
神棚はホームセンターに売っているのを見かけたけど、いわゆる魂入れはどうしたら良いんだろう。
まさかお隣(お寺)に聞くわけにもいかないな。
あと、お札と掛け軸も買わないと。
確か、天照皇大神と香取神宮と鹿島神宮がお約束だったな。
あとあと、榊だっけ? 
駅前の花屋に売っているかな?

「コラ!ヒカリ!考えゴトスルナ!」

田中さんに、余所見(こちらを)しながら小手を決めてる瑞穂くんに怒られた。
おかしい。  
何故僕がどうでもいい事を(道場の神様の事だから、どうでもはよくないか)考えている事がバレた?

「私を見て下さい!」
ほぅら、田中さんに怒られた。
…瞬間、懐に飛び込まれて、面を強か打たれてる。
僕が言えた義理は無いけど、もう少し手加減してあげないと、心が折れちゃうよ?

「くっそぉ!」
…大丈夫そうですね。 
あと田中さん。
貴女、女の子なんだから、言葉に気をつけた方が…。

………

そのあと、4人続けて僕と立ち合う事になったのだけど、僕は別に3分間付き合う必要は無い(疲れちゃう)ので、それぞれ立て続けに2本ずつストレートに小手と胴を決めて終了。
水野さんは相変わらず堅実な剣道をするから、こじ開けるのに一苦労したし、瑞穂くんの疾い剣道には着いていくのが大変だ。

「なんなのよ、この人!」
「ウチの兄貴が化け物と言ってる意味がよぉくわかるぞ、畜生。」

だから田中さんは、もう少し言葉をだね。

………

お風呂を焚いておいたので、女性陣には稽古後、適当に汗を流してもらっていたら、お隣さんがタラの芽だの蕗のとうだの、春の野草が山になっている笊を持って遊びに来た。

「元気そうね。」
「ありゃ、聞こえちゃいました?」
「稽古中は窓閉めてるんでしょ。普通にしてたら大丈夫よ。庭掃除してたら、女の子の声が賑やかにし出したので、あぁ頑張っているんだなぁと思って、差し入れに来たの。」
「とってもありがたい事ですが、何故に山菜?」
「夕べ、法事があって、帰りに持たされたのよ。農家さんのお通夜行くとただじゃ帰してくれないの。」
「……天ぷらでいいですか?」
「うん。私が作ると衣が剥がれちゃうし、べちゃべちゃになっちゃうのよね。」

昼から天ぷらかぁ。
まぁ今日は総勢6人だし、また野菜室行きにはならないだろう。
だとしたら蕎麦かな。
暖かい蕎麦に、天ぷらは別添えにして、蕎麦に乗せるのも天汁で食べるのも良し。
天ぷらバイキングだ。
…って、本当にカラッと揚げないと。
午後にゲップが出たりしたら嫌だなぁ。

カラッと揚げるには、コツも何も要らない。
具材を氷水に浸けておくだけ。
衣が剥がれてしまうなら、打ち粉を振ってから卵を少なめにした衣の元に潜らせれは良いだけ。

蕎麦はいつのまにか乾麺が増えている(僕は買って無いぞ)ので、大鍋に放り込んでおくだけだ。

「わわわ。本当にさっくり揚がってる。」
「具を持って来たのは貴女なんですから、天かすじゃなくてそのものを食べてもいいんですよ?」

この際だから、冷蔵庫の物、出来るだけ食っちゃうつもりだから。
茹で卵とチーズと明太子と。
ガンモドキと蒲鉾も揚げちゃえ。
あれだ。  
燻製の要領だ。
燻製にして美味いものは、天ぷらにしても美味い!
多分。

ふと気がつくと、髪を濡らしたままの瑞穂くんが蕎麦の茹で加減を見ながら、ネギを切ってました。
変わり種の具材の天ぷらは僕が担当をして、お隣さんには王道の具材を揚げてもらって…

「何故、この人は私達がお風呂に入っている間に、しかも天ぷらなんかをちゃっちゃと作っているのだろう。」
「あの、瑞穂さんの包丁使いはなんなの?プロよプロ。」
「お2人さんのやる事を当たり前に思っちゃダメよ。特に光師匠の女子力の高さと言ったら、もうすぐ結婚の私がスキル不足に頭を抱えているんだから。」

そこの女子大生2人と、もうすぐ結婚さん、うるさい。

………


お昼ごはんが終わって質問タ~イム。
まぁ、そういう約束だからね。

縁側で蜜柑の残りを、皮を剥いて庭に投げると、少し離れたところでお座りしていた穴熊くんが全力で走って行って、また元の位置に戻るを繰り返している。
お客さんが3人いるので、一応彼なりの距離の取り方らしい。

忽ち瑞穂くんに蜜柑を取られて(近い近い、距離が近い!あげるから顔を離して!)、きゃっきゃっと笑いながら右に左に投げては、また穴熊くんも見事に口でキャッチするものだから、1人と1匹揃って大騒ぎだ。

「野生動物が庭で昼寝してたり、不思議な家よね。」
阿部さんが、微笑みながらポツンと呟いた。
はい、僕もそう思います。

そんな我が家の不思議な光景を、冷茶を啜りながら眺めていた水野さんが、2人を煽る。

「ほら、2人とも?師匠に聞きたい事は無いの?」

さっきから水野さん、すっかり僕を師匠扱いですね。
…そんなつもりはないんだけどなぁ。

「では、はい!質問があります。」
「はい、田中さん。」
「あの、皆さん、私達の動きがわかっている様に見えたんですけど?」
「うん。わかりやすかったね。」
「わかりやすかった……。」

おや、沈まれちゃった。

しかしなぁ、これ何て説明したらいいんだ?

「キュウ」

「瑞穂くん、穴熊くんがお腹いっぱいだってさ。」
「ハーイ」
「だから何でわかるのよ。」


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