魔法使いを夢見る少女の冒険譚

夢達磨

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第4章裏 決別編

第5話裏 明晰夢世界

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 古封異人の一人、アクィラが攻めてきた時の出来事です。

 グレイスに扮したアリアは、古封異人が作り出したワープゾーンの中へと入っていきました。

 その先は、松明が等間隔に並んだ洞窟でした。アリアは辺りをキョロキョロと見回したあと、奥に差す光の筋に目を留めました。

「うーん、あっちに行ったのかな?」

 そう呟いて、洞窟の中を慎重に進んでいきました。

 やがて、灯りが強まると同時に、洞窟の奥から男女の会話が聞こえてきました。

「私の話は以上です。さぁ、リトニア国王。私の提案を受け入れていただけますか?」

 その声は鈴の音のように柔らかく、耳に心地よく響きました。しかし、その言葉の裏には、静かにして確かな威圧感が潜んでいます。

 あくまでも優しく、丁寧に。しかし、その実、拒絶を許さぬ圧力――まるで微笑みの奥に刃を隠しているかのようでした。

 アリアは少し離れた岩陰から、じっと様子を窺っていました。

 女性の背後には、数人の人物が無言でリトニアを睨んでいます。

 リトニアは、はっきりと答えました。

「残念ながら、その提案は飲めないね」

 その返答に、ビーリスはうつむきます。

「なぜですか? お互いの利害は一致しているはずでは……?」

「リトニア国王……」

「すまないね、ビーリス君」

 そう言ってから、リトニアは女性のほうを見据えました。

「確かに、我々人間は邪神のエネルギーによる寿命の問題に悩まされている。でも、君たちのことを本当に信用できるかと言われれば……難しい」

「……だそうですよ、ビーリス公爵。さて、どうされますか?」

「す、すみません……リトニア国王……。私には……こうするしか……」

 ビーリスの声は震え、同時にその身体も小刻みに震え始めました。

 そして、そっと右手を背中に回します。

「ビーリス君? どうしたんだい? 大丈夫かい?」

 心配そうに近づくリトニアに対し、彼は腰に忍ばせていた短剣を、気づかれないように取り出します。

「すみません、リトニア国王……こうするしかないのです!」

 その瞬間でした。

「ダメだよ!」

 小さな声とともに、一つの手がビーリスの腕を制しました。

「なっ!? ア、アリアさん……?」

 声の主は、アリアでした。

「来ましたか、アリア・ヴァレンティン」

 古封異人の女神が、誰にも聞こえない声でそう呟きました。

「放してください! 私はここでリトニア国王を殺さなければ……グレイスは……!」

「やっぱり、君が生き返らせたかったのは、グレイス君だったんだね」

「うぅ……そ、そうです。その通りです……。私は……そのためにずっと動いてきました……」

 ビーリスは力なくその場に座り込みました。

 短剣が手から滑り落ち、洞窟の中に甲高い金属音が響き渡ります。

「ビーリス君……。ところで、君は?」

 リトニアはアリアを見て尋ねます。

「私はアリア・ヴァレンティンだよ!」と、アリアは元気よく答えました。

「グレイス……君によく似ている。そうか、アリア君だね。覚えておくよ。で? 君はどうしてここに?」

「みんなが黒い穴の中に入っていったから、私も~って入ってみたら、ここに着いたんだよ」

 リトニアは頭を抱えました。

「ここは危険だよ? アリア君は戻りなさい」

「嫌だ!」

「い、嫌……ですか……」

 即答に、リトニアは肩を落としました。

「まあまあ、せっかく来られたのですから、彼女にもいてもらいましょう」

 古封異人の女神は、手を叩きながら微笑みました。

 まるで、アリアの登場を最初から期待していたかのようです。

「さぁ、アリアさんも来られたことですし、特別にもう一度チャンスを差し上げましょう。私がリトニア国王の記憶を探る代わりに、グレイスさんをこの世界に召喚します。悪い条件ではないでしょう?」

 古封異人の女神は、リトニアに向けて右手を差し出しました。

「この手を取れば交渉成立。一分以内に取らなければ、交渉は決裂となります。さあ、お答えを」

 リトニアは一度右手を伸ばしましたが、途中で動きを止めました。

「ちょっといいかい?」

「おや? どうされました?」

「君の言葉だけでは信用できないんだ」

「と、言いますと?」

「僕が先代たちの記憶を引き継いでいるのは知ってるね?」

「ええ、もちろん」

「その記憶の中にも、“人を生き返らせる能力”なんてものは存在しなかった。本当にそんな力があるのか、僕には信じられない。君が僕の記憶を見た後、グレイス君に似た人形を作って“はい、本人ですよ”なんて言う可能性だってある。もし、君が先にグレイス君を蘇らせてくれるというのなら、僕は交渉に応じよう」

 その言葉に、ビーリスの表情にわずかに希望の光が差しました。

 古封異人の女神は小さく頷きます。

「なるほど。確かに、あなたには私の力をお見せしていませんでしたね。信用されないのも無理はありません。よろしいでしょう。力が本物であること、お見せいたします」

「ありがとう」

 リトニアはゆっくりと近づき、女神の手を取ります。

「では、交渉成立ですね」

「うん。そうだね」

 お互いに手を離すと、女神はビーリスに手招きしました。

「善は急げ、とも言いますからね。では、仰向けでもうつ伏せでも構いません。私の能力をご存知のビーリス公爵なら、もうお分かりですね?」

「えぇ、記憶にある物や人を、この世に引き出す力。同じ人物は同時に二人以上存在できないから、呼び出せるのは死者のみ。その時の記憶を基に引き出されるため、年齢や記憶も当時のままですよね?」

「その通りです。記憶が鮮明であればあるほど、再現性も高くなります。曖昧だと、顔立ちや体格にズレが生じることもありますから」

「分かりました」

 ビーリスはそのまま仰向けになりました。

「では、ビーリス公爵。リラックスして、身を私に委ねてください。あなたとグレイス嬢の思い出を強く念じてください。それを、あなたの記憶から引き出します」

 ビーリスは静かに目を閉じ、「グレイス……」と一言、呟きました。

「おぉ、早いですね。もう安定しています」

 古封異人の女神は、そっと中指と人差し指をビーリスの額に添えました。

「私を夢の世界へいざないなさい。『明晰夢世界ルーシッドドリームワールド』」

 二本の指が開かれると、その額に小さな穴がぽっかりと開きます。

 そして、古封異人の女神はその穴に、吸い込まれるようにして姿を消しました。
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