未来スコープ ― 四分の百年―

米田悠由

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エピソード12:崩れゆく完璧な愛 Ver.2

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雨が、窓を叩く音だけが響いていた。
柚希は、無言でコートを脱ぐ。
背後には、ソファに座り、ただじっと彼女を見つめる遥真がいた。
部屋の空気は、あの夜から変わらず、張り詰めていた。
完璧な愛と信じていた二人の関係に、亀裂が入った日。
それは未来スコープが、柚希の運命を「拒否」と判定した、あの夜から始まった。

「どうして?」

遥真が、静かに口を開く。

「君は、どうしてあんなことを言ったんだ?」

遥真の声は、不安と失望に震えている。

「僕たちは、未来を一緒に生きるって約束したじゃないか」

柚希は、遥真の言葉に、胸が締め付けられた。

「違うの、遥真くん。私は、確かに『選びます』って言った。でも、未来スコープが、勝手に……」

遥真は、柚希の言葉を遮った。

「未来スコープは、僕たちにとっての、最高の未来を示してくれた。あれこそが、僕たちの幸せの証明だったじゃないか」

遥真の瞳は、未来スコープが示した「完璧なデータ」しか、信じていなかった。
それでも、柚希は、この関係を失いたくなかった。

「違うの! 私は、嘘の未来なんか選んでない! ただ、本当の私で、遥真くんと…」
「本当の君?」

遥真は、冷たい声で呟いた。

「科学が証明した幸福を、君は『嘘』だと言うのか?」

その言葉は、柚希にとって、彼との間に越えられない壁ができた瞬間だった。

(どうして……届かないの?)

翌日。
柚希が出社すると、会社の空気が変わっていた。
同僚たちは、露骨に彼女を避ける。
廊下ですれ違う際も、冷たい視線が彼女に突き刺さる。
だが、柚希はもう、それを恐れていなかった。

(これが、私の選んだ道…)

心の中で、小さな誇りが芽生えていた。

(抗うことを選んだ私を、誰も理解しなくても、もう怖くない)

午後の会議で、柚希が意見を述べた瞬間、一人の同僚がわざとらしく冷たい笑い声をもらした。

「未来のない人の意見なんて、聞いてもしょうがないよな」

柚希は、その言葉に静かに答えた。

「未来を誰かに決めてもらう人生よりは、ずっとマシよ」

同僚たちは、一瞬、黙り込んだ。
その日の帰り道。
遥真と待ち合わせたカフェでも、周囲の視線が気になった。
二人が話していると、隣の席に座っていた女性が、わざとらしく大きな声で連れに話しかける。

「ねえ、聞いてよ。あの人たち、未来スコープを拒否したんだって」
「え、マジで?やばっ、近寄らないようにしようよ」

柚希は、その言葉を気にも留めない。

(遥真くんは、どうして気づかないの? どうして、何も言ってくれないの?)

彼女は、初めて遥真に対して、深い孤独を感じた。
しかし、遥真は、隣の客の声に気づいていた。
彼は、コーヒーカップを握りしめ、言葉を選んでいる。
柚希は、信じていた完璧な愛が、まるで砂で作られた城のように、音を立てて崩れていくのを感じていた。

「遥真くん……」

柚希が、震える声で彼に問いかけようとした、その瞬間。
遥真のスマホに、一通のメッセージが届いた。
彼は、それに一瞬だけ視線を落とすと、慌てたようにスマホを裏返した。
その何気ない行動に、柚希は、言いようのない不安を覚えた。

「今の……誰から?」

遥真は、スマホをポケットにしまい、静かに答えた。

「ごめん、仕事のメッセージだ。今日はもう、帰ろうか」

彼の声は、柚希への未練と、何かを隠しているかのような戸惑いが混じっていた。
しかし、柚希の心は、もう決まっていた。

(遥真くんは、もう、私のことを見ていない)
(私が本当に欲しかった未来は、どこにもないんだ…)

「未来を誰かに決めてもらう人生よりは、ずっとマシよ」
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