異世界村役場のお仕事~怪力少女の同僚は、転生チートおじさん~

上田ハル

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第2章 幽霊住民税金問題

第9話 この世にあんな恐ろしいものが

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 リリーはふと、マートの存在を完璧に忘れていたことを思い出した。というのも、さっきからマートがおとなしいのだ。おかしい。また変なことしてるんじゃないか、とマートが知ったら「それはこっちのせりふだから!」と確実に怒り出しそうなことを真面目に思いながら、マートの姿を探した。

 マートは、2人から少し離れたところで地面にしゃがみ込んでいた。

「マートさん、何やってるんですか?」
「うんー? 雑草抜いてる」

 もしや、ご夫婦が植えた薬草まで抜いていないかと慌てたリリーがそばに行くと、マートは意外にも、ちゃんと雑草を抜いていた。この森の植生は村のそれとほぼ同じだから、マートも村の道端に生えている雑草を見て、見分けているのかもしれなかった。

「なんかさー、実家の庭を思い出しちゃってさー」
 ブチブチと雑草を抜く手を休めずに、マートが言った。

 マートさんの実家って、どんな感じなんだろう。そういえば、マートの国の謎言葉はよく聞くが、どんな国なのか、ほとんど聞いたことがない。リリーが聞こうとしたその前に、マートが「うん?」と地面に身を乗り出した。

「何だこれ、すっげー固い」

 マートは、黄色く枯れかけたような細長い葉っぱが密集して生えている根元を掴んでいた。

「リリー、これ、抜ける?」
「やってみます」

 リリーは、その草の根元を掴んだ。確かに、ほかの雑草よりしっかり根を張っているようだ。

「ふんぬ!」

 リリーが力を込めた瞬間、後ろで様子を見ていたらしいジェームズが、「ああ、それは」と慌てて止めようとしたが、遅かった。

 リリーがズボッと抜いた瞬間、


オギャアアアァァァッ


 枯れた草の根っこには人間の赤ちゃんそっくりなものがついており、それが大音量で

「ぎぃやあぁぁぁぁぁ!」

 リリーは思い切り、それはもう力の限りに森の奥へ投げ飛ばした。

「マママ、マートさん、いいい、今、今」
「おおお、落ち着け、落ち着けリリー、顔がバグッってんぞ!」
「か、顔? バグ?」

 マートにしがみつくリリーの後ろで、ジェームズが白い眉を下げた。
「おお、もったいない。あれは赤ん坊草と言いましてな、あれを飲むと頭痛・腰痛・関節痛に効くという、ありがたい薬草なのでございますよ」
「飲むの!? あれを飲むの!?」
「いやいや、あのままではありませんぞ。あれを粉にしましてな」
「粉!? 粉!?」

「ちょっと落ち着け、リリー」
 いつからいたのか、バーナードがリリーの頭をその大きな手で鷲掴みにした。途端にリリーは、風船がしぼんだようにしょぼんとなった。

「孫悟空かよ、お前」
 またもや謎言葉(ソンゴクー?)を発するマートを、リリーは地面にへたり込み瞬きながら見上げた。

 後ろを見ると、セドリックもいる。話し合いを終えて、屋敷から出てきていたのだろう。バーナードはリリーを助け起こしてから、ジェームズに向きなおった。

「今、赤ん坊草と言いましたか? 私の妻が村で薬師をやっておりますので、聞いたことがあります。とても貴重な薬草だそうですね」

「ええ、この国では自生しておりませんので、海の向こうの国より輸入したものでございます。旦那様の頭痛と奥様の関節痛、加えて私の腰痛にも大変よく効くのですが、何しろ大層高価でございましてな。私どもが研究を重ねまして、この庭で育てていたのでございます」

「そうでしたか。そんなにすごいものまでお育てになっていたのですか」

「ええ」
 ジェームズはうなずきながら、足元を見た。
「しかし、まだあれが残っていたとは、私も驚きでございます。もしかしたら、まだこの辺にいくつか残っているかもしれませんな」

 あんなものがまだここに?

 リリーが怖々見回していると、ジェームズが「ちなみに、粉にするのは葉の部分でございますよ」と教えてくれた。

 リリーは、幾分落ち着いて「そうですか」とうなずきながら、葉って、あの藁色のツンツン突っ立った髪の毛みたいな部分だよね、と、投げ飛ばす前にしっかり見てしまった赤ん坊草の姿を思い返しながら、身震いした。

「ここでは何種類ぐらい薬草を育てていたんですか?」
 バーナードが訊ねた。

「さて、随分いろいろなものを育てましたからな。屋敷に目録があるはずなので、調べてまいりましょう」

 どこまでも親切なジェームズは、しばらくして目録と、何かを詰めた袋を持って庭に戻ってきた。

「バーナード殿、これが私どもが育てていた薬草の目録でございます。それと、こちらはまだ屋敷に残っておりました薬草の種や実でございます。旦那様が、『我々にはもう必要ないから、もしお役に立つのであればぜひ使ってほしい』とのことでございました。また、もしまだ薬草が庭に残っていたら、使っていただいて構わないとのことです」

 バーナードは、その申し出ともども、目録と袋をとても喜んで受け取った。みんなで頭を寄せて袋の中を覗くと、いろいろな形の種や実が詰まった小瓶が、ぎっしり入っていた。

「おおー」
 一同が思わず声を上げる。
 
 リリーにはどれが何なのかさっぱりわからないが、この中にはエミリーや村の人たちがお世話になっている薬草もあるのかもしれないと思うと、感謝の気持ちが湧き上がる。特に愛妻家のバーナードは嬉しそうで、頬をほころばせて何度も「ありがとうございます」と礼を言っている。そんなリリーたちを見て、ジェームズは嬉しそうににこにこした。

 リリーたち一行が屋敷を後にするとき、見送ってくれていたジェームズに手を振ったリリーは、2階の割れた窓のところにエレーヌの姿を見た。壁抜けされて怖かったけれど、悪い人ではなさそうだった。リリーはエレーヌに向けても手を振った。エレーヌは、ちょっと間を置いて、小さく手を振り返してくれた。
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