異世界村役場のお仕事~怪力少女の同僚は、転生チートおじさん~

上田ハル

文字の大きさ
28 / 85
第2章 幽霊住民税金問題

第10話 総務課の幽霊

しおりを挟む
「マート様、お探しの資料はこちらでよろしいでしょうか」
 金髪の美女・エレーヌが、ふわふわと宙に浮きながら、持っていた紙をマートに手渡した。

「お、これっす。ありがとうございます」
「ほかにはございませんか?」
「はい、今んところは大丈夫です」
「マート様、腰のお加減はいかがですか?」
「あ、はい、まあ、それなりに」
「そうですか。今度お部屋の模様替えをされるときは、ぜひ私にも手伝わせてくださいませね」
「ええと、はい、考えておきます……」
「はい」
 エレーヌは、にっこり笑って少し後ろに下がった。そして、どことなくこわばった表情で事務仕事を続けるマートを、熱っぽい目でじっと見つめた。


 なぜ、エレーヌが村役場の総務課にいるのか。話は数日前にさかのぼる。

 その日、マートは窓のほうを見たまま動きを止めた。隣の席にいたリリーがそれに気づき、マートの視線を追うと、窓の横の壁から、女性の生首が突き出していた。

「出たあぁぁぁ!」
 気が動転したリリーは、隣の席の椅子を、つまりマートが座るマートの椅子をマートごと持ち上げた。

 当然ながらマートは悲鳴を上げたが、リリーの目はしっかりと、長い髪を顔の前に垂らしている壁の生首(からほんのちょっと横にずれた所)に据えられていた。

「落ち着け、リリー。あれはエレーヌ嬢だ」
「え!?」

 バーナードの声に我に返ったリリーは、生首に向かってぶん投げようとしていた椅子(マート付き)を床にドゴンッと下ろした。その瞬間、椅子の上のマートがちょびっとバウンドしたように見えたが、それはまあいい。確かに、どこか気恥ずかし気にこちらを見ているあの様子といい、あの美女っぷりといい、落ち着いて見れば幽霊屋敷で出会ったエレーヌに間違いなかった。

「ほんとだ、エレーヌさんだ」
「殺されるかと思った……」
「マートさん、マートさん、エレーヌさんですよ!」
「さいですか……」
 リリーは、魂が抜けかけたマートの肩をベチベチ叩いた。

「エレーヌさん、何かご用ですか」
 バーナードは冷静に、生首エレーヌのほうへ歩いていった。

 エレーヌはおずおずと壁を抜け、ゆっくりとその半透明の全身を現した。

「マート様が腰を痛めているとお聞きしました。私でも何かお役に立てることはないかと、こうして参った次第です」
 蚊の鳴くような声で、エレーヌはそう言った。

 マートは先日、夜中に唐突に部屋の模様替えを思い立ち、箪笥タンスを引きずっていた時にぎっくり腰になった。エレーヌは、その話を村の花農家から聞いたのだそうだ。

 花農家は現在、幽霊一家から譲り受けた薬草の栽培方法を学ぶため、幽霊屋敷に通っている。というのも、ジェームズから渡された薬草の種や実には、貴重なものが多かった。うまく栽培できれば、幽霊貴族一家が滞納していた税金の穴を埋め、さらには村の輸出産業にできるかもしれない。という捕らぬ狸の皮算用的発想で、村役場は、花農家の夫婦に栽培を(希望と共に)委託したのである。

 マートの窮状を知ったエレーヌは、勇気を振り絞って、村役場までやって来た。と、こういうことであった。

 以来、エレーヌは総務課で、主にマートの手伝いをしている。腰を痛めたマートのために、と言っていたからそうなのだろうが、それにしてはエレーヌはマートを見つめる時間が長かった。ついでに後をついて回ることも多かった。

「エレーヌさん、さすがにトイレまでついてきちゃ駄目ですよ」
 とマートに言われて、白い半透明の顔を真っ赤にしたこともあった。

 この状況を面白がっているのは、デイジーである。
「おやおや、モテますねぇ、お兄さん」

 デイジーは、エレーヌが幽霊だろうと全く気にしなかった。初めて顔を合わせた時も、自慢の自作モップちゃんを肩に担ぎ、ふわふわ宙に浮いている相手に向かって「へえ、何、新人さん? よろしくー」とか言っていた。

「いやいや、やめてくれよ、デイジー。俺にはペネロペという人が」
 とマートは、デイジーがニヤニヤとはやすたびに真面目な顔で抗議するも、
「ああ、相変わらず脈ないねぃ、こっちに乗り換えたら?」
 エレーヌだって美人じゃーん、と言いながら、デイジーは廊下をモップ掛けしていくのであった。

 そのやり取りを見て驚いたのが、リリーである。

 リリーは、エレーヌがマートについて回るのを、「内気な子犬が、なついた相手の後を一生懸命追っている」ように見ていた。微笑ましいものである。微笑ましいのはリリーの想像図なのかリリーのおつむなのかは置いといて、リリーは、デイジーの見立ては本当だろうかとライオに相談した。

「そうだってね。マートが幽霊に取りつかれたのか惚れ込まれたのか、賭けをしてる人たちもいるよ」

 隣人の頼みで1羽だけどっかに行っちゃったニワトリを探して走り回っていたライオを捕まえたリリーは、さらに驚いた。ライオは、リリーの驚く様子を見て、まあ、リリーだからな、と元気な寝ぐせを揺らして爽やかに笑った。

「有名だよ、貴族の幽霊がマートにくっつき倒してるって。しかも、その幽霊さん、すごく人当たりがよくて話しやすいっておばさんたちからも評判だよ」

 リリーは絶句した。

 確かに、このところ、村の何でも屋さんである総務課に相談に訪れる村人の受付を、エレーヌがしている。エレーヌは村人の訴えに真摯に耳を傾け、心からの同情を示し、時には目に涙を浮かべて、「まあ、それは本当に大変ですのね……」と言ったりする。

 すると、嘘も誠も豪勢に取り混ぜて話をしていた村人はすっかり気分を良くして、「うん、そうなんだ。でも、頑張ってみるよ」と清々しい顔になって村役場を出ていく。そうして総務課は、総務課史上まれに見る平和な日々を送っていたのであった。

 なんか最近、役場の外に飛び出していくことが減っちゃったなーとリリーは残念に思い、バーナードはたまっていた事務仕事がはかどり、ひそかに喜んでいた。そしてマートは、「こんなことペネロペに知られたら」と、ペネロペは欠片も気にしないであろうことに憐れにも本気で悩んでいた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

男子高校生だった俺は異世界で幼児になり 訳あり筋肉ムキムキ集団に保護されました。

カヨワイさつき
ファンタジー
高校3年生の神野千明(かみの ちあき)。 今年のメインイベントは受験、 あとはたのしみにしている北海道への修学旅行。 だがそんな彼は飛行機が苦手だった。 電車バスはもちろん、ひどい乗り物酔いをするのだった。今回も飛行機で乗り物酔いをおこしトイレにこもっていたら、いつのまにか気を失った?そして、ちがう場所にいた?! あれ?身の危険?!でも、夢の中だよな? 急死に一生?と思ったら、筋肉ムキムキのワイルドなイケメンに拾われたチアキ。 さらに、何かがおかしいと思ったら3歳児になっていた?! 変なレアスキルや神具、 八百万(やおよろず)の神の加護。 レアチート盛りだくさん?! 半ばあたりシリアス 後半ざまぁ。 訳あり幼児と訳あり集団たちとの物語。 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 北海道、アイヌ語、かっこ良さげな名前 お腹がすいた時に食べたい食べ物など 思いついた名前とかをもじり、 なんとか、名前決めてます。     *** お名前使用してもいいよ💕っていう 心優しい方、教えて下さい🥺 悪役には使わないようにします、たぶん。 ちょっとオネェだったり、 アレ…だったりする程度です😁 すでに、使用オッケーしてくださった心優しい 皆様ありがとうございます😘 読んでくださる方や応援してくださる全てに めっちゃ感謝を込めて💕 ありがとうございます💞

[完結]前世引きこもりの私が異世界転生して異世界で新しく人生やり直します

mikadozero
ファンタジー
私は、鈴木凛21歳。自分で言うのはなんだが可愛い名前をしている。だがこんなに可愛い名前をしていても現実は甘くなかった。 中高と私はクラスの隅で一人ぼっちで生きてきた。だから、コミュニケーション家族以外とは話せない。 私は社会では生きていけないほどダメ人間になっていた。 そんな私はもう人生が嫌だと思い…私は命を絶った。 自分はこんな世界で良かったのだろうかと少し後悔したが遅かった。次に目が覚めた時は暗闇の世界だった。私は死後の世界かと思ったが違かった。 目の前に女神が現れて言う。 「あなたは命を絶ってしまった。まだ若いもう一度チャンスを与えましょう」 そう言われて私は首を傾げる。 「神様…私もう一回人生やり直してもまた同じですよ?」 そう言うが神は聞く耳を持たない。私は神に対して呆れた。 神は書類を提示させてきて言う。 「これに書いてくれ」と言われて私は書く。 「鈴木凛」と署名する。そして、神は書いた紙を見て言う。 「鈴木凛…次の名前はソフィとかどう?」 私は頷くと神は笑顔で言う。 「次の人生頑張ってください」とそう言われて私の視界は白い世界に包まれた。 ーーーーーーーーー 毎話1500文字程度目安に書きます。 たまに2000文字が出るかもです。

転生の水神様ーー使える魔法は水属性のみだが最強ですーー

芍薬甘草湯
ファンタジー
水道局職員が異世界に転生、水神様の加護を受けて活躍する異世界転生テンプレ的なストーリーです。    42歳のパッとしない水道局職員が死亡したのち水神様から加護を約束される。   下級貴族の三男ネロ=ヴァッサーに転生し12歳の祝福の儀で水神様に再会する。  約束通り祝福をもらったが使えるのは水属性魔法のみ。  それでもネロは水魔法を工夫しながら活躍していく。  一話当たりは短いです。  通勤通学の合間などにどうぞ。  あまり深く考えずに、気楽に読んでいただければ幸いです。 完結しました。

神様の手違いで、おまけの転生?!お詫びにチートと無口な騎士団長もらっちゃいました?!

カヨワイさつき
恋愛
最初は、日本人で受験の日に何かにぶつかり死亡。次は、何かの討伐中に、死亡。次に目覚めたら、見知らぬ聖女のそばに、ポツンとおまけの召喚?あまりにも、不細工な為にその場から追い出されてしまった。 前世の記憶はあるものの、どれをとっても短命、不幸な出来事ばかりだった。 全てはドジで少し変なナルシストの神様の手違いだっ。おまけの転生?お詫びにチートと無口で不器用な騎士団長もらっちゃいました。今度こそ、幸せになるかもしれません?!

巻き込まれて異世界召喚? よくわからないけど頑張ります。  〜JKヒロインにおばさん呼ばわりされたけど、28才はお姉さんです〜

トイダノリコ
ファンタジー
会社帰りにJKと一緒に異世界へ――!? 婚活のために「料理の基本」本を買った帰り道、28歳の篠原亜子は、通りすがりの女子高生・星野美咲とともに突然まぶしい光に包まれる。 気がつけばそこは、海と神殿の国〈アズーリア王国〉。 美咲は「聖乙女」として大歓迎される一方、亜子は「予定外に混ざった人」として放置されてしまう。 けれど世界意識(※神?)からのお詫びとして特殊能力を授かった。 食材や魔物の食用可否、毒の有無、調理法までわかるスキル――〈料理眼〉! 「よし、こうなったら食堂でも開いて生きていくしかない!」 港町の小さな店〈潮風亭〉を拠点に、亜子は料理修行と新生活をスタート。 気のいい夫婦、誠実な騎士、皮肉屋の魔法使い、王子様や留学生、眼帯の怪しい男……そして、彼女を慕う男爵令嬢など個性豊かな仲間たちに囲まれて、"聖乙女イベントの裏側”で、静かに、そしてたくましく人生を切り拓く異世界スローライフ開幕。 ――はい。静かに、ひっそり生きていこうと思っていたんです。私も.....(アコ談) *AIと一緒に書いています*

異世界に落ちて、溺愛されました。

恋愛
満月の月明かりの中、自宅への帰り道に、穴に落ちた私。 落ちた先は異世界。そこで、私を番と話す人に溺愛されました。

転生してモブだったから安心してたら最恐王太子に溺愛されました。

琥珀
恋愛
ある日突然小説の世界に転生した事に気づいた主人公、スレイ。 ただのモブだと安心しきって人生を満喫しようとしたら…最恐の王太子が離してくれません!! スレイの兄は重度のシスコンで、スレイに執着するルルドは兄の友人でもあり、王太子でもある。 ヒロインを取り合う筈の物語が何故かモブの私がヒロインポジに!? 氷の様に無表情で周囲に怖がられている王太子ルルドと親しくなってきた時、小説の物語の中である事件が起こる事を思い出す。ルルドの為に必死にフラグを折りに行く主人公スレイ。 このお話は目立ちたくないモブがヒロインになるまでの物語ーーーー。

主婦が役立たず? どう思うかは勝手だけど、こっちも勝手にやらせて貰うから

渡里あずま
ファンタジー
安藤舞は、専業主婦である。ちなみに現在、三十二歳だ。 朝、夫と幼稚園児の子供を見送り、さて掃除と洗濯をしようとしたところで――気づけば、石造りの知らない部屋で座り込んでいた。そして映画で見たような古めかしいコスプレをした、外国人集団に囲まれていた。 「我々が召喚したかったのは、そちらの世界での『学者』や『医者』だ。それを『主婦』だと!? そんなごく潰しが、聖女になどなれるものか! 役立たずなどいらんっ」 「いや、理不尽!」 初対面の見た目だけ美青年に暴言を吐かれ、舞はそのまま無一文で追い出されてしまう。腹を立てながらも、舞は何としても元の世界に戻ることを決意する。 「主婦が役立たず? どう思うかは勝手だけど、こっちも勝手にやらせて貰うから」 ※※※ 専業主婦の舞が、主婦力・大人力を駆使して元の世界に戻ろうとする話です(ざまぁあり) ※重複投稿作品※ 表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。

処理中です...