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第2章 幽霊住民税金問題
第18話 幽霊組最強説
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良かった良かった、と一行が庭をぶらぶら歩いていると、森の中から1人の男が足早にこちらへ向かってくるのが見えた。
「バーナードだ」
リリーが、おーい、と大きく手を振ると、バーナードも手を振り返してくれた。
「仕事、終わったんかな」
駆け寄るバーナードを見ながら、マートが言った。
「そうですね。でも、こっちももう終わっちゃったんですよね」
調査した箇所を確認してもらうか、という話をリリーとマートが交わしている間に、バーナードが一行の前に到着した。
「申し訳ない。本来なら私が来るはずだったのですが、急用ができまして」
バーナードが詫びると、ご夫婦はにこにこと首を振った。
「いえいえ、構いません。総務課の皆さんは、いつもとてもご多忙だとお聞きしております」
「そうよね、あなた。それにね、課長さん。リリーさんたちは、とても立派に対応してくださいましたのよ」
「そうだねえ。本当だねえ」
うふふ、と顔を見合わせて仲睦まじく微笑みを交わし続けるご夫婦を前に、バーナードはこの2人の強固な世界には踏み込めないと賢明な判断を下したらしく、すぐにリリーたちに作業の進捗を訊ねた。
一行は再び薄暗い幽霊屋敷に戻った。マートが現場で説明しながらクララがスケッチした絵を見せると、一同は「ほおー」と声を上げた。
「さすがだな、クララ。これはとてもわかりやすい」
バーナードが言うように、クララのスケッチは、壊れた箇所を正確無比に描き写していた。
「クララは村一番の絵描きです!」
「お前が自慢すんのか」
胸を張ったリリーに、マートが律儀にツッコミを入れた。
「クララは、お屋敷の中の装飾も、スケッチしていたんですよ」
「リリー!」
クララが眉を釣り上げた。
これっぽっちも悪気のなかったリリーは、クララがなぜ怒ったのかわからず、「クララは恥ずかしがり屋さんだなあ」とにこにこして、クララの肩を落とさせた。
「天然ってさ、強いんだよな」
マートは、深い同情の意をクララに伝えた。
「俺も大工だからな、この屋敷の意匠には興味がある。見せてもらえるか?」
クララは渋々、脇に挟んでいた小さなスケッチブックをバーナードに渡した。
クララはやっぱり天才だった。あの薄暗い屋敷の中で、かなりの細部まで描写された装飾の数々は、まるで今ここに本物があるかのような出来栄えだった。
「これはすごいねえ」
ハロルドがため息を漏らした。
「本当ですわね、あなた。まあ、見てくださいな。これは、あそこの割れてしまった柱の飾りではなくて?」
「誠に見事な腕前でございますな」
「本当だねえ。本当にすごいねえ」
口々に褒めそやされたクララは、頑張ってむすっとした顔を作っていたものの、頬と口元がどうしようもなく時々緩むのを、リリーはしっかり見た。
「うん? これは?」
幽霊組と意匠について盛り上がっていたバーナードが、紙をめくる手を止めた。
「あ、それは」
気づいたクララがスケッチブックに手を伸ばしたが、それより先にみんなの目がその絵に釘付けになった。
「さっきのだ!」
リリーは思わず叫んだ。そこには、地面に横たわり子犬に授乳する母犬と、それを笑顔で見守るみんなの姿が描かれていた。ラフスケッチとも言えるサッと描いたものだったが、それぞれの特徴をよく捉えており、その場の温かい空気も感じられる絵になっていた。
興奮したリリーが、バーナードにそのときのことをジェスチャーを交えて語っていたとき、ジェームズがクララに近寄り、「もしよければ」と話しかけた。
「クララ様の絵に感銘を受けました。どうでしょう、旦那様たちご一家の肖像画を描いてはいただけないでしょうか」
厚かましいお願いで恐縮でございますが、と言うジェームズを、クララは長く伸ばした前髪の隙間から驚きの目でまじまじと見つめた。
「まあ、あなた、聞きまして? クララさんが、私どもの肖像画を描いてくださるんですって!」
「いや、まだ……」
クララがぎょっとして止めようとしたが、そんなことを聞くグランディール夫妻ではない。
「おお、それはなんと嬉しいことだろうね! 我が家にあった肖像画は、片っ端から盗まれてしまったからね。再び家族の絵を飾れるなんて、夢のようだね」
「え、うそ……」
何だかわからないうちにどんどん話が進んでいくことに恐怖を覚えたのか、クララが助けを求めるようにリリーを見た。が、悲しいかな、リリーにもどうすることもできない。できるのは、同情の顔で合掌するのみである。
「あら、でも、あなた、お礼はどうしましょう」
「そうだね。我が家は貧乏だからね。差し上げられる何かがあればいいんだが」
どうだろう、ジェームズ、と話を振られた誠実な老執事は、悲しそうな顔で首を横に振った。
「残念ながら、旦那様、この屋敷にありますのは、毎日のように崩れてくる壁やボロボロの家具、数十年の間に降り積もった埃や、勝手気ままに張り巡らされるクモの巣くらいなものでございます」
「そうだよね。悲しいね。でもそうなると、肖像画もお願いできないねえ」
「残念ですわね、あなた。たった一つでも、私どもが貴族であった誇りを取り戻せればと思いましたのに、私たちにはそれすらも手に入れることはできないんですのね」
「本当だねえ。残念だねえ」
「貧乏というのは、誠に悲しいものでございますな」
「あー、もう、やります、やりますよ! だからそんな……、お願いだから泣かないでください!」
幽霊3人組に目元を拭いながらそろってチラチラ見られることに屈したクララが、やけくそのように叫んだ。
「まあ、あなた、聞きまして? クララ様が、私どもの肖像画を描いてくださるんですって!」
「ああ、聞いたとも、聞いたとも! 嬉しいねえ。ありがたいねえ」
「誠にありがとうございます。このご恩は、一生忘れません」
「あー、なにこれ、なんかもう……。はいはい、わかりましたよ、もう!」
クララのやけっぱちの絶叫が、晴れた空に響き渡った。
かくして、この幽霊屋敷に通う村人が、また1人増えたのであった。
「バーナードだ」
リリーが、おーい、と大きく手を振ると、バーナードも手を振り返してくれた。
「仕事、終わったんかな」
駆け寄るバーナードを見ながら、マートが言った。
「そうですね。でも、こっちももう終わっちゃったんですよね」
調査した箇所を確認してもらうか、という話をリリーとマートが交わしている間に、バーナードが一行の前に到着した。
「申し訳ない。本来なら私が来るはずだったのですが、急用ができまして」
バーナードが詫びると、ご夫婦はにこにこと首を振った。
「いえいえ、構いません。総務課の皆さんは、いつもとてもご多忙だとお聞きしております」
「そうよね、あなた。それにね、課長さん。リリーさんたちは、とても立派に対応してくださいましたのよ」
「そうだねえ。本当だねえ」
うふふ、と顔を見合わせて仲睦まじく微笑みを交わし続けるご夫婦を前に、バーナードはこの2人の強固な世界には踏み込めないと賢明な判断を下したらしく、すぐにリリーたちに作業の進捗を訊ねた。
一行は再び薄暗い幽霊屋敷に戻った。マートが現場で説明しながらクララがスケッチした絵を見せると、一同は「ほおー」と声を上げた。
「さすがだな、クララ。これはとてもわかりやすい」
バーナードが言うように、クララのスケッチは、壊れた箇所を正確無比に描き写していた。
「クララは村一番の絵描きです!」
「お前が自慢すんのか」
胸を張ったリリーに、マートが律儀にツッコミを入れた。
「クララは、お屋敷の中の装飾も、スケッチしていたんですよ」
「リリー!」
クララが眉を釣り上げた。
これっぽっちも悪気のなかったリリーは、クララがなぜ怒ったのかわからず、「クララは恥ずかしがり屋さんだなあ」とにこにこして、クララの肩を落とさせた。
「天然ってさ、強いんだよな」
マートは、深い同情の意をクララに伝えた。
「俺も大工だからな、この屋敷の意匠には興味がある。見せてもらえるか?」
クララは渋々、脇に挟んでいた小さなスケッチブックをバーナードに渡した。
クララはやっぱり天才だった。あの薄暗い屋敷の中で、かなりの細部まで描写された装飾の数々は、まるで今ここに本物があるかのような出来栄えだった。
「これはすごいねえ」
ハロルドがため息を漏らした。
「本当ですわね、あなた。まあ、見てくださいな。これは、あそこの割れてしまった柱の飾りではなくて?」
「誠に見事な腕前でございますな」
「本当だねえ。本当にすごいねえ」
口々に褒めそやされたクララは、頑張ってむすっとした顔を作っていたものの、頬と口元がどうしようもなく時々緩むのを、リリーはしっかり見た。
「うん? これは?」
幽霊組と意匠について盛り上がっていたバーナードが、紙をめくる手を止めた。
「あ、それは」
気づいたクララがスケッチブックに手を伸ばしたが、それより先にみんなの目がその絵に釘付けになった。
「さっきのだ!」
リリーは思わず叫んだ。そこには、地面に横たわり子犬に授乳する母犬と、それを笑顔で見守るみんなの姿が描かれていた。ラフスケッチとも言えるサッと描いたものだったが、それぞれの特徴をよく捉えており、その場の温かい空気も感じられる絵になっていた。
興奮したリリーが、バーナードにそのときのことをジェスチャーを交えて語っていたとき、ジェームズがクララに近寄り、「もしよければ」と話しかけた。
「クララ様の絵に感銘を受けました。どうでしょう、旦那様たちご一家の肖像画を描いてはいただけないでしょうか」
厚かましいお願いで恐縮でございますが、と言うジェームズを、クララは長く伸ばした前髪の隙間から驚きの目でまじまじと見つめた。
「まあ、あなた、聞きまして? クララさんが、私どもの肖像画を描いてくださるんですって!」
「いや、まだ……」
クララがぎょっとして止めようとしたが、そんなことを聞くグランディール夫妻ではない。
「おお、それはなんと嬉しいことだろうね! 我が家にあった肖像画は、片っ端から盗まれてしまったからね。再び家族の絵を飾れるなんて、夢のようだね」
「え、うそ……」
何だかわからないうちにどんどん話が進んでいくことに恐怖を覚えたのか、クララが助けを求めるようにリリーを見た。が、悲しいかな、リリーにもどうすることもできない。できるのは、同情の顔で合掌するのみである。
「あら、でも、あなた、お礼はどうしましょう」
「そうだね。我が家は貧乏だからね。差し上げられる何かがあればいいんだが」
どうだろう、ジェームズ、と話を振られた誠実な老執事は、悲しそうな顔で首を横に振った。
「残念ながら、旦那様、この屋敷にありますのは、毎日のように崩れてくる壁やボロボロの家具、数十年の間に降り積もった埃や、勝手気ままに張り巡らされるクモの巣くらいなものでございます」
「そうだよね。悲しいね。でもそうなると、肖像画もお願いできないねえ」
「残念ですわね、あなた。たった一つでも、私どもが貴族であった誇りを取り戻せればと思いましたのに、私たちにはそれすらも手に入れることはできないんですのね」
「本当だねえ。残念だねえ」
「貧乏というのは、誠に悲しいものでございますな」
「あー、もう、やります、やりますよ! だからそんな……、お願いだから泣かないでください!」
幽霊3人組に目元を拭いながらそろってチラチラ見られることに屈したクララが、やけくそのように叫んだ。
「まあ、あなた、聞きまして? クララ様が、私どもの肖像画を描いてくださるんですって!」
「ああ、聞いたとも、聞いたとも! 嬉しいねえ。ありがたいねえ」
「誠にありがとうございます。このご恩は、一生忘れません」
「あー、なにこれ、なんかもう……。はいはい、わかりましたよ、もう!」
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