異世界村役場のお仕事~怪力少女の同僚は、転生チートおじさん~

上田ハル

文字の大きさ
59 / 85
第3幕 ゴブリン一家のお引っ越し

第21話 日常

しおりを挟む
「リリー、こっち、こっち!」

 女性たちに手招きされ、リリーは足を速めた。郵便配達をしていたライオに言われて、急いで総務課から走って来た。

 立ってリリーを手招きしている1人の女性のほかに、2人の女性が、道の端の側溝を覗き込んでいる。

「おはようございます! お待たせしました!」

 リリーが挨拶すると、3人の女性は、にこやかに「おはよう」と返し、「ほら、ほら」と側溝を指さした。

「わあ、ほんとにびっちりですね!」

「ほんとよねー」
「むっちむちな感じ」
「そうそう。もうビチッと詰まっちゃってて」

 一斉にしゃべる女性たちに頷きながら、リリーは、側溝にはまったウシガエルに恐々手を伸ばした。

「動かないでねー、動かないでねー」
 リリーは心の中で念じたつもりだったが、小さく声になって出ていたらしい。女性たちが笑った。

「リリーちゃん、あんたすごい怪力なのに、いまだにこんなカエルが苦手なのかい?」
「うう、苦手です……」

 ハハハ、と大きな声で笑う女性たちの1人が、「マートでもよかったんだけどさ」と言った。
「あらー、駄目よ、あの人じゃあ」
「そうよねえ。こんなにきっちり詰まっちゃってるんだし」
「っていうか、リリーよりもっと腰が引けてそう」
 アハハハ、とさっきより大きな笑いが起きる。

 マートさん、かわいそう、でもきっとそのとおりデスネ、とリリーは心の中で舌を出した。

 カエルは、想像以上にきっちりみっちり側溝に詰まっていた。リリーは仕方なく側溝の中に足を入れ、置物のように居座っているウシガエルを救い出すことにした。

 側溝の中に座り込むカエルは、時折する瞬きや喉が動くことがなければ、本当に生きているのかと疑うぐらいに動きを止めている。どうかこのまま動かずにいてください! と、リリーは今度は口を引き結んで声になって漏れ出さないようにして願った。

 ウシガエルの体を持ち上げるとき、カエルがビクッと身を震わせた。

 ひぃーっ、とリリーは涙目になったが、ここで手を放すわけにはいかない。

 側溝の壁は石で固めてある。ぴっちり詰まった体を持ち上げれば、体の両脇が石にこすれることになる。痛いのか不快なのか、リリーにはぼんやりした顔にしか見えない無表情のカエルからはうかがい知れなかったが、カエルはリリーの手の中で時折体をビクッ、ブルッと動かし、リリーをビビらせた。

「もうちょっと!」
「リリー、頑張れ!」
「ほら、あと足が出れば終わるよ!」

 女性たちの意外と真剣な応援を受け、リリーは無事にウシガエルを側溝から出すことに成功した。地面に下ろされたウシガエルは、しばらくぼんやりとした顔で瞬きを繰り返し、のそ、のそ、と歩いていった。

 女性たちと別れ、村役場に向かって歩いていると、左斜め後方から土埃が迫ってきた。見ると、珍しくまだ郵便カバンを膨らませたままのライオが近づいて来た。

「珍しいね、まだ配り終えてないの?」
 どうせ、あっちこっちで村人に捕まって用事を頼まれていたんだろうな、とリリーは思った。

「そうじゃないよ。夏祭りが近いだろ? 村を出てる人たちからの手紙が増えてるんだよ」
「そっか。いつ帰省するかの連絡か。もうすぐだもんね」

 うん、とライオが頷き、思い出したように聞いた。
「そう言えば、今年の竜の人形、ガンも参加するんだって?」

 竜の人形は、村の夏祭りに、村の入り口に設置する2メートルを超える大きな藁人形である。純朴な村人による熱意溢れる力作は、近隣の村や町の人たちに結構人気なのである(また今年もひょうきんな竜だねえ)(脱力っぷりがすごい)(ママ、この竜さん、おひげ取れちゃったよ。持って帰っていい?)。

「うん。あれだけ器用でかっこいいもの作るガンだもの。村の人たちが、ぜひにって」
「そっか。今年のも楽しみだね」
 じゃあね、と手を振り合い、それぞれの仕事に戻った。

 総務課では、バーナードがほかの村にいる花火職人と、今年の花火について打ち合わせをしていた。幽霊屋敷肝試しツアーの人気により、無事に花火は例年通り開催されることに決定した。

「ちわっす!」
 総務課の扉を元気に開けて入って来たのは、バンだった。

 バンが村役場に来ることは珍しい。元気そうなバンの様子が嬉しくて、リリーはいそいそと席を立ってカウンターへ行った。

「おすそ分けっす!」
 バンは背伸びをして、胸の前で抱えていた籠を、ドン、とカウンターに置いた。真っ赤に熟れたトマトと、水分ではち切れそうなナスと、びっくりするほど長いキュウリと、立派な髭のトウモロコシが山盛りに入っている。心配されていた水不足だが、その後順調に雨が降り、作物たちも元気を回復したようだった。

「「おおー、おいしそー!」」
 野次馬に来たマートと一緒に、リリーも歓声を上げた。

「初めて俺一人だけで育てた野菜なんっす」
 エリックが、「これ、やってみるか」と全部の作業を任せてくれたらしい。

「わあ、よかったですねー」
「やるじゃん」
 リリーとマートが口々に褒めると、バンはにこにこした。

「うわっ、ゴブリン!?」
 バーナードと打ち合わせをしていた花火職人が、ガタタッと音を立てて椅子から腰を浮かした。

 振り向いたリリーは、顔を引きつらせている職人に、全開の笑顔を向けた。
「はい、彼はこの村の野菜作り名人です!」

 あっけにとられる職人の向かいに座るバーナードも、笑みを浮かべて頷いた。

 バンは、すっかりなじんだ麦わら帽子の下で、幸せそうに「へへっ」と笑った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

病弱少女、転生して健康な肉体(最強)を手に入れる~友達が欲しくて魔境を旅立ちましたが、どうやら私の魔法は少しおかしいようです~

アトハ
ファンタジー
【短いあらすじ】 普通を勘違いした魔界育ちの少女が、王都に旅立ちうっかり無双してしまう話(前世は病院少女なので、本人は「超健康な身体すごい!!」と無邪気に喜んでます) 【まじめなあらすじ】  主人公のフィアナは、前世では一生を病院で過ごした病弱少女であったが……、 「健康な身体って凄い! 神さま、ありがとう!(ドラゴンをワンパンしながら)」  転生して、超健康な身体(最強!)を手に入れてしまう。  魔界で育ったフィアナには、この世界の普通が分からない。  友達を作るため、王都の学園へと旅立つことになるのだが……、 「なるほど! 王都では、ドラゴンを狩るには許可が必要なんですね!」 「「「違う、そうじゃない!!」」」  これは魔界で育った超健康な少女が、うっかり無双してしまうお話である。 ※他サイトにも投稿中 ※旧タイトル 病弱少女、転生して健康な肉体(最強)を手に入れる~友達が欲しくて魔境を旅立ちましたが、どうやら私の魔法は少しおかしいようです~

溺愛最強 ~気づいたらゲームの世界に生息していましたが、悪役令嬢でもなければ断罪もされないので、とにかく楽しむことにしました~

夏笆(なつは)
恋愛
「おねえしゃま。こえ、すっごくおいしいでし!」  弟のその言葉は、晴天の霹靂。  アギルレ公爵家の長女であるレオカディアは、その瞬間、今自分が生きる世界が前世で楽しんだゲーム「エトワールの称号」であることを知った。  しかし、自分は王子エルミニオの婚約者ではあるものの、このゲームには悪役令嬢という役柄は存在せず、断罪も無いので、攻略対象とはなるべく接触せず、穏便に生きて行けば大丈夫と、生きることを楽しむことに決める。  醤油が欲しい、うにが食べたい。  レオカディアが何か「おねだり」するたびに、アギルレ領は、周りの領をも巻き込んで豊かになっていく。  既にゲームとは違う展開になっている人間関係、その学院で、ゲームのヒロインは前世の記憶通りに攻略を開始するのだが・・・・・? 小説家になろうにも掲載しています。

[完結]前世引きこもりの私が異世界転生して異世界で新しく人生やり直します

mikadozero
ファンタジー
私は、鈴木凛21歳。自分で言うのはなんだが可愛い名前をしている。だがこんなに可愛い名前をしていても現実は甘くなかった。 中高と私はクラスの隅で一人ぼっちで生きてきた。だから、コミュニケーション家族以外とは話せない。 私は社会では生きていけないほどダメ人間になっていた。 そんな私はもう人生が嫌だと思い…私は命を絶った。 自分はこんな世界で良かったのだろうかと少し後悔したが遅かった。次に目が覚めた時は暗闇の世界だった。私は死後の世界かと思ったが違かった。 目の前に女神が現れて言う。 「あなたは命を絶ってしまった。まだ若いもう一度チャンスを与えましょう」 そう言われて私は首を傾げる。 「神様…私もう一回人生やり直してもまた同じですよ?」 そう言うが神は聞く耳を持たない。私は神に対して呆れた。 神は書類を提示させてきて言う。 「これに書いてくれ」と言われて私は書く。 「鈴木凛」と署名する。そして、神は書いた紙を見て言う。 「鈴木凛…次の名前はソフィとかどう?」 私は頷くと神は笑顔で言う。 「次の人生頑張ってください」とそう言われて私の視界は白い世界に包まれた。 ーーーーーーーーー 毎話1500文字程度目安に書きます。 たまに2000文字が出るかもです。

転生の水神様ーー使える魔法は水属性のみだが最強ですーー

芍薬甘草湯
ファンタジー
水道局職員が異世界に転生、水神様の加護を受けて活躍する異世界転生テンプレ的なストーリーです。    42歳のパッとしない水道局職員が死亡したのち水神様から加護を約束される。   下級貴族の三男ネロ=ヴァッサーに転生し12歳の祝福の儀で水神様に再会する。  約束通り祝福をもらったが使えるのは水属性魔法のみ。  それでもネロは水魔法を工夫しながら活躍していく。  一話当たりは短いです。  通勤通学の合間などにどうぞ。  あまり深く考えずに、気楽に読んでいただければ幸いです。 完結しました。

男子高校生だった俺は異世界で幼児になり 訳あり筋肉ムキムキ集団に保護されました。

カヨワイさつき
ファンタジー
高校3年生の神野千明(かみの ちあき)。 今年のメインイベントは受験、 あとはたのしみにしている北海道への修学旅行。 だがそんな彼は飛行機が苦手だった。 電車バスはもちろん、ひどい乗り物酔いをするのだった。今回も飛行機で乗り物酔いをおこしトイレにこもっていたら、いつのまにか気を失った?そして、ちがう場所にいた?! あれ?身の危険?!でも、夢の中だよな? 急死に一生?と思ったら、筋肉ムキムキのワイルドなイケメンに拾われたチアキ。 さらに、何かがおかしいと思ったら3歳児になっていた?! 変なレアスキルや神具、 八百万(やおよろず)の神の加護。 レアチート盛りだくさん?! 半ばあたりシリアス 後半ざまぁ。 訳あり幼児と訳あり集団たちとの物語。 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 北海道、アイヌ語、かっこ良さげな名前 お腹がすいた時に食べたい食べ物など 思いついた名前とかをもじり、 なんとか、名前決めてます。     *** お名前使用してもいいよ💕っていう 心優しい方、教えて下さい🥺 悪役には使わないようにします、たぶん。 ちょっとオネェだったり、 アレ…だったりする程度です😁 すでに、使用オッケーしてくださった心優しい 皆様ありがとうございます😘 読んでくださる方や応援してくださる全てに めっちゃ感謝を込めて💕 ありがとうございます💞

中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています

浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】 ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!? 激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。 目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。 もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。 セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。 戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。 けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。 「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの? これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、 ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。 ※小説家になろうにも掲載中です。

田舎農家の俺、拾ったトカゲが『始祖竜』だった件〜女神がくれたスキル【絶対飼育】で育てたら、魔王がコスメ欲しさに竜王が胃薬借りに通い詰めだした

月神世一
ファンタジー
​「くそっ、魔王はまたトカゲの抜け殻を美容液にしようとしてるし、女神は酒のつまみばかり要求してくる! 俺はただ静かに農業がしたいだけなのに!」 ​ ​ブラック企業で過労死した日本人、カイト。 彼の願いはただ一つ、「誰にも邪魔されない静かな場所で農業をすること」。 ​女神ルチアナからチートスキル【絶対飼育】を貰い、異世界マンルシア大陸の辺境で念願の農場を開いたカイトだったが、ある日、庭から虹色の卵を発掘してしまう。 ​孵化したのは、可愛らしいトカゲ……ではなく、神話の時代に世界を滅亡させた『始祖竜』の幼体だった! ​しかし、カイトはスキル【絶対飼育】のおかげで、その破壊神を「ポチ」と名付けたペットとして完璧に飼い慣らしてしまう。 ​ポチのくしゃみ一発で、敵の軍勢は老衰で塵に!? ​ポチの抜け殻は、魔王が喉から手が出るほど欲しがる究極の美容成分に!? ​世界を滅ぼすほどの力を持つポチと、その魔素を浴びて育った規格外の農作物を求め、理知的で美人の魔王、疲労困憊の竜王、いい加減な女神が次々にカイトの家に押しかけてくる! ​「世界の管理者」すら手が出せない最強の農場主、カイト。 これは、世界の運命と、美味しい野菜と、ペットの散歩に追われる、史上最も騒がしいスローライフ物語である!

神様の手違いで、おまけの転生?!お詫びにチートと無口な騎士団長もらっちゃいました?!

カヨワイさつき
恋愛
最初は、日本人で受験の日に何かにぶつかり死亡。次は、何かの討伐中に、死亡。次に目覚めたら、見知らぬ聖女のそばに、ポツンとおまけの召喚?あまりにも、不細工な為にその場から追い出されてしまった。 前世の記憶はあるものの、どれをとっても短命、不幸な出来事ばかりだった。 全てはドジで少し変なナルシストの神様の手違いだっ。おまけの転生?お詫びにチートと無口で不器用な騎士団長もらっちゃいました。今度こそ、幸せになるかもしれません?!

処理中です...