異世界村役場のお仕事~怪力少女の同僚は、転生チートおじさん~

上田ハル

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第4章 夏祭り

第3話 指の跡

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 水飴を舐めながら屋台巡りをしていると、前の方から「おーい!」と大きく手を振る2人の女性がいた。

「あ、ひいおばあちゃんとペネロペだ」
「あの2人、相変わらず仲良さそうだね」
 ヴィヴィアンの言葉に、リリーは、うんうん、とうなずいた。

 人目を引く美女のペネロペと、白髪の短髪が似合う背の高い女性は、にこにこしながらやって来た。

「お久しぶりです、ペネロペ、ソフィア」

 ぺこりとお辞儀したヴィヴィアンに、2人はにっこりした。

「久しぶりねえ、ヴィヴィアン。元気そうで何よりだわ」
 ペネロペは、元教え子の様子に満足するようにうなずいた。

「そのワンピース、よく似合ってる。もうすっかり町娘って感じねえ」
 リリーのひいおばあちゃんのソフィアにそう言われたヴィヴィアンは、嬉しそうにはにかんだ。

「あら、リリー。それはどうしたの?」
 ペネロペが、リリーのスカートの汚れに目を向けていた。

「さっき男の子とぶつかって。そのときに」

 じっとその汚れを見ていたペネロペが、一瞬険しい顔をした。え? と驚くリリーに、ペネロペがいつものおっとりした顔に戻って、にっこり笑った。

「せっかくのお祭りですもの。汚れは落としておきましょうね?」
 そう言うと、ペネロペはリリーの返事も待たずにそっとリリーのスカートをつまみ、指の先から水を出して洗い出した。

「あの、すみません、なんか」

 慌てるリリーを、ヴィヴィアンが「ほらー」と肘で押した。
「さっき、私も洗っておいでって言ったんですよ。でもリリーは、たいした汚れじゃないからって」
「リリーはそういうところがあるからねぇ。まあ、ちょうどよかったじゃない、ペネロペがいて」

 ヴィヴィアンとソフィアがそんな会話を交わしている間、ペネロペは何やら真剣な顔でリリーのスカートの汚れを取っていた。なかなか落ちないらしく、ペネロペの眉間に珍しくしわが寄った。

「あの、ペネロペ、もう大丈夫です。もうほとんど汚れ、見えないし」
 というか、ペネロペの水で、余計に大きなシミができている。

「リリー、ぶつかったっていうその男の子、どんな子だったか覚えているかしら?」
 ペネロペは顔を上げずに訊ねた。

「いえ、顔は全然。年齢は、たぶん妹と同じかちょっと下ぐらいだと思います」
「1人だったの?」
「はい」
「そう」

 ペネロペはしばらく口をつぐんでスカートの汚れがあった場所を見つめていたが、十分きれいになったと判断したのか、顔を上げて微笑んだ。
「リリー、これでもう大丈夫。今回は私で何とかなったけれど、これからは、知らない相手には十分に注意しなさいね?」
「あ、はい。ありがとうございました」

「もう、ペネロペ。リリーはもう子どもじゃないんですから。ねえ?」
 リリーの腕に抱き着きながら、ヴィヴィアンが面白そうに言った。

「あら、私にとってみれば、みんな私のかわいい生徒だわ」
 うふふ、とおっとり笑うペネロペは、いつも通り、まばゆかった。


 村の誰も頭の上がらない長老2人組と別れた後、リリーたちは、村を出た卒業生たちに会った。ライオも、そうした少年たちと一緒に祭りを楽しんでいるようで、ライオの寝ぐせも威勢よくピンと張っていた。

 村でのかつての彼らを知っているリリーは、まぶしい思いで彼らを見つめた。多くは独り暮らしをして働いている。それもあってか、何だかみんな、急に大人になったように見えた。隣を歩くヴィヴィアンも、町で働きだして一気に花開いたようだった。

 彼らも同じように思うのか、リリーとヴィヴィアンの2人に声をかけてきても、すぐにヴィヴィアンとだけ話をする。同じように村を出て働く仲間意識もあるのかもしれないが、リリーは突然、自分はこの場にいる誰の目にも映らない透明な存在になったような気がした。

 リリーは彼らと会った時、彼らが自分とヴィヴィアンを一瞬見比べたことに気づいていた。流行の形のすてきなワンピースを着て大人びた化粧をしたヴィヴィアンと、村娘そのものの格好のすっぴんのリリー。

 彼らの目にどう映っているんだろうと思うと、途端に恥ずかしくなった。この場を逃げ出したいと感じ、そのことに動揺した。こんなふうに感じたことは、今までなかった。

「リリー、総務課の仕事で忙しいのに、昨日は母さんの屋台の組み立を手伝ってくれてありがとう。母さん、すごく助かったって喜んでたよ」
 それまで黙っていたライオが、急にリリーにそんなことを言った。

「あ、そうだ、リリー、役所の総務課なんだって? すごい忙しいだろ、あそこ」
「そうそう、なんかいつもバーナード走り回ってたよな」
「今はリリーとバーナードの2人でやってんの?」

 唐突に話を振られ、リリーはちょっとどもった。
「う、ううん、今はマートさんっていう異国の人もいて、3人でやってるよ」
「「へえー」」

「さっきの迷子のお知らせ、聞いた? あれやってるのが、そのマートさんなんだって」
 ヴィヴィアンが面白そうに言った。

「ああ、あれなー。最初に聞いたときはびっくりしたけどさ、あれ、いいよな。俺の町でも迷子多いからさ、ああいうのあると、みんな助かると思う」
「そだなー。下手すると人さらいに遭うからな」
「そういや、うちの町でこの前、数カ月前に迷子になって人さらいに遭って、そんで運よく逃げ帰って来た女の子がいて、すげー話題になってた!」

 だよな、だよな、やっぱあの迷子のお知らせいいよな、と思わぬ方向で盛り上がっていった。またしても置いてけぼりの感はあったが、リリーは、マートや総務課が評価された気がして、直前まであった隠れたい気持ちは、もうどこかへ消えていた。

 不思議な気持ちで目を上げると、ライオと目が合った。ライオがにこっと笑った。いつもの、誰にでも親切で優しいライオの笑顔。リリーも、ほころぶように笑顔を返した。
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