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第4章 夏祭り
第6話 栗の丘3
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女装マートの衝撃の舞台から緩やかに立ち直ったリリー(及び栗の丘の観客)は、隣村の女性2人による涼やかな歌唱に心安らかに聞き入った。その最中、リリーの右に座るヴィヴィアンとクララの会話が、リリーの耳に入った。クララは、お金を貯めてこの村を出たいと言っていた。
驚いたリリーは、舞台の女性のすばらしい歌声よりも、2人の友人の声に耳を澄ませた。盗み聞きのようで気が引けたが、クララまで村を出ようとしていたことがショックで、息を殺して話の続きを聞いた。
クララは、絵で食べていきたいのだという。国中を回って、いろんな場所でいろんな景色を見て、いろんな人の絵を描きたいのだと言っていた。今日の似顔絵の商売も、そのための資金集めだったようだ。
ヴィヴィアンは、クララを応援すると言い、もし自分が働いている町に来ることがあれば、いろいろと世話をすると約束していた。
リリーは急に胸が苦しくなって、立てた両ひざに顎を押し付けた。
「リリー、どしたん? 疲れたかい?」
「あ、うん、そうかな、そうかも」
「だよねぃ。総務課は何かと大変だよねぃ。この後の花火は、何かするんかい?」
「うん。事故がないように待機してるだけだけどね」
「そうかい。疲れてんなら、ちゃんとバーナードに言うんだよ」
「うん。ありがと、デイジー」
デイジーは、リリーの肩をポンポンと軽く叩いた。
こういうとき、デイジーはやっぱり自分より年上なんだな、とリリーは思う。いつも突拍子もない言動をしているようでいて、ちゃんと周りを見ている。見てくれている。ありがたいな、とリリーはしみじみ感じた。
「さあ、お次は、我が村が誇る俊足の郵便配達員、ライオの演技です! 驚異の神業タップダンスを、どうぞお楽しみください!」
ラリーの紹介が終わると同時に、黒いスーツに身を固め、寝ぐせもしっかり直したライオが舞台に出てきた。大きな拍手と歓声が上がる。ヴィヴィアンとクララの会話も、気づいたら終わっていた。2人とも、村を出る話なんて忘れたみたいに、舞台の中央に向かって歩くライオに拍手を送っている。
あちこちから「ライオくーん! 頑張ってー!!」だの「すてきー!!」だの、女の子たちの黄色い声も混じっている。ほぼ他の村や町の女の子たちだが、リリーには不思議でならないことに、ライオはそこそこ人気があるらしかった。
ライオの演技は、正直、リリーには何がどうすごいのかよくわからない。というのも、あまりにも足さばきが早すぎて、何が起こっているのかさっぱりわからないからだ。ただ、ライオが足を動かすたびに一つの床からいろんな音が聞こえてくるから、きっと何か高度な技が使われているんだろうなーみたいな、ぼんやりした感想は持っている。
どう評価していいのかわからないまま、いつものようにぼーっと舞台で踊るライオを見ていたら、ふと、舞台上のライオと目が合った。いつもの優しいライオの目ではなく、まるで獲物を見定めたような強く鋭い視線だった。それは一瞬のことだったが、リリーは金縛りにあったようにしばらく動けなかった。
大きな歓声と拍手が鳴り響いた。はっとして、リリーも慌てて拍手する。ライオと目が合ってから、音が何も耳に入っていなかったことに今になって気づいた。まるで、リリーだけ時間が止まってしまっていたかのような、変な気分だった。
「いやー、すごいねぃ。なんかよくわからんけど」
というデイジーの共感できすぎる感想と、
「ほんとだね。毎年すごくなってるんだろうね、きっと」
というヴィヴィアンの自信のなさそうな発言と、
「だね。何が何だかさっぱりわかんないけど」
というクララの直球の言い分に、あ、よかった、わかってないの自分だけじゃないんだ、とリリーはほっと胸を撫で下ろした。
ライオと交代で舞台に現れたラリーが、「次は、出し物大会最後を飾る、ペネロペによる幻想的な水芸でございます!」と発表した。これまた大きな拍手と歓声が沸き起こる。
水色のドレスに身を包んだペネロペがしずしずと舞台に現れると、「うおー、来たー!!」だの「め・が・み! め・が・み!」だのと連呼する野太い声が赤く染まり出した空にこだまする。
ペネロペを女神呼ばわりしているのは、ほかの町の連中である。彼らも、ペネロペが人間ではないことは、恐らく百も承知だろう。何しろ、彼女は年を取らない。いや、年は取るが、それがあまりにゆっくりで年を取るように思えないのだ。永遠の若さを持った水を操る謎の美女。女神と称えたくなるのも、まあわからないでもないと思うリリーだった。
ペネロペが舞台の中央に立つと、観客はしんとなった。夕焼け空をバックに立つ水色の髪の美女は、まるで絵画の世界のようだ。すぐに、ペネロペの周りに、小さな粒がきらめき始めた。水球の出現だ。
水球は、その数を増やしながら、ゆっくり成長していく。夕日を浴びてきらきらと輝く無数の水球が、ペネロペを中心にして徐々に回転を始める。
「おおー」「すごーい」「きれーい」
観客たちのため息交じりの声が聞こえる。
ペネロペを取り巻く水球たちは、光の軌跡を残しながら回転の速度を上げていく。ペネロペが体の横に垂らしていた両腕をすぅっと上げると、水球は舞台から弾き飛ばされるように、空へ向かって勢いよく飛んだ。
わあー……
どこからともなく漏れ出した感嘆の声が、さざ波のように栗の丘に広まる。一斉に仰向いた観客たちの顔は笑みで溢れている。きらきら光る水球は、まるで夜空の星のようにきらめきながら、夕焼けの空へ舞い上がり、消えた。
パチパチパチ、と優しい拍手が起こり、ペネロペは優雅にお辞儀をして、舞台を去った。
「これにて、出し物大会を終了いたします。さあ皆様、この後はお待ちかね、夏祭り最大のイベント、花火大会でございます! 会場は村を出た先にある川岸になります。ただいま準備中でございますので、開始までどうぞご自由にお過ごしください」
ラリーの言葉を合図に、栗の丘に集っていた人々が動き出した。トイレに行く者、食べ物を確保しに行く者、腰を伸ばす者といろいろだ。リリーも立ち上がった。さあ、今年のお祭りの最後のイベントだ。
驚いたリリーは、舞台の女性のすばらしい歌声よりも、2人の友人の声に耳を澄ませた。盗み聞きのようで気が引けたが、クララまで村を出ようとしていたことがショックで、息を殺して話の続きを聞いた。
クララは、絵で食べていきたいのだという。国中を回って、いろんな場所でいろんな景色を見て、いろんな人の絵を描きたいのだと言っていた。今日の似顔絵の商売も、そのための資金集めだったようだ。
ヴィヴィアンは、クララを応援すると言い、もし自分が働いている町に来ることがあれば、いろいろと世話をすると約束していた。
リリーは急に胸が苦しくなって、立てた両ひざに顎を押し付けた。
「リリー、どしたん? 疲れたかい?」
「あ、うん、そうかな、そうかも」
「だよねぃ。総務課は何かと大変だよねぃ。この後の花火は、何かするんかい?」
「うん。事故がないように待機してるだけだけどね」
「そうかい。疲れてんなら、ちゃんとバーナードに言うんだよ」
「うん。ありがと、デイジー」
デイジーは、リリーの肩をポンポンと軽く叩いた。
こういうとき、デイジーはやっぱり自分より年上なんだな、とリリーは思う。いつも突拍子もない言動をしているようでいて、ちゃんと周りを見ている。見てくれている。ありがたいな、とリリーはしみじみ感じた。
「さあ、お次は、我が村が誇る俊足の郵便配達員、ライオの演技です! 驚異の神業タップダンスを、どうぞお楽しみください!」
ラリーの紹介が終わると同時に、黒いスーツに身を固め、寝ぐせもしっかり直したライオが舞台に出てきた。大きな拍手と歓声が上がる。ヴィヴィアンとクララの会話も、気づいたら終わっていた。2人とも、村を出る話なんて忘れたみたいに、舞台の中央に向かって歩くライオに拍手を送っている。
あちこちから「ライオくーん! 頑張ってー!!」だの「すてきー!!」だの、女の子たちの黄色い声も混じっている。ほぼ他の村や町の女の子たちだが、リリーには不思議でならないことに、ライオはそこそこ人気があるらしかった。
ライオの演技は、正直、リリーには何がどうすごいのかよくわからない。というのも、あまりにも足さばきが早すぎて、何が起こっているのかさっぱりわからないからだ。ただ、ライオが足を動かすたびに一つの床からいろんな音が聞こえてくるから、きっと何か高度な技が使われているんだろうなーみたいな、ぼんやりした感想は持っている。
どう評価していいのかわからないまま、いつものようにぼーっと舞台で踊るライオを見ていたら、ふと、舞台上のライオと目が合った。いつもの優しいライオの目ではなく、まるで獲物を見定めたような強く鋭い視線だった。それは一瞬のことだったが、リリーは金縛りにあったようにしばらく動けなかった。
大きな歓声と拍手が鳴り響いた。はっとして、リリーも慌てて拍手する。ライオと目が合ってから、音が何も耳に入っていなかったことに今になって気づいた。まるで、リリーだけ時間が止まってしまっていたかのような、変な気分だった。
「いやー、すごいねぃ。なんかよくわからんけど」
というデイジーの共感できすぎる感想と、
「ほんとだね。毎年すごくなってるんだろうね、きっと」
というヴィヴィアンの自信のなさそうな発言と、
「だね。何が何だかさっぱりわかんないけど」
というクララの直球の言い分に、あ、よかった、わかってないの自分だけじゃないんだ、とリリーはほっと胸を撫で下ろした。
ライオと交代で舞台に現れたラリーが、「次は、出し物大会最後を飾る、ペネロペによる幻想的な水芸でございます!」と発表した。これまた大きな拍手と歓声が沸き起こる。
水色のドレスに身を包んだペネロペがしずしずと舞台に現れると、「うおー、来たー!!」だの「め・が・み! め・が・み!」だのと連呼する野太い声が赤く染まり出した空にこだまする。
ペネロペを女神呼ばわりしているのは、ほかの町の連中である。彼らも、ペネロペが人間ではないことは、恐らく百も承知だろう。何しろ、彼女は年を取らない。いや、年は取るが、それがあまりにゆっくりで年を取るように思えないのだ。永遠の若さを持った水を操る謎の美女。女神と称えたくなるのも、まあわからないでもないと思うリリーだった。
ペネロペが舞台の中央に立つと、観客はしんとなった。夕焼け空をバックに立つ水色の髪の美女は、まるで絵画の世界のようだ。すぐに、ペネロペの周りに、小さな粒がきらめき始めた。水球の出現だ。
水球は、その数を増やしながら、ゆっくり成長していく。夕日を浴びてきらきらと輝く無数の水球が、ペネロペを中心にして徐々に回転を始める。
「おおー」「すごーい」「きれーい」
観客たちのため息交じりの声が聞こえる。
ペネロペを取り巻く水球たちは、光の軌跡を残しながら回転の速度を上げていく。ペネロペが体の横に垂らしていた両腕をすぅっと上げると、水球は舞台から弾き飛ばされるように、空へ向かって勢いよく飛んだ。
わあー……
どこからともなく漏れ出した感嘆の声が、さざ波のように栗の丘に広まる。一斉に仰向いた観客たちの顔は笑みで溢れている。きらきら光る水球は、まるで夜空の星のようにきらめきながら、夕焼けの空へ舞い上がり、消えた。
パチパチパチ、と優しい拍手が起こり、ペネロペは優雅にお辞儀をして、舞台を去った。
「これにて、出し物大会を終了いたします。さあ皆様、この後はお待ちかね、夏祭り最大のイベント、花火大会でございます! 会場は村を出た先にある川岸になります。ただいま準備中でございますので、開始までどうぞご自由にお過ごしください」
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