異世界村役場のお仕事~怪力少女の同僚は、転生チートおじさん~

上田ハル

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第4章 夏祭り

第7話 花火

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「え……、これ、持つんですか」
 リリーは絶句して、示された太い筒を見つめた。

 バーナードがすまなそうに眉を落とす。
「すまんな、リリー。筒を固定する台に不具合があってな、グラグラするらしいんだ」
「でも、これ、花火ですよね」

 指差した筒は、ふてくされたトドのように地面に転がっている。

「しかも、大筒」
 ニヤニヤしながら言うマートを、リリーはむっとしてにらんだ。

「大丈夫ですよ。まあ、全く危険がないと言ったらうそになりますけどね、まあ大体大丈夫です」
 花火職員のおじさんが、黒く日焼けした顔に人のよさそうな笑みを乗せて言った。

「大体……」
 大体って大丈夫って言えるのか、これ花火なのに。しかもなんかものすごい大きいのに。と疑問に思うリリーは、気楽に大丈夫だと言う花火職人のおじさんを胡散臭げに見た。

「大丈夫ですって。私らも、ほれ、あっちの筒、あの横で待機して打ち上げるんですからね。同じですわ。これはまあ大きいですが、私らが火種を投げ込むでしょ、ドカーンといって、もう終わりですからね。あっという間のことですよ」

 そのドカーンが怖いんだけど。リリーは胸の内でもっともな反論した。

 それに、この筒はとにかく大きい。リリーが両手を回しても指先さえ届かないような太さだ。これに入れる花火玉だって、相当な大きさになるだろう。

 大きな花火イコール大きな爆発。
 怖すぎる。

「リリー、本当に申し訳ないんだが、台を直している時間もなくてな。お前がケガをしないよう全員で出来る限りのことをするから、この1発だけ頼めないか」

 リリーは唇をすぼめて突き出した。バーナードにこうまで言われては、やるしかない。やるしかないのだが、納得はいかない。

 自分にこの役が回ってきた理由は、すぐに察しがつく。自分は怪力だし、総務課だし、一番若いし、元気だし、健康だし、何かあってもまあ大丈夫だろうぐらいに思われているのだろう。

 ついでに、井戸の中にスライムが大量発生した事件で、リリーがスライムを打ち上げる筒を押さえる役をした。今回も筒である。あれ、これあの時と似てんじゃね? じゃあ、またリリーでいけるんじゃね? みたいな考えがどこかにあるんじゃないかという疑念が、どうしてもぬぐい切れない。

 むう、とむくれているリリーに、消防団長のフィンが紺色の羽織を持って近づいてきた。消防団長のフィンは40代で、細身の体は日々の訓練で鍛え上げられてたくましく、冷静沈着で、とにかく信頼の厚い男である。

「リリー、これを着ろ。これは火の粉を通さない。品質は俺たち消防団が保証する」

 手渡された羽織は、案外ずしりと重かった。

 黒に近くなるまで濃く染められた紺色の羽織は、消防団員が現場で消火作業する際の制服である。山に自生する草で染めたこの羽織は、フィンが言うとおり、火の粉が降りかかっても燃えることがない。ただ焦げはするようで、羽織の所々に小さな焦げ跡があるのをリリーは目ざとく見つけた。

 しかし、信頼の厚いフィンから手渡されてしまっては、もう突き返すわけにもいかない(渡してくるのがマートさんだったら、ぺいっと放り出せたのにとリリーは思う)。リリーは口を尖らせたまま「わかりました」と言った。

 花火は、村の近くの川岸で行われる。もう人々が、花火大会の開始を待って集まっている。これ以上駄々をこねるわけにいかないことは、リリーにも十分わかっていた。

 リリーが抱えることになった花火筒は、最後に打ち上げる大花火だ。祭りの終わりの合図でもあり、村に戻ってきていると言われる先祖の霊たちをあの世に送り返す合図でもある。これ抜きには祭りは終わらない。ご先祖様たちも、あの世へ帰らない、のかもしれない。そうなっては大変である。

 花火大会は、ほんのちょっぴり遅れはしたが、ほぼ予定どおりに開始された。隣村の花火職人たちが手際よく花火筒に火種を投げ込み、ドーン、ドーン、と暗くなり始めた空に花を咲かせている。

 リリーは、バーナードとマートと一緒に並んで椅子に座って見物していた。対岸から人々の歓声や拍手が聞こえてくる。これまでは観客側から見上げていたものを、今は反対の岸から見上げていることに不思議な気持ちを抱いた。

 観客でいたときより、当然だが花火筒までの距離が近く、音も振動も想像以上に全身に響いてくる。花火職人さんたちがあんなにも忙しく動き回っていることも、運営側に回って初めて知った。

 花火師の親方が、リリーたちに向かって片手をグルグル回して合図を送ってきた。

「じゃあ、行ってきます」
 リリーは立ち上がった。羽織ももう着ている。覚悟は、まあ、決まったことにする。どうせもう逃げられないし。

「ああ、頼んだぞ、リリー」
「安心しろ、リリー。暴発しても、俺が水の魔法でお前を救ってやろう」
 腕を組んでふんぞり返るマートに思いっきりあっかんべーをして、リリーは親方の元へ行った。

 一通りの説明は、事前に聞いている。藍染めの頭巾をかぶり、同じく藍染めの手袋をはめ、鼓膜が破れないように特殊な耳当てもつけている。消防団員も固唾をのんで見守っている。ものすごく距離を取って。花火師さんたちも、この花火筒からはかなり離れたところで待機している。

 やっぱりこれ、かなり危険なんじゃない? と、リリーはちょっぴり涙目になった。

 しかし、もういろいろ遅いのである。やけくそでも何でも、やらねばならんのである。リリーは筒を抱きかかえ、腰を落として衝撃に備える。そして思った。やっぱり私、なんか危ないことばっかり担当してる、と。

 リリーが抱える花火筒に、火種が投げ込まれた。次の瞬間、ものすごい音と衝撃が来た。リリーはもう必死で、筒がぶれないよう歯を食いしばって耐えた。

 ぎゅっと目をつぶっていたリリーは、ヒューともピューとも取れる口笛のような音の後に、ドーンと鳴る音で目を開けた。仰向くと、まさにリリー頭上、空高くに、これまで見たこともないほどの大きな光の花が開いていた。

 対岸から、感嘆交じりの歓声が上がる。続いて大きな拍手が沸き起こる。リリーは腕のしびれも忘れて、呆けたように夜空に打ちあがった巨大な花火を見上げていた。

「リリー!」

 バーナードの呼ぶ声に、はっとして顔を向ける。バーナードとマートが「急げ」と言いながら手招きしている。慌てて筒を置いてバーナードたちのほうへ駆けていく。バーナードとマートが、優しい笑みと拍手でリリーを迎える。

 空に打ちあがった大花火は、無数の火の粉を落としながらゆっくり崩れ、人々の歓声を残して消えた。
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