異世界村役場のお仕事~怪力少女の同僚は、転生チートおじさん~

上田ハル

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第4章 夏祭り

第8話 祭りの夜

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 ベッドに仰向けになって横たわったまま、リリーは真っ暗な天井を見つめていた。眠れなかった。花火を無事に終えた後、ざっと祭りの片づけをして、総務課のその日の仕事はお開きとなった。長い1日だった。

 そうした疲れや興奮もあるのだろう、リリーはくたくたに疲れているはずなのに寝付けなかった。何度も寝返りを打ち眠ろうとするも、意識は妙にはっきりしていて、いろんなことが頭に浮かんできてしまう。

 その中に、クララのことがあった。クララが村を出る計画をしていたことを、リリーは全然知らなかった。教えてもらえなかったこともショックだが、村を出たいと思っていたことも、ショックだった。

 悶々もんもんとして、寝返りを打つ。今度はライオの顔がまぶたに浮かんだ。ダンスをしていたときに目が合ったあの一瞬。思い出した途端に、リリーの胸が激しく打ち始めた。

 え、何で?

 リリーは混乱した。ドキドキする胸を押さえてみる。呼吸も浅くなっている。それに気づいて、急いで大きく息を吸い込んでみる。

 ライオのあんな目も表情も初めて見た。きっとそれでだろう。いつものライオと全然違った。力強くて、熱っぽくて。まるで、知らない男の人みたいだった。あの視線を受けたとき、リリーは自分が獲物になったように感じた。狙われている――そんな感じに。

 なんでライオはあんな目でこっちを見たんだろう。いやいや、あれはダンスの最中だったし、踊っているときのライオはいつもあんな感じで、あのときたまたま目が合っちゃっただけかもしれないし。

 リリーは今度は逆向きに寝返りを打った。胸の鼓動は収まらない。考えれば考えるほど、頭も顔も、体までも熱くなっていく。

 うーん、うーん、と歯を食いしばって考えていたリリーは、いきなりハッと目を見開いた。

 まさか私、ライオにときめいてる?

 思わす起き上がり、ないないないない、と頭をぶんぶん振る。

 ライオだよ、だってライオだよ? リリー、しっかりしなさい。あんた、あのライオにときめいてんの? ライオって、あのライオだよ? あの寝ぐせのライオ。

 ちっちゃいとき、グラグラしていた前歯を気にしてずっと触っていたから、リリーが取ってあげると言って(無理やり)取った。あのときの大泣きしたライオ、前歯の抜けた顔で楽しそうに笑うライオ。ずっと一緒に育ったライオ。

 ないないないない、だって、私にはカイルという憧れの人がいるんだし……と思ったところで、突然頭が冷えた。そして急に悲しくなった。

 リリーは、ベッドから降りた。ここまではっきり目が覚めてしまっては、眠ることなんてできそうになかった。頭を冷やしたい気持ちもあって、リリーは少し散歩に出ることにした。

 村の大通りを埋めていた屋台は、もうあらかた片付けられている。道に散らばっていたごみは、村のみんなで片づけた。それでも、村にはまだ祭りの余韻が漂っていた。ひとの家の柵に腰を預け話し込んでいるカップルや、遊び足りない少年たちの声が聞こえていた。

 ひんやりし始めた夜の風に当たっていると、発火しそうだったリリーの頭も徐々に熱が引いてきた。心拍数の低下とともに歩くスピードも落ちて、リリーはやっと「夜の散歩」を味わう余裕ができてきた。

 しばらくすると、懐かしい3人組に出会った。リリーより10歳近く年上の彼らは、今年の夏祭りはこれまでとちょっと違っていてびっくりしたけど面白かったと口々に言った。ゴブリンいるとか、この突拍子のなさがこの村だよね、なんか嬉しかったと笑顔で言われたときには、リリーも満面の笑顔になった。

 彼らと別れた後も、リリーは心がほかほかしていた。夏祭りは準備からして大変だったけど、花火で大筒抱えさせられたけど、やってよかったと思えた。

 そのままぶらぶら歩いていると、前方から揺れるランタンが現れた。夜警のルナだった。

「やほー、リリー。どうしたの、眠れない?」
「うん。なんかちょっと、まだ興奮してたみたいで」
「ああ、そうだよね、今年は初めて運営側に回ったしね。忙しくて大変だったでしょ」

 うん、とリリーが頷いたとき、遠くにもう1つ、ランタンの明かりが見えた。その明かりが、上下に揺れ出した。ルナもまた、ランタンを持つ腕を伸ばして上下に振った。夜警同士での「異常なし」の合図である。

 山間ののどかな村ではあるが、周りを取り囲む山々には、モンスターがいる。時にはクマやイノシシが村に来ることもある。盗賊など警戒すべき相手も当然いる。山奥の小さな村とはいえ、それなりに警備は必要なのだった。

 居酒屋からの賑やかな声を聞きながら、リリーはルナと一緒に歩いた。

「で、どうだった? 初めて運営に回ってみて」
 周囲を見渡しながら、ルナが訊ねた。

「楽しかった」
 自分からするっと出た言葉に、リリーはハッとした。

 ルナが、うん? と不思議そうに首を傾げた。

 そうだ、楽しかった。今日あったいろんな場面が目まぐるしく思い出される。傷ついたしショックも受けたけど、今はもう、それらは小さなことに感じられた。みんなの笑顔が見れて、楽しかったと喜ばれて、今、リリーは幸せでいっぱいだった。

「ルナ、私、この村大好き!」

 突然のリリーの告白に、ルナは方眉を上げたが、
「知ってるよ」
 とニヤッと笑った。

 我ながら単純だな、とは思うが、それが正直な気持ちだった。誰に何と思われようと、自分はこの村が好きだ。楽しかったと言ってくれる人たちがいて、自分の頑張りを見ていてくれる人たちもいて、これって十分幸せなことなんじゃないだろうか。

 胸の中のこんがらがった糸は、いつの間にかにほどけていた。ライオのことは……。あの目を思い出すと、急に動悸がしてくる。何これ、どういうことー? と、落ち着いたはずの頭が再び混乱する。

 ライオのことを考えると、リリーの心は途端にどうしようもなくモヤモヤが膨らむ。だから、そこにはあえて触れないでおく。怖い、ような気がする。

 ライオのせいだ。ライオがあんな目をしたから自分がこんなに混乱するのであって、いけないのはライオなのである。全部ライオのせい。そう考えればスッキリする。だからそうに違いないのである。リリーはそう決めた。

 まだ見回りのあるルナと手を振り合って別れ、頭の中にちらつくライオの笑顔は見ないふりをして、夜空に瞬く星を見上げながらリリーは家へ戻った。
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