異世界村役場のお仕事~怪力少女の同僚は、転生チートおじさん~

上田ハル

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第4章 夏祭り

第9話 村役場は今日も大騒ぎ

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 翌朝、町に帰るヴィヴィアンを見送りに、リリーは駅馬車乗り場にいた。ヴィヴィアンと同じように近隣の村や町へ帰る人たちで、辺りは賑やかだった。その中に1人、よほど別れが悲しいのか、体の大きな男性が人目もはばからずオンオン大泣きしていた。

「なんか昨日はぐっすり眠れたみたい。こんなにすっきりしたの、久しぶりかも」
 ヴィヴィアンが、両手に荷物を持ったまま大きく伸びをした。
「昨日ね、両親と夕ご飯食べながら、リリーたちの話を聞いたよ」

「え、何、何だろ」
 急に挙動不審になったリリーに、ヴィヴィアンが噴き出した。
「なーに、あんた。なんか話されてまずいこととかあんの?」
「え、そんなことはない、けど」
 けど、何よー? とヴィヴィアンに肘で突かれながら、リリーは、ああ、昔に戻ったみたいだ、と嬉しくなった。

 駅馬車が、ガラガラと車輪の音を立てながら近づいてくる。もうお別れか、とリリーはまた寂しさが胸の中を吹き抜けるのを感じた。

 リリーとヴィヴィアンは、近づく駅馬車を黙って見つめていた。馬車を待つ人々も、地面に置いていた荷物を持ち上げ始めた。馬車が、ゆっくりと停まる。見送りの人と乗り込む人たちが、互いに手を振り合う。

 まだ泣いている男の人も、未練がましく村を振り返り振り返り、馬車へ向かった。その列に続きながら、ヴィヴィアンがリリーに顔を向けた。

「頑張ってるんだね、リリー。父さんも母さんも、あんたのことすごく褒めてた。あんたが村役場にいてくれるから、安心して暮らせてるって。私も向こうで頑張るよ。一緒に頑張ろうね!」
 ヴィヴィアンはそう言うと、馬車に乗り込んでいった。

 遠ざかる駅馬車に手を振りながら、リリーは、胸が暖かくなっているのを感じていた。

 村の入り口に向かって歩きながら、リリーは、ヴィヴィアンがかけてくれた言葉をかみしめていた。「一緒に頑張ろう」。ヴィヴィアンは、そう言った。「頑張れ」じゃなくて、「一緒に」。離れていても、それぞれの場所で、それぞれの仕事を頑張るんだ。一緒に。リリーは、スキップしたくなる気持ちもそのままに、弾むような足取りで村へ向かって走った。

 村の入り口には、ゴブリンのガンが制作に参加した竜の藁人形が鎮座している。いろんな人にあちこち触られて、藁を抜き取られて、もう結構ボロボロである。

「お疲れさま」
 リリーは、藁でできた竜の、繊細に編みこまれた鋭い爪を撫でた。この竜はこの後、村人たちの手によって、川に流される。村の穢れや災厄を一心に背負った竜を川に流すことで、また1年、村は守られる。夏祭りの本当の締めは、この竜流しなのである。ただしとても地味なので、あまり人気はない。

 リリーは村役場に向かった。今日は休日で、本来なら総務課も休みである。ただ、祭りの後片付けのため、この日は午前中だけ仕事がある。

 祭りの後の村は、またいつもののどかさを取り戻していた。まったりとした空気に、ニワトリやイヌの鳴き声が混ざる。早くもごみ拾いを終えた村人たちと挨拶を交わしながら、リリーは村役場前の広場を歩いた。

 役場の玄関が、ほんのちょっとだけ開いていた。あれ? と思いながら扉を引くと、「おおっと」と言いながら、つんのめるようにしてマートが出てきた。

「マートさん、何やってるんですか?」
「いや、何でもないぞ。ところでリリー、馬車はもう行ったのかね?」

 何だろう、その言葉遣い、と思いながら、リリーは「行きましたよ」と答えた。マートは心の底からほっとしたように「そうか、よかった」と言った。

「何なんですか」「何でもねーよ」と言い合いながら2階にある総務課に、2人で階段を上っていく。上り切ったところで、

「どいた、どいた、どいたー!!」
 と、ものすごい勢いで廊下をモップ掛けするデイジーに行きあった。デイジーもまた、休日出勤組である。デイジーは、マート見ると「おや、色男」と言って、ポケットから真っ白い封筒を取り出した。

「さっき、あんたを探してここに来た男から、恋文を預かってるよ。あんたに直接渡したかったけど会えないからって、泣きながら帰ってったよ」
「えー!?」
 リリーは驚いて飛び上がった。それから、さっきヴィヴィアンと馬車を待っているときに、大泣きしている男性がいたことを思い出した。もしかしてあの人が……とマートを見ると、マートはのけぞって手を振っていた。

「いい、いらない! 捨てといて!」
「えー、読まずに捨てるのー?」
 デイジーは、にやにやしながら手紙をぴらぴらさせた。

「マートさん、モテるんですね」
 驚き顔のリリーに、デイジーがにやにや顔のまま説明した。

「昨日の女装したこのおっさんに一目惚れしたんだとさ。やるねぃ、おっさん」
「俺はペネロペ一筋なの! あと、おっさん言うな! 俺はまだ34だ!」
「おっさん、おっさん」
 デイジーは、適当な節回しで歌いながらモップがけを再開した。

「捨てといてよ、それ!」
 声をかけるマートに、デイジーは顔だけ振り向いて、にやりと笑った。その途端、マートが真面目な顔でデイジーを追い始めた。

「きゃー、襲われるー」
 デイジーはモップをかついでケタケタ笑いながら逃げた。

「騒がしいな、どうした?」
 総務課の扉が開き、バーナードが顔を出した。

「何でもないです。おはようございます、バーナード」
「おはよう、リリー。早速なんだが、お前にやってほしいことがあってな」
「はい!」
 リリーは元気よく、総務課の扉をくぐった。
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