異世界村役場のお仕事~怪力少女の同僚は、転生チートおじさん~

上田ハル

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第5章 最終章

第3話 火竜の子1

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 竜が近くの山にいるとなると、村長にも報告しなければならない。総務課一同は、村長室でブリジットに、ゼフから得た情報を伝えた。

「その竜の子どもの親は、近くにいるのでしょう?」
 問うたブリジットに、バーナードが自信なさそうにうなずいた。
「通常であればそうなのですが。ただゼフが言うには、その時には親の姿は見当たらなかったようです」
「幼体だけがいたというのね?」
「ええ」

 どういうことかしら、とつぶやきながら、ブリジットはピカピカに磨き上げられた机に目を落とした。

 竜は、人間を警戒して日中は姿を隠している。一度に1体しか子どもを産まない竜は、産んだ子どもをとても大切に育てる。簡単に人目につくような場所に子どもを置いていくのは、竜本来の行動から外れていた。

「あのう」リリーがおずおずと手を挙げた。「マートさんは、竜としゃべれないですかね」
「は?」
 それまで完璧に他人事の態度で突っ立っていたマートが、びっくりした顔をリリーに向けた。

「マートさん、動物とおしゃべりできるじゃないですか。だから、もしかしたら竜も、って思ったんですけど」

「いや、無理無理無理! 人間を簡単に殺せちゃうくらいのヤツなんでしょ? 俺なんか行ったって、『なんだ、こいつは』って、すぐやられちゃうから!」

「怒りまくってた犬だって、マートさんが話しかけたら、落ち着いてくれたじゃないですか」

「あら、そうなの?」
 ブリジットが細く整えた眉を上げた。あれは「それは初耳。話しなさい」だなと正しく受け取ったリリーは、幽霊屋敷で犬の親子を助けた話をした。

 ふむふむとうなずきながら聞いていたブリジットが、マートを睨みつけるように見た。
「マート。あなた、やってみてちょうだいな」
「いや、だから、無理ですって!」

「マートは魔法も使えるしなあ」
 バーナードののんびりした声に、マートがぎょっとした顔でせわしなく手を振った。
「無理無理無理! 俺が使える魔法なんて、初歩の初歩っすよ。『はじめてのまほうの本』とかいう、学校の図書室から借りたやつで独学してるだけなんすから」

 マートさんはどうやって魔法の練習をしてるんだろう、と常々思っていたリリーは、思いがけず疑問が解けた。

 そういえば、エレーヌが以前、マートのことを「努力家」と呼んでいたのを思い出す。その時リリーは、「エレーヌさんは優しいな、そういう見方をする人もいるんだな、ちょっと無理がある気がするけど」とエレーヌの感性に感心していたのだが、マートの今の発言を聞いて、マートさんは、全然全くこれっぽっちもそうは見えないけれど、本当に努力家さんだったんだな、とマートを(ほんのちょっぴり)見直しかけた。

 その隣でマートは、押し通そうとするブリジットに引きつった顔で抵抗を続けていた。
「目くらましくらいにはなるでしょう」
「目くらましじゃ命は守れないでしょ!」
「その隙に、何かほかの魔法を使いなさいな」
「いやいや、そんな簡単に言いますけどね」

 ブリジットとマートが不毛な会話を続けている中、宙を睨んで何か考えていたらしいバーナードが、不意にリリーに顔を向けた。

「リリー、お前も行くか」
「え?」
 突然飛んできたご指名に、リリーが驚いてバーナードを見た。

「もし竜が攻撃する様子を見せたら、マートを担いで山から逃げてくれ」
「そうね、それがいいわね」
「え、私が担ぐんですか」
「そうよ。あなた、前にやったことあるんだから、できるでしょ」
「はあ。でもあの時は、マートさんをみんなで巻い……」
「はい、それ禁句!」
 マートが、リリーにビシッと指を突きつけた。思い出したくないらしい。

「竜を敵に回したくはないから、できるだけ穏便にな」
 いつものように、バーナードがとっ散らかった話をいきなりまとめた。

「決定なんすか……」
 げんなりした顔のマートを、ブリジットがジロリと睨んだ。
「決定です。すぐに行ってください」


 ゼフが言っていた山に登りながら、マートはグチグチ文句を言っていた。

「なんかさー、横暴じゃねえ? 全然こっちの言い分聞いてくれないしさー」
「マートさん、仕事ですよ!」
「人使い荒いしさー。こんな小っちゃい村の役場の仕事が、何でこんなハードなの?」
 ハードという単語は初めて聞いたが、まあ何となく意味は伝わったので、リリーは胸を張って言った。
「それがこの村の総務課ですから!」
「自慢になんねーよ。命がけかよ」
「私なんて、いつもですから!」
 そだなー、とか何とか言っている間に、ゼフが言っていた大岩が見えてきた。灰色の巨大な一枚岩が斜面にそそり立っている。

 その岩が落とす大きな影の中に、その竜はいた。真っ赤な体を横たえ、太くて頑丈そうな円錐形の尻尾をリスのように体にくるんと巻いて、ちんまり丸まって眠っている。まだ本当に小さな竜の子どもだった。これだけ近くに人間がいるというのに、目を覚ます様子もない。ぐっすり眠りこんでいるようだった。

「か、かわいいです」
「うん、かわいいな」

 人間に命を狙われている存在として、この無防備さは心配になるほどである。

 起こすのかわいそうだね、っていうかもうちょっと見てたいよね、とコソコソ話していると、火竜の子が身動ぎをして、パチッと目を開けた。

 リリーたちの姿を認めた火竜の子はすぐさま立ち上がり、まん丸のエメラルドグリーンの瞳に精一杯の警戒を宿し、短い両腕と小さな翼をグンと横に広げた。

「うお、何あれ、超かわいい」
「はい。でもあれ、威嚇のポーズなんです」
「うそっ」
 マートの頭の中で、「異世界一かわいい威嚇」とキャッチコピーが踊った。
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