異世界村役場のお仕事~怪力少女の同僚は、転生チートおじさん~

上田ハル

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第5章 最終章

第7話 火竜が来た!

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 親と思われる火竜がやって来たのは、夕方のことだった。村人の多くが夕食を取り終え、まったりとした時間を過ごしていた。リリーも、父バルドと妹エミリーと食後の談笑をしている最中だった。窓の外から、村人たちの、のんきかつ興奮した声が聞こえてきた。

「おい、見ろ、見ろ! 本物だ!」
「すっげーなー。でっけーなー。俺、初めて見るよ」

 リリー親子は互いに顔を見合わせ、何だ、何だと揃って玄関へ急いだ。

 外へ出ると、みんなが一様に空の同じ方向を見上げている。リリーたちも村人が見ているほうへ顔を向けた。

「うわあ、竜だ!」
 エミリーが目を輝かせた。

 深い藍色の空に、巨大な竜が浮かんでいた。暗くてはっきり見えないが、どうやら体の色は赤のようである。ということは火竜である。まだ山の上にいるが、すぐにこの村に着くだろう。

「おい、リリー。こりゃ、あれじゃねえか? あの火竜の子どもの親じゃねえか?」
 バルドが、眩しくもないのに額に手をかざして、向かってくる竜を見て言った。
「うん、私もそう思った。私、マートさんの所に行ってくる!」

「お姉ちゃん、あの子、帰っちゃうの?」
 走り出そうとしたリリーを、エミリーの悲鳴のような声が引き止めた。エミリーにとっても、あの火竜の子どもは、かわいい友達のようなものだったのだ。泣き出しそうなエミリーの顔を見て、リリーは口ごもった。エミリーの気持ちは、すごくわかる。でも。

 バルドの大きな手が、エミリーの肩に優しく乗った。

「エミリー、あれがあの子の親なら、ずっと自分の子どもを探してたんじゃねえかな。あの親子は、ずっと離れ離れだったんだ。もう一緒にいさせてやろうや。な?」

 エミリーはバルドの服をぎゅっと握り、「うん……」と顔を伏せてうなずいた。

「まだあの子の親かわからないけど、もしそうなら、元気でねってみんなであの子を見送ってあげようね」
 リリーの言葉に、エミリーは顔を上げないまま小さくうなずいた。

 マートの家に向かって走りながら、リリーも寂しさを感じていた。あの火竜の子は村役場のマスコット的存在になっていたし、何より存在そのものがかわいくて、リリーも大好きだった。いつかお別れが来るとわかってはいたが、いざそのときになると、つらい。

「リリー!」
 呼ぶ声に振り向くと、ライオが、空を見上げる村人たちを器用に避けながら猛スピードで駆け寄ってきた。

「あの火竜、あの子の親かな?」
「まだわかんないけど、そうじゃないかな。私、ひとまずマートさんの所に行ってくるよ」
「そうだね。僕、さっきバーナードに会ったんだ。もしあの火竜が村を攻撃するといけないから、避難準備をするって言ってた。僕は避難に時間のかかりそうなお年寄りの家を回るよ。フィンやルナたちも避難誘導に動いてるみたいだから、こっちのことは気にしなくていいよ」

 あ、そうか、とリリーはライオの話を聞いて、ようやくその可能性に思い至った。あの火竜があの子の親であるかどうかにかかわらず、攻撃される危険があった。そうなったら村はひとたまりもない。バーナードが言うように、村の人を村から脱出させなければならない。頼りになる大人たちが動いてくれているようだから、きっとみんなを安全な場所までちゃんと誘導してくれるだろう。

「ありがとう、みんなをよろしくね!」

 爽やかに手を振って走り去るライオを、リリーは本当にありがたい幼馴染だと思った。ついでに、本当に総務課の準職員みたいだとも思った。

 ライオが言っていたとおり、夜警の人たちが大きな声で避難誘導を始めていた。竜を一目見ようと外に出ていた村人たちは、慌てて貴重品を取りに家に駆け戻ったり、「そんなことしてる時間はないぞ!」と周囲の人に引き留められていたりした。

「あれ?」

 人の流れに逆行する形で走っていたリリーは、広い十字路で、思いがけない組み合わせの3人組を見つけた。

「マートさん、ペネロペ、ひいおばあちゃん!」

 ペネロペとリリーの曽祖母のソフィアが、マートを挟む格好で歩いている。マートは顔をうつむけて、腕にあの火竜の子どもをしっかりと抱きかかえていた。その様子が何かおかしい。言いようのない不安が、リリーの足を速めさせた。

 リリーに気づいたソフィアが手を振った。ずっと腕の中の竜の子どもを見つめていたマートも、顔を上げた。リリーは、あんなに困惑した様子のマートを見るのは初めてのことだった。

 リリーがどうしたんですかと尋ねるより先に、マートが震える声で叫んだ。

「起きないんだ、こいつ、全然目を覚まさないんだ!」

 わけがわからないままリリーがマートの腕の中の火竜の子どもを見ると、確かに、この騒ぎの中、クウクウと平和な寝息を立てて眠っている。

「魔法をかけられているみたいなの」

 ペネロペの不穏な発言に、リリーは驚いた。
「魔法って……、何でですか? 誰が?」

「わからないわ」
 ペネロペが悲しそうに首を横に振った。
「でも、とても強い魔法なの。私でも解除できない」

 この村で魔法に一番精通しているのは、ペネロペである。そのペネロペでも駄目なら、ほかに誰がこの子にかけられた魔法を解けるというのか。

 あ、とリリーは思い出した。マートには、無限の魔力があるらしい。もしかしたらいけるのではないか?

「マートさんは?」
「駄目だった」マートは沈痛な面持ちで首を横に振った。「ペネロペに教わってやってみたけど、無理だった。ペネロペが言うには、どうも俺らが使うような魔法とは違う系統じゃないかって」
「そんな……」
 リリーは絶句した。そんなことがあるのか。魔法に疎いリリーには、魔法にも系統があるなんて考えたこともなかった。

「どうしよう。あの火竜、この子の親かもしれないのに」
 リリーが空を振り仰ぐと、もう火竜は村の上まで来ていた。火竜の翡翠のような緑色の大きな目が、マートが抱える子どもの火竜にひたりと向けられている。

「まずいね。あたしらがこの子に変なことをしたと思われなきゃいいけど」
 ソフィアが火竜を見上げながら、舌打ちをする。

「俺、話してみます」
「え?」
 ソフィアが驚いた顔でマートを見た。それから、すぐに合点したようでうなずいた。
「そうか。あんた、この子とも話ができるんだったね。でも、気をつけな。あっちに話を聞く気があるかどうかもわからないしね」

「そんときは、サポートお願いします」
「サフォート?」
 リリーは首を傾げた。こんな時にもまた謎語。

「ええと、手助け、みたいな感じかしら?」
 ペネロペも首を傾げた。こんな時でも美女は美女。

「ええ、その通りです。よろしくお願いします」
 ペネロペの美女っぷりに触発されたのか、マートはいきなりあの渋い声と顔になった。

 ほんと面白い子ねー、とソフィアが感心したようにつぶやいたのを、リリーの耳はキャッチした。

 こんなやり取りをしていると、ついいつもの調子になってしまうのだが、今はかなりの緊急事態なのだった。火竜が、リリーたちのすぐ上にいた。
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