異世界村役場のお仕事~怪力少女の同僚は、転生チートおじさん~

上田ハル

文字の大きさ
85 / 85
第5章 最終章

第17話 いつもの、日常

しおりを挟む
「おはよう、リリー」
「おはようございます!」

 朝、元気に役場に出勤するリリーに、近所のおばさんが声をかけた。

「昨日は大変だったねえ。火竜の後は、モンスターが来たんだろ?」
「はい。でも、もう大丈夫です。ひいおばあちゃんが追い払いましたから!」

「ははは。まったくソフィアは頼りになるねえ。あ、そうだ、うちの畑でいいカボチャが取れたんだ。帰りに寄っとくれ。あんたん家とソフィア用に用意しとくから」
「はい、ありがとうございます!」

 昨日、火竜が降り立った時に壊れた民家の柵や、魔族の少年が魔法で引きちぎってできた地面の穴の周りに村人たちが集まっていた。

「おはようございます!」

 リリーが挨拶すると、村人たちが振り返った。

「おう、リリー、おはよう!」
「すごいねえ、これ。よくみんな無事だったねえ」

「はい! 火竜はマートさんがお話ししてくれて、モンスターはひいおばあちゃん圧勝で追い払いました!」

「すげーなー。頼りになるなあ。いやあ、すげえ」

 すげえすげえと褒めるような呆れたような村人に、リリーは、そうでしょう、とムンと胸を張った。そのリリーに、控えめに声をかける老人がいた。

「あのー、それで、うちの柵、村から給付金とか出るんかいね?」
「あ、そうですね。モンスターによる被害ですから、出ると思います。後で役場に相談に来てくださいね」

「そうかー。よかったー」
 心底ほっとしたように胸をなでおろす老人に会釈して、リリーは役場へ向かった。

 学校へ向かう子どもたちが、リリーの姿を見つけて、みんなで駆け寄ってきた。

「ねー、昨日の竜とモンスターの話、してよ!」
「うん、そのうちね!」
「あの竜の子、また村に来る?」
「どうかなー。来てほしいよね」
「うん! そしたらね、今度は一緒にボール遊びするんだ!」
 目を輝かせる女の子に、隣にいた男の子が唇を突き出した。
「あいつ飛ぶじゃん。ずるいよ」
「えー、いいじゃん、別にー」

 どうすれば竜とボール遊びが楽しめるか真剣に議論を始めた子どもたちに手を振って別れ、役場への道を歩いていると、遠くに砂煙が見えた。ライオが今日も元気に郵便配達に勤しんでいるようだ。

 と思ったら、どうやらライオの進行方向にいたようで、瞬く間に砂煙と共にライオが現れた。

「リリー、おはよう!」
 白い歯を輝かせて爽やかに笑うライオの後頭部で、今日もご機嫌な寝ぐせが、慣性の法則に従ってぺこんぺこんと揺れていた。

「リリー、僕ね、決めたんだ。もっと速く走れるようになって、絶対にリリーを守り続けるって!」

 朝の爽やかな光の中で何とも爽やかに宣言されたリリーは、いろんな思いが錯綜した末に
「え、それ以上速くなるの? マジで?」
 と、最も簡単な感想に落ち着いた。

 呆気に取られているリリーに、ライオは「じゃあね!」と爽やかに手を振り去って行った。

 驚異的なスピードで遠ざかる幼馴染の背をぼんやり見送っていたリリーは、近くで寝そべっていたらしき野良犬に、濡れた鼻先でチョンと手を突かれ我に返った。

「ああ、おはよう。まあ、あれだね。お前も無事でよかったね」
 頭を撫でると、ベージュ色のその犬は嬉しそうににこっと笑った。

 昨晩、村に置いてけぼりを食らったニワトリたちも、異変などまるでなかったかのように、いつも通りに庭に撒かれた餌をついばんでいる。平和である。ものすごく平和である。

「あー、平和だなー!」

 そう言いながらリリーが大きく伸びをすると、通りがかりの女性たちが笑いながら挨拶してきた。

 総務課に着くと、いつものようにバーナードが既にいた。挨拶を交わし、席に座って雑談をしながら、ふとリリーは質問を口にした。

「もし今、魔族がこの村で暮らしたいって言ってきたら、受け入れますか?」

 バーナードはびっくりした顔をしたが、
「まあ、相手にもよるだろうな。魔族と一括りに言っても、いろいろだろうからな」
 と顎に手を当てて答えた。

「魔族って、見た目じゃわからなかったりするみたいじゃないですか。今まで一緒にいた人が実は魔族だったってわかったら、それでもみんなは今までと同じように、その人と一緒に暮らせるんですかね」

 自分でも、意地の悪い質問だな、と思う。この村の一番の人徳者であるバーナードを試すようなことをしている。それでも、聞いてみたかった。

「今まで一緒にいたんなら、問題ないんじゃないのか? 問題ないから、今まで一緒にいたんだろうしな」

 真面目な顔で前後を入れ替えて繰り返したバーナードに、リリーは思わず吹き出した。

「何だ?」
 困惑顔のバーナードに、リリーは「いえ、そうですよね」と笑いながらうなずく。

「おっはよー!」
 バァン! と総務課の扉を開けて、デイジーが入ってきた。肩に自慢の「万能モップちゃん」を担ぎ、背中にはガンの手による特注の籠を背負っている。この格好が、もう村の中ではデイジーのお決まりの姿として定着した。

「さあ、今日もお掃除、お掃除!」
 独特の節をつけて歌うように言いながら、デイジーはさっそく床にモップを置いた。

「おはよう、デイジー」
 デイジーに顔を向けたバーナードが、ふと思いついたように続けた。
「今リリーに、魔族がこの村で暮らしたいと言ってきたらどうするかと聞かれたんだがな、デイジーならどうする?」

「えー?」
 既にモップ掛けの態勢に入っていたデイジーが、動きを止めて顔を上げた。

「魔族ねえ。そんな変わり者の魔族、きっと普通の魔族とは違ってるんだろうし、まあいいんじゃない? バン達みたいに、魔族の暮らしになじめないとかって悩んでんのかもしれないしさ」

「そうだなあ。魔族にもいろいろあるだろうからなあ」

「そうそう。中には変わり種だっているだろうしね。まあ、いいじゃなーい?」

 そんなもんなのか。いいのか、それで。とリリーは思わないでもないが、もし自分が魔族の血を引いておらず、実際にこの村に移住したいという魔族が来たら、自分だって同じように考えるんだろうな、とリリーは思った。

 この2人の意見が村の総意ではないのはわかっている。だが、これがこの村なんだよね、と納得してしまうものも確かにあった。

「私、ここにいていいのかな」
 リリーはぽつりとつぶやいた。

「うん? 当たり前だろう? 何だ、リリー、何か悩んでいるのか?」
 バーナードが心配そうにリリーの顔を覗き込んだ。

「どしたの、リリー? あ、昨日、あんたたち大変だっただろうから、今日ぐらい休ませてもらってもよかったんじゃないかい? ちょっとバーナード、今からでもいいから、リリーとマートに休み、やってやったら?」
「ああ、そうだな。そうするか、リリー」

「え? いえ、あの、大丈夫です。そういうんじゃないです」

「昨日、ちゃんと眠れたんかい?」
 デイジーは、結構本気で心配してくれているらしい。

「うん。すごいぐっすり」
 実際、あんなに興奮した後では寝付けないだろうと思っていたのに、自分のベッドにもぐりこんだ途端、朝までノンストップで眠った。自分でびっくりした。

「はよーっす」
 ドアが開き、半分まぶたが閉じているマートが、背中を丸めて入ってきた。

「おはよう、マート。……大丈夫か? 今日は休むか?」

「あー、いえ。なんか、あいつがいなくなって、家の中が途端に寂しくなっちゃって、余計に気が休まらないんっすよね。仕事しまっす」

 首の後ろに手を当ててそう言いながら、マートは自分の机の椅子に疲れたようにどっかりと座った。

「そうか。火竜の子は、お前に随分なついていたからな。寂しくなるな」

「この家、こんなにガランとしてたっけ、とか思っちゃって。結構来るっすね、ロスが。竜の子ロスが」

「ロス。ロスって何ですか?」

 食いつくリリーに、マートがちらりとだるそうな目を向け、これ見よがしに、はあぁぁ、とため息をついた。そしてリリーの質問には答えないまま、机に突っ伏した。

「おっさん、その机、まだ拭いてないよ!」
 デイジーが雑巾を振り回しながら駆け寄った。

「いいよ、別に」
「いいよじゃない! あんたが良くても私が嫌なの! どけ、邪魔!」
 デイジーは、机にしがみつくマートを引き剝がして、几帳面に机を雑巾で拭き始めた。

「えー、ドイヒー」
「え、何ですか、マートさん、今の、ド、ドイ?」
「ウザッ。あのね、俺は今、傷心なの。傷心の真っ最中なの。そっとしといて」

「そっとしといてやりたいところだがな、マート。お前に清書を頼みたい書類がある」
「へーい」

 マートが立ち上がるのと同時に、コンコン、と総務課のドアがノックされ、村人が顔を出した。
「ちょっと相談があるんだけど」

「はい!」
 リリーは元気よく席を立ち、カウンターへ向かった。
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

病弱少女、転生して健康な肉体(最強)を手に入れる~友達が欲しくて魔境を旅立ちましたが、どうやら私の魔法は少しおかしいようです~

アトハ
ファンタジー
【短いあらすじ】 普通を勘違いした魔界育ちの少女が、王都に旅立ちうっかり無双してしまう話(前世は病院少女なので、本人は「超健康な身体すごい!!」と無邪気に喜んでます) 【まじめなあらすじ】  主人公のフィアナは、前世では一生を病院で過ごした病弱少女であったが……、 「健康な身体って凄い! 神さま、ありがとう!(ドラゴンをワンパンしながら)」  転生して、超健康な身体(最強!)を手に入れてしまう。  魔界で育ったフィアナには、この世界の普通が分からない。  友達を作るため、王都の学園へと旅立つことになるのだが……、 「なるほど! 王都では、ドラゴンを狩るには許可が必要なんですね!」 「「「違う、そうじゃない!!」」」  これは魔界で育った超健康な少女が、うっかり無双してしまうお話である。 ※他サイトにも投稿中 ※旧タイトル 病弱少女、転生して健康な肉体(最強)を手に入れる~友達が欲しくて魔境を旅立ちましたが、どうやら私の魔法は少しおかしいようです~

溺愛最強 ~気づいたらゲームの世界に生息していましたが、悪役令嬢でもなければ断罪もされないので、とにかく楽しむことにしました~

夏笆(なつは)
恋愛
「おねえしゃま。こえ、すっごくおいしいでし!」  弟のその言葉は、晴天の霹靂。  アギルレ公爵家の長女であるレオカディアは、その瞬間、今自分が生きる世界が前世で楽しんだゲーム「エトワールの称号」であることを知った。  しかし、自分は王子エルミニオの婚約者ではあるものの、このゲームには悪役令嬢という役柄は存在せず、断罪も無いので、攻略対象とはなるべく接触せず、穏便に生きて行けば大丈夫と、生きることを楽しむことに決める。  醤油が欲しい、うにが食べたい。  レオカディアが何か「おねだり」するたびに、アギルレ領は、周りの領をも巻き込んで豊かになっていく。  既にゲームとは違う展開になっている人間関係、その学院で、ゲームのヒロインは前世の記憶通りに攻略を開始するのだが・・・・・? 小説家になろうにも掲載しています。

[完結]前世引きこもりの私が異世界転生して異世界で新しく人生やり直します

mikadozero
ファンタジー
私は、鈴木凛21歳。自分で言うのはなんだが可愛い名前をしている。だがこんなに可愛い名前をしていても現実は甘くなかった。 中高と私はクラスの隅で一人ぼっちで生きてきた。だから、コミュニケーション家族以外とは話せない。 私は社会では生きていけないほどダメ人間になっていた。 そんな私はもう人生が嫌だと思い…私は命を絶った。 自分はこんな世界で良かったのだろうかと少し後悔したが遅かった。次に目が覚めた時は暗闇の世界だった。私は死後の世界かと思ったが違かった。 目の前に女神が現れて言う。 「あなたは命を絶ってしまった。まだ若いもう一度チャンスを与えましょう」 そう言われて私は首を傾げる。 「神様…私もう一回人生やり直してもまた同じですよ?」 そう言うが神は聞く耳を持たない。私は神に対して呆れた。 神は書類を提示させてきて言う。 「これに書いてくれ」と言われて私は書く。 「鈴木凛」と署名する。そして、神は書いた紙を見て言う。 「鈴木凛…次の名前はソフィとかどう?」 私は頷くと神は笑顔で言う。 「次の人生頑張ってください」とそう言われて私の視界は白い世界に包まれた。 ーーーーーーーーー 毎話1500文字程度目安に書きます。 たまに2000文字が出るかもです。

転生の水神様ーー使える魔法は水属性のみだが最強ですーー

芍薬甘草湯
ファンタジー
水道局職員が異世界に転生、水神様の加護を受けて活躍する異世界転生テンプレ的なストーリーです。    42歳のパッとしない水道局職員が死亡したのち水神様から加護を約束される。   下級貴族の三男ネロ=ヴァッサーに転生し12歳の祝福の儀で水神様に再会する。  約束通り祝福をもらったが使えるのは水属性魔法のみ。  それでもネロは水魔法を工夫しながら活躍していく。  一話当たりは短いです。  通勤通学の合間などにどうぞ。  あまり深く考えずに、気楽に読んでいただければ幸いです。 完結しました。

男子高校生だった俺は異世界で幼児になり 訳あり筋肉ムキムキ集団に保護されました。

カヨワイさつき
ファンタジー
高校3年生の神野千明(かみの ちあき)。 今年のメインイベントは受験、 あとはたのしみにしている北海道への修学旅行。 だがそんな彼は飛行機が苦手だった。 電車バスはもちろん、ひどい乗り物酔いをするのだった。今回も飛行機で乗り物酔いをおこしトイレにこもっていたら、いつのまにか気を失った?そして、ちがう場所にいた?! あれ?身の危険?!でも、夢の中だよな? 急死に一生?と思ったら、筋肉ムキムキのワイルドなイケメンに拾われたチアキ。 さらに、何かがおかしいと思ったら3歳児になっていた?! 変なレアスキルや神具、 八百万(やおよろず)の神の加護。 レアチート盛りだくさん?! 半ばあたりシリアス 後半ざまぁ。 訳あり幼児と訳あり集団たちとの物語。 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 北海道、アイヌ語、かっこ良さげな名前 お腹がすいた時に食べたい食べ物など 思いついた名前とかをもじり、 なんとか、名前決めてます。     *** お名前使用してもいいよ💕っていう 心優しい方、教えて下さい🥺 悪役には使わないようにします、たぶん。 ちょっとオネェだったり、 アレ…だったりする程度です😁 すでに、使用オッケーしてくださった心優しい 皆様ありがとうございます😘 読んでくださる方や応援してくださる全てに めっちゃ感謝を込めて💕 ありがとうございます💞

中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています

浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】 ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!? 激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。 目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。 もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。 セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。 戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。 けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。 「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの? これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、 ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。 ※小説家になろうにも掲載中です。

田舎農家の俺、拾ったトカゲが『始祖竜』だった件〜女神がくれたスキル【絶対飼育】で育てたら、魔王がコスメ欲しさに竜王が胃薬借りに通い詰めだした

月神世一
ファンタジー
​「くそっ、魔王はまたトカゲの抜け殻を美容液にしようとしてるし、女神は酒のつまみばかり要求してくる! 俺はただ静かに農業がしたいだけなのに!」 ​ ​ブラック企業で過労死した日本人、カイト。 彼の願いはただ一つ、「誰にも邪魔されない静かな場所で農業をすること」。 ​女神ルチアナからチートスキル【絶対飼育】を貰い、異世界マンルシア大陸の辺境で念願の農場を開いたカイトだったが、ある日、庭から虹色の卵を発掘してしまう。 ​孵化したのは、可愛らしいトカゲ……ではなく、神話の時代に世界を滅亡させた『始祖竜』の幼体だった! ​しかし、カイトはスキル【絶対飼育】のおかげで、その破壊神を「ポチ」と名付けたペットとして完璧に飼い慣らしてしまう。 ​ポチのくしゃみ一発で、敵の軍勢は老衰で塵に!? ​ポチの抜け殻は、魔王が喉から手が出るほど欲しがる究極の美容成分に!? ​世界を滅ぼすほどの力を持つポチと、その魔素を浴びて育った規格外の農作物を求め、理知的で美人の魔王、疲労困憊の竜王、いい加減な女神が次々にカイトの家に押しかけてくる! ​「世界の管理者」すら手が出せない最強の農場主、カイト。 これは、世界の運命と、美味しい野菜と、ペットの散歩に追われる、史上最も騒がしいスローライフ物語である!

神様の手違いで、おまけの転生?!お詫びにチートと無口な騎士団長もらっちゃいました?!

カヨワイさつき
恋愛
最初は、日本人で受験の日に何かにぶつかり死亡。次は、何かの討伐中に、死亡。次に目覚めたら、見知らぬ聖女のそばに、ポツンとおまけの召喚?あまりにも、不細工な為にその場から追い出されてしまった。 前世の記憶はあるものの、どれをとっても短命、不幸な出来事ばかりだった。 全てはドジで少し変なナルシストの神様の手違いだっ。おまけの転生?お詫びにチートと無口で不器用な騎士団長もらっちゃいました。今度こそ、幸せになるかもしれません?!

処理中です...