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第5章 最終章
第17話 いつもの、日常
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「おはよう、リリー」
「おはようございます!」
朝、元気に役場に出勤するリリーに、近所のおばさんが声をかけた。
「昨日は大変だったねえ。火竜の後は、モンスターが来たんだろ?」
「はい。でも、もう大丈夫です。ひいおばあちゃんが追い払いましたから!」
「ははは。まったくソフィアは頼りになるねえ。あ、そうだ、うちの畑でいいカボチャが取れたんだ。帰りに寄っとくれ。あんたん家とソフィア用に用意しとくから」
「はい、ありがとうございます!」
昨日、火竜が降り立った時に壊れた民家の柵や、魔族の少年が魔法で引きちぎってできた地面の穴の周りに村人たちが集まっていた。
「おはようございます!」
リリーが挨拶すると、村人たちが振り返った。
「おう、リリー、おはよう!」
「すごいねえ、これ。よくみんな無事だったねえ」
「はい! 火竜はマートさんがお話ししてくれて、モンスターはひいおばあちゃん圧勝で追い払いました!」
「すげーなー。頼りになるなあ。いやあ、すげえ」
すげえすげえと褒めるような呆れたような村人に、リリーは、そうでしょう、とムンと胸を張った。そのリリーに、控えめに声をかける老人がいた。
「あのー、それで、うちの柵、村から給付金とか出るんかいね?」
「あ、そうですね。モンスターによる被害ですから、出ると思います。後で役場に相談に来てくださいね」
「そうかー。よかったー」
心底ほっとしたように胸をなでおろす老人に会釈して、リリーは役場へ向かった。
学校へ向かう子どもたちが、リリーの姿を見つけて、みんなで駆け寄ってきた。
「ねー、昨日の竜とモンスターの話、してよ!」
「うん、そのうちね!」
「あの竜の子、また村に来る?」
「どうかなー。来てほしいよね」
「うん! そしたらね、今度は一緒にボール遊びするんだ!」
目を輝かせる女の子に、隣にいた男の子が唇を突き出した。
「あいつ飛ぶじゃん。ずるいよ」
「えー、いいじゃん、別にー」
どうすれば竜とボール遊びが楽しめるか真剣に議論を始めた子どもたちに手を振って別れ、役場への道を歩いていると、遠くに砂煙が見えた。ライオが今日も元気に郵便配達に勤しんでいるようだ。
と思ったら、どうやらライオの進行方向にいたようで、瞬く間に砂煙と共にライオが現れた。
「リリー、おはよう!」
白い歯を輝かせて爽やかに笑うライオの後頭部で、今日もご機嫌な寝ぐせが、慣性の法則に従ってぺこんぺこんと揺れていた。
「リリー、僕ね、決めたんだ。もっと速く走れるようになって、絶対にリリーを守り続けるって!」
朝の爽やかな光の中で何とも爽やかに宣言されたリリーは、いろんな思いが錯綜した末に
「え、それ以上速くなるの? マジで?」
と、最も簡単な感想に落ち着いた。
呆気に取られているリリーに、ライオは「じゃあね!」と爽やかに手を振り去って行った。
驚異的なスピードで遠ざかる幼馴染の背をぼんやり見送っていたリリーは、近くで寝そべっていたらしき野良犬に、濡れた鼻先でチョンと手を突かれ我に返った。
「ああ、おはよう。まあ、あれだね。お前も無事でよかったね」
頭を撫でると、ベージュ色のその犬は嬉しそうににこっと笑った。
昨晩、村に置いてけぼりを食らったニワトリたちも、異変などまるでなかったかのように、いつも通りに庭に撒かれた餌をついばんでいる。平和である。ものすごく平和である。
「あー、平和だなー!」
そう言いながらリリーが大きく伸びをすると、通りがかりの女性たちが笑いながら挨拶してきた。
総務課に着くと、いつものようにバーナードが既にいた。挨拶を交わし、席に座って雑談をしながら、ふとリリーは質問を口にした。
「もし今、魔族がこの村で暮らしたいって言ってきたら、受け入れますか?」
バーナードはびっくりした顔をしたが、
「まあ、相手にもよるだろうな。魔族と一括りに言っても、いろいろだろうからな」
と顎に手を当てて答えた。
「魔族って、見た目じゃわからなかったりするみたいじゃないですか。今まで一緒にいた人が実は魔族だったってわかったら、それでもみんなは今までと同じように、その人と一緒に暮らせるんですかね」
自分でも、意地の悪い質問だな、と思う。この村の一番の人徳者であるバーナードを試すようなことをしている。それでも、聞いてみたかった。
「今まで一緒にいたんなら、問題ないんじゃないのか? 問題ないから、今まで一緒にいたんだろうしな」
真面目な顔で前後を入れ替えて繰り返したバーナードに、リリーは思わず吹き出した。
「何だ?」
困惑顔のバーナードに、リリーは「いえ、そうですよね」と笑いながらうなずく。
「おっはよー!」
バァン! と総務課の扉を開けて、デイジーが入ってきた。肩に自慢の「万能モップちゃん」を担ぎ、背中にはガンの手による特注の籠を背負っている。この格好が、もう村の中ではデイジーのお決まりの姿として定着した。
「さあ、今日もお掃除、お掃除!」
独特の節をつけて歌うように言いながら、デイジーはさっそく床にモップを置いた。
「おはよう、デイジー」
デイジーに顔を向けたバーナードが、ふと思いついたように続けた。
「今リリーに、魔族がこの村で暮らしたいと言ってきたらどうするかと聞かれたんだがな、デイジーならどうする?」
「えー?」
既にモップ掛けの態勢に入っていたデイジーが、動きを止めて顔を上げた。
「魔族ねえ。そんな変わり者の魔族、きっと普通の魔族とは違ってるんだろうし、まあいいんじゃない? バン達みたいに、魔族の暮らしになじめないとかって悩んでんのかもしれないしさ」
「そうだなあ。魔族にもいろいろあるだろうからなあ」
「そうそう。中には変わり種だっているだろうしね。まあ、いいじゃなーい?」
そんなもんなのか。いいのか、それで。とリリーは思わないでもないが、もし自分が魔族の血を引いておらず、実際にこの村に移住したいという魔族が来たら、自分だって同じように考えるんだろうな、とリリーは思った。
この2人の意見が村の総意ではないのはわかっている。だが、これがこの村なんだよね、と納得してしまうものも確かにあった。
「私、ここにいていいのかな」
リリーはぽつりとつぶやいた。
「うん? 当たり前だろう? 何だ、リリー、何か悩んでいるのか?」
バーナードが心配そうにリリーの顔を覗き込んだ。
「どしたの、リリー? あ、昨日、あんたたち大変だっただろうから、今日ぐらい休ませてもらってもよかったんじゃないかい? ちょっとバーナード、今からでもいいから、リリーとマートに休み、やってやったら?」
「ああ、そうだな。そうするか、リリー」
「え? いえ、あの、大丈夫です。そういうんじゃないです」
「昨日、ちゃんと眠れたんかい?」
デイジーは、結構本気で心配してくれているらしい。
「うん。すごいぐっすり」
実際、あんなに興奮した後では寝付けないだろうと思っていたのに、自分のベッドにもぐりこんだ途端、朝までノンストップで眠った。自分でびっくりした。
「はよーっす」
ドアが開き、半分まぶたが閉じているマートが、背中を丸めて入ってきた。
「おはよう、マート。……大丈夫か? 今日は休むか?」
「あー、いえ。なんか、あいつがいなくなって、家の中が途端に寂しくなっちゃって、余計に気が休まらないんっすよね。仕事しまっす」
首の後ろに手を当ててそう言いながら、マートは自分の机の椅子に疲れたようにどっかりと座った。
「そうか。火竜の子は、お前に随分なついていたからな。寂しくなるな」
「この家、こんなにガランとしてたっけ、とか思っちゃって。結構来るっすね、ロスが。竜の子ロスが」
「ロス。ロスって何ですか?」
食いつくリリーに、マートがちらりとだるそうな目を向け、これ見よがしに、はあぁぁ、とため息をついた。そしてリリーの質問には答えないまま、机に突っ伏した。
「おっさん、その机、まだ拭いてないよ!」
デイジーが雑巾を振り回しながら駆け寄った。
「いいよ、別に」
「いいよじゃない! あんたが良くても私が嫌なの! どけ、邪魔!」
デイジーは、机にしがみつくマートを引き剝がして、几帳面に机を雑巾で拭き始めた。
「えー、ドイヒー」
「え、何ですか、マートさん、今の、ド、ドイ?」
「ウザッ。あのね、俺は今、傷心なの。傷心の真っ最中なの。そっとしといて」
「そっとしといてやりたいところだがな、マート。お前に清書を頼みたい書類がある」
「へーい」
マートが立ち上がるのと同時に、コンコン、と総務課のドアがノックされ、村人が顔を出した。
「ちょっと相談があるんだけど」
「はい!」
リリーは元気よく席を立ち、カウンターへ向かった。
「おはようございます!」
朝、元気に役場に出勤するリリーに、近所のおばさんが声をかけた。
「昨日は大変だったねえ。火竜の後は、モンスターが来たんだろ?」
「はい。でも、もう大丈夫です。ひいおばあちゃんが追い払いましたから!」
「ははは。まったくソフィアは頼りになるねえ。あ、そうだ、うちの畑でいいカボチャが取れたんだ。帰りに寄っとくれ。あんたん家とソフィア用に用意しとくから」
「はい、ありがとうございます!」
昨日、火竜が降り立った時に壊れた民家の柵や、魔族の少年が魔法で引きちぎってできた地面の穴の周りに村人たちが集まっていた。
「おはようございます!」
リリーが挨拶すると、村人たちが振り返った。
「おう、リリー、おはよう!」
「すごいねえ、これ。よくみんな無事だったねえ」
「はい! 火竜はマートさんがお話ししてくれて、モンスターはひいおばあちゃん圧勝で追い払いました!」
「すげーなー。頼りになるなあ。いやあ、すげえ」
すげえすげえと褒めるような呆れたような村人に、リリーは、そうでしょう、とムンと胸を張った。そのリリーに、控えめに声をかける老人がいた。
「あのー、それで、うちの柵、村から給付金とか出るんかいね?」
「あ、そうですね。モンスターによる被害ですから、出ると思います。後で役場に相談に来てくださいね」
「そうかー。よかったー」
心底ほっとしたように胸をなでおろす老人に会釈して、リリーは役場へ向かった。
学校へ向かう子どもたちが、リリーの姿を見つけて、みんなで駆け寄ってきた。
「ねー、昨日の竜とモンスターの話、してよ!」
「うん、そのうちね!」
「あの竜の子、また村に来る?」
「どうかなー。来てほしいよね」
「うん! そしたらね、今度は一緒にボール遊びするんだ!」
目を輝かせる女の子に、隣にいた男の子が唇を突き出した。
「あいつ飛ぶじゃん。ずるいよ」
「えー、いいじゃん、別にー」
どうすれば竜とボール遊びが楽しめるか真剣に議論を始めた子どもたちに手を振って別れ、役場への道を歩いていると、遠くに砂煙が見えた。ライオが今日も元気に郵便配達に勤しんでいるようだ。
と思ったら、どうやらライオの進行方向にいたようで、瞬く間に砂煙と共にライオが現れた。
「リリー、おはよう!」
白い歯を輝かせて爽やかに笑うライオの後頭部で、今日もご機嫌な寝ぐせが、慣性の法則に従ってぺこんぺこんと揺れていた。
「リリー、僕ね、決めたんだ。もっと速く走れるようになって、絶対にリリーを守り続けるって!」
朝の爽やかな光の中で何とも爽やかに宣言されたリリーは、いろんな思いが錯綜した末に
「え、それ以上速くなるの? マジで?」
と、最も簡単な感想に落ち着いた。
呆気に取られているリリーに、ライオは「じゃあね!」と爽やかに手を振り去って行った。
驚異的なスピードで遠ざかる幼馴染の背をぼんやり見送っていたリリーは、近くで寝そべっていたらしき野良犬に、濡れた鼻先でチョンと手を突かれ我に返った。
「ああ、おはよう。まあ、あれだね。お前も無事でよかったね」
頭を撫でると、ベージュ色のその犬は嬉しそうににこっと笑った。
昨晩、村に置いてけぼりを食らったニワトリたちも、異変などまるでなかったかのように、いつも通りに庭に撒かれた餌をついばんでいる。平和である。ものすごく平和である。
「あー、平和だなー!」
そう言いながらリリーが大きく伸びをすると、通りがかりの女性たちが笑いながら挨拶してきた。
総務課に着くと、いつものようにバーナードが既にいた。挨拶を交わし、席に座って雑談をしながら、ふとリリーは質問を口にした。
「もし今、魔族がこの村で暮らしたいって言ってきたら、受け入れますか?」
バーナードはびっくりした顔をしたが、
「まあ、相手にもよるだろうな。魔族と一括りに言っても、いろいろだろうからな」
と顎に手を当てて答えた。
「魔族って、見た目じゃわからなかったりするみたいじゃないですか。今まで一緒にいた人が実は魔族だったってわかったら、それでもみんなは今までと同じように、その人と一緒に暮らせるんですかね」
自分でも、意地の悪い質問だな、と思う。この村の一番の人徳者であるバーナードを試すようなことをしている。それでも、聞いてみたかった。
「今まで一緒にいたんなら、問題ないんじゃないのか? 問題ないから、今まで一緒にいたんだろうしな」
真面目な顔で前後を入れ替えて繰り返したバーナードに、リリーは思わず吹き出した。
「何だ?」
困惑顔のバーナードに、リリーは「いえ、そうですよね」と笑いながらうなずく。
「おっはよー!」
バァン! と総務課の扉を開けて、デイジーが入ってきた。肩に自慢の「万能モップちゃん」を担ぎ、背中にはガンの手による特注の籠を背負っている。この格好が、もう村の中ではデイジーのお決まりの姿として定着した。
「さあ、今日もお掃除、お掃除!」
独特の節をつけて歌うように言いながら、デイジーはさっそく床にモップを置いた。
「おはよう、デイジー」
デイジーに顔を向けたバーナードが、ふと思いついたように続けた。
「今リリーに、魔族がこの村で暮らしたいと言ってきたらどうするかと聞かれたんだがな、デイジーならどうする?」
「えー?」
既にモップ掛けの態勢に入っていたデイジーが、動きを止めて顔を上げた。
「魔族ねえ。そんな変わり者の魔族、きっと普通の魔族とは違ってるんだろうし、まあいいんじゃない? バン達みたいに、魔族の暮らしになじめないとかって悩んでんのかもしれないしさ」
「そうだなあ。魔族にもいろいろあるだろうからなあ」
「そうそう。中には変わり種だっているだろうしね。まあ、いいじゃなーい?」
そんなもんなのか。いいのか、それで。とリリーは思わないでもないが、もし自分が魔族の血を引いておらず、実際にこの村に移住したいという魔族が来たら、自分だって同じように考えるんだろうな、とリリーは思った。
この2人の意見が村の総意ではないのはわかっている。だが、これがこの村なんだよね、と納得してしまうものも確かにあった。
「私、ここにいていいのかな」
リリーはぽつりとつぶやいた。
「うん? 当たり前だろう? 何だ、リリー、何か悩んでいるのか?」
バーナードが心配そうにリリーの顔を覗き込んだ。
「どしたの、リリー? あ、昨日、あんたたち大変だっただろうから、今日ぐらい休ませてもらってもよかったんじゃないかい? ちょっとバーナード、今からでもいいから、リリーとマートに休み、やってやったら?」
「ああ、そうだな。そうするか、リリー」
「え? いえ、あの、大丈夫です。そういうんじゃないです」
「昨日、ちゃんと眠れたんかい?」
デイジーは、結構本気で心配してくれているらしい。
「うん。すごいぐっすり」
実際、あんなに興奮した後では寝付けないだろうと思っていたのに、自分のベッドにもぐりこんだ途端、朝までノンストップで眠った。自分でびっくりした。
「はよーっす」
ドアが開き、半分まぶたが閉じているマートが、背中を丸めて入ってきた。
「おはよう、マート。……大丈夫か? 今日は休むか?」
「あー、いえ。なんか、あいつがいなくなって、家の中が途端に寂しくなっちゃって、余計に気が休まらないんっすよね。仕事しまっす」
首の後ろに手を当ててそう言いながら、マートは自分の机の椅子に疲れたようにどっかりと座った。
「そうか。火竜の子は、お前に随分なついていたからな。寂しくなるな」
「この家、こんなにガランとしてたっけ、とか思っちゃって。結構来るっすね、ロスが。竜の子ロスが」
「ロス。ロスって何ですか?」
食いつくリリーに、マートがちらりとだるそうな目を向け、これ見よがしに、はあぁぁ、とため息をついた。そしてリリーの質問には答えないまま、机に突っ伏した。
「おっさん、その机、まだ拭いてないよ!」
デイジーが雑巾を振り回しながら駆け寄った。
「いいよ、別に」
「いいよじゃない! あんたが良くても私が嫌なの! どけ、邪魔!」
デイジーは、机にしがみつくマートを引き剝がして、几帳面に机を雑巾で拭き始めた。
「えー、ドイヒー」
「え、何ですか、マートさん、今の、ド、ドイ?」
「ウザッ。あのね、俺は今、傷心なの。傷心の真っ最中なの。そっとしといて」
「そっとしといてやりたいところだがな、マート。お前に清書を頼みたい書類がある」
「へーい」
マートが立ち上がるのと同時に、コンコン、と総務課のドアがノックされ、村人が顔を出した。
「ちょっと相談があるんだけど」
「はい!」
リリーは元気よく席を立ち、カウンターへ向かった。
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