異世界村役場のお仕事~怪力少女の同僚は、転生チートおじさん~

上田ハル

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第1章 井戸の中のスライム騒動

第8話 報告

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 役場に戻ったリリーは、村長のブリジットに報告をした。もっとも、ブリジットは村長室の広い窓から双眼鏡で村の様子を見ていたようで、村の井戸に出現した村民たちのオブジェならぬ重石についても既に知っていた。

 ただ、ブリジットも知らない情報もあった。

「川にはスライムはいなかったのね?」
「はい。ライオが見て回ったところ、川や村の周辺にも変化はなかったみたいです」
「そう。じゃあ、やっぱり水源でしょうね」

 はい、とリリーが答えると同時に、村長室の扉がノックされた。

 ブリジットの「どうぞ」の声で入ってきたのは、水源の調査を終えたバーナードとマートだった。

「バーナード、マート、ご苦労さま。で、どうだったの?」
「やはり水源に異常がありました」

 バーナードが淡々と報告を始めた。リリーは、バーナードの後ろで疲れ切った様子のマートに気づき、壁際にあった椅子を持ってきた。

「マートさん、どうぞ」

 小さな声で呼びかけると、マートはようやく気づいたようで、「おお、サンキュ」と謎の単語を発して腰を下ろした。サンキュ、は確か「ありがとう」の意味とか言ってたかな、とリリーは頭の中の「マート語録」をめくって考えた。

 マートは、リリーたちが使う言葉で話しているからつい忘れてしまいがちだが、異国の人なのだった。それにしては言語習得が早いが(だから、俺、チートだって言ってるっしょ)、こんなふうに時々彼の母国語が飛び出す。

 小さな村の小さな世間しか知らないリリーには、マートから飛び出す異国の言葉はとても興味深い。そのたびに「え、何ですか?」と聞き返して「ウザっ」とか言われるが、その「ウザっ」の意味はいまだに教えてもらえていない。が、マートの誠に嫌そうかつ面倒くさそうな顔を見れば、嫌がられていることはわかる。

「ウザっ」。いつか言ってみよう、ライオあたりに。とリリーはひそかに楽しみにしている。

 リリーの頭の脱線中も、バーナードの説明は続いている。

 水源のある山は、水源に近づくにつれ、植物が異常なほど繁茂はんもしていたらしい。これまで村人が通っていた道も植物で埋まり、枝やツタが太く頑丈になっていた。それらを打ち払いながら進まなければならなかったため、水源に到着するまで予定より大幅に時間がかかった。

 なるほど、だから子どもでも登れる山なのに、こんなにマートさんは疲労困憊こんぱいしているのだな、とリリーはマートのひょろひょろの体を横目で見つつ納得した。

 村の井戸の水源は、細い湧き水だ。リリーも学校の遠足や校外学習や水源周辺掃除行事で何度も行っているから知っている。斜面になった場所から、頼りないほど細々とした水がチロチロと流れ出ていて、これが村中の井戸の水のもとなのかと驚くほどだ。

 バーナードの報告によれば、水源の周囲は、特に濃く植物が繁茂していた。確かこの辺りのはずだ、と行き慣れているはずのバーナードでも、しばらく迷うほどだったらしい。生い茂る草を2人はひたすら刈りまくり、ようやくバーナードの記憶にある湧き水が姿を現した。

 その湧き水の流れる先に、スライムがいた。スライムは、湧き水が作った水たまりの中で気持ちよさそうにクルクル回っていた。

「そのスライムが原因なの?」
「ええ、そのようでした」

 バーナードたちがじっくりそのスライムを観察したところ、スライムの体から、水色の小さな球が絶え間なく出ていることに気がついた。小さな小さなその球を、バーナードは慎重にすくった。水たまりの中でクルクル回っているスライムと同じ水色だった。

 バーナードは、手の中のビーズほどのその水色の球が、プルプルと動くことに気がついた。

「まさか」
 ブリジットが、はっとした顔でバーナードを見た。

「はい。分裂増殖でした」
「しかも、すげー勢いで」

 座ってあごを突き出した姿勢で発言したマートを、ブリジットはじろりとにらんだ。

 ブリジットはたいてい不機嫌そうな顔をしているが、マートのことは今でもあからさまに胡散臭うさんくさがっている。というか、もしかしたら副村長のラリーに似た性質を嗅ぎ取って、本能的に嫌っているのかもしれない、とリリーは思ったりしている。

「では、それが地下水に流れ込んでいっているということなのね?」
「恐らく」

 湧き水は、小さな水たまりを作った後、近くの岩の隙間に流れ込んでいく。恐らくはそこから村の井戸へ通じる地下水になり、井戸という出口に成長したスライムが溜まっていった、ということだろうというのがバーナードの推測だった。

「その水たまりにいたというスライムは、もちろんどけたのでしょうね?」
「ええ。水から出した後、しばらく石の上に置いて観察しましたが、水色の球が出てくることはありませんでした」
「分裂増殖しなかった?」
「ええ。どうやら、あの水が何らかの作用をしていたようです」
「植物も、その影響かしら」
「恐らく、そうでしょうね」

 ブリジットが難しい顔で黙り込んだ。

 水そのものがこの異変の原因だとすれば、この先も村の井戸は使えないということになる。そんなことになれば、この村はどうなる? リリーは不安な思いでみんなの顔を見回した。

「ただ、あの水が根本的な原因なのかは、まだわかりません」
「どういうことかしら?」
「これまで、こんなことは起こりませんでした。あそこの水だけが変質した理由もわかりません」
「ほかに理由があるということ?」
「可能性としては」
「まだほかに異変があったの?」
「石碑が倒れてたんすよね」
 
 また唐突に、マートが口を挟んだ。ブリジットは、またじろりと横目でマートをにらんでから、顎を上げてバーナードに説明の続きを促した。
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