異世界村役場のお仕事~怪力少女の同僚は、転生チートおじさん~

上田ハル

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第2章 幽霊住民税金問題

第7話 壁抜けの美女

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「ぬ」
 背後から視線を感じて、リリーはサッと振り向いた。そして、カッコつけて振り向いたことを後悔した。壁から、若い女性の首が突き出していた。

「おい、何だよ」
 よろけて隣にいたマートに腕がぶつかり、小声で注意された。

「今、あそこの壁に、女性の生首が……」

「何!?」
「お嬢様でございます」
 マートの叫びと、ジェームズの落ち着いた声が同時にした。

「お嬢様? ああ、体が弱かったと聞いておりますが」
 平然としているバーナードに、何でああも落ち着いていられるんだろう、生首なのに、とリリーは衝撃の目を向けた。

「そうなんですの。かわいそうな子で、華やかな社交界もほとんど知らず、まだ若かったのに病死してしまいましたの」
「エレーヌ、おいで。お客人にご挨拶なさい」

 ハロルドが壁に向かって声を掛けると、そこからぬぅっと半透明の体が現れた。

 リリーはマートの後ろに隠れようとし、マートはリリーを後ろに隠すまいと抵抗し、2人が無言の白熱した小競り合いを繰り広げている間に、夫婦の娘のエレーヌは完全に姿を現した。

「うっそ、美人」
 マートが思わずこぼすほど、エレーヌは美しかった。

 ほかの幽霊と同じくエレーヌも全身がうっすらと白っぽいが、波打つ豊かな金髪、長いまつ毛に縁取られた勿忘草わすれなぐさ色の淡い青い瞳は、幽霊になった今でも見る人を引き付けた。

 なるほど、これは確かにマーガレットが言うように、社交界とも縁が薄いまま没してしまったことは、本人にも両親にも、はたまた友人や恋人になったかもしれなかった貴族たちにも、残念なことだっただろう。

 ずば抜けた美女ならペネロペで見慣れているはずのリリーでさえ、ぼうっと見惚れてしまう。しかしそこは幽霊。抱きしめれば折れてしまいそうな華奢きゃしゃ(で半透明)な体のエレーヌは、儚げで可憐な美しさを持って、はずかしげに宙に浮いていた。

 マートの正直な呟きが聞こえたのか、エレーヌは首まで真っ赤にしたかと思うと、両手で顔を覆い、壁を突き抜け消えた。

「申し訳ない。恥ずかしがり屋でして」
「仕方がありませんわ。あの子は、家族以外の方に会うことに慣れておりませんもの」

 壁を突き抜けて消えた娘の話をにこにこ顔でする2人を見て、リリーは、このご夫婦は本当に娘さんをかわいがっていらしたんだな、と思った。そして、壁を突き抜けるのは全く不問なのだな、と理解した。

「話を続けてもよろしいでしょうか」
 セドリックはあくまで真面目だった。

 セドリックは、どうしたら税金を支払えるかについて、夫婦と話を始めた。急に場が真面目になる。リリーは、ここに自分の出番がないことを自覚して退屈になってきた。片足でもう片方の足のかかとを掻いているのを見られたのか、ジェームズがリリーに話しかけた。

「どうでしょう、話し合いの間に、この屋敷をご案内いたしましょうか」
「え、でも」

 まさかの申し出に困惑したリリーは、助けを求めるようにバーナードを見た。しかしそこはバーナードである。いろいろ鈍いのである。案の定、バーナードは、いいアイデアだとでも言うようにうなずいた。
「そうだな、ここにいても暇だろう、少し見学させてもらうといい」

「え」
 リリーは再び自分が墓穴を掘ったことを悟った。

 幽霊屋敷を見学とは。しかも案内人は幽霊ときた。その上、この屋敷のどこかに、壁抜けする美女幽霊がいる。怖すぎる。それなら幽霊に全く動じないバーナードやセドリックといたほうが、よっぽどいい。

「そうだね。それがいいね」
 一連のやり取りを見ていたらしいハロルドがにっこり頷いた隣で、マーガレットが「あら、でも」と言葉を挟んだ。
「我が家はあちこちの床が抜けておりますでしょう? 私たちは浮いているから気になりませんけれど、お客様を危ない目に合わせるわけにはいきませんわ」

「そういうことなら庭なんてどうですかね、リリー1人じゃ心配なんで俺も一緒に行きますよ」
 マートがいつになく早口で言った。

 何ですかいきなり、とリリーは目でマートに問うた。マートは「いいから黙っとけ。俺だって怖い」と目で答えた、ようにリリーは受け取った。

「ああ、それはいいね。まだお見せできるようなものがあるといいんだが」
 ハロルドが嬉しそうに、かつちょっと心配そうに言った。

「そうねえ。あなた、あなたが植えてくれたあのマーガレットたちも、枯れてしまいましたものね」
「残念だよねえ」

「では、お庭にご案内いたします」
 主人たちの脱線に慣れた物腰で、ジェームズがうやうやしく腰を曲げた。
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