恋する僕を裏切って男に走った彼女たち、みんな僕を離してくれない!

あんぜ

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第二部

第11話 咲枝

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「一日、間食はしなかったわ」

 その日の夜、寝る前に円花が一人で部屋を訪れた。

「そっか」

「あの……」
「うん?」

「ひ、ひとりでもその……しなかったわ」

 円花は顔を真っ赤にさせて言った。
 座ってる円花を抱き寄せ、頭を撫でてあげる。

「あの、七海はご褒美を貰ったって……」

「あ、うん」

 円花の顔を正面に見据えると、彼女は目を閉じた。
 長い間、本当に長い間、焦がれても届かなかったものがそこにあった。
 二年の間、失っていたものを互いに求めるように交し合った。

 やがて彼女の甘い溜息とともに唇が離れると、お互い、涙を流していたことに笑い合った。

「明日も頑張るね」
「体を壊さないようにね」


 ◇◇◇◇◇


 木曜日。
 朝、当然のように咲枝ちゃんに唇を奪われていた。

「今日、病院だね」
「おはよう。もう抜糸だけだからすぐだよ。痕も目立たないって言ってたし」

 腫れはとっくに引いていたので大きく切れたところの治療だけだった。

「カッコイイ顔にひどい傷痕が残らなくてよかったぁ」
「顔がマズくなったら嫌われてたよね」

「皆そんな風に思わないよ。でも、嫌われたら私がずっと一緒に居てあげる」
「咲枝ちゃんかわいいんだから、僕じゃなくても普通にモテるよ」

「アキくん以外無いから」

 そうは言うけれど、三人とも心の傷が癒えたらいつまでも僕に依存しているわけにもいかないだろう。それぞれの行く道でまた新たな恋をし、結婚して幸せになるのだろう。寂しくはあるけれど、それが普通だと思っていた。辻なんとかに翻弄された僕の学生生活が普通だとは思わないけれど……。

 咲枝ちゃんも朝のランニングに参加したがったけど、体調のこともあるからと、まだしばらくは控えてもらうことになった。


 ◇◇◇◇◇


 午前中、病院に行っていた俺は、無事、治療を終えた。
 家に帰ると当たり前だけど誰も居らず、いつになく寂しく感じた。

「まあ昼からでも出るか」

 早めの時間に用意してもらっていた弁当を食べ、独り言ちた俺は、制服に着替えて学校へと向かった。


 学校に着くとちょうど昼休みだった。
 2-Aに入ると、小さな人だかりができていた。

「おっ、アキー、学校来たの? 病院どうだった?」

 貴島が人だかりの真ん中から目ざとく俺を見つけ、声をかけてくる。

「えっ、えっ、アキくん? あの、こ、これは」
「ようタカノン! ご馳走になってるぜ!」
「ごちーっす!」

 大樹を始め、男子たちが何故か俺に礼を言ってくる。
 貴島と向かい合って座ってるのは咲枝ちゃんだった。

「おいおい鷹野原ハーレムの修羅場だぞ」
「鷹野原、彼女の弁当が寝取られてんぞ」

 鈴塚と山根も茶化してくる。弁当が寝るかよ。

「ご、ごめんね、ちょっと作りすぎちゃって食べきれなくて」
「咲枝ちゃんは料理上手だもんね。皆に知ってもらえると嬉しいよ」

 咲枝ちゃんは頑張ってたくさん食べるようにしてる。彼女のお母さんも心配していたようだけど、同居を始めてから戻すようなことはなく、徐々に体調も戻ってきてる。

「おっ、彼ピの余裕かー?」
「腰で繋がってるやつは余裕が違うね」

「繋がってねえよ! 下品かよ!」

「山ちゃん、そこはせめて愛で繋がってるとかにしなよ」
「そういう言い方もあるね」

 言い方の問題じゃねえ……。とにかく、咲枝ちゃんとはキスより先の関係にはないし、なんなら俺は童貞だ。正直、かわいい女の子三人との同居生活に思うところが無くは無いのだけれど、そこは我慢だ。


 ◇◇◇◇◇


「ごめんね。最初は女の子に円花さんのダイエットメニューとかの話してたんだけど、食べきれなさそうなの分けてあげようとしたら男の子たちが……」

 下校中、咲枝ちゃんと並んで歩いていると昼休みの話をしてきた。

「気にすることないのに。円花と七海は来なかったんだ?」

「円花さんと七海ちゃんはそれぞれ部活の子と食べるってメッセージが来たの」
「そうか。仲良くやってるんだ」

 二人は今日も部活で帰りは二人で帰ってくると連絡があった。

「私ね、あんなことがあって何もかも絶望してたのに、いまとっても幸せなの」
「ん……」

「だって普通だったらアキくんは円花さんか七海ちゃんと元に戻って終わりでしょ? 私の入る隙間なんてない。なのに普通じゃない関係に救われたの」
「そんな――」

 そんなことはない――そう言い切ることは僕にはできなかった。彼女の言うことは間違ってはいなかった。普通だったら彼女は絶望ののち、助かった後も独りで泣いていただろう。ただの失恋の傷痕で終われなかったかもしれない。

「だから今だけでもいいので私を愛してください」
「うん……」
「あのー」

「――私も混ぜて?」

 貴島も居たのだった。


 ◇◇◇◇◇


 金曜日。
 少し早い時間に起こされる。
 まどろみの中、彼女は唇を交わしてくる。

「昨日の夜のご褒美はあげたよね?」
「約束、守ってるうちはいいじゃない」

「――それに、咲枝は起こしに来たときには毎回してるって」
「ファーストキスのことで咲枝ちゃんを煽るからでしょ……」

「あら、あれは発破をかけたつもりだったのよ」
「キリがないから張り合わないで……」

 その後、努力の成果を見るため円花を抱っこしてあげたが、もちろんそんなことで違いなんてわかるわけがなかった。


 ◇◇◇◇◇


 朝の登校では、一昨日のこともあってか円花は俺の腕を取っていた。
 七海ほど大胆にではないが、すっと腕を差し込んできた。

 中学の頃、デートではいつもこんな感じだった。
 さあ、エスコートしなさい――円花はいつもそんな感じだった。
 さすがにあの頃、学校で腕を組んだりはしなかったけれど。


「よう! 今日は円花ちゃんか。タカノン上手くやってんなー」

 大樹が声をかけてくる。二人で挨拶した。

「そういやさ、男バスの先輩が円花ちゃん、かわいいって目を付けてたらしいぞ」
「あー」

 別にそれは構わないのだ。彼女には彼女の出会いがある。ハーレムなんて不条理なものに束縛してはいけない。最後に誰も残らなくてもそんな不条理よりはいいはず。いいはず……。

「けどよ、女バスの先輩に、円花ちゃんに手を出したら彼氏にチ〇コ折られるよって脅されたんだって。笑うよな!」
「笑えねえよ……」

「なるほど良い手ね」
「なるほどじゃないから……」

 学校でこれだけ目立っていたら辻なんとかじゃなくても俺は目を付けられる――とも思っていたんだが、今のところ何もないってことはそれが原因か? ただ、それだと三人が新たな恋を見つけるのは難しいのでは……。


 ◇◇◇◇◇


 そして週末、貴島も含めて五人で買い物へ行くことになった。

 生活に必要なもの、例えば食器とか足りない寝具、五人で使うカップ……カップ? 結局五人分買うのかよ。あと、うちからのバイト代もあるので服とかも楽しく選んでいた。

 貴島と久しぶりにゲーセンにも行った。こいつとは普段、外ではゲームしないのだが、対戦ゲームの類だけは偶に外でもやっていた。あとの三人は普段からゲームをしないが、かわいい女の子三人が興味深そうに眺めていたこともあって、無駄に大勢のギャラリーに囲まれることとなった。ギャラリーに囲まれるように陣取られた三人に気が気でない俺は、調子に乗った貴島に挑発魅せプで叩きのめされた。

 あとは連休中に出かけるための準備。新宮家が車を出してくれて、円花の大学生の姉のキャンプに混ぜてもらうことになった。ある程度は必要なものが揃っているらしいので、例えばインドア派の咲枝ちゃんの服とかを見繕ったりした。


 ◇◇◇◇◇


 翌週、五月の連休を前にした一週間は大きな変化は無いままだった。悪い変化はもちろんだけれど、良い変化もあまり無かった。今は焦らず耐える時期かもしれない。

 円花は相変わらず勉強に運動にと頑張りを見せていた。自制についても俺のご褒美がある限りは問題なさそう。ただ、中学の頃と比べて間違いなくエッチなことにばかり頭が行っている。変わってしまったというよりは、いずれはこうなったと考える方が自然だし気も楽だった。

 七海はというと、明るく元気に振舞おうとしている。貴島の情報網からクラスでの様子やバレー部での様子を知った限りでは、空元気ばかり――というわけでも無さそうだ。だけど俺の前では不意に寂しそうな顔を見せるときがある。そこが気になってこちらも以前のようには振舞えない。昼休みのお弁当のあ~んも七海は上手く言い出せないでいた。

 咲枝ちゃん。朝の彼女はとても積極的。そして下校時や買い物で二人だけのときは僕の腕を取ってきたり距離が近い。けれど、円花や七海が居るところでは一歩引いた印象がある。例えば登校時。二人は最近では俺の腕を組んできたりするけれど、咲枝ちゃんは傍を並んで歩くだけ。


 ◇◇◇◇◇


 五月の連休前の祝日には咲枝ちゃんのお母さんが我が家を訪れた。

 咲枝ちゃんのお願いで、彼女のお母さんが籠いっぱいのアーティチョークを差し入れてくれた。郊外の親戚が耕作地を減らしたとかで、空いた畑でアーティチョークだとかチコリだとかちょっと珍しい食材を作っているらしい。さすが料理上手な咲枝ちゃんの師匠と言うことはある。

 お母さんは会うたび元気になっていく咲枝ちゃんにそれはもう喜んでいた。そして俺に――咲枝をよろしくね、アキくん――と念を押していくのだった……。


「みんなして花食べててウケるwww」

 貴島がやってくるなり言う。アーティチョークを茹でるのに結構時間がかかって、やっとありついた所だった。がくを一枚ずつ剥いでマヨネーズをつけて食べ、一緒に採れたてのトマトや鞘付きグリーンピースなんかも食べていた。皆、特に咲枝ちゃんは貴島をジト目で迎えていたことだろう。


 五分後、貴島は花を食べていた。まあ、花と言っても蕾なんだが。

「貴島、花食べててウケるwww」

 俺は指さして笑ってやった。

「は? え、だってこれ何? めっちゃ甘いんですけど、ただの水が。トマトとか砂糖入ってるの?」

 咲枝ちゃんがふふんと鼻を鳴らした気がする。
 咲枝ちゃん自身、皆においしいものを食べさせたいという理由もあっただろう。
 ダイエット中の円花も砂糖が入ってないのにちょっぴり甘いものを食べられたし。
 だけど彼女の食に対する興味は彼女自身を元気にさせてくれたし、僕も安心できた。





--
ちなみにですが茹でたアーティチョークはアクの影響で、食べた後は何でも甘く感じます。ただの水や唾液まで。キスの前菜におススメですね。
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