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「災いの魔女」と呼ばれた令嬢は、もう未来を憂わない(全8話)
1話
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人気の絶えないウェインライト公爵家の夜会は、シャンデリアの眩い光と、数多の貴族たちが発する熱気で満ち溢れている。エメラルドもまた、婚約者であるアレクシス・ウェインライト公爵子息の隣で、穏やかな微笑みを浮かべながら、華やかな雰囲気を楽しむふりをしていた。公爵家の後継者として、彼の輝かしい未来を祝うための席。誰もが祝福の言葉を口にし、楽団が奏でる優雅なワルツに身を委ねている。しかし、エメラルドは星の配置から見てしまった不吉な未来の影に、知らず知らずのうちに心を蝕まれていた。
「おめでとうございます、アレクシス様。あなたの前途が輝かしいものであることを、心からお祈りしております。ですが、お伝えしなければならないことが……」
「なんだ、改まって。いつもの君らしくもない」
アレクシスはグラスを片手に、上機嫌で応じる。その無防備な笑顔に、エメラルドの胸はちくりと痛んだ。これから告げる言葉が、彼の機嫌を損ねるであろうことは分かりきっていたからだ。
「星の配置によれば、三日月の夜、あなたの領地を流れる川に鉄砲水の兆しが見えます。どうか、岸辺の住民に避難を促すなど、ご注意を」
その言葉に、先ほどまでの喧騒が嘘のように、二人の周りの空気が凍りつく。近くで会話を楽しんでいた貴族たちが、好奇の視線を向けてくる。アレクシスはエメラルドの言葉を遮るように、顔をみるみるうちに真っ赤にして激怒した。
「またそれか!この災いの魔女め!祝いの席で不吉なことばかり口にするな!お前のせいでせっかくの場が白けたではないか!」
公衆の面前で叩きつけられた罵倒。周りの人々の視線が、憐れみと好奇の色を混ぜて突き刺さる。エメラルドが言葉を失っていると、すかさず義妹のリリアナが、心配そうな顔を完璧に作り上げて駆け寄り、アレクシスに寄り添った。
「お姉様、そんな不確かなことで皆様を不安にさせてはダメよ。ねえ、アレクシス様、私の星占いでは、あなたの未来は幸運に満ち溢れていますわ。今日の星は、あなたの栄光を祝福しているようですもの」
そのわざとらしくも完璧な優しさが、エメラルドの孤独を一層際立たせる。自分だけが悪者であるかのような構図に、エメラルドは心が冷え切っていくのを感じた。リリアナの瞳の奥に、一瞬だけ、姉を蹴落としたことへの愉悦がちらついたのを、彼女は見逃さなかった。
*****
エメラルド・クレイグは伯爵家の長女で、類稀な「星詠み」の才能を持つ。しかし、彼女のその力は、あまりにも正確に不吉な未来ばかりを予見するため、いつしか「災いの魔女」と忌み嫌われるようになっていた。
父であるクレイグ伯爵は、彼女の才能を家の汚点だと考え、後妻の連れ子であるリリアナばかりを可愛がった。リリアナは、天使のような貌の下に、姉の特別な才能への強い嫉妬を隠し、その力を利用して姉を陥れる機会を常にうかがっていた。
(どうして、私だけがこんな目に……。真実を告げているだけなのに)
夜会から逃げるように帰宅した後も、待っていたのは安らぎではなかった。父から「お前はクレイグ家の恥だ!ウェインライト公爵家になんと申し開きをすればいい!」と、書斎で一時間近くも厳しく叱責された。弁解しようとしても、聞く耳すら持ってもらえない。
自室に閉じこもったエメラルドは、誰にも理解されない絶望の中、ただ静かに涙を流す。窓の外には、いつもと同じように美しい星々が瞬いている。けれど、その星々が教えてくれるのは、いつも人の不幸や災いばかり。
「私の見る星は、なぜいつも悲しいことしか教えてくれないの……」
ぽつりとこぼれた言葉は、豪華だが冷たいだけの部屋に虚しく響くだけだった。母が生きていれば、この力を「特別な贈り物」だと言って抱きしめてくれただろうか。そんな叶わぬ幻想だけが、凍える心に寄り添っていた。
「おめでとうございます、アレクシス様。あなたの前途が輝かしいものであることを、心からお祈りしております。ですが、お伝えしなければならないことが……」
「なんだ、改まって。いつもの君らしくもない」
アレクシスはグラスを片手に、上機嫌で応じる。その無防備な笑顔に、エメラルドの胸はちくりと痛んだ。これから告げる言葉が、彼の機嫌を損ねるであろうことは分かりきっていたからだ。
「星の配置によれば、三日月の夜、あなたの領地を流れる川に鉄砲水の兆しが見えます。どうか、岸辺の住民に避難を促すなど、ご注意を」
その言葉に、先ほどまでの喧騒が嘘のように、二人の周りの空気が凍りつく。近くで会話を楽しんでいた貴族たちが、好奇の視線を向けてくる。アレクシスはエメラルドの言葉を遮るように、顔をみるみるうちに真っ赤にして激怒した。
「またそれか!この災いの魔女め!祝いの席で不吉なことばかり口にするな!お前のせいでせっかくの場が白けたではないか!」
公衆の面前で叩きつけられた罵倒。周りの人々の視線が、憐れみと好奇の色を混ぜて突き刺さる。エメラルドが言葉を失っていると、すかさず義妹のリリアナが、心配そうな顔を完璧に作り上げて駆け寄り、アレクシスに寄り添った。
「お姉様、そんな不確かなことで皆様を不安にさせてはダメよ。ねえ、アレクシス様、私の星占いでは、あなたの未来は幸運に満ち溢れていますわ。今日の星は、あなたの栄光を祝福しているようですもの」
そのわざとらしくも完璧な優しさが、エメラルドの孤独を一層際立たせる。自分だけが悪者であるかのような構図に、エメラルドは心が冷え切っていくのを感じた。リリアナの瞳の奥に、一瞬だけ、姉を蹴落としたことへの愉悦がちらついたのを、彼女は見逃さなかった。
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エメラルド・クレイグは伯爵家の長女で、類稀な「星詠み」の才能を持つ。しかし、彼女のその力は、あまりにも正確に不吉な未来ばかりを予見するため、いつしか「災いの魔女」と忌み嫌われるようになっていた。
父であるクレイグ伯爵は、彼女の才能を家の汚点だと考え、後妻の連れ子であるリリアナばかりを可愛がった。リリアナは、天使のような貌の下に、姉の特別な才能への強い嫉妬を隠し、その力を利用して姉を陥れる機会を常にうかがっていた。
(どうして、私だけがこんな目に……。真実を告げているだけなのに)
夜会から逃げるように帰宅した後も、待っていたのは安らぎではなかった。父から「お前はクレイグ家の恥だ!ウェインライト公爵家になんと申し開きをすればいい!」と、書斎で一時間近くも厳しく叱責された。弁解しようとしても、聞く耳すら持ってもらえない。
自室に閉じこもったエメラルドは、誰にも理解されない絶望の中、ただ静かに涙を流す。窓の外には、いつもと同じように美しい星々が瞬いている。けれど、その星々が教えてくれるのは、いつも人の不幸や災いばかり。
「私の見る星は、なぜいつも悲しいことしか教えてくれないの……」
ぽつりとこぼれた言葉は、豪華だが冷たいだけの部屋に虚しく響くだけだった。母が生きていれば、この力を「特別な贈り物」だと言って抱きしめてくれただろうか。そんな叶わぬ幻想だけが、凍える心に寄り添っていた。
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