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地味な魔法と嗤われた「種子魔法」が、世界を救うまで(全8話)
8話
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数ヶ月後。王国には穏やかな日常が戻り、神樹の恵みを受けた大地は、かつてないほどの豊かな実りを見せていた。市場には活気が溢れ、農民たちの顔には明るい笑顔が戻っていた。
翠の聖女として王宮に呼び戻されたエララは、国王から正式な謝罪を受けていた。玉座の間には、父であるクローバー侯爵をはじめ、国の重鎮たちが並んでいる。かつて自分を嘲笑し、見下していた者たちが、今は畏敬の念を込めて頭を垂れていた。
「エララ嬢。君の偉大な功績に、国を代表して心から感謝する。我々の不明を許してほしい」
深々と頭を下げる国王に、エララは恐縮して首を横に振った。
「お顔をお上げください、陛下。私は、なすべきことをしたまでです」
その謙虚な姿に、国王は感嘆の息を漏らす。
「君こそ、この国の至宝だ。償いのしるしとして、クローバー侯爵家を公爵家へと昇爵させ、そして、君に望むなら……空位となった王子の妃の地位さえも与えよう。いや、君こそが、次代の女王としてこの国を導くべきなのかもしれない」
破格の提案に、周囲が息を呑む。それは、追放された令嬢に対する償いとしては、あまりにも絶大な名誉だった。誰もがエララは喜んで受け入れるだろうと思った。
しかし、彼女の答えは皆の予想を裏切るものだった。
「陛下。そのあまりにもったいなきお申し出、心より感謝申し上げます。ですが、丁重にお断りさせていただきます」
エララは、穏やかで、しかし揺るぎない微笑みを浮かべていた。
(王妃……女王……。それは、今の私にはあまりにも遠い場所。私の幸せは、玉座の上にはない)
彼女は静かに続けた。
「私の力は、玉座から国を支配するためのものではありません。この大地に寄り添い、か弱き命を育むためのものですから」
彼女は、爵位も王妃の座も望まなかった。代わりに、一つの新たな役職を望んだ。
「もしお許しいただけるのなら、私は王国の庭師長として、この国に仕えたいのです。神樹の麓に研究施設を建て、そこを拠点に、王国の隅々まで緑と豊かさを届けるための活動をさせてはいただけないでしょうか」
それが、彼女が見つけた、彼女だけの生き方だった。
その純粋で気高い願いに、国王は深く心を打たれた。
「……わかった。君の望み、確かに聞き届けた。これより、エララ・クローバーを初代『王国の庭師長』に任命する!」
歓声が沸き起こる中、エララの隣には、いつの間にか一人の騎士が静かに立っていた。彼女の護衛騎士として、そしてかけがえのないパートナーとして、カインが穏やかな笑みで寄り添っている。
「君らしいな」
「カイン様……」
「俺も、君の庭を守る一人の騎士として、そばにいてもいいだろうか」
その言葉に、エララは花が綻ぶように微笑んで頷いた。
神樹の若葉が風にそよぐ下で、新たな庭師の夜明けが、静かに始まろうとしていた。
(了)
翠の聖女として王宮に呼び戻されたエララは、国王から正式な謝罪を受けていた。玉座の間には、父であるクローバー侯爵をはじめ、国の重鎮たちが並んでいる。かつて自分を嘲笑し、見下していた者たちが、今は畏敬の念を込めて頭を垂れていた。
「エララ嬢。君の偉大な功績に、国を代表して心から感謝する。我々の不明を許してほしい」
深々と頭を下げる国王に、エララは恐縮して首を横に振った。
「お顔をお上げください、陛下。私は、なすべきことをしたまでです」
その謙虚な姿に、国王は感嘆の息を漏らす。
「君こそ、この国の至宝だ。償いのしるしとして、クローバー侯爵家を公爵家へと昇爵させ、そして、君に望むなら……空位となった王子の妃の地位さえも与えよう。いや、君こそが、次代の女王としてこの国を導くべきなのかもしれない」
破格の提案に、周囲が息を呑む。それは、追放された令嬢に対する償いとしては、あまりにも絶大な名誉だった。誰もがエララは喜んで受け入れるだろうと思った。
しかし、彼女の答えは皆の予想を裏切るものだった。
「陛下。そのあまりにもったいなきお申し出、心より感謝申し上げます。ですが、丁重にお断りさせていただきます」
エララは、穏やかで、しかし揺るぎない微笑みを浮かべていた。
(王妃……女王……。それは、今の私にはあまりにも遠い場所。私の幸せは、玉座の上にはない)
彼女は静かに続けた。
「私の力は、玉座から国を支配するためのものではありません。この大地に寄り添い、か弱き命を育むためのものですから」
彼女は、爵位も王妃の座も望まなかった。代わりに、一つの新たな役職を望んだ。
「もしお許しいただけるのなら、私は王国の庭師長として、この国に仕えたいのです。神樹の麓に研究施設を建て、そこを拠点に、王国の隅々まで緑と豊かさを届けるための活動をさせてはいただけないでしょうか」
それが、彼女が見つけた、彼女だけの生き方だった。
その純粋で気高い願いに、国王は深く心を打たれた。
「……わかった。君の望み、確かに聞き届けた。これより、エララ・クローバーを初代『王国の庭師長』に任命する!」
歓声が沸き起こる中、エララの隣には、いつの間にか一人の騎士が静かに立っていた。彼女の護衛騎士として、そしてかけがえのないパートナーとして、カインが穏やかな笑みで寄り添っている。
「君らしいな」
「カイン様……」
「俺も、君の庭を守る一人の騎士として、そばにいてもいいだろうか」
その言葉に、エララは花が綻ぶように微笑んで頷いた。
神樹の若葉が風にそよぐ下で、新たな庭師の夜明けが、静かに始まろうとしていた。
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